第二章 少年期・初めての友達編:男の意地
<Side:アルト>
フィリアと友達になった翌日。
アルトは今日もフィリアといつもの平原の木の下で遊んでいた。
今日はフルールさんの狩りもないらしいので、
フィリアも一日遊んでいられるらしい。
「今日は何して遊ぶ?」
昨日はおままごとだったり、
おいかけっこだったりをしていたのだが、
何分、数年以上ぶりの遊びだったため…
アルトは遊びがそこまで思いつかず、
フィリアに何をしたいかを聞いていた。
「うーん…あれ教えて欲しい!」
「(あれって…なんだ?)」
比較的、察する能力は高いアルトではあったが…
そのアルトでもさすがにあれという言葉だけでは何かわからない。
間違っても、超能力者やメンタリストとかではないのだ。
「あの泥を投げたり、水を出してたやつ!」
ということはつまり…魔術のことだろう。
「ああ、魔術のこと?
教えるのはいいんだけど…」
「けど?…」
アルトの含みのありそうな言葉が
嫌がっているように見えたのか
フィリアはしゅんとした顔をする。
「ああごめんごめん、別に教えるのが嫌なわけじゃないんだ。
でも教えるにしても、ちょっと準備が必要だからね。
何日か待てる?」
「うん!」
アルトが前向きに話を進めてくれるのだと気づいたフィリアは
さっきまでとは一転、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「(ちゃんと教えれるかは不安だけど…
ま、いいか。喜んでくれてるし。)」
やっぱり女の子は笑顔が一番だ。
泣きそうな顔を見るよりはずっといい。
「魔術はまた今度やるとして…今日は何する?」
「じゃあ…」
…
そうして、いつもの木の下で二人で遊んでいると、
見覚えのあるやつらが近づいてきた。
「何の用だ?」
無視しようとしたのだが、
なにか言い出しそうだったので、
アルトは先手を打つ。
「き…
「よ…
「や…
「そ…
「待った。お前ら、一人ずつ喋れよ。」
昨日も似たようなことをやったので、
アルトは先に釘を刺す。
そう…こいつらはフィリアをイジメてたやつらだ。
「貴族のボンボンが!」
「よくもやってくれたな!」
「やられたらやり返す!」
「そうだそうだ!」
あいかわらず、約一名は同調しかしていない。
だが、それはまあ…どうでもいい。
この四人は完全に昨日の復讐…
そこまで言うと言い過ぎかもしれないが、
どうやら仕返しに来ていたようだった。
だが…
「(貴族のボンボン?…
俺は貴族じゃないぞ?)」
アルトは言葉の一部に引っ掛かりを覚える。
実際、アルト自身も気になって一度聞いたことがあったが、
テレーゼもバルトも貴族じゃないと話していた。
テレーゼに至っては、
「貴族?あんなバカどもと一緒にしないでよ。」とも
言っていたし、貴族ではないのは間違いない。
「昨日の報復ということですか…元はといえば、
君たちが先に仕掛けたのでしょう?
フィリアに謝るのであれば、僕も昨日のことは謝罪しましょう。
お互い様ですし、僕個人としては君たちに恨みはありませんしね…」
若干の引っ掛かりはありつつも、
毅然とした態度でアルトは言う。
相手をするのも面倒だし、
それで平和的に解決するのなら、
きちんと段階を踏めばという前提は必要ではあったものの、
頭くらいは下げるつもりはある。
しかし、もしそれが嫌だ…
納得がいかないというのなら…
「それでも…報復がしたいというのなら、僕が相手をしましょう。
徹底的に叩きのめしてあげます。」
アルトは言い放った。
本人は努めて冷静に言ったつもりだったのだが、
無意識に語気が強くなってしまっていたようで、
四人のうち三人はアルトの圧に屈したのか
逃げるように去っていった。
「お仲間さんたちはどこかへ行きましたよ?」
アルトは君はどうするのか?
そう尋ねたつもりだったのだが…
「あいつらはどうだっていい…
俺はお前が気に食わねえ!」
「(およ?
目的変わってね?)」
どうやらアルトの言葉は相手の逆鱗に触れたらしく、
その表情は真っ赤に染まっていた。
「(あちゃー…面倒なことになったか…?)」
他の三人がどこかへ行った時点で目の前の少年も引き下がるだろう…と
アルトは勝手に思っていたのだが、
どうやらそう簡単にはいかないらしい。
だが、別に子供一人ぐらい魔術があればどうってことはないだろう。
しかし…
「(魔術は…ダメだな。)」
今回の件で、アルトは魔術を使うつもりはなかった。
昨日はまだ人助け。っていう大義名分があったが、今回は違う。
完全に誰かを傷つけるためだけに魔術を使うことになる。
断じて、そんなことのためにアルトは魔術を覚えたのではない。
師であるステラの教えを破るつもりはないし、
これから魔術を教えるフィリアにとってもいい見本にはならない。
「(仕方ないか…)」
それゆえに…アルトは一つの覚悟をした。
「フィリア…離れてて…」
「え?アルト?何するの?」
よくわかっていない様子をしつつも、
フィリアが離れていく。
「あ、魔術を使うんだね!」
途中でそういうことね!と納得した様子のフィリアに
ちっちっちといった様子でアルトは指を振る。
「え?…」
アルトがしたのは…誰かを傷つける覚悟…で(・)は(・)ない(・・)。
それは…自分自身が傷つく覚悟。
「(ここからは魔術なし。
ただの子供と子供の殴り合いの喧嘩だ!)」
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アルトにとって殴り合いの喧嘩というのは、
とてもじゃないが、分がある勝負ではない。
相手の方が身体も大きく、運動不足で…線も細い華奢なアルトに比べれば、
相手の方がはるかに有利な勝負。
だが、勝負は熾烈を極めていた。
「うおおおッ!」
「くっ!」
アルトの一撃は軽く、一撃が当たった程度では大したダメージはない。
反対に相手の一撃は重く、一撃もらうとかなりのダメージを負う。
だが…当たらなければ意味はない。
「(ギルバートとの鬼ごっこがこんなとこで活きてくるとはな…)」
相手の拳は素早い。
だが…それはあのバケモンみたいな執事ほどではなく、
目で追え…躱すことができていた。
「くっ…くそ…なんで当たらねえ!」
「(いける!)」
アルトがそう確信した…その時。
相手の拳がアルトの身体を捉えた。
「グッ!?」
「アルト!?」
アルトのくぐもった声とフィリアの悲痛な悲鳴が響く。
もろに拳を食らい、アルトの身体は吹き飛んだ。
「へ…ようやく当たったか…」
アルトは確実にその拳を目で追えており…
先ほどまでと変わらず回避できるはずだった。
にもかかわらず、もろに拳を食らった。
それはなぜか。
相手の拳が急に早くなった…わけではない。
体力不足。
ただ単純に、アルトの身体が意識についていききれなくなっていた。
「なんだ?…もう終わりかよ?…」
相手の煽るような声に…
「へっ、ジョーダンだろ!…
まだ第一ラウンド…
試合終了のゴングはまだ鳴っちゃいねえぜ?」
強がりつつ…アルトは立ち上がった。
…
「ア、アルト…」
フィリアは震える声で唯一の友の名前を呼ぶ。
だが…アルトにはその声は届いていない。
「ハア…ハア…なかなか…やるじゃねえか…貴族の…ボンボンにしてはよお…」
「ハア…ハア…だから…俺は…貴族じゃないって…言ってるだろ…」
言い合いをしつつも、
アルトは…いや、アルトだけではない。
アルトも相手の少年も二人とも血まみれになりボロボロになっていた。
「(いい…加減…たお…れろよ!…)」
アルトは受けた拳の倍近くの数の拳を少年に食らわせていた。
それでも少年は倒れない。
なにが少年をそこまで突き動かすのかはわからない。
だが、アルトも負けるわけにはいかなかった。
後ろにはフィリアがいる。
女の子を寄って集ってイジメてたようなやつだ。
フィリアがどんな目に遭わされるかわからない。
負けるわけには…いかない。
「うおおおおッッッ!!」
アルトは裂帛の気合を込めた雄叫びを上げた。
しかし、実際に繰り出されたのは
ポスっと気の抜けそうな音がするほど…
気合とは裏腹な大した力もこもっていない一撃だった。
だが…
「やる…な…」
そう言いながら、少年は地に伏した。
「へ…お前もな…」
そう言ったアルトもボロボロで…今にも倒れそうだった。
どっちが勝ったのかわからないほど、
二人ともボロボロだった。
だが、それでもアルトは立っていた。
「フィリア!…勝ったぜ!…」
勝利のサムズアップ。
振り向きながら、アルトはフィリアに向けて右手の親指を立てた。
「うん!…うん!…
勝ったね!…」
そう言ったフィリアの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「そこは…泣くなよな…笑っててく…」
そこまで言った時点でアルトの身体は徐々に傾いていく。
「アルト!?アルト!」
フィリアは慌ててアルトに駆け寄る。
「(さすがに…ちょっと…疲れた…)」
そんなことを思いつつ…アルトの意識は暗転した。
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「ん…んん…」
「…!…アルト!」
目を開けると、
側にいたフィリアが飛びついてきて…
「!?痛えええ!」
アルトは絶叫を上げた。
「ご、ごめん!」
目を覚ました喜びのあまり、
フィリアは抱きついてしまったが、
アルトの身体はボロボロだった。
「でも…良かった…目が覚めて…」
「大げさだなあ…」
「大げさなんかじゃない!!
アルト、何時間も目を覚まさなかったんだよ!?
無茶しないでよ…アルトがいなくなったら私…」
そう言ったフィリアの目は真っ赤になっていた。
「(何時間も…ってそんなに寝てたのか?)」
確かにあたりを見回してみると、
倒れる前までは日が照っていたはずが、
再び目が覚めた時には、日が沈み始めていた。
「(かなり心配をかけたみたいだし…謝っておかねば。
ありがとうとごめんなさいだけはちゃんと言えなきゃダメだよな。)」
たとえ、親しい相手でもその二つだけは絶対に欠かしちゃいけない。
「ごめんごめん。
ずっと側にいてくれてたんだね…ありがとう。」
「ううん、昨日も…今日も…守ってくれて…
私こそありがとうだよ!
…今度は…私がアルトを守れるように…
私も…強くなるから!」
本当にこれがあの泣き虫な少女か?と
思わず言いたくなるほど力強く、フィリアは言った。
「お、おう…
それより…アイツはどこ行ったんだ?」
フィリアの真っ直ぐな感謝の気持ちに
気恥ずかしいのかアルトは話題を変えようとする。
「アイツって?…」
「さっき俺と殴り合ってた…」
何度かあたりを見回してみたものの…
さっきまで殴り合っていた少年の姿はなかった。
一応、この辺で倒れたままなら村の前くらいには
連れてってやらないと流石に危険だろうとアルトは思っていたのだが…
「ああ…あの人はアルトが目を覚ますちょっと前に目覚めて
村の方に行ったよ…」
どうやら、アルトより先に目覚めて村に帰っていたらしい。
「(タフな奴だな…)」
先に目を覚ましたのならフィリアが害される危険性もあり、
心配だったのだが…ひとまず、何もされていないようでアルトは安心した。
「フィリア…日も暮れて来たし、僕たちもそろそろ帰ろうか…」
「う、うん!
でも、大丈夫?…歩ける?…」
「大丈…おっと…」
「全然大丈夫じゃないじゃん…
フラフラだよ?…」
アルトは強がって平気なふりをしていたが、
踏み出した足取りはかなりフラフラだった。
「もう…しんどいなら言ってくれればいいのに…
アルト!」
呟きつつ、フィリアはアルトを呼び止める。
「?…わ!」
「肩ぐらい貸せるんだから…そういう時は頼ってよ!
友達でしょ?」
そう言いつつ、
フィリアはアルトの脇の下から腕を差し込んで、
二人三脚のような姿勢を取った。
「フィ、フィリア…
そんなことしたら血とか付いちゃうし…
服が汚れちゃうよ…」
「そんなの関係ないよ!
洗えばいいだけじゃん!」
「え?…血の汚れはそんな簡単に…」
さすがに申し訳ないと思ったアルトは
理由を付けて断ろうとするが、
フィリアは無言でじっと見つめてくる。
「…わかったよ。
だからそんな目で…
あ、いや…そんなふうに見ないでよ…」
フィリアのあまりの圧に屈したのか
アルトは大人しく肩を借りることにした。
実際のところ、
アルトはかなり重傷だ。
骨は折れてはいないであろうが、
動かすと鈍い痛みが走るので、
おそらくひびが入っている。
それ以外もかなり打撲や擦過傷がひどく、
一人で歩けないことはないだろうが、
さすがにちょっと…いやかなりしんどかった。
アルト本人的にもフィリアが肩を貸してくれるというのなら助かるのだ。
「ふふん、いいんだよ!
なんなら、おぶってあげようか?」
「いや、それはさすがに無理でしょ…
フィリアは女の子だし…」
「うーん?
アルトは小柄だし、私でもおぶることくらいは出来ると思うけど…」
「…」
悪意のないフィリアの言葉が
矢のようにアルトの胸に突き刺さる。
肩を借り、横に並んでようやく気が付いたが、
アルトはフィリアよりも若干背が低い。
同年代の子供たちと接する機会がほとんどなく、
アルト自身に自覚はなかったものの、
アルトは同世代の子供たちの中でもかなり小柄な方だ。
フィリア自身もどちらかと言えば、
小柄寄りでそこまで背の高い方でもないのだが、
それでもアルトよりも背丈はあった。
子供の時は女の子の方が成長が早く、背が高いなんてこともよくある。
それゆえ、必ずしも悪いことではないのだが、
アルトは若干…いや結構なショックを受けていた。
「(う…運動不足が原因なのか?
それとも…夜更かしのし過ぎか?)」
原因に心当たりがないわけでもないのか
アルトは苦い顔をする。
「(てか…今気づいたけど…
これ絶対、怒られるな…)」
あまり怒られることの多くないアルトではあるが、
喧嘩して女の子の肩を借りるほど
ボロボロで帰ってきたとなると、
ほぼ間違いなく怒られることになるだろう。
アルトの苦い顔がさらに苦くなる。
「…フィリア、ちょっと遠回りして帰らない?」
頬を引きつらせつつも、
どうにか笑顔を作りアルトはそう提案する。
「?
遠回りって?…
一本道だよ?…
しかも、もう日も暮れちゃうよ!」
「そうだった…」
遠回りをしたところで結局のところ問題の先送りにしかならない。
悪あがきを試みるアルトではあったが、どうにもならなかった。
そんなやり取りもしつつ、
二人は屋敷に向かって足を進め始めた。
だが、アルトの屋敷までの足取りは
昨日に比べると、やけに重たそうであった。




