第四章 少年期・学園入学編:大切なのは気持ち
<Side:アルト>
アルトは学園を飛び出した勢いそのままに
学術都市内を駆けていた。
「(グレアがいつどのタイミングで学園を出たのかはわからないけど、
歩いてるなら追いつけるかもしれない…)」
確証はないものの、
その可能性が少しでもあるのなら…と、
アルトは全速力で駆けていた。
「(着いた…けど、追いつけなかったか。)」
しかし、道中でグレアの姿は捉えられず…
アルトはそのまま滞在している宿屋に到着した。
「(まあ…どうせ同じ部屋なんだし、
別に追いつけなくてもいいんだけどさ…
って、あれ?…
じゃあなんで俺はあんな必死に追いかけてたんだ?)」
アルトはただグレアのことが心配で…
無意識のうちに追いかけるという行動に出ていた。
でなければ、他の一切を捨て置いて追いかけるという選択肢もなかったであろうし、
今の今まで追いかける必要がないことに気づかないなんてこともなかったであろう。
だが、本人にはその自覚はなく…アルトは自身の行動の矛盾に首を傾げる。
「(…まあ、いいや。
グレアにもあの話したいし…とりあえず中入ろ。)」
アルトは思考を放棄し、
自分たちの滞在している部屋の扉を開いた。
だが…
「ん?…あれっ!?…
いない!?」
部屋の中にはグレアの姿はなかった。
「(まさか!?…)」
アルトの脳内に悪い想像がよぎる。
「(侯爵家の手がこんなところにまで!?…
クッソ!…なんで俺はグレアの側を離れた!)」
自分から離れたわけではないのだが、
アルトは強い自責の念に駆られる。
「(いや…そんな場合じゃない!
今ならまだそれほど時間は経ってないはず…なら、まだ間に合うかもしれない!)」
アルトが部屋を飛び出そうとした…その時。
ガチャリ。と、音が鳴り…
部屋の扉がゆっくりと開かれる。
「(!?…誰だ!?
まさか侯爵家の手の者がまだ…)」
応戦しようと、アルトは魔術を構築し…
張り詰めた空気の中、相手の動きを伺う。
が…
「あれ?…
空いてる?…って、なんだ…アルトね…
いつの間に帰ってたの?」
扉の奥からひょっこりと顔を覗かせたのは…他の誰でもないグレアだった。
部屋に入ったグレアはアルトの緊張などよそにそう問いかける。
「…」
アルトはその問いには答えず、
無言でグレアに近づいていく。
「え?…ちょ、なに?…」
グレアはらしからぬアルトの様子に驚き、
後退りするが…後ろには扉。
それ以上は下がれず…
二人の距離は限りなく零に近くなる。
そして…アルトはグレアを抱きしめた。
「どうし…」
グレアは若干、顔を赤くしつつも、
戸惑いを隠せず…アルトの顔を見る。
アルトの眼の端には…涙が溜まっていた。
「良かった…」
「え?…」
「良かったよぉぉ!…」
「え?…え?…」
いきなり泣き出したアルトにグレアはより困惑の色を強めつつも、
アルトが落ち着くまでひとしきり宥め続けた。
…
「(よく考えたら、今のグレアが無抵抗でやられるわけないし、
十中八九、なにかしら騒ぎになってるはずだから、
それに気づかないわけないもんな…)」
落ち着きを取り戻したアルトはそう思いなおす。
そこまで考えが至らないほど…アルトの気は動転していたのだ。
「そ、それで…なんで泣いてたのよ?
そんなに私に置いてかれたのが寂しかったのかしら?」
いつも揶揄われている意趣返しとばかりに、
グレアは揶揄うように言う。
「な、泣いてないし!
だいたい…グレアはどこ行ってたのさ?
いきなり飛び出して行ったと思ったら、
宿にもいないし…」
目元を赤くしたまま、
アルトは恨みがましい目を向ける。
「え?…あ、ああ!
ええと…か、鍵も持ってなかったし、
商店で時間を潰してたのよ。」
グレアは視線を泳がせながら、
そう答える。
「(あ、そっか。よく考えたら…鍵持ってんの俺じゃん。)」
鍵は一つの部屋に一本しかない。
以前はグレアが持つこともあったのだが…
一度、紛失騒動が起き、
それ以降、部屋の鍵はアルトが管理している。
しかし、アルトは気が動転するあまり、
そのことをすっかり忘れてしまっていた。
「(しかも、追いつけなかったんじゃなくて…
いつのまにか追い抜いてたって…
いや、気づけよ俺!?…って、ん?)」
あまりにもな自分の間抜け具合に、
アルトは呆れつつも…グレアの様子がおかしいことに気づいた。
「…グレア?…どうしたの?」
「へ!?…いや!…なんでもないわよ!?」
アルトの問いかけを慌てて否定し…
グレアは誤魔化そうとする。
「(?…ホントにどうした?)」
アルトはこのおよそ二年の付き合いで、
グレアが絶望的に隠し事や嘘が下手なことは理解していた。
が…グレアが何を誤魔化そうとしているのかまではわからず、
今度はアルトの顔に困惑の色が浮かぶ。
「…まあ、いいや。
それでね、グレアが飛び出してった後…」
だが、困惑の色はそのままにアルトは話を切り替えようとする。
「!…聞かないの?」
「…?…そりゃ、気になるけど…
グレアが言いたくないなら、別に無理には聞かないよ?…」
誰にだって言いたくないことの一つや二つくらいあるだろう。
アルト自身、誰にも言いたくないこと…
言っていないことはいくつもある。
どれだけ嘘が下手でわかりやすくても…
それを無理に聞き出そうとするほど、
アルトは野暮ではない。
「…はあ、止めよ止め。
アルトにはお見通しだったし、
無理に隠そうとすると疲れるだけだしね…」
グレアはそう言いながら、
後ろ手に持っていた紙袋をゴソゴソし始めた。
「(?…たしかになんか持ってるなぁ…とは思ってたけど、
何か買ったのか?)」
グレアとアルトはゲオルギスから渡された学費兼生活費とは別に、
冒険者登録をしてから、
いくつかの依頼をこなしたことで得た多少の金銭をそれぞれのポケットマネーとして持っている。
グレアはそれで何かを買ったのだろう。
と、アルトはあたりを付ける。
「はい、アルト。」
グレアは取り出したそれをアルトに手渡した。
「…なぁにこれ?」
受け取ったアルトはさらに困惑の色を強める。
手渡されたそれは…奇異な仮面だった。
「?…かっこいいでしょ?」
心の底から本気でそう思っているのか、
そう言ったグレアの瞳には一切の曇りがない。
「アルト、来月誕生日でしょ?
だから、そのお祝いよ!」
「え?…ああ、なるほど…そういうこと…」
この世界では五歳・十歳・十五歳…と五の節目の年では盛大に祝うが、
それ以外ではあまり祝わないことも多い。
それ故にアルト自身はあまり気にも留めていなかったが、
来月にはアルトは九歳の誕生日を迎える。
グレアはそのお祝いとして用意してくれたらしいのだが…
「(…忘れてた。
グレアはあのゲオルギスさんの姪だった…)」
どうやら、ゲオルギスの奇異なセンスは一族由来のものだったらしく…
グレアのセンスも壊滅的だった。
「ど、どうかしら?…」
アルトの反応が薄かったことで、
グレアは心配そうに見つめる。
「(正直、こんなもん貰っても反応に困るけど…
まあ、せっかくグレアが一生懸命選んでくれたしな。)」
よく見れば…お洒落かもしれない。
たぶん、きっと、メイビー。と、アルトは自分を騙しつつ…
「ありがと。
大事にするよ。」
グレアに感謝を述べた。
「そ、そう!
気に入ってくれた?」
「ウン、キニイッタヨ。」
「ほっ…喜んでくれたなら良かったわ!
ほら…私の時もアルトは祝ってくれたじゃない?
でも、私はこういうのは初めてだったから…ちょっと心配だったのよね!」
機械的に返すアルトのカタコト具合などよそに
グレアは満面の笑みを浮かべる。
「(なんでグレアの方が嬉しそうなんだ?…
祝われてる側の俺より喜んでない?…)」
アルトは再び困惑しつつも…
「(ま、なんにせよ…次のグレアの誕生日はしっかりとお返ししないとな。)」
グレアの祝おうとしてくれる気持ちが嬉しく…
微笑を浮かべた。
「そういえば…グレアはなんで学園を飛び出してったの?」
アルトのその問いに、
グレアは油の切れたブリキのようにギギギと固まる。
「う、うるさいわね!…
も、もういいのよ!…
それより…お腹空いたわ!
ご飯食べに行きましょ!」
「…あ、たしかに。
色々あって忘れてたけど、いい時間だもんね…
って、そんなに引っ張んないでよ!」
アルトは頬を赤く染めたグレアに腕を引かれ…
二人はそのまま部屋を飛び出して行った。
実は、グレアはゲオルギスと暮らしている間は毎年、誕生日を祝ってもらっていました。
(あまり一緒に過ごす時間を取れないゲオルギスのせめてもの罪滅ぼし。)
そのため、グレアの中では誕生日は毎年祝うものになっており、
アルトはまあ言わずもがな…
そんなわけで、この世界では少数派ではあるものの、
二人とも誕生日は毎年祝う派になっています。
そして、第四章は一旦、このお話でおしまいです。
(入学編なのにまだ入学してませんが、
入学までの流れを描いた章なのでお許しを…)
構成上、どこにいれるか悩んだお話を二つ幕間として挟んだのち、
次の第五章が始まる予定ですので、
温かい目で見守っていただきつつ、楽しんでいただければ幸いです。




