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第三章 少年期・家庭教師編:想い

<Side:アルト>


グレアの凶行から三日が経った。


あの後、しばらくして目覚めたグレアは

自室にあったペンを手に取り…首筋に突き立てようとしたらしい。


その時はたまたまグレアの介抱をしていたメイドが

すんでのところで阻止できたものの…

このままではいつまた同様の行為に走るかわからない。


グレアの部屋からは危険物が撤去され、

グレアには四六時中、誰かしらの監視の目がつくようになった。

(監視と言っても、行動自体が制限されているわけではなく、

あくまでなにかあった時に止めれるように側で見ているだけだが…)


監視は交代制ではあるものの…

この三日間、アルトは極力グレアの側にいた。


「グレア…ご飯…少しでも食べないかい?」


「…いらない。」


活発でアルトを引っ張っていくことも多かったグレアであったが…

あの日以降、部屋に籠りきりで食事にもほとんど手を付けていない状況が続いていた。


「…でも…もう三日…何も食べてない。

いい加減、食べなきゃ死んじゃうよ…」


似たようなやり取りはもう何度も繰り返されていたが、

さすがにこれ以上は放っておけない。と

グレアの身を案じ、アルトは声をかけた。


だが…


「もう…どうでもいい…」


そう言ったグレアは

数日前にも見せた何もかもを…諦めた表情をしていた。


「(そうなる気持ちもわかる…わかるけど…)」


グレアは…心の強い子だ。

普段の彼女ならそう簡単に折れはしない。


だが、そういう者ほど一度折れると…とことん弱い。


一度に色々なものを失い過ぎたグレアは

…折れてしまっていた。


「私には…もう何も残ってない…

生きてたって…しょうが…」


「しょうがなくなんかない!!」


グレアが悲壮な表情で諦念を口にしかけた時…

アルトが険しい表情で叫んだ。


グレアにとって、

アルトはこれまでどんな目に遭わせられても、

基本的にいつも笑ってヘラヘラしていて…

険しい表情を見せることはほとんどない。


そういう人物だった。


そんなアルトのいきなりの剣幕に…グレアは一瞬、目を丸くする。


「グレア…君のお父さんとお母さんは亡くなったかもしれない…

だけど、君は…君だけは…死んでない!…生きてる!」


アルトは険しい表情のまま続ける。


「君の未来は…まだこれからなんだ!

このまま死ねば、何も為せず…何者にもなれずに終わることになる!」


アルトのその言葉には…万感の思いが籠っていた。


「…」


だが、グレアは何も答えない。

俯いたままで…口を閉ざしていた。


「…もし…このまま死ねば…

君のお父さんとお母さんが喜ぶとでも思ってるのか…?」


ポツリとアルトは零す。


「思ってない…思ってないけど…」


アルトの問いにグレアは消え入りそうな声で…絞り出すように言った。


「そうだ!

死んでも…誰も喜ばない!

みんな悲しむ!」


アルトは強い口調で言い切った。


「私が死んだって…誰も悲しまないわよ…

みんな私のこと疎んでる…

悲しむ人も…もういな…!?」


グレアは自嘲気にそう口にしたが…

言い終わるより前に…

アルトはグレアを抱きしめた。


「いないわけないだろう!

俺も…ゲオルギスさんも…リザさんも…

この屋敷のみんな悲しむに決まってる!

死んで喜ばれる人間なんていないんだ!

だから…だからさ…

そんな悲しいこと…言わないでよ…」


そう言ったアルトは

グレアを強く抱きしめながら…

涙を流していた。


「…なんで…泣いてるのよ…」


「…泣いて…ないさ…

男が泣いていいのは…

人生で三回だけらしいからね…

自分が産まれた時と…親が死んだ時と…

あとは…なんだったっけ?」


有名なフレーズで他にもあった気がするが…

いかんせんアルトはうろ覚えだった。


「ふふ…知らない…わよ…

…ほんと…馬鹿ね…

だいたい、男も女も関係ないのよ…

泣きたいときは泣けばいい。

アルトが言ったんでしょ…?」


「あはは…そうだったね…

てか、そういうグレアも泣いてるじゃん…」


いつの間にかグレアも涙を流しており…

二人は…泣きながら笑っていた。


「これは…目から水が出ているだけよ…」


「あはは…どういう強がりなのさ…?」


あながち間違ってはいないものの…

アルトは若干、困惑した様子を見せる。


「アルトも泣いてないって強がってたじゃない!」


「だって泣いてないもーん…これは魔術だよ。」


二人とも目の周りを真っ赤にしながら…泣いてないと強がっていた。


「そんな魔術あるの…?

…って嘘ね!

アルトなら出来るかもって思ったけど…

一瞬、ニヤっとしたのバレてるんだから!」


「チッ…さすがに騙されないか…」


ちょくちょくアルトはグレアをからかうために

しょうもない嘘…というより、ジョークじみた冗談を言う。


今回はすぐにバレたが、

ネタ晴らしをしなければしばらく信じ続けることもちょくちょくあって、

そういう時はバレるとぶん殴られる。


「ふん!もう騙されないんだから!

何回アルトのせいで恥かいたと思ってるのよ!」


「ええと…三回くらいだっけ?」


「十六回よ!」


そこまでいくと騙す方も騙す方だが…

騙される方も騙される方ではある。


グレアは素直ですぐに騙されるので…

反応が面白くてついアルトはからかってしまうのだ。


「…思い出したら腹が立って来たわ!

一回、殴らせなさい!」


思い出して怒りが再燃してきたのか

グレアはアルトに掴みかかろうとする。


「(まあ、なんにせよ…

元気になって良かった…)」


追いかけてくるグレアから逃げつつも…

さっきまでとは違うグレアの姿にアルトは喜んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


グレアはその日以降、

気持ちの整理が多少はついたのか、

完全に元通りとはいかないものの、

段々と元気を取り戻していった。


そしてその数日後、

アルトはゲオルギスに呼び出されていた。


「呼びつけてすまないな…」


「いえ…今日はどうしたんです?」


アルトには呼び出されるような心当たりはなかった。


普段、アルトがゲオルギスの元を訪ねることはあっても、

ゲオルギスがアルトを呼び出すなんてことは滅多にない。


いきなり呼び出されたアルトは

正直、内心穏やかではなかった。


「グレアの件…リザから聞いたよ。

何をしたのか詳しくはわからないけれど、

また…グレアを助けてくれたみたいだね…

本当にありがとう。」


ゲオルギスは感謝の言葉を述べた。


「(なにかまずいことでもあったのかと思ったけど、

そういうことか…)」


アルトは呼び出しに戦々恐々としつつも、

呼び出されたわけを知り…ほっと一息つく。


「僕は何もしてませんし…

出来てませんよ…

ただ…グレアが自分で立ち直ったんです。」


感謝される謂れはないとアルトは首を振る。


たしかに立ち直るきっかけはアルトだったかもしれない。

だが、立ち直れず蹲り続けたっておかしくなかったのに、

グレアは立ち上がることを選んだ。


グレアが立ち直ったのは他の誰でもない

グレア自身の力だ。と、

謙遜でもなんでもなくアルトは本気でそう思っていた。


「そんなこともないだろうに…

もし、アルトが何も出来ていないというのなら、

俺はそれ以上に何も出来ていないさ…

また俺はあの子に何もしてあげられなかったしな…」


そのことを気に病んでいたのか

そう言ったゲオルギスの表情は若干曇っていた。


「…ゲオルギスさんは出来る限りやってくれていたと思いますよ。」


アルトはゲオルギスの言葉を否定する。


ゲオルギスは領地を治める伯爵だ。


元々、かなり多忙なうえに

ここ数日は先の侯爵家の一件の影響かさらに多忙さは増していた。


それだけではなく、

亡くなったと聞かされたグレアの父、

グレンとゲオルギスの関係は聞いている限り、かなり良好そうだった。

(少なくとも、自分の娘を預けられるくらいの関係性ではあった。)


そんな相手の訃報にゲオルギス自身も

精神的にかなりの影響を受けていたはずだ。


そんな中でも、最大限に出来る限りのことをしっかりとやってくれていた。


間違っても、何もしていなかったわけではない。


「そう言ってもらえると助かる。

だが、アルト自身が何もしていないと思っていても、

あの子にとって、君は大きな存在なんだ。

君は否定するけれど…改めてこれだけは言わせてもらう。

本当に…ありがとう。」


「…いえ。」


ゲオルギスの真っ直ぐな言葉にこれ以上は言い募る気すら起きず、

アルトはそのまま謝意を受け取った。


「で…だ。

今回呼び出したのには、

今の話ともう一つ大事な話がある。」


どうやらさっきのは話の枕だったらしく、

ゲオルギスは本題に入った。


「ゴルディアス侯爵家の後継者争い自体は終結した。

しかし…その余波はまだ残っている。」


ゲオルギスの言うように後継者争いは長女:ジーナの勝利で幕を閉じた。

表向きグレンら他の候補者は病死扱いとなり、

継承権を持っていたジーナが順当にその地位に就いたことになっている。


「余波…ですか…?」


後継者が決まり、

それで全て終わりだとアルトは思っていたのだが…

その影響はまだ残っているらしい。


「ああ。

勝利したジーナ以外の派閥の有力な支持者たちは

旗頭を失ったことで、

これ以上の争いは無益だと判断し、

基本的にジーナに恭順した。

しかし、一部の者たちはジーナを後継と認めず、

争いは続いている…

いや、続いていた。といった方が正しいか。

今は争いというほどでもないからな。」


「…?

どういうことです?」


ゲオルギスの口振りにひっかかりを覚えたアルトは聞き返す。


「反抗勢力はそのほとんどが消息不明。

唯一、発見された者も…手遅れだった。

十中八九、ジーナの手の内の者の仕業だろう。」


ジーナは反抗勢力の者たちを暗殺…

いや、秘密裏に粛清していた。


「そんなことをして、

そのジーナって人はただで済むんですか…?」


他の候補者が表向き病死扱いとなっているように、

後継者争いは公にはなっていない権謀術数の渦巻く暗闘だった。


にもかかわらず、粛清なんて真似をすれば、

露見しかねないのでは?

そう思った上での発言だった。

しかし…


「ジーナが関与している証拠がないからな。

例の誘拐事件でもそうだが、

証拠がなければしらを切られればそれまで。

ただの行方不明で処理される。

もし仮に多少の証拠があったとしても、

ゴルディアス侯爵家は曲がりなりにも大貴族だ。

もみ消すのは容易いだろう。」


「そんな…」


アルトは驚いていたが…

それほどまでに貴族の持つ力というのは大きい。


一万の平民が黒だと言ったとしても、

一人の貴族が白と言えば、

事実はどうであれ、白になるほどで…

大貴族である侯爵ともなれば、その影響力は殊更だ。


「問題はここからだ。

反抗勢力の粛清が終わったジーナが次に取る手はなんだと思う?」


「…?

粛清が終わったのならそれで終わりではないですか?」


侯爵という立場を引き継いだ者としてのことはわからないが、

後継者争いの後始末に関しては

これ以上、何をする必要があるのかといった感じだった。


「普通なら。な。

だがあの人は普通じゃない。

無論、悪い意味で。」


その言葉は実の兄弟姉妹に向けるようなものではない。

そんなふうに言いながら…

ゲオルギスはある封筒を取り出した。


そこには…


『親愛なる我が弟。ゲオルギスへ。

我らが父である前侯爵が病に倒れ、早四年。

長らく顔を合わせてはいませんが、いかがお過ごしでしょうか。

あなたのことですからきっと元気ではあるのでしょうが、

いや、元気かどうかは本人次第かもしれませんね。

それを第三者である私が判断するのは烏滸がましいことで…以下略』


ジーナからゲオルギスに向けられた手紙が入っていた。


「(普通の手紙じゃないか…?

ちょっと長いが。)」


ちらっと目を通した限りでは、

無駄に冗長な位でそれ以外はいたって普通の手紙だった。


「これは一体…なんです?」


あまりの長さに

途中で読むのを諦めたアルトはこの手紙を見せた意味を問う。


すると、ゲオルギスは手紙のある部分を指し示した。


『さて、前置きはほどほどにして、

本題に入りましょう。

もしかしたらあなたの耳にも入っているかもしれませんが、

兄たちが病死し、私がゴルディアス侯爵家を継ぐことになりました。

風の噂で耳にしたのですが、

兄の遺児をあなたが預かってくれているとのこと。

親を亡くしたばかりで可哀想ではありますが、

ゴルディアス侯爵家の人間として相応しい教育を施さなくてはなりません。

ゴルディアス侯爵家には十分な教育の環境と設備があり、

いつでも受け入れの準備は出来ています。…以下略』


色々と冗長ではあったが、

要はグレアを引き取りたい旨の内容であった。


「グレアは…侯爵家に戻るってことですか?」


教育の準備や設備が云々書いてあった。

もし侯爵家に戻るとなれば、アルトはお役御免。

グレアと離れ離れになるだろう。


個人的には約束もあるし、離れたくはない。

だが、このジーナという人物は血縁上はグレアの叔母にあたる。

なら、仕方ないか。

けど、寂しいな。

アルトはそんなふうに考えていたが…


続くゲオルギスの言葉でその表情は一変する。


「ジーナは十中八九、グレアを始末しようとしている。」


「は?…え?…

どういうことです?」


いきなりの話の飛躍についていけず、

アルトは戸惑いを隠せない。


「あの人の性格上、子供を引き取るなんてのはまあまずありえない。

このタイミングでのその手紙となると、目的はそれしかないだろう。」


「なんで…!?

なぜグレアが狙われるんです!?」


グレアが狙われる訳がわからず、

アルトは狼狽する。


「あの人は苛烈だ。

侯爵代行であるグレンは死んだが、

その娘であるグレアが生きているともなれば、

新たな争いの火種になりかねない。

後顧の憂いを絶つ。

そういった意味の狙いで始末しようとしているのだろうな。」


「まさか…

グレアはその人にとっても、姪のはずでしょう?

そんなわけが…」


グレアがゲオルギスにとって姪であるということは

ジーナにとっても姪であるということ。


そんな人物が殺そうとしていることなんて…

アルトにとってはありえないことだった。


「甘いな。

忘れたのか?

ジーナは兄弟との後継者争いを勝ち抜いた非情で冷酷な女。

そもそもグレンとジーナは腹違いだ。

ほとんど血も繋がってないような姪相手に情なんてないだろう。」


アルトは知らなかったが、

この国では一夫多妻が認められており、

豪商や貴族は複数人の妻を娶ることも少なくない。


前侯爵もその一人で二人の妻を娶っており、

グレンとゲオルギスは第二夫人の、

ジーナは第一夫人の子だった。


兄弟に対する情ですら希薄な彼女に姪に対する情なんてない。

そうゲオルギスは言い切った。


「これはほとんど推測だが、

例の誘拐事件もおそらく彼女の仕業だろう。」


飛空艇の使用、実行犯の中に超級剣士がいたことなど、

先の誘拐事件はどう考えても、普通の誘拐事件ではなく、

貴族やそれ以上の力を持つ何者かがこの事件の裏に潜んでいるのは明白だった。


アルトの手加減の甲斐もあり、

伯爵旗下の騎士団によって、

ゲオルギスが切り捨てた超級剣士のグラントという男以外の実行犯たちは生きて捕らえられた。


事件の裏に潜む何者かを洗い出すため、

尋問などの取り調べの準備が進められていたのだが、

実行犯たちは取り調べが始まる前に獄中で謎の変死を遂げていた。


それゆえ、痕跡はほとんど辿れなかった。


だが、候補者の中でならそういう手を打ってくるのは

ジーナぐらいのものだろう。とゲオルギスは言う。


「だがしかし、このゲルダの街でそのまま暮らしていても、

居場所が割れている以上、狙われないとも限らない。」


領主邸自体は剣王であるゲオルギスがいることもあり、

狙われにくくはなっている。


しかし、ゲオルギスも四六時中この街にいるわけではないし、

たとえ、ゲオルギスがいたとしても、

以前、アルトたちが誘拐された時のように、

街中でも狙われる可能性は十二分にある。


領都ゲルダに留まり続けたとしても、

必ずしも、安全というわけではないのだ。


「なら…どうしろって言うんですか…!?」


打つ手もなく、

これじゃあどうしようもない。


そんな状況に

半ばキレ気味にアルトはゲオルギスに言い返す。


「アルト。お前、グレアを連れて国を出てくれないか?」


「へ?」


アルトはゲオルギスのいきなりの提案に目を丸くした。

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