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第一章 幼年期編:ギルバートが見てる

<Side:アルト>


「あ、アルト…

あなた話せたの!?…」


テレーゼは驚きながらも…言葉を絞り出す。


「(あれ?…人前では喋ってなかったっけ?)」


思い返してみれば、

アルトはたまに独り言は零していたが、

誰かと喋った記憶はない。


意図的に喋らなかったわけではないが、

それゆえにアルトはまだ言葉を

話せないと思われていたらしい。


「ええ…喋れますけど…

それがどう…ぐうぇっ!?」


いきなりテレーゼに引き寄せられ、

アルトはつぶれた蛙みたいな変な鳴き声を上げる。


だが、そんなことが気にもならないほど…


「きゃああ…!もうこんなに

はっきりと喋れるなんて…天才だわ!

ギルバート!うちの子は天才よ!」


「そのようですね。」


テレーゼは大喜びな様子で…アルトを振り回した。


「(し、死ぬぅぅ!?…)」



数分後。


アルトをしばらく振り回した後、

テレーゼは思い出したかのように話を切り出した。


「あれ?…

そういえば、アルトは何を言おうとしてたの?…」


「…」


アルトは答えない。

いや、答えないというよりも答えられない。


散々振り回され、

グロッキー状態となっていたアルトは…

返事をするどころではなかった。


【返事はない。ただの屍のようだ!】



さらに数分後。


「…お待たせしました。

ええと…なんの話でしたっけ?」


「もう…アルトが何か、

言おうとしてたんじゃない!」


振り回され過ぎて、

アルトはもはや軽い記憶喪失になっていた。


「そうでしたっけ?…って、ああ…思い出しました。

僕が階段から落ちたのは僕の責任なんです。

だからどうかギルバートを責めないでください…」


「…どういうこと?

詳しく説明してくれるかしら?…」


アルトの言葉を受け、

テレーゼの眉間に皺が寄る。


「(…うへえ、怖いよぉ。

でも、この一件に関しては悪いのはどう考えても自分だし…

自分が怒られるだけで済むなら安いもんだよな?…)」


そう考えたアルトは内心、怯えつつも…

一連の流れとギルバートに非はないということを説明した。


「ふうん…そういうことだったのね…」


アルトの説明を聞いたテレーゼは渋い顔で頷く。


そして…


「とりあえず…」


ゴツン!と、

アルトの頭には拳が落とされた。


「(ぐおお…ほ、星が散った…)」


あまりの痛みにアルトは悶絶する。


「危ないことをした罰!

でも、どうしてギルバートは

何も話さなかったのよ?…」


悶絶するアルトを横目に

テレーゼはギルバートに尋ねる。


「実はアルト様が部屋を抜け出すのは

今回に限ったことではなく、

以前からたびたび見られておりまして…」


「(おいい!ギルバートッ!

何をチクってやがる!…)」


ギルバートの密告を受け、

テレーゼの冷たい視線がアルトに突き刺さる。


「じゃあなんでもっと前に報告しなかったのよ。」


「使用人たちの間では、悪魔が憑いているだとか、

幽霊の仕業だとか、魔物の仕業だとか、

根拠のない噂が広がっておりました。」


どうやら、今までの深夜の探索…

もとい脱走と徘徊のせいで

使用人たちは必要以上にアルトの部屋に

寄り付かなくなっていたらしい。


「(だから、捕まる率が下がってたのか…)」


屋敷徘徊の裏側を聞き、

アルトは妙に納得していた。


さらにギルバートは続ける。


「その噂を確かめるために観察に徹し、

報告はその結果次第で行うつもりでした。

…結果的にはそのどれでもなかったですが、

報告が遅れることとなり申し訳ありません。」


「(え?…俺、ギルバートに監視されてたの?…)」


監視されていたと言われたうえでも、

いつ、どこから見られていたのかすら、

アルトには全くわからなかった。


もしかしたらギルバートは

忍者かなにかなのかもしれない。


「まったく…あの子たちも馬鹿ね。

でもまあ、一発ずつお仕置きはしたし…

全員、今回のことは不問にするわ…」


テレーゼは溜飲が下がったのか、そう口にした。


「(なんにせよ、一番後味の悪い結末だけは

避けられてよかったな…)」


そんなふうにアルトが考えていると…


「…あっ忘れてたわ!

このままにしておくわけにもいかないし、

とりあえず、

『我が望むは大いなる癒し。

彼の者たちに再び立ち上がる力を。

広域(エリア)上位(ハイ)治癒(ヒーリング)】』」


テレーゼは思い出したかのように

使用人たちに向けて魔法をかけた。


それを見たアルトは…大声を上げる。


「ああああああっ!!!!」


「え、え、なにっ!?」


アルトのいきなりの大声に

テレーゼは驚いた様子を見せる。


「母様、母様、それは魔法ですか!?」


「しぃー!

声が大きいわよ…

もう夜中なんだから静かになさい。」


テレーゼはあまりの大声にアルトを諫める。

先ほどの大騒動で忘れていたが、

もう既に夜はかなり更けていた。


「す、すみません。

ですが!…それ!魔法ですか!?」


だが、アルトは興奮した様子でテレーゼに詰め寄る。


「そうだけどn…「僕に魔法を教えてください!」


食い気味にアルトは言った。

だが…


「教えること自体は別に構わないけれど、

今日はもう遅いからまた明日ね。

良い子…はもう寝る時間よ。」


テレーゼはそう言うと、

アルトを抱え上げ、寝室へと運んだ。


「(昼間も寝てたし、別に眠くなんかないんだけど…

教えてくれるなら…まあ、いいか。)」


なにか含みはあったものの…言質はとれたので、

ひとまずは良しとしたアルトであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


<Side:ギルバート>


「はあ…」


執事服に身を包んだ灰色の髪の男は…

割り当てられた自室で頭を抱えていた。


彼の名はギルバート。

このパトライアス家の執事長を務めている人物だ。


彼には恐れるものはなにもなかった。

今は退いたとはいえ、

もとはこの王国に仕える身であった彼にとって、

どんな強大な魔物(モンスター)もどんな過酷な

任務も恐れる対象ではなかった。

その過程で命を落とそうがなんだろうが構わない。

本気でそう思っていた。


だが、彼は良くも悪くも変わった。

変わってしまった。

護りたいものができたのだ。

愛する家族。彼女たちを失うことを

恐れるようになっていた。


迷いや恐れを抱いた人間は弱くなる。

これはどんなに屈強な軍人でも変わりはなかった。


そんな時に限って、悪いことは重なるもので、

ある強大な魔物がこの国を襲い、

ある夫婦(当時は夫婦ではなかったが)に救われる

ことになったのだが、

その話はおいておこう。


話は逸れたが、なにが言いたいかというと、

彼は恐れてはいないということだ。


たとえ、仕える主の一歳やそこらの子供が

夜な夜な屋敷を徘徊しようとも。


「なにがどうなってるんだ…?

一体…?」


ギルバートに恐れはない。

だが、得体のしれない不気味さを感じていた。


初めにその報告を部下から受けた時、

彼は耳を疑った。

何かの見間違いではないかとも思った。


だが、それが見間違いでも何でもないことを、

二度、三度と同じような報告が続くにつれて悟った。


使用人たちの間では、悪魔が憑いているだとか、

幽霊の仕業だとか、魔物の仕業だとか、

根拠のない噂が広がり、使用人たちはその子供の部屋に必要以上に近づかなくなっていた。


その影響もあったのかもしれないが、

どういうわけかどれだけ警備を強化しようとも、

警備の穴をつくかのように、

その子供はいつの間にか抜け出しているのだ。


頭が痛くなった。

頭痛が痛いなどとわけのわからないことを

のたまいそうになるが、

それでも、思考を放棄することはしなかった。

性格上、出来なかったというのもあるが。


おかげでパトライアス家の警備は

かなり厳重になった。

それこそ、かつて務めていた

王宮の警備と遜色ないほどに。


「(見極めなければ…。

もし…万が一…悪しきものであったのなら、

私が…この手で…)」


主に苦しみを味合わせぬために。

彼の、彼なりの優しさ故の、

ギルバートの孤独な戦いは既に始まっていた。



そして、その夜は訪れた。


いつものように主人の子…

アルトが部屋を抜け出してきた。

齢一歳の幼子だとは到底思えぬほど、

手慣れた脱走手腕である。


通常であれば、

発見次第すぐに連れ戻すところではあるが、

今回、ギルバートは観察に徹していた。


他の使用人にも手出ししないよう、

厳命したうえで、だ。


「(行動に知性を感じる…が…

合理的ではないな…)」


抜け出してどこかに向かうというわけでもなく、

壺や甲冑など屋敷の装飾品の前で

いちいち立ち止まったり、

時折何かを考えこむような仕草をしたりしている。


一貫性のない行動にギルバートは当惑した。


ほとんどの魔物に知性はないし、

知性のある魔物であれば、もっと合理的だ。

しかも、おおかた強大な魔力を持ち合わせている。

察知できないわけはない。


「(魔物の線はないだろう…

だが、なかなかに鋭い…

近づきすぎると気づかれてしまいそうだ…)」


時折、あたりを気にするかのよう見回しており、

なかなかの警戒具合だ。


迂闊に近づけば、気取られてしまうであろう。


「(…行動が人間臭い。

どちらかと言えば、盗賊の類の動きに近いか?…)」


動きは盗賊のそれに近しい。

だが、相手は一歳やそこらの子供。

どうしても結びつかない。


「(行動の非合理性も子供だから…

というので納得はできる…しかし…)」


ギルバートは思案するが、結論は出ない。

判断を下すには、

いかんせん決め手に欠けており…

そうこうしている間に、アルトは階段に辿り着いた。


「(階段…下りようとしている?…

いや、それはさすがに危険だろう…介入するべきか?…)」


本当にアルトが、

ただの子供であった場合、非常に危険な状況だ。

介入しないわけにはいかない。


だが、介入してしまうと、

観察していたことが露見してしまう。

そうなれば、警戒はさらに高まる

であろうことは想像に難くない。

これ以降、見極める機会は二度と訪れないであろう。


ギルバートが判断に迷っていた…その時。


一陣の風が吹きぬけた。

玄関の扉が開いたのだ。


基本的に、使用人たちは正面の玄関からは出入りをせず、

屋敷の裏手にある通用口を使用する。


にもかかわらず、玄関の扉が開いたということは…

屋敷の主であるテレーゼかバルトのどちらかが…

バルトは泊りがけでの外出中であるはずなので、

おそらくはテレーゼが屋敷に帰ってきたのだろう。


「(出迎えなければ…ん?…ッ!?)」


ギルバートが主の帰宅に

思わず気を取られた…その一瞬。

そのたった一瞬の間に、

アルトは階段を転がり落ちていった。



その後の顛末は、先の騒動のとおりである。


「(ご子息…いえ、アルト様。

私は彼に救われた。

彼はとても聡かった。

状況を理解し、自身の身を顧みず、

窮地に立っていた私を救ってくださった。

監視し、疑い続けていた私をだ。)」


ギルバートはアルトに畏敬の念を抱いていた。


「(聡い彼のことだ。

きっと私の監視にも、

使用人たちからの扱いにも気づいていたはずだ。

それなのに…いや、過ぎた話はよそう。)」


結局のところ、アルトのことはよくわからなかった。

だが、一つだけ確かなのは…

その在り方は善性のものであるということ。

悪魔の、幽霊の、魔物のそれではない。


「(天才は往々にして、

奇異なエピソードを残す。

きっと彼もそれに類するものだ。)」


本人が聞けば買い被り過ぎだ。と、

恥ずかしがるだろうが…

ギルバートはアルトを高く買っていた。


「(彼は確実に大成するだろう。

だがその過程で、

間違いなく様々な困難に直面するはずだ。

大したことはできないかもしれないが、

出来る限り彼の力になろう。)」


なぜなら…


「私はこのパトライアス家の執事長なのだから。」


ギルバートはそう決意した。



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