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第四章 少年期・学園入学編:酔い止めしらず

<Side:アルト>


サザーランド王国南部。

街道を複数台の馬車の集団が駆ける。


その集団はザスティン商会とそれに雇われた護衛の冒険者によるキャラバン。

その集団の馬車の一つにアルトとグレアの二人は乗っていた。



「…暇だわ!」


グレアは不満げに口にする。


だが、それも無理はない。


学園へと向かうためにゲルダの街を発ってから、およそ三週間。

その間、こうしてずっと馬車に揺られているだけの状況が続いていた。


学園まではいくつかの国境を越え、

陸路でおよそ三ヶ月。

まだ半分も来ていないのだが、

かなりグレアはストレスが溜まっているようだった。


「…ああ…たしかに…ね…」


アルトは青い顔をし、相槌を打つ。


以前、馬車に乗った際にも、

グロッキーになっていたアルトであったが、

以前に比べると馬車に揺られている時間はかなり長く…

今回はより一層ひどい状況になっていた。


そんなアルトを横目にグレアはぼやく。


「アルトもこんなだし…どうしたらいいのよ!」


最初の数日のうちはグレアもアルトのことを心配し、

声をかけていた。

しかし、アルトは初日からずっとグロッキー状態が続いており…

さすがにもう何も言わなくなってきていた。


「まあまあ…グレアちゃん。

もうしばらくしたら休憩を取るからね。

アルト君は…大丈夫かい?

辛いなら横になってても構わないんだよ?」


そんなグレアを宥めつつ…アルトに声をかけるのはザスティンだ。


この馬車にはアルトとグレア、

そして、ザスティンの三人だけが乗っている。


馬車には商会員や冒険者がそれぞれ分かれて乗っているが、

何故、ザスティンだけがこの馬車に乗っているのかと言うと、

色々な配慮の結果だ。


グレアは今でこそ多少マシだが、

ザスティンとの最初の顔合わせの時はひどい人見知り具合で

面識のない他の商会員たちと長時間同じ馬車に乗り合わせるのは酷だった。


かと言って、子供たち二人だけで馬車に乗せるのも、何かあった時に心配だ。

そういうわけで唯一事前に顔合わせをしていたザスティンが

二人の保護者代わりとして同乗していたのだ。


「…ええ…大丈夫です…

体調は…まあ…ぼちぼち…ですかね?…」


実際のところ、あまり大丈夫ではなかったのだが、

横になったらなったで振動が辛い。


それになにより、

大丈夫でなくても大丈夫と答えてしまうのが日本人的な性だった。


「そうかい?

さっきグレアちゃんにも言ったけど、

もうしばらくしたら休憩を取るから…

あと少しだけ頑張るんだよ。」


「…はい…」



そのまま馬車に揺られ、

しばらくした時に馬車は停止した。


「よし…ここいらでしばらく休憩だ。

私はちょっと他の馬車の方へ行ってくるね。」


ザスティンは二人に声をかけ、馬車を出て行った。


ザスティンは休憩中、

他の商会員たちと話し合ったり、

走り回っているらしく、

ほとんど馬車にいない。


休憩といいつつも、本人はほとんど休憩しておらず、

商会長というのはかなり忙しいらしい。


「…アルト。

馬車止まったけど、ちょっとはマシになった?」


「さっきに比べたらね…」


アルトは未だ青い顔をしたまま言った。


「ふん…ならいいけど…

だいたいなんで、そんなに乗り物に弱いのよ?」


「はは…なんでだろうね?

あんまり乗り物には弱くないと思ってたんだけど…」


アルトは前世では車、船、飛行機など色々な乗り物に乗ったことがあり、

少なくとも酔った記憶はなかったのだが、

酔いというのは三半規管の異常が原因だったはずなので

身体が違うとそのへんも当然、異なってくるようだった。


「その自信はどこから湧いてくるのよ…?

あの暴走してた乗り物の時もグデグデだったじゃない。

飛空艇の時も…いや、飛空艇の時は普通だったかしら?

とにかく…もう三週間も乗ってるんだから、いい加減慣れなさいよね。」


「慣れでなんとかなればいいんだけどね…」


そんなことを言っていると…


コンコン。


馬車の扉がノックされた。


「あれ?誰か来た?」


「…みたいね。」


二人は顔を見合わせる。


ザスティンが戻ってきたのなら

別にノックはしないはずだ。


「誰だろう?…」


アルトは対応しようと立ち上がろうとするが、

それをグレアは制した。


「…調子悪いんだから、ゆっくりしてなさい。」


「あ、ありがとう。」


いつものグレアと違う妙に優しい言葉にアルトは驚く。

…いやまあ、優しい時は優しいのだが、

そうでない時との差が激しいのだ。


「(弱っている時に優しくされると…

惚れてまうやろー…なんちゃって。)」


そんなことを考えている間に、

グレアは来客に対応しており…

一人の女性と一緒に戻ってきた。


「アルト。ええと…サフィーナさんが来てくれたわ。」


来客の名はサフィーナ。

キャラバンの護衛を務める冒険者の一人だった。


「?

なんでサフィーナさんが?

ザスティンさんはいませんけど…」


アルトたちは

サフィーナを含めた護衛の冒険者や

ザスティン以外の商会員たちとも

この三週間で何度も顔は合わせており、

多少の会話をすることはあった。

しかし、それでもわざわざ訪ねてくるほどの関係性でもない。


そんな相手が訪ねてきた理由もわからず、

アルトの頭には疑問符が浮かんでいた。


「うふふ…知っていますよ。

なんせ、私はそのザスティンさんに頼まれてきたのですから。」


サフィーナはそう微笑みながら言った。


だが、余計にアルトの頭には疑問符が浮かぶ。


「(??

ザスティンさんに頼まれた?…)」


ザスティンが何をなんの為に頼んだのか、

アルトにはさっぱりわからなかったのだ。


すると、サフィーナは続ける。


「アルト君の乗り物酔いがひどいみたいだから

治癒魔術をかけてあげて欲しいって頼まれたのですよ。」


その言葉は…答え合わせのようでもあり、

ある意味、残酷な真実でもあった。


「(え?治癒魔術?

別に治癒魔術は俺、自分でも使えるんだけど?…

ザスティンさんは俺が魔術使えるの知らなかったっけ?

ていうか、治癒魔術が酔いに利くのか?…)」


アルトの頭にはさらなる疑問がわき出した。


それらを順に片していくと…


まず、ザスティンは…ザスティンだけはゲオルギスから事前に聞かされており、

アルトが魔術を使えることは知っていた。

しかし、その程度…アルトがどの程度、

どういった魔術を使えるかといった詳細なことに関しては知らなかった。


そして、治癒魔術というのは、

傷のほかにも、病気などの治療にも使える。

もちろん、その種類によっては効果がないこともあるが、

乗り物酔いには効果があった。


だが、三週にもわたって、

乗り物酔いに苦しんでいるにも関わらず、

治癒魔術を使用する素振りすら見せないことから、

アルトは治癒魔術を使用できないのだと判断して、

冒険者のサフィーナを頼ったというわけだった。


アルトが治癒魔術が乗り物酔いに有効なことを知らなかったこと。

ザスティンがアルトの使用できる魔術の種類やその練度を知らなかったこと。

その二つが影響したことで…このちょっとした悲劇は起こったのだ。


「ええと…サフィーナさん。

一応、確認なんですけど…乗り物酔いに治癒魔術って効くんですか?」


アルトは念のため、サフィーナに確認する。


「ええ、そうですよ。

乗り物酔いは治癒魔術で治ります。

同じ酔いでもお酒の酔いなんかは治癒魔術じゃなくて、

解毒魔術なんですけどね。

なんて…こんな話、まだアルト君たちには早いでしょうけど…」


サフィーナはアルトの確認に頷きつつ…そう答える。


「(へえ…そうなんだ…

まあまだ酒は呑める年齢じゃないけど…)」


一応、この世界の成人は十五歳で、

その年になれば、お酒は飲めるようになる。

だが、前世よりは早くとも、

アルトはまだそこまで達していない。


前世の年齢と今世の年齢を足せばまあ、

越えてはいるのだが、肉体的には全然まだまだだった。


「じゃあ、そろそろ…アルト君。

治癒魔術をかけますから、もうちょっとこっちに来てくれますか?」


思考が少し脇に逸れたが、

サフィーナがアルトに治癒魔術をかけようとしてくれていた。


「あ!いえ、大丈夫です!

自分で治癒魔術は使えますから!」


だが、アルトはそれを固辞し、

自分にさっと治癒魔術をかけた。


「(お…ホントだ…

だいぶすっきりした…

…マジでこの三週間なんだったんだよ。)」


アルトは内心、ぼやきつつ…

治癒魔術の予想外の効能に驚いていた。


結果だけ見れば、

アルトは三週間も無駄に苦しむ羽目になったのだから、

ぼやくのはまあ…無理もない。


「驚きました…アルト君も治癒魔術を…

しかも…無詠唱で…」


事も無げに無詠唱で治癒魔術を行使したアルトであったが、

それを見たサフィーナは目を丸くし…そう呟いた。


「ふふん。アルトは凄いのよ!」


褒められたのはアルトだったのだが…

なぜかグレアは自慢気に胸を張っていた。


「やめてよグレア…恥ずかしいから…」


アルトは褒められて嬉しそうにしつつも…

どうしても気恥ずかしかったのかポリポリと頬を掻く。。


「なんにせよ…せっかく来ましたけれど…

私の治癒魔術は必要なかったみたいですね。」


サフィーナはそう言って苦笑を浮かべる。


「いや…治癒魔術が乗り物酔いに利くなんて知らなかったので、

教えてもらえて助かりました…ありがとうございます。

教えてもらってなきゃこれからも乗り物酔いに

苦しめられてたでしょうし、本当に助かりました。」


これからもまだしばらく馬車での移動は続く。

サフィーナが教えてくれていなかったら…

そう考えただけでもアルトは気分が悪くなりそうだった。


「ああ、そういうことでしたか。

だから使ってなかったのですね。

まあ別にたいしたことを教えたわけではないのですが…

そう言ってもらえたのならなによりです。」


サフィーナは微笑みながらそう口にすると、

踵を返し、馬車から出ていった。


「…良かったじゃない。」


そう言ったグレアはなぜか少し残念そうだった。


「(なんか微妙にガッカリして…ってああ、そっか。

折角の休憩だったのに…もうそろそろ終わるな。)」


数時間おきに定期的に休憩はあるが、

昼食時の大きな休憩以外はそこまで長くない。


もうそろそろザスティンも戻ってきて

出発することになるだろう。


「…あ、そうだ!

グレア。

次のお昼ご飯の時の休憩で久しぶりにちょっと運動しようか。」


アルトの側にいたことで、

休憩中に外に出て身体を動かしたりし損ねたのだ。


それはさすがに申し訳ないなと

アルトはグレアを誘う。


「!

やるわ!」


グレアは食い気味に答える。


実際のところ、

グレアがガッカリしていたのはいつもと違ってしおらしい…

可愛らしいアルトが見れなくなって残念というだけだったのだが、

そんなことをアルトは露知らず。


この三週間はアルトもあまり身体を動かしていなかったし、

(正確には動かせなかったともいうが。)

身体を動かしたかった気分だったので

それはそれで丁度良かったのだ。


「(とりあえずは…ザスティンさんが戻ってくるの待ちだな…)」



「(遅いな…)」


普段ならもうとっくに休憩は終わっているような時間なのだが、

一向にザスティンは戻ってこない。


「(会議か何かが長引いてるのかな?…)」


しかし、そうは思いつつも、

これまでの三週間でこんなことは一度もなく…

(もしかすると、あったかもしれないが

その時はグロッキー状態でそれどころではなかった。)

アルトは若干の違和感を覚えていた。


「遅いわね…ザスティンさん。」


どうやらグレアも同じように感じていたらしくそう口にする。


「だよね…何かあったのかな?…」


これまでとは異なる状況に二人とも戸惑いを隠せないでいて…

さらにそこから十数分の時が流れた。


「…さすがにちょっと…変だ。

様子を見てくるよ。」


アルトの違和感は時を経るごとに大きくなっていっており…

もうこの頃には何かあったのだという確信へと半ば変わりつつあった。


「待ちなさい。

だったら私が行くわよ。

病み上がりの身体なんだからじっとしてなさい。」


治癒魔術によって、

乗り物酔いからかなり快復したアルトはグレアを馬車に残し、

一人様子を見に行こうとしたが、

グレアはそれを止める。


「…平気だよ。

治癒魔術もかけたし。

グレアは中で待っててよ。

何かあっても困るし…」


「何かってなによ?

私、別にアルトにずっと守られてるほど弱くないわよ。」


アルトは心配を口にするが、

グレアは言い放つ。


剣術の稽古が始まってからの一年間で、

アルトとグレアは天神流の中級相当の認可をゲオルギスから受けていた。

グレアに関してはそれだけに飽き足らず、

無意識的に闘気を纏うようになっており…メキメキと実力を伸ばしている。


正直、並の大人なら相手にもならないだろう。


ましてや、

今、アルトたちがいるのはサザーランド王国の南部地方。


ゲオルギスが言っていた限りでは、

南部地方の地方領主シルヴァディ侯爵家は

ゴルディアス侯爵家とは犬猿の仲らしく

この地にゴルディアス侯爵家の手は伸びにくい。


「(さすがに杞憂か?…)」


誘拐事件の影響などもあり、

アルトの警戒心は高まっていたが、

よく考えれば、護衛の冒険者たちもいるし、

必要以上に心配することでもないのかもしれないなと思い直す。


「わかったよ。じゃあ、間を取って二人で一緒に行こう。

もしかしたら、ただ会議が長引いてるだけかもしれないしね。」


「わかったわ。」


二人は馬車の扉を開いた。

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