第三章 少年期・家庭教師編:すれ違う二人
<Side:アルト>
誘拐事件から数日経ち、
少し落ち着いた頃から、
アルトの家庭教師としての仕事は正式に始まった。
誘拐事件以前は全く聞く耳を持たず、
ボコボコにされていたが、
今ではグレアも真面目に授業を聞いてくれている。
そのため、誘拐事件以降は特に大きな出来事もなく時間は流れていた。
「そういえばグレアさん。」
「なによ?」
家庭教師の仕事中はグレアのことをさん付けしている。
普段は友人(?)ではあるが、仕事とプライベートは分けているのだ。
しかし、グレアはこの呼び方をすると微妙に不機嫌そうになる。
だが、返事があるだけ…
返事の代わりに拳が飛んできていた時よりはかなりマシだった。
「僕はまあ…やり返したからボコボコにされたんですけど、
他の家庭教師の人たちはなんでボコボコにしてたんです?」
「…ふん。
弱い奴に教わることなんか何もないのよ。」
鼻を鳴らし、グレアは言い放つ。
典型的な強さ至上主義の考え方だ。
別に悪いとは言わないが…
その考え方はあまり良くない。
「別に強さが全てじゃないんですよ?」
「…アルトだって強いじゃない。」
「(…ああ、なるほど。)」
以前のグレアは聞く耳を一切持ってくれなかった。
なぜこんなにすんなり話を聞いてくれるようになったのかと思っていたが、
グレアはそんなふうに思っていたらしい。
「言うほどですかねえ…?
別に僕は強くないですよ。」
アルトは首を傾げつつ言った。
「(そもそも…この世界の人間…
魔力やら闘気やらの影響で強すぎるんだよな。)」
アルトはまだ出会ったことはない(と、本人は思っている。)が、
人里から離れると魔物なんていう危険な生物が生息している世界だ。
強くならざるを得なかったんだろうとは思うが、
それにしても矢鱈に強い。
魔力があっても魔術を扱えるだけ(だけという言い方も変だが。)で、
身体能力的には人間範疇なのだが、
闘気があるとそれはもはや別の生物の域に達する。
闘気を扱えるとどんなに低く見積もっても
某有名な世界のスポーツ大会の金メダルですら総なめに出来るほどの
超人的な身体能力を得られる。
まあ、そんな人間がごろごろいる世界って
どんな世紀末なんだよっていう話ではあるのだが、それはいい。
それよりも大きな問題は、
アルトは魔術士であるが故に…魔力は扱えるものの、闘気は扱えない。ということ。
「(まあ多少は鍛えているから、
そこらの子供相手なら負けはしな…
いや、よく考えたらグレアにボコボコにされたんだったわ。
うん。俺、やっぱり強くはないな。)」
グレアがどういった意味で強いと言っているのかはわからないが、
こと闘いという観点においては闘気を扱えない自分はたいして強くない。
そう思い、出た言葉だったのだが…
「嘘よ。
賊相手にも圧倒してたじゃない。」
グレアはそんなふうに言った。
「(あー…あの時のことか…。)」
アルトはバルトから体術を教わっていたのもあり、
途中までは何とかなっていたが、
詰めが甘くてピンチに陥った。
はっきり言って、ゲオルギスが来てくれていなかったら危なかったし、
そんなふうに評価されるのは違う気がする。
「(なんなら、俺が相手してた三人は
闘気を扱えなかったらしいしな…)」
ゲオルギスお抱えの騎士団による捕縛後の調査で分かったことだが、
彼ら三人は天神流の中級剣士で闘気を扱えなかったようだった。
魔術士に間合いの利がある遠距離での戦闘ならともかく、
あの近距離での戦闘なら、
一人でも闘気を扱える奴がいれば、二人とも確実にお陀仏だったはずだ。
「(そもそも、俺はあの四人目の…グラントと名乗った男や
ゲオルギスの動きを目で追うことすらできなかったしな。)」
実戦に慣れていないのもあったが、
闘気を扱えると思しき、
グラントとゲオルギスの動きを追うことすら出来ず、
あの戦いは本人的には納得のいくものではなかった。
「強さってのは結構曖昧なんですよ。
その種類は一つじゃないですし。」
アルトは不相応な自身への評価を改めようと口を開く。
「…?」
よくわからないといった様子でグレアは首をかしげる。
「ある面から見たら強くても…また別の面から見れば、弱かったりもする。
グレアにとっては強さだとしても、
それは他の人にとっては弱さかもしれない。
捉え方一つで強さにも弱さにもなるものなんですよ。」
「よくわからないけど…
まあ、わかったわ。」
本当にわかっているのかはわからないが、まあいいだろう。
ここ数日の授業でわかったことだが、
グレアはあれでいて、意外と馬鹿ではない。
気が強すぎるあまりに飛空艇ではあんなことになってしまったが、
まったく理解力がないというわけでもないようだし、
そのうちわかってくれるだろう。
「でも…アルトは本当に強いわよ?
捉え方次第っていうのなら、猶更そうじゃない?」
わからないと言ったわりに…グレアはそんなことを言った。
「(自分で言ったのに、上手く返されちまったな…)」
敬愛する師から教えてもらったことを忘れたわけではないが、
相変わらずアルトは自己評価が低かった。
元々、自己評価が低いのもあるが…
闘気というものの強さを知ってしまったことで、
さらに自身の評価を無意識的に下げてしまっていた。
「(確かに…グレアの言う通りかもしれないな…)」
自分自身を認めるというのは自己肯定感が高くないと…
そんなに簡単なことではない。
頭では理解しつつも…
アルトは心のどこかで…未だに自身を認めれずにいた。
…
アルトが黙したことで…しばらく無言になっていたが、
グレアが静寂を破る。
「そういえばアルト。」
「はい。アルトです。」
「…?
知ってるわよ?」
グレアは「何を言ってるんだコイツ?」みたいな顔をする。
アルトはアルトで呼ばれたから返事をしただけなのだが、
再び絶妙な沈黙が流れる。
「…ええっと…何ですか?」
今度は沈黙に耐えかねたアルトが口を開く。
「あれ教えなさいよ!」
あれってどれだよ。
と、思わず言いそうになったアルトだったが、
ぐっと堪える。
「(余計なことを言って殴られるのは勘弁だ。)」
最近は大人しくなった(当社比)とはいえ、
なにがスイッチになるかもわからない。
口は災いの元。触らぬ神に祟りなし。だ。
「ええと…ええと…そう!あの爆発してたやつ…!」
何と言えばいいのか思い出せなかったのか
グレアは奇妙なジェスチャーをしていたが、
途中で思い出したようだ。
「(と言うと…あの魔術のことだろうか?)」
爆発ということはおそらく…威嚇目的で放ち、
結果的に二人を救うことになった例の魔術のことだろう。
魔術の知識は追々教える予定なので
別に吝かではない。
だが、アルトには気になることがあった。
「(グレアってそもそも魔術士志望なのか…?
そういうタイプには思えないのだが…)」
フィリアの時は本人が強く望んだのもあって教えたものの、
(その時はまだアルト自身、闘気の存在を知らなかったのもあるが。)
闘気を扱えなくなるのは結構なデメリットになる。
扱えないのと扱えなくなるのは全く別の話だし、そこは慎重に判断しなくてはならないだろう。
「(まあ、貴族のお嬢様だし、
もしかしたら必要ないのかもしれないが、
ゲオルギスさんは貴族でも『剣王』とかいう剣の達人だからなあ…)」
一応、本人の意思を確認すると…
「違うわよ?
叔父様に剣術を教えてくれるように頼んでいるけど、
一向に教えてくれないし…。」
どうやらそういうことらしい。
「(てか、さっきの「弱いやつには教わりたくない」的なことを
言っていたのも多分それが理由なんじゃないか…?)」
この家で強いやつといえば、
それは十中八九、ゲオルギスのことだろう。
「(てか…だから家庭教師だけを追い出していたのか。)」
使用人には特に何もしていないという話だったし、
なんだか点と点が線でつながったような感じがする。
「(遠回しな早く教えてくれというアピールだったのか…
でも。教えてないとなると…うーん…こりゃなんか理由があるのか?)」
ゲオルギスは新興貴族の当主であり、領主でもある。
実際に何をしているかまではわからないが、そりゃ忙しいのだろう。
だが、忙しいとはいえ、三年くらい同じ屋敷で過ごしているはずなので、
十全にとは言わなくとも、多少なりきは教えることが出来たはずだ。
それなのに全く教えてないとなると…何かしらの理由があるのかもしれない。
「(ん…?そういえば…)」
そもそも、ゲオルギスは「魔術は知識だけ教えてくれればいい」と言っていた。
それはつまり、グレアが剣術を教えてもらいたがっていたということを知っていたのだろう。
「(一回、ゲオルギスさんに聞いてみるかなぁ…)」
そんなふうに考えていると…
頭に衝撃が走る。
おそらく殴られたのだろう。
こんなことをするのは…一人しかいない。
「…痛い。
なんで殴るのさ…?」
殴られた部分を摩りながら…アルトは言う。
正直なところ、グレアが手加減を覚えたのか
アルトが殴られるのに慣れて耐性が付いてきているのかはわからないが、
最近は殴られても言うほど痛くもなくなってきていた。
だが、すぐに手を出すグレアの悪癖を矯正するためにも
アルトはわざと大袈裟に痛がるようにしていた。
「ふん!そんなに痛くなかったでしょ?
ていうか、いいから…とっとと教えなさいよ!」
グレアは腕を組み、言い放つ。
大人しくなったと言ったが、訂正だ。
若干、話を聞いてくれるようになっただけで
傍若無人っぷりは相変わらずだった。
「いや、教えること自体は出来なくはないんだけど、
読み書きはまだまだ途中だし、もうしばらく先だよ。」
そもそも教えないかもしれないとか
下手なことを言うと、
追撃を食らうかもしれないので、
アルトは慌てて取り繕う。
「そうなの?」
「うん。」
一応、それっぽい言い訳はしつつ…その場は流れた。
だが、いつまでもそのままにはしておけない。
このままではいつ、また殴られるかわからないし、
とりあえず、アルトはゲオルギスに話を聞いてみることにした。
…
色々と忙しそうにしているゲオルギスを中々捕まえられずに数日。
アルトは何度か部屋を訪ねてようやくゲオルギスに話を聞くことが出来た。
「それで今日はどうしたんだ?」
「グレアのことなんですが…」
「最近は仲良さそうだったけど…グレアがまたなにかやったのか?」
実の姪なのにグレアの信用がなさすぎる件。
まあ、これまでの暴挙を考えたら無理もないが。
「いえ、今回はそうではなく…」
…
「ほー…なるほどね。」
グレアが魔術を教えて欲しがっている話とその理由を
ゲオルギスに話した。
「以前、父様に聞いたんですが、
戦士というのは闘気というのを扱うんですよね?
剣士もそうなんですか?」
「剣士も戦士の一部だし、そうだな。
もっとも、闘気なしでも上級までは行けるがな。」
三大剣術では、上級までは純粋な剣術。
それ故に上級までは闘気なしでも達せられる。
(必ずしも上級以下=闘気を扱えないというわけではない。)
だが、それ以上になると、全く別物になるらしい。
闘気は基本的に身体強化のようなものだが、
それを斬撃に乗せる。
闘気の乗った斬撃は文字通り次元が異なり、
かつて天神流の開祖であった剣士はその剣の一振りで天を割ったとも言われているらしい。
「(さすがにそれは眉唾物だろうがな…)」
アルト的には空が割れるってどういう状況だよっていう感じだった。
剣が空を切った(空振り)じゃないのか。
だが、現代の剣士もそこまでとは言わないものの…
鉄をもバターのように切り裂いたり、
本来切れないようなものでも切り裂くらしい。
アルトはそもそも闘気を扱えないのでよくわかっていなかったが、
闘気を斬撃に乗せるのは結構難しいらしく、
闘気が斬撃に無自覚でも乗るようになったら、超級剣士。
自発的に闘気を乗せられるようになったら、剣聖。
といった感じの区分になっているらしい。
「魔術を教えるつもりが全くないわけではないのですが、
グレア的には剣術の方が教えて欲しいみたいなんです。
おそらくゲオルギスさんもそこはわかっていたんですよね…?
魔術に関しては、教えるのは知識だけでいいっておっしゃっていましたし…」
「ああ、その通りだ。」
アルトの推察通り、ゲオルギスはグレアが剣術を学びたがっているのがわかっていた。
「やはりそうでしたか…
なら、なぜお教えにならないので?」
「それは言うまでもないだろ…。
最初のうちはただ忙しかったのもあったが、
暴力的な奴にさらに武器を持たせてどうするんだって話だ。」
「(…ごもっとも。)」
グレアの素行が悪いのは何も間違ってはいないので、
アルトはなにも否定できず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
だが、それはそれとして、
この状況に関しては、
必ずしもグレア一人だけに非があるわけではないと
アルトは考えていた。
グレアは剣術を教えてもらえないことでより反抗し、
家庭教師を追い出していた。
それがかえって教えてもらえない状況を作り出しているとも露知らず。
ゲオルギスはゲオルギスで
忙しいことを口実に、
預かっていた実の姪をほったらかし、
荒れる原因を作っていた。
鶏が先か卵が先かとか、
どっちが先でどっちが悪いとかそういう話ではなく、
二人ともに非があり、
お互いのせいでこの状況が作り出されていた。
「(そう考えると…ひどい負のループだな。)」
双方の事情を聴き、
原因さえわかってしまえば、話はごく単純。
ちょっとした不幸なすれ違いだ。
「ええと…これは僕の推測も混じっているんですけど…」
一応ではあるが、友人のため。
この状況を何とかしようと、アルトは口を開いた。




