第四章 少年期・学園入学編:学術都市 アレフ
<Side:アルト>
中央大陸南東部。
そこには周囲のどの国にも属さない治外法権の独立都市が存在する。
その都市は別名、学術都市とも呼ばれ、
そこでは『知識の探究』を銘打ち、
様々な分野の研究・研鑽が日夜行われており、
最先端の知識と設備を用いることで、
こと学びという一点においてはこの世界でも最高峰の環境をほこっている。
そんな学術都市…アレフという名の都市の入り口で雄叫びのような歓声を上げる者たちがいた。
「うおおぉぉッ!…やっと…やっと着いた…!」
「ええ…ほんとにやっとよ…!」
歓声を上げているのはまだ年端も行かない少年と少女。
その子供たちは…
まあ、言うまでもないがアルトとグレアだ。
二人は目的地に到着した喜びを隠せず、
見るからにはしゃいでいた。
「にしても…この街…すげえな…」
「ええ、そうね…かなり…」
「綺麗」「デケえ」
「「?」」
お互いの言葉がイマイチぴんとこず、
二人は顔を見合わせる。
「綺麗って…そんな言うほどかな?」
「え、綺麗じゃない?」
たしかに今までの街に比べると、
アレフの街並みは現代的というか…近代的ではあるのだが、
アルトは前世でそういった街並みに見慣れており、
そこまでの驚きはなかった。
むしろ、アルトの眼には、
中世風の街並みの方がよっぽど綺麗に映っていた。
「美的感覚は人それぞれだし、まあ、別にいいわ。
それより、アルトこそデケえって何よ?」
グレアはあまり納得していない様子はありつつも、
アルトの発言に触れる。
「だってデケえじゃん。」
「?
だからどういうことなのよ?」
グレアは首を傾げる。
アルトは忘れかけていたが、グレアは一応(?)貴族の子女だ。
ゴルディアス侯爵家に戻れなくなった以上、
籍は失ったようなものだが、
デケえ。なんて言葉は使わないらしく、
ただ単に言葉の意味がわからなかったらしい。
「あ…いやそういうことか。
つい出ちゃっただけなんだけど…
まあ、ようするに…大きいなあってことさ。
ぱっと見だけど…ゲルダの街の倍くらいはあるんじゃないか?」
アルトの言うようにこのアレフという都市ははかなり大きく、
厳密に言えば、ゲルダの街の約三倍はある。
「ああ、そういうことね。
さすがに領都よりは大きいけど…
王都の方がよっぽど大きいわよ?」
しかし、独立しているとはいえ、
この街はあくまで一都市に過ぎず、
かなりの大きさであるとはいえ、一国の首都と比べるほどではない。
(小国ならこの都市より小さいこともあるかもしれないが。)
「え?そうなの?
王都ってサザーランド王国のだよね?」
「他に何があるのよ?
今まで国を出たことないって言ってるんだし、
他の王国な訳ないじゃない。」
「一応、聞いただけじゃんか。」
サザーランド王国以外にも王国…
王が主権を握る王制(王政)の国はたくさんある。
しかし、アルトもグレアも他の王国には行ったことがなかった。
「こらこら。往来で騒いじゃいけないよ?」
二人が騒ぐのを見かねたザスティンが釘をさす。
「グレアが騒ぐから怒られちゃったじゃん。」
「私のせいじゃないでしょ!?
だいたいアルトも騒いでたじゃない!」
「二人ともだよ…?」
「「ごめんなさい。」」
アルトとグレアは、
これまでの旅の間にも似たような言い争いを何度も繰り返しており、
その度に、ザスティンに窘められていた。
「手続きはまだもうしばらくかかりそうだから、
二人とも馬車に戻っておきなさい。」
現在、ザスティン率いるキャラバンは
学術都市に入る長蛇の列に並び、
都市に入る順番を待っている状態だ。
アルトたちはその手続きを行うために
一旦、馬車を下りたザスティンの後をついて、
この入り口まで来ていたが、
まだもうしばらく時間はかかりそうということで
ザスティンは二人を馬車に帰そうとしていた。
「いや…でも…もう少しだけ…」
「そうよ!ちょっとくらい良いじゃない!」
二人はそう言って食い下がり、
その場に残ろうとする。
しかし、ザスティンは首を横に振った。
「興奮する気持ちもわかるけど、
明日以降もここに滞在するからね…
疲れているだろうし、今はゆっくり休んでおきなさい。」
声色だけは元気そうな二人ではあったが、
その顔には疲労の色が濃く出ていた。
だが、それも無理はない。
旅もしたことがない子供が馬車で三ヶ月。
初めての旅にしてはかなり過酷なものだった。
いくら二人が子供離れした力を持っているとはいえ、
そこは関係ないのだ。
本人たちは疲れてないと言い張ったものの、
ザスティンは他の商会員たちに指示を出し、
二人を問答無用で馬車へと連れ戻させるのであった。
…
数時間経った頃、アルトたちはようやく
学術都市の中に入った。
だが、その頃にはもうすっかり日は沈み始めており、
とりあえず宿を取ることになったのだが…
「マジかよ。」
キャラバンの全員が同じ宿に泊まるとなると、
どうしても部屋数が足りず…気心の知れた者同士の相部屋となった。
アルトの気心の知れた者…つまり…
「(いくらなんでも女の子と同部屋はダメだろ…)」
グレアとの相部屋だった。
「なにボーっと突っ立ってるのよ?
さっさと荷物置いたら?」
早々に荷物を置き、
軽装になったグレアが
未だに荷物を背負ったままのアルトに言う。
「さすがに…」
「なによ?」
「同部屋はアレじゃない?」
「…アルトは私と一緒じゃ嫌なわけ?」
グレアは少しむっとしたような顔で言う。
「あ!…
いやいや、そういうわけじゃないけどさ…」
アルトは慌てて否定する。
「ならいいじゃない。
他に部屋もないんだし。
だいたい、ここ三ヶ月ずっと馬車で一緒だったんだし、
今更、何を気にしてるのよ?」
「…まあ、それもそうなんだけどさ。」
言われてみれば、
三ヶ月の旅の間、ずっと同じ馬車で寝食も共にしてきた。
グレア的には別に今更、気にすることでもないのだろう。
気にしていたアルトが馬鹿らしくなるほど
グレアはあっけらかんとしていた。
「納得したならそれでいいんじゃない?
さすがに疲れたし…ちょっと横になろうかしら。」
グレアはそう言って、ベッドに入ろうとする。
「あ…!
ずるい!僕もちょっと横になりたいのに!」
「なら一緒に横になる?」
「…!?
…ってそうなったら誰が起こすのさ。」
グレアの提案にアルトは一瞬、顔を赤くしつつも、
ツッコミを入れる。
そもそも、グレアは一度寝るとなかなか起きない。
寝る子は育つとも言うし、
よく寝ることは別に悪いことではないのだが、
時間帯的にも誰かが起こさないと、
朝までそのまま…というパターンになるのは想像に難くない。
そして、その誰かは…十中八九、アルトだ。
当然と言えば当然だが、アルトも寝てしまうと誰も起こす者がいなくなる。
「(もしかしたら、キャラバンの誰かしらが起こしに来てくれるかもしれないけど、
さすがにそれをあてにしていてはいけないし…って、ん?)」
会話が妙なところで途切れたことに気づいた
アルトはグレアの方を振り返る。
「…ZZZ」
「え!?
もう寝たの!?嘘だろ!?」
ついさっきまで喋っていたのにも関わらず、
グレアは早々に夢の世界に旅立っていた。
「(ま、まあ疲れてただろうし…しゃあないけど…
の○太君かよ。)」
某青い猫型ロボットに泣きつくメガネの少年は一秒以下で寝付けるらしいが、
それもかくやというほどの高速睡眠だった。
「(…晩御飯くらいまではゆっくり寝かしといてやるか。)」
グレアの気持ちよさそうな寝顔を眺めつつ、
アルトはそんなことを考えていた。
…
「二人とも…
そろそろご飯だぞ…ってありゃ?
ベッドはこんだけデケえのに…
ふふ…ホント仲いいのな…」
キャラバンの冒険者の一人が
中々出てこない二人を呼びに来た時、
アルトはベッドにもたれかかるように、
グレアはそのアルトに引っ付くようにして眠っていた。
その姿はとても大の大人に引けを取らない強さを持つとは思えないほどの
年齢相応のものであった。




