第二章 少年期・初めての友達編:決心
<Side:アルト>
行商を一通り見た後、
アルトたちは解散し、それぞれの家に帰った。
そして、アルトは屋敷に戻るとすぐに…ある人物の部屋を訪ねた。
「ん?…なんだアルか。
どうしたんだ?」
ある人物…それは屋敷の主でもあり、
アルトの父親でもあるバルトだ。
「父様。お話があります。」
「なんだよ。いきなり改まって。」
まるで変なものを見たかのような表情でバルトは言う。
「僕とフィリアとディエス。
三人で学園に行きたいので、三人分の学費の工面をお願いしたいです。」
学園…以前、名前だけは聞いたことがあった教育機関。
ギルバート曰く、
学園では剣術や魔術など
様々なことが学べるらしい。
アルトは行き詰っている現状を打破するためにも、
三人で行きたいと思っており、
他の二人とも話していたのだが…
「却下だ。
お前の分の学費はともかく他の二人の分の学費まで
面倒を見る義理はないし、そこまでの余裕はない。
しかも…友人間の貸し借りは関係を腐らせるだけだ。」
当然だが、断られる。
無論、アルトもその反応は見越していた。
「なら…仕事を紹介してください。
三人分の学費を稼げるほどの。」
アルトとしては…こちらが本命だった。
これはあえて一つ目に過大な要求をし、
二つ目の要求を通しやすくする
ドアイン・ザ・フェイスとも呼ばれる心理学的手法のひとつ。
「む…むう…」
この世界には良くも悪くも未成年者の労働を禁じる法はない。
フィリアやディエスも家業を手伝っている。
「(本の一件で気づいたが、
俺は…必要以上に両親の負担になっている。
ましてや…俺は紛い物だ。普通の子供じゃない。)」
テレーゼとバルトには本物の子供…イブとウルがいる。
アルトは両親にこれ以上、負担をかけたくなかったのだ。
「…お前はまだ…七歳だろ?
生き急ぎすぎだ…」
「別に生き急いでなんかないですよ。ただ…」
その言葉通り、アルトは別に生き急いでいるつもりはない。
たしかに初めのうちはこの夢のような時間がいつまで続くかもわからなくて、
次…目が覚めたら、この夢のような時間は終わってしまうのではないか。
そんなふうに考えて、生き急いでいたこともあった。
それ故に眠れない夜を過ごしたことも何度もあった。
しかし、何度も繰り返すうちに夢のようではあるが、夢ではないことを悟った。
この世界で生きているのだということに気づいたのだ。
だが、いつだって死というのは突然だ。
前世で死んだときだって、今日死ぬと思っていたわけじゃない。
今世でもいつ死ぬかなんてわからない。
なら…
「いつ死んでも後悔しないために…
今を全力で生きたい。ただそれだけです。」
人生というの本来一度きり。
なんの奇跡か得られたこの二度目の生を…また後悔で終わりたくはない。
それゆえに…アルトは進むことを選んだ。
「…はあ…お前は相変わらず子供らしくないな…
もっと甘えてていいんだぞ?」
たしかにバルトは…いや、テレーゼたちもそうだが、
きっと、その言葉通りに甘やかしてくれるだろう。
だが、その優しさに甘えていたくはない。
優しさに甘えたままでは…きっと堕落してしまう。
「あはは…ニナさん曰く、僕は赤ん坊の時から変だったらしいですよ?」
「まあ…それは確かにな。」
「(おいおい、ちょっとは否定してくれよ。
自分でも変だとは思うけどさ。)」
「…仕事の件はわかった。見繕っておこう。
だが…」
バルトはアルトの申し出を受け入れた。
が、しかし…バルトの言葉にはまだ続きがあった。
「他の二人の学費の件はまた話が別だ。
さっきも言ったが、一方的な貸し借りは関係性を腐らせる。
なにもなさない相手に施しを与えるような真似は許さない。」
「えっ?…」
その言葉を聞いたアルトの表情が一気に曇る。
だが、それを見てバルトは不敵に笑う。
「そんな顔すんなよ。
別にアルがやりたいことを止めはしないさ。
だからこそ…アルの論理にものったんだしな。
まあただ…アルに仕事を与えるように彼女らにも仕事を与えるだけさ。」
心理学のテクニックなんかを使ってみたものの、
…どうやらアルトの目論見は
バルトにはバレバレだったらしい。
「(かなわないな…父さんには)」
概ね、希望は通ったものの、
年季の違いというものを見せつけられたアルトであった。
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<Side:???>
ゲルナンド領、領都 ゲルダの街。
その中央に存在する領主の屋敷。
領主とその側付きのみが立ち入ることを許された執務室。
「…なるほど。」
その部屋の主である男はそこで友からの久方ぶりの手紙を読んでいた。
「その手紙…バルトから?」
側付きの女が問いかける。
「ああ。あいつも元気そうだ。」
手紙に記された内容に…男は笑みを浮かべる。
「あいつが子供に仕事をさせてやりたいんだとよ。」
「仕事?…
バルトの子となると…まだそこまでの年齢でもないのでは?」
「ああ、まだ七歳って書いてあったな。」
「そんな子供に仕事が務まるとも思えませんが…」
女の意見はもっともだ。
この世界において、
一般的に就労するのは概ね成人の十五歳以降。
それまではせいぜいが家の手伝いが関の山。
たかが七歳の子供がまともに仕事をこなせるとも思えないのは…当然だった。
「それがそうでもないらしい。
その子は…齢三歳にして魔術を使いこなした天才らしいぞ?」
「さすがに…それは嘘でしょう?…
いくらバルトといえど…」
信じられないといった様子で女は言う。
「あいつは嘘なんざつかんよ。」
その言葉には強い信頼がこもっていた。
「でも…丁度いい仕事なんて…」
ない。と女は言おうとした。
「いやあるだろ?
同年代の…アイツさ。」
「アイツ…ってまさか?…」
「ああ、多分想像通りだ。
とんだじゃじゃ馬だが…そんな天才ならどうにか出来んじゃねえか?」
アルト本人が聞いていたら、速攻で否定しそうだが、
ここにアルトはいない。
「私はひどい目に遭わされる未来が見えますがね…」
「奇遇だな。それは俺もだ。」
男は女の言葉に同調する。
元より男も…たいして期待などしていなかった。
「じゃあどうして…」
「じゃじゃ馬と天才…もしかしたらとんでもないことが起きるかもしれないだろ?」
二人を合わせると…もしかしたらとんでもない化学反応が起きるかもしれない。
そんな可能性に賭けていただけだった。
「…では、迎えを出さなくてはならないですね。」
「いや、それはいい。今回は俺が直接出向く。
バルトにも久しぶりに会いたいからな。」
執務室の主…つまりは領主であるこの男が直々に出向くという。
「はあ…それは構いませんが、他にも仕事はたくさん溜まっていますよ。」
「…なんとかなるだろ。」
「なりません。行くなら仕事を消化してからです。」
「…」
男は逃げようとする。
しかし、回り込まれた!?
「今から缶詰めで頑張れば、終わりますよ…
そしたら行けますねえ…うふ、うふふ…」
女は暗黒微笑を浮かべている。
「た、たすけてえええ!?」
男の絶叫が屋敷中に木霊した。
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<Side:アルト>
バルトに仕事の手配を依頼して、およそ一ヶ月が経った頃。
アルトはトレーニングの合間に小休止として、
庭で日向ぼっこをしていたのだが…玄関の方がなにやら騒がしい。
馬の鳴き声…この屋敷にも馬はいるが…それと、
その他にも何かがぶつかる…いや、転がるだろうか?
そんな感じの音が混じった音がする。
アルトには…この音に聞き覚えはない。
「なんだ?…」
気になったアルトは見に行くことにした。
まるで、緊急車両が近くに止まった時のような…ただの野次馬根性である。
「ちらーっと」
口にした擬音通り覗きこんだアルトが目にしたのは、
馬に繋がれた箱のようなもの…つまりは馬車だ。
聞き覚えがないのはそりゃそうで、
前世…現代日本で普通に暮らしていれば、
馬車なんて見たこともない人の方が多いはずだ。
アルト自身も…先日の行商を見に行った時に見たのが初めてだった。
「(馬車…ってことは来客かなにかだろうか?)」
以前からちょくちょく屋敷に来客自体は来ていたらしいが、
アルトが実際に目にしたのは初めてだった。
そんなことを考えているうちに…屋敷の中から一人の男が現れた。
その男が出て来たのに合わせて、
馬車の扉が開き…そこから一人の男が下りてくる。
「(赤髪?…さすが異世界って感じだな…)」
馬車から下りてきた男は燃えるような赤い髪をしていた。
これまでにも変わった色の髪は見たこともあったが、
そのどれもが前世で見た染めたようなものではなく、鮮やかな色味であった。
そして、二人の男は向き合い…睨み合っているのか
じっと動かない。
その時、馬車からもう一人下りてきて…
「いてえ!?…いきなり叩くんじゃねえよ!?」
赤髪の男の頭を叩いた。
「あ、すいません。今から叩きます。」
「いや、いきなりじゃなかったらいいってもんでもねえよ?
一応、ワタシ主人。アナタ使用人。叩いちゃダメ絶対。
いや、主人じゃなくてもダメだけど。」
「何を子供みたいに騒いでいるのですか?
まあ、レディーファーストもまともに出来ないおこちゃまですけど。」
「誰が子供だ!?お前も同い年だろ!?」
「女性に年齢を聞くのはマナー違反ですよ。
そんなこともわからないからモテないんです。」
「別に聞いてねえし、そっちも大概マナー違反じゃねえか!?
てか、モテねえのは関係ねえだろ!?
第一、モテねえわけじゃねえし!」
「モテる?…
誰が?…いつ?…どこで?…
ハっ…さっきは男同士で見つめあっていたし…
もしかして…そういう…」
「もしかして…じゃねえよ!?
さっきのはわりと緊張感あるシーンだったんだけど!?
空気感台無しじゃね!?」
空気感を台無しにしているのはアンタもである。
と、アルトは思った。
馬車から下りてきた男たちはいきなり漫才が始まったのかと思うほどの…
言い合いをしていた。
「(誰だ?…)」
アルトのこの二人への感想はこの一言に集約されていた。
未だ言い合いを続ける二人を見かねたのか、
屋敷から現れた男…バルトは言った。
「ゲオ…リザ…お前らも相変わらずだな。」
「ゲオって呼ぶんじゃねえよ!?
俺はゲオルギスだ!ったくお前は何回言えばわかるんだ…
ジ…じゃねえ。バルトお前も大概だろ…」
「お久しぶりです。バルト。
今日はテレーゼはいないのですか?」
「こちらこそ久しぶり。テレーゼは今はいないな。
もしかしたらそろそろ帰ってくるかもしれんが。
にしても…さすがはリザだな。
どっかの誰かとは違ってちゃんと挨拶出来る。」
「誰がどっかの誰かだ。コラ!
手紙だとあんなに殊勝なのによお…
てか、てめーも挨拶してねえだろうが!?」
「それは恥ずかしいから言うな…。
そもそも、誰もてめーのこととは言ってねえよ。
そういったってことは心当たりあるってことなんじゃねーの?」
「あんだと!?こら!表出ろや!?」
「ここが表だ。馬鹿野郎!
喧嘩売ってんなら買ってやんぜ!?」
「上等だこの野郎!」
二人のやりとりにバルトも加わったことで…
さっきよりも騒がしくなったが、
どうやら彼らはバルトの知り合いだったらしい。
「(ええ?…)」
普段は見ないバルトの様子に…困惑を隠せないアルトは、
子供みたいな喧嘩をする二人の大の大人を見ながら…遠い目をする。
そして、この騒動はテレーゼが
屋敷に帰ってくるまで続いた。




