第四章 少年期・学園入学編:襲撃
<Side:アルト>
馬車から下りた二人の目に入ったのは立ち昇る煙。
街道沿いの木々が燃え上がり、
馬車を引く馬たちは興奮したり、
怯えたりしていた。
だが、他の人々はそれを気にも留めない。
いや、正確にはそれを他の人々は気にしている余裕がなかった。
「防御陣形を崩すな!」
「魔術を使える者は火を消せ!」
「負傷者は下がれ!」
「無理だ!これ以上は後退できねえ!」
馬の嘶きと飛び交う檄。
中にいた時に気づかなかったのが不思議なほどの
喧噪があたりには広がっていた。
「なんだ…これ…」
あまりの光景にアルトは言葉を失う。
「二人とも!
出てきちゃダメです!」
そう叫んだのは先ほどアルトたちの馬車を
訪ねて来ていた冒険者のサフィーナだった。
サフィーナたち護衛の冒険者は…
いや、よく見るとサフィーナの周りにいるのは護衛の冒険者ではない。
サフィーナと共に何者かと交戦しているのは、
なぜか武器を持ったザスティンら商会員たちだ。
他の冒険者たちは馬車の後方側で何者かと交戦しており、
冒険者と商会員たちは停留する馬車を背にして囲むように戦っていた。
「サフィーナさん!一体何が!?」
警告を発したサフィーナだけが
なぜか一人、商会員たちと共闘しており、
どういう状況かいまいちわからずアルトは問う。
「私が戻った時には既にこうだったので、
詳しくはわかりませんが…魔物と盗賊の襲撃です!」
切迫した様子でサフィーナは答える。
サフィーナも途中からしか知らず、
詳細は分からないようだった。
しかし…
「(魔物!?
ちょっと見てみた…ってそんな場合じゃない!)」
断片的な情報しかないが、
未知との遭遇に一瞬、
心が躍りそうになるアルトであったが、
理性で抑える。
「それより早く!早く中に!
ここは危険…きゃあ!」
「へへ、余裕ぶっこいてんじゃねえよアマ!」
サフィーナたちが交戦していたのは盗賊の一団。
アルトたちの方に意識を割いたことで、
前衛を務める商会員を突破してきた
盗賊の攻撃を受けそこない、
サフィーナは体勢を崩す。
「なかなかの上物…
殺すのはもったいないが…
術士は生かしておくと厄介だからなぁ…
死に晒せ!」
盗賊は未だ体勢の整わないサフィーナに
トドメをさそうと追撃する。
「避けろ!サフィーナ!」
周りにいる者もサフィーナの危機には気づいたが、
目の前の相手に手一杯で間に合わない。
もう駄目だ。と本人も含めほぼ全員が諦めかけた
その時…
「動かないで!」
「へ?…!?」
サフィーナの頭上スレスレを何かが掠める。
それは的確にその盗賊の剣を持つ腕を打ち抜いた。
「グッ!?
手が!手がァァあああ」
盗賊の腕を打ち抜いたのは圧縮された空気の塊。
正確には…風の弾丸。
「…良かった…当たって。」
照準を合わせるために上げていた腕を下ろしつつ、
それを放った人物…アルトは命中したことにひとまず安堵していた。
…
アルトが放ったのは中級風魔術:【風弾丸】
弾丸と名付けられてはいるものの…
本来のこの魔術は人体を貫通するほどの威力はない。
衝撃こそあれ、せいぜい骨を折るのが関の山だ。
誘拐犯たちと相対していた時に使われた魔術もそうだったが、
アルトの魔術は魔法陣の書き換えや圧縮などで
もはや元の魔術とは全く異なるものになっていた。
「サフィーナさん!
今のうちに後退を!」
「え!?あ!はい!」
予想外のところからの一撃に呆けるサフィーナに
声を張り上げ、警告を飛ばしつつ、
アルトはサフィーナたちの方に向けて駆けていた。
「さすがアルトね…
私も石投げたんだけど、当たんなかったわ…」
アルトと並走しつつ、グレアは呟く。
どうやらグレアも落ちていた石を投げて、
サフィーナを助けようとしていたらしい。
まあ、見当違いの方向に飛び、
外れていたのだが。
「そんなことしてたの?
グレアはノーコンなんだから、
止めときなよ…
違う人に当たるって。」
「…たまたま外れただけよ。」
グレアは不服そうだが、
アルトがこう言うのにも訳がある。
二人は領主邸で暮らしていた際に、
一度だけ遊びで的当て勝負をしたことがあったのだが、
グレアの投げた球(アルトが魔術で作った泥球)は的にかすりもせず、
結果はアルトの圧勝。
本人は否定するものの…
グレアはかなりのノーコンなのだ。
そんなことを言っている間に、
二人は商会員たちが戦っている地点にたどり着く。
「僕も戦います!」
「私も!」
「いや待って!?
ホントに待って!?
…って!?…行っちゃ駄目ですってば!?」
後退していたサフィーナの側をアルトたちはするりと抜けて、
入れ替わるように前に出た。
なにやらサフィーナが後ろで何か言っているが、
今はそれどころではない。
「なんでグレアもついてくるのさ?
…グレアは後ろで待っときなよ。
武器もないし…」
「?…武器ならいっぱいあるじゃない。」
そう言っている間にグレアは盗賊の一人を打ちのめし、
武器を奪っていた。
「…ホント手が早いよね!?
でも…ナイスアイディアだ!」
アルトはグレアを窘めつつも、
自身も盗賊から武器を奪う。
アルトには魔術があり、
杖も使わないので、
武器は必ずしも必要ではないのだが、
魔術では味方を巻き込むリスクがある。
近接戦となると、
適当な武器でも持っておいた方が都合がいい。
そう考えたものの…
「なんだコレ…ボロいな…」
奪った剣は手入れがされていないのか所々錆びたり、
欠けたりしていた。
「ま、いっか。」
状況が状況だ。
あまり贅沢も言ってられない。
アルトとグレアは奪ったボロボロの剣を手に盗賊たちへと襲いかかる。
「な、なんだ!?
このクソガキども!
ガキのくせに…やたら強え!?」
相手は子供。
それ故の油断もあったのかもしれないが、
二人は次々と盗賊たちを戦闘不能に追い込んでいく。
「(うーん…?
あんまり強くはないな?)」
二人が加勢したことで…形勢は一気に逆転していた。
「くっ…
お前らずらかるぞ!
一旦、撤退だ!」
形勢が不利になったと悟ったのか
盗賊の頭目らしき人物の号令で盗賊たちは撤退していく。
「逃がさないわ!」
「グレア!追っちゃダメだ!
まだ終わってない!
後ろの方はまだ戦ってる!」
グレアは撤退する盗賊を追おうとするが、
それをアルトは制止する。
「くっ…でも…ああ、もう!
わかったわ!」
一瞬、苦い顔をしたものの…
納得はしたのかグレアは反転し、後方へと駆けていった。
「(俺も加勢に…って待った。)」
一度は自身も後方側へ支援に向かおうとしたアルトであったが、
ある人物が視界に入り、踏みとどまる。
「治癒魔術を扱える者は重傷者の治療を!
それ以外の者は近くに湖がある!
動ける者は消火にあたれ!」
その人物は自身も多少の傷を負いつつも、
軽傷の商会員たちに指示を出し、動き回っていた。
「ザスティンさん!」
「アルト君!
加勢してくれたのは君たちだったか…助かったよ!」
その人物の名はザスティン。
このキャラバンの代表を務める人物だ。
「いえ…それよりもなにがあったんです?」
アルトは未だに詳しい状況を把握できていない。
それゆえに一番知っていそうなザスティンに
確認しようと声をかけた。
だが…
「…?…ああ、そうか。
さっきまで馬車の中にいたのか。
だがすまない…説明してやりたいのだが、
今はそれどころではないんだ。
それよりも、早く火を消さなくてはならない!」
「ええ…それはそうですね。」
炎はかなり燃え広がっており、
このままでは大規模な森林火災になってしまう。
「商会員の中でも水魔術を使える者が消火にあたってくれてはいるが…
本職の術士じゃない以上、そこまで大規模な魔術は使えない。
正直なところ、焼け石に水だ。
せめて術士のフューリーがこっちにいてくれるか、
水の魔導具でもあれば違ったんだが…」
ザスティンは悔しそうに呟く。
そんなザスティンの様子を見て、アルトは動いた。
「(…消火できればいいんだよな?
少し濡れるかもだが…許してくれよ!!)」
アルトは手を空へとかざした。
すると…
ポツ…ポツ…
ザァァァ…
「…どうして…いきなり雨が…!?」
ザスティンは突然降り出した雨に驚きを隠せない。
先ほどまでは雲一つない快晴で
雨など到底降るはずもなかった。
にもかかわらず、晴れ渡っていたのが
まるで嘘であるかのように
空は急激に陰り、雨が降り始めた。
「だが、助かった!
これで火は消える!
おお、神よ!
汝は我らを見放さなかった!」
ザスティンは天を仰ぎ、叫ぶ。
「(え…?…ちょ…ええ…?)」
アルトは困惑を隠せない。
ザスティンはちょっと…いやかなり、テンションが高く、
若干、アルトは引き気味であったが、
彼らにとっては、まさに天が授けた恵みの雨。
神の奇跡にもほど近いものだった。
無論、誰かの日頃の行いが良く、
たまたまタイミングよく雨が降り始めた…というわけではない。
「(ザスティンさんの様子が変だが…まあ、それはいいか。
よしよし…ちょっとずつだが、火は消えていってるな…)」
この雨はアルトの仕業だった。
アルトが使用したのは聖級相当水魔術:【降雨】
その名の通り、雨を降らせる魔術で、
アルトが聖級相当風魔術:【暴嵐】から着想を得て、
自作した魔術だった。
「(使う機会なかったけど、
こういう時には役に立つな…)」
今回の【降雨】に限らず、
アルトには作るだけ作って腐らせている魔術が山のようにある。
(まあ、別に腐りはしないのだが。)
そのくせ、アイデアが浮かべば、
新しい魔術を産み出すので、
その数は増える一方であった。
普通に習った魔術ですら、
そのほとんどがほぼ死蔵状態なので、
使う機会があるのかはかなり疑問ではあるが…
そこはさもありなん。
しばらくして、
ある程度の消火の目途が付いた頃、
アルトは未だにテンションの高いザスティンを放置し、
反対側へ向かって駆けて行った。
…
「(ひー…ビチャビチャだぁ…)」
アルトが消火のために降らせた雨によって、
アルトは…というかみんなビチャビチャになっていた。
「あ、グレア!」
アルトが停車している馬車の付近まで戻ってくると、
自分たちの乗っていた馬車の昇降口付近にグレアは腰かけていた。
「やっと来たわね…アルト。
いきなり雨は降ってくるわ、
気づいたら、アルトはいないわで
驚いたんだから…
というかアンタ一体、何してたのよ?」
グレアが一人で先行しただけとも言うのだが、
本人はどうやらアルトも付いて来ていると思っていたらしい。
「ん?いやまあ、色々ね。
それより、魔物はどうなったの?」
別に消火作業をしていたでいいのだが、
半分くらいは様子のおかしいザスティンに気を取られていた。
それをわざわざ言うのも、
ザスティンの名誉的にもアレだったので、
アルトは適当にはぐらかす。
「私が着いた頃にはもうほとんど終わってたわよ。
私も魔物と戦ってみたかったのに…」
どうやら、グレアが到着した時点で、
既に魔物との戦いは決着していたらしく、
先にこの場所に戻ってきていたらしい。
だが、魔物と戦えなかったことがそんなにも心残りなのか、
グレアは若干、悔しそうに狂戦士みたいなことを言う。
「なんで悔しがってるのかはわからないけど…
まあでも、僕も生きてる姿はちょっと見たかったかな。」
どんな魔物だったのかまでは詳しくわからないが、
その部分に関してだけは、アルトも興味があった。
「でしょ?
あーあ残念…
ちょっとぐらい残してくれていたら良かったのに…」
「あはは…そうだね…」
二人が暢気にそんなことを口にしていると…
ゴン!ゴン!
拳が二人の頭の上に振り下ろされた。
「いっ!?」
「ぴっ!?」
「何をするんだ!?」と言わんばかりに
二人はキッと睨みつける。
だが、そんな視線は意に介さず、険しい表情をした男が怒鳴るように言う。
「クソガキども!
冗談でもそんなことを口にするな!」
男の名はベナレス。
キャラバンの護衛の冒険者たちの長で、
筋骨隆々の逞しい戦士である。
普段は寡黙で、そこまで感情を顕わにするタイプでもなく、
表情から感情は察せられないが、
静かに怒りを湛えていた。
「残しておいてどうなる!
ただ貴様ら自身の欲を満たしたいだけだろう!?
それだけのために、
何人が犠牲になると思っていると思っている!?
周りを見ろ!
死者こそいないが、みんなボロボロだ!
そんな状況でよくもまあ、
ぬけぬけとそんなことが言えたな!」
ベナレスの言葉に二人はあたりを見渡す。
商会員と冒険者、
共に負傷している者はいたものの…
死者はかろうじて出ていなかった。
だが、かろうじてだ。
みんなボロボロで、
無傷なのはアルトとグレア、
そして目の前にいるベナレスぐらいだった。
「「っ…」」
二人は目を伏せる。
自分たちに非があるのはわかりきっており、
何も言えなくなっていた。
「それぐらいにしてあげてください。」
そこに割って入ったのはサフィーナ。
「サフィーナ…貴様、こやつらの肩を持つというのか!?」
ベナレスの怒りが割って入った
サフィーナにも飛び火する。
「そ、そういうわけではありませんが…
相手は子供です。
あんまり言うと可哀想ですよ…」
ベナレスのあまりの剣幕に
サフィーナはうろたえつつも、
二人を庇う。
「何が可哀想だ!
いくら子供とて、何を言っていいわけでもあるまい!」
「で、ですが、
二人がいなければ、私たちは盗賊たちに全滅させられていました!」
徐々にヒートアップするベナレスにサフィーナはたじろぎつつも、
庇うのを止めなかった。
「ん…?
どういうことだ?
盗賊とは何の話だ?
それがこやつらと何の関係があるというのだ?」
「え、ええと…それは…」
ベナレスからの矢継ぎ早な問い。
サフィーナが返答に窮していると…
パンパン。と、
誰かが手を叩いた。
「はいはい、待った待った。
続きはまた後で、馬車の中でしよう。
このままでは風邪を引いてしまうからね。」
「団長…」
さっきまでおかしなテンションになっていたザスティンが
いつの間にか戻ってきており、
その場を一旦、治めた。
アルトの【風弾丸】を放った時のポーズは
某霊○的な感じです。
もしくは新しい方の指○砲。
断じて、物理的に指が飛ぶホラーな方ではない。




