第四章 少年期・学園入学編:グレアのバカ!もう知らない!
<Side:アルト>
「ほんっ…とうっに…すみませんッ!」
「あ、ああ…
別に君のせいではないんだから気にしなくて大丈夫だ。」
アルトは意識を取り戻したベナレスに平謝りしていた。
「グレアにはきつーく言って聞かせますので…」
まるで、子供のしたことで謝罪する保護者のようなアルトであったが、
ベナレスは首を横に振る。
「いや、本当に気にするな。
因果応報だからな。
それより…治療は誰が…」
「治してくれたのはこの坊主だぜ。
にしても…ははっ…団長、玉の方は大丈夫か?」
目覚めたばかりのベナレスの問いに
ベナレスをこの馬車まで運んできた冒険者が半笑いでそう答える。
気を失ったベナレスは治療のために運び出され、
彼らの乗っていた馬車へ運ばれた。
だが、一つ問題があり、
治癒魔術を扱える者自体は
このキャラバンには何人もいるが、
治癒魔術を使える男性はアルトの他にいなかった。
さすがにこんなことで治癒薬を使うのも勿体ないし、
かといって、男の股間の治療を女性にやらせるわけにもいかず、
グレアの暴挙に責任を感じていたアルトが買って出たのだ。
「笑い事じゃないぞ…
なんならお前も一度蹴られて来るといい。」
「やだよ!
俺、見てただけで縮み上がったんだからな…
今日はもう近くの湖のあたりで昼飯にするらしいから、
落ち着いたら、団長たちも来なよ!」
そう言いながら、その冒険者は馬車を出て行った。
「(もうそんな時間か…
ベナレスさんも目覚めたし、
なにより、二人きりは気まずい…そろそろ…)」
アルトは途中でベナレスの治療のために話し合いを抜けてきていた。
それがどうなったかも気になるし、
昼食時という理由を付けて、
そろそろ戻ろうか…なんて考えていると、
ベナレスが口を開いた。
「…少年。
治療感謝する。良い腕だな。」
「いえ…大したことはないですよ。」
「はっは…謙遜するな。
その年で魔術が使える時点で十分、大したもんだ。
そして改めて…すまなんだな。」
そう言って、
ベナレスは再び頭を下げた。
「え!?いや!止めてください!
その件に関しては、こちらに非があったので…
こちらこそすみませんでした。
あの状況では、たしかに配慮に欠ける無遠慮な言動でした…」
アルトも慌てて頭を下げる。
「反省できているならそれで良い。
過ちは誰にだってある。
子供の頃なぞは特にな。
人というのはそれを重ねて成長するものだ。
ただ、同じ過ちは繰り返さぬようにな。」
「はい。」
「まあ、私もあまり人のことは言えないがな。
どうにも頭に血が昇りやすくて困ったものだ。
君の方が私なんかよりよっぽど冷静で大人びているぞ…」
ベナレス自身、頭でわかってはいるのだが、
どうにも止められないらしく、
そう言って、苦笑を浮かべる。
「そんなことないですよ…」
「その受け答え自体が既にそうなんだがな。
君はかなりの謙遜屋だな…」
「そうですかね…?」
アルトは相変わらずで、
これまでほとんど交流の無かったベナレスにすら見抜かれていた。
「自覚はないのか…?
だが、まあいい。
この件はこれで終わりにして…
そろそろ私たちも昼食を摂りに行こうか。」
「あ!はい!」
アルトもベナレスの後を追いかけ、
馬車を出ようとしたその時…
「!…ああ、大事なことを言い忘れるところだった。」
前を歩いていたベナレスはいきなり立ち止まり、
何かを思いだしたようにアルトの方を振り向きつつ言った。
「ありがとう。
本来ならば、盗賊の相手も私たちの仕事だったのだが、
君らのおかげで犠牲者を出さずに済んだ。
本当にありがとう。」
「!…ベナレスさん…」
ベナレスは三度、頭を下げた。
先ほどまでは謝罪のため…
今回のは混じり気のない純粋な感謝が籠められていた。
「さ、昼食を摂りに…」
「ええと…僕からも一つだけいいですか?」
ベナレスは再び出口の方へ向き直ったが、
今度はアルトが呼び止める。
「うん?なんだ?」
「二十八歳はたぶん、まだお兄さんなので…
だから…その…ベナレスさんはまだおじさんじゃないですよ?」
「…そうか。」
ベナレスは苦笑いを浮かべ、アルトの頭を撫でた。
…
「あっ!
やっと来た。」
「やっと来たじゃないよ…
グレアが馬鹿なことをするからこうなったんだよ…」
キャラバンのメンバーは街道に止まっている馬車から少し外れた場所にある
湖の近くで昼食の準備をしており、
馬車を出た後、アルトはベナレスと別れ、グレアのいる場所へと戻ってきた。
「別にアルトが治療しなくても良かったじゃない。」
「そういうわけにもいかなかったんだよ。
だいたいなんであんなことしたのさ…?」
「う…それは…アイツが…アルトを殴ったから…」
もじもじとしながら、
顔を赤くし、恥ずかしそうにグレアはそう言う。
「え…」
思いもよらないグレアの反応に心臓が跳ねる。
「(な、なんだ…?
グレアのやつ…
そんな…俺のことを思って…)」
心拍数が跳ね上がり…
アルトの顔もどんどん真っ赤に染まっていく。
「アルトを殴っていいのは私だけなのよ。」
「いや、良くないけど!?」
「まあ、なんにせよ…
ざまあみやがれって感じよ。」
「はあ…」
アルトはため息をつきつつ、
やれやれと首を振った。
「やあ、おかえり。アルト君。
ご苦労だったね。」
アルトが戻ってきたのに気づいたザスティンがそう声をかける。
ザスティンは人数分の食事を取りに行っていたらしく、
三人分の食事をお盆に乗せて運んできていた。
「にしても…アルト君は治癒魔術も使えたんだね。
魔術を使えるとは聞いていたけど、知らなかったよ。」
食事を並べながら、
ザスティンはそう口にする。
「…まあ、使う機会もなかったんで、
知らなくても無理はないですよ。」
今回、灰狼の群れと盗賊の襲撃が同時に起こったことで
アルトたちも交戦することになったが、そんなことは初めてだった。
これまでにも魔物や盗賊の襲撃自体はあったのだが、
基本的には護衛の冒険者が交戦・撃退しており…
ただ馬車に乗っているだけの状況では魔術も何も使いはしなかった。
(正確には使えるような状況になかったとも言うが。)
「それより、ザスティンさん。
さっきの話し合いって…」
アルトは途中離脱してきた話し合いが
どうなったのかが気になり、尋ねる。
「ああ、その件か…といっても、
アルト君たちが出ていった時点でもうかなり終盤だったしね…
特に追加のめぼしい情報はないと思うよ?」
ザスティンの言うようにアルトたちが馬車を出て行った時点で、
既に話し合いはほとんど終わっており、新たな情報はなかった。
「そうですか…」
「なによ?
なにか気になることでもあるの?」
なにか気がかりでもあるのかアルトはすっきりしない様子で、
それを見たグレアが尋ねる。
「あ…いや…別に大したことじゃないんだけどね。
盗賊ってあれぐらいが普通なのかな…?って思ってさ。」
「あれぐらい?
何の話よ?」
グレアはイマイチピンと来ていない様子で首をかしげる。
「まず、僕らが馬車から出て来た時、
盗賊と戦ってたのは誰か覚えてる?」
「え…?
それはサフィーナさんと商会の…ってあれ?」
そこまで言った時点でグレアも違和感を覚えたのか言葉が止まる。
「そう、冒険者のサフィーナさんもいたけど、
戦ってたのは商会員の人たちだ。
多少、魔術や武術の心得があったとしても、
本来、非戦闘員であるはずのね。
にもかかわらず、十分に応戦できていた。
まあ、そこに関しては商会員の人たちが
強かったのかもしれないけど、
僕ら…たかが子供二人が加勢に入っただけで
戦況は逆転するほどに状況は拮抗していた。
それはつまり…」
「盗賊が弱すぎる。ってことね。」
魔物の襲撃に合わせ、
襲撃してくるほど賢しいわりに…
盗賊たちは大した強さを持ち合わせていなかった。
それがアルトの覚えていた違和感の正体だ。
だが、その言葉を聞いたザスティンは冷静に言う。
「…いや、そんなこともないと思うよ?」
「「へ?」」
二人の間抜けな声が揃う。
「で、でも…盗賊たちは実際、あまり強くなかったですし。」
「そうよ。盗賊たちが弱かったのは間違ってないじゃない。」
「それはあくまで君たちからすれば。だよ。
そもそも、盗賊にはしっかりと鍛錬を積んだ者はあまり多くない。
なんなら、策を弄していた分、
この表現が正しいのかはわからないけど、
あの盗賊たちは盗賊の中では上澄みの方だよ。」
盗賊の上澄みとはもはや何かわからないが、
ザスティンはそう評した。
盗賊は略奪行為を働く犯罪者であり、
場合によっては賞金を懸けられ、賞金稼ぎや騎士などの官憲に追われることにもなる。
ある程度の強さがあれば、
盗賊になるくらいなら、
冒険者になったり仕官した方がよっぽどリスクが少ない。
盗賊に身をやつすようなのは
腕がないか、学がないか、心がないか。
このいずれかなのである。
「他にも気になることはあるかな?」
「いえ、大丈夫です。
それよりも、ご飯冷めちゃいますんで先にいただいちゃいましょ。」
ザスティンの説明を受け、
納得したのかアルトはそう返す。
「ああ、そうだね。
せっかくだし、
暖かいうちにいただこうか。」
そうして、三人は食事を摂り始め、
少し前の慌ただしさが嘘かのような穏やかな時間が流れて行った。
〈参考〉
・灰狼
単体では討伐レートD、群れ(五匹以上)では討伐レートC-の魔物。
その名の通り、灰色の毛並みを持つ狼。
通常の狼とは異なり、口から炎を吐く。
この魔物の毛並みは燃やした灰の色でついたと言われている。




