第二章 少年期・初めての友達編:初めての友達
<Side:アルト>
オッドアイ。
別名:ヘテロクロミアとも呼ばれる虹彩異色症で、
左右の瞳の色が異なる状態のこと。
症とはついているものの、別に病気というわけではない。
前世ではこの程度であったが、
この世界においては、オッドアイというのはまた異なる意味を持つ。
『魔眼』…
それはマナを多く持つ者に先天的・もしくは後天的に発現する特異な能力を宿す眼。
そしてそれは人族よりも高い魔力を持つとされている
魔人族の種族的特徴でもあった。
…
「(あー…なるほどなあ…)」
だいたいイジメられていた原因を察した
アルトはその子が脱いだ外套を魔術で洗って乾かしながら、呆れた顔をしていた。
「(十中八九、魔族だなんだって言われていじめられてたんだろうな…)」
『魔眼』は魔人族の種族的特徴とは言われているが、
別に魔人族しか持っていないわけではない。
なんなら魔人族でも持っていない者もいるし、
魔人族以外でも持っている者もいる。
魔眼というのは必ずしも魔人族の特徴というわけでもない。
「(バッカだねえ…『魔眼』なんて凄いじゃないか…
俺も欲しいくらいなのに)」
アルトは若干の私欲も混じりつつ、そんなことを考えていた。
だが、この世界の人々は皆がみんなそう思っているわけではない。
むしろ、アルトは少数派だ。
特異なものを忌み嫌う。
そういう人間の方が大多数を占めていた。
「(はあ…ヤダヤダ)」
イジメってのは閉鎖的な環境で起こりやすい。
この村は田舎だし閉鎖的だ。
イジメは大人の間でも起こるが、子供っていうのが余計に厄介だ。
子供は純粋だ。
純粋ゆえに大人がやらないような…
えげつないことでも出来てしまう。
「(なんとかはしてやりたいけどなあ…)」
一度止めただけで解決できるほどイジメってのは甘くはない。
今回は守れたかもしれない。
だけど、ずっとは守れない。
根本的な原因を取り除かねば、いつまで経っても解決はしないのだ。
「(あ…)」
アルトはついつい、
一人で思考に耽って目の前の子をほったらかしにしてしまっていた。
「ああ…ごめんごめん。
ほったらかしにしちゃったね。」
アルトはそう声をかけた。
目の前の子は驚いたかのように
一瞬、バッとアルトの方を見たが、
すぐに顔を背け…そして呟いた。
「…怖く…ないの?…」
「(ステラ先生といい、この子といい、
なんでそんな自分が怖がられてると思ってるんだ?)」
そういう言葉が出る理由もまあわかってはいたが…
アルト的にはどうにも不思議な感覚だった。
「なんで?なんのこと?」
アルトはわざととぼけて…わからないふりをした。
普通に否定しても良かったのだが、
別に怖がってないですよー的なそういうアピールだった。
しかし…
「…この…眼…魔族の眼…
でも…お父さんも…お母さんも…魔族じゃない…」
目の前の子はそう言いながら、急に泣き出した。
「(oh…マジかよ…)」
アルトはいきなり泣き出され、
困ったように宙を仰ぐ。
だが、泣きじゃくる子をほっておくこともできないので、
アルトは落ち着くまで側でなだめ続けるのであった。
…
「…ごめん…なさい…
初めて会ったのに…こんなこと…」
しばらく泣き続けて落ち着いたのかその子は謝罪を口にした。
「気にしなくて大丈夫さ。
ちょっとは落ちついた?」
本音を言うと、ちょっとめんどくさいとアルトは思っていたが、
さすがにそんなことを言って泣いてた相手に追い打ちで口撃するほど鬼ではなかった。
「(多分、この子は『魔眼』が魔族の特徴とは知っているものの、
『魔眼』のことはよく知らないのだろう。
だから…自分の眼が両親のどちらとも違う。
そのことに強くショックを受けたのかな?)」
だとすれば…
『魔眼』のことをちゃんと知れば、その誤解も解けるだろう。
アルトはそう考えた。
「その眼のことなんだけどね。」
「…うん」
「『魔眼』っていって、マナの多い人が持つ特別な目なんだ。
だから魔人族…君の言う魔族の人が持っていることが多いけど、
その魔族の人でも持っていない人もいるし、
それ以外の種族の人でも持っている人もいるんだ。」
「…そう…なの?…」
「うん。だからね、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。
眼の色が違っても、君のお父さんとお母さんは
ちゃんと君のお父さんとお母さんだよ。」
「う…うう…」
アルトは泣かないですむように言ったつもりだったのだが…
アルトの意図に反し、その子は再び泣き始めた。
「(また泣き出しちゃった…
ホント、よく泣く子だなあ…
最後の方は語彙力があれだったけど、
ちゃんと伝わったかな?…)」
また泣き止むまでアルトは側でなだめ続けるのであった。
…
「…ありがとう。」
その子は泣いてたからか目元が真っ赤になっていた。
「でも…私なんかを…助けてよかったの?」
目元を真っ赤に腫らしたまま、その子はそう言う。
「(ん?…私?…
いやまあ、一人称が私の男もいるか。
俺も使うことあるし。
てか、それよりなんでそんなこと言うんだ?)」
アルトは引っかかりを覚えつつも、
その子に声をかける。
「なんかとか言うなよ…
何を気にしてるんだ?」
「…私を助けたら…あいつらにイジメられるかも…」
「(なんだ。そんなことを気にしてたのか…)」
たしかにイジメから助けたら、
今度はその子がイジメの標的になるというのは
よく聞く話だ。
しかし、アルトはそんなことは気にしていなかった。
「そんなこと気にすんなよ。
俺ら友達だろ?」
「う、うん!」
今日初めて会ったのに友達を名乗るのは
烏滸がましいかともアルトは思ったが、
喜んでくれているようなのでそこはまあいいだろう。
「まあもし仮にイジメられたら二人でやり返せばいいんだ。
ああいう奴らはやり返されないから付けあがる。」
イジメっていうのは一対多だから起こるのだ。
イジメられる側が徒党を組み抵抗すれば、
イジメる側もやりようがなくなるし、
コイツらに手を出せば痛い目を見ると学べば、
自ずと手も出さなくなるはずだ。
だが…
「で、出来ないよ…」
その子は生来の気質ゆえなのか争うことを嫌がった。
優しいのか甘いのか…それはわからないが、
仕返しが出来るくらいなら、
はなからイジメられてもいないのだろう。
「出来ないなら、このまま一生イジメられるだけかもしれないよ?」
あえて、アルトは突き放すようなきついことを言う。
アルトには魔術もあるし(まあ、そんなことのために学んだのではないが…)
一人でいくらでも抵抗できる。
だが、この子はそうじゃない。
別に急にいなくなるつもりもないが。
これから先何が起こるかなんて誰にもわからない。
もし仮に事故や病気で急にアルトがいなくなれば、
またイジメられる生活に逆戻りになる。
このままじゃ絶対良くない。
そう考えた上での言葉だったのだが…
「さっき…二人でやり返せばいいって…
友達だって…」
その子はまた泣きそうになる。
「(ホント泣き虫だな…この子。)」
ちょっと言い過ぎたかもしれない。と反省しつつ、
アルトは続ける。
「あくまで、たとえ話だよ。
でもね、そのままにしてても絶対良くないんだよ。」
「うん…」
「今は俺がいるけど、一生は一緒にはいれないだろ?
離れ離れになるかもしれないし…」
「いや!…
行かないで!…」
その子はアルトに縋りつく。
アルトは…冷徹ぶることもあるが、その本質は情に厚い。
友人と呼んだ相手を…縋りつく相手を…
切り捨てることなんてアルトには出来ず…言葉を飲み込んだ。
「(まあいいか…今は。)」
問題の先送りにしかならないが、
今はまだアルトがいる。
ちょっとずついい方向に向けていければいいか…
なんて、この時のアルトはそう考えていた。
「(この子の…そういえば、まだ名前を聞いていなかったな…)」
二人は既に結構話していたが…
そもそもよく考えれば、自己紹介すらしていないことにアルトは気づいた。
「ごめん、そういえば自己紹介してなかったね。
僕の名前はアルト。君の名前は?」
順序がめちゃくちゃだがアルトは自己紹介をする。
「…あ、ごめん。私…フィリア…」
「(ん…?…フィリア?)」
随分可愛い名前だな…なんて
そう考えていると…
「その…随分…可愛い名前だね。
まるで女の子みたいだ。」
アルトはついつい本音が漏れてしまった。
「か、可愛いって…
女の子みたいというか…私は女の子だよ?」
「(ん?
んん?
女の子!?)」
見られたくないのかフィリア自身が顔をずっと背けていたので気づかなかったが、
顔も声もよくよく見て聞けば、確かに女の子だった。
「(てか、あいつら…男四人で寄って集って女の子イジメてたのかよ!?
最悪だな!?)」
フィリアをイジメていた少年たちのせいもあり…
アルトはフィリアをずっと男の子だと勘違いしていた。
「どうしたの?…アルト…」
動揺しているのがバレたのかフィリアが尋ねる。
「(落ち着け、俺。
明鏡止水だ。
ひっひっふー。)」
何かが間違っている気はするが、
息を整えることで…アルトは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「いや、なんでもないよ。」
よく考えれば、
フィリアが女の子だったからなんだというのか。
なにかこっぱずかしいことは言った気はするが、
別に友達に性別は関係ないし…と
アルトは気にしないことにした。
「そういえばさ…フィリア。
ふと思い出したんだけど、さっき持ってた籠ってなんだったの?」
「あっ!」
フィリアは何かを思い出したような顔をする。
「お父さんにお弁当を持っていく途中だったの…」
どうやらそういうことらしい。
「じゃあ…あいつらがまた来てもアレだし、一緒に行こうか。」
「いいの?」
「もろち…間違えた。もちろんさ。」
あやうく女の子の前でとんでもない下ネタを吐くところだったが、
アルトはフィリアと一緒にフィリアの父にお弁当を届けに行くことになった。
…
フィリアの父は狩人で、
平原を外れたところにある森で時折、魔物を狩って生活しているらしい。
今日も狩人仲間と森に狩りに入っているらしく、
そこにお弁当を届けるのがフィリアの目的だったらしい。
「(なるほど…どこに魔物なんているのかって思っていたが、
普通に考えて、あんな遮蔽物も水場も何もないところじゃ魔物も暮らせないか。)」
外出が解禁される以前、
アルトは魔物について少しバルトに教えてもらっていた。
アルトはバルトに対して、
なぜか不器用そうとかいうイメージを持っていたのだが、
実際はそんなこともなく、
バルトは字も綺麗で、説明も上手かった。
口頭の説明だけではわかりにくい部分も
さっと絵を描いて説明してくれたりしたのだが、
さっと描いた絵でも、ものすごく上手く、
バルトはテレーゼとは正反対にものすごく器用だった。
「(…母さんは魔術使えんのになんであんな不器用なんだろ?)」
バルトが器用なだけなのか、
テレーゼが不器用なだけなのか、
あるいはその両方なのかはわからないが、
相対的にテレーゼの不器用さは際立っていた。
…話が逸れた。
この世界には普通の動物…(何をもって普通というかは微妙だが…)
前世で見たような動物は存在しないらしい。
(容姿は似ていることもあるが、細部が異なるようだった。)
全てが魔物。
この世界のものには全てマナが宿っている。
それ故に独自の進化を遂げていた。
…
「ちなみにさ、フィリアの眼ってどんな能力があるの?」
森への道中、二人は他愛もない会話を続けており…
ふと気になったアルトが尋ねる。
「うーん…わかんない。」
『魔眼』の存在も知らなかったわけだし、
そりゃそうではある。
「わからないかぁ…
普通には見えてるの?」
「ううん…なんかぼやけてる…」
十中八九、フィリアは『魔眼』を制御出来ていないのだろう。
だが、アルトは『魔眼』なんて持っていないし、
その制御法もわからない。
なんだかもったいないなぁ…なんて、アルトが考えていると…
「(…お、見えてきた)」
フィリアの父が狩りをしているという森が見えてきた。
「フィリアはお父さんに毎日お弁当を持って行ってあげてるの?」
感覚なので正確ではないが、
村からは子供の足で片道が体感、四十五分ほど。
これが毎日ならなかなか大変だ。
「ううん、毎日じゃないよ。
お父さんが狩りに行ってる時だけ。
多い時でも週に二回くらいかな?」
そんなものか…と思ったが、
詳しく聞いてみると、どうやら農業とも兼業しているらしく、
農業をしつつ、空いた時間で狩りをしているらしい。
「あ、お父さんだ!」
フィリアの指さした方には何人かの男の集団がいた。
「おお、フィリア!
いつも済まないなぁ…大丈夫か?
今日はイジメられなかったか?」
フィリアと同じ髪色の…かなり若そうな男が前に出てきてそう言った。
反応的にこの人が多分、フィリアの父親だろう。
「(てか…イジメられてるの知ってたのかよ。
だったら、弁当なんて運ばせるなよ…)」
アルトは内心ではそう思いつつも…それはおくびにも出さない。
「ううん!大丈夫!
今日はアルトが助けてくれたから!」
フィリアはそう笑顔で言った。
「ん?アルトって…その子のことかい?」
不思議そうな顔でフィリアの父がアルトの方を見る。
「申し遅れました。
初めまして、フィリアのお父様。
フィリアの友人をさせてもらっています
アルト・パトライアスと申します。」
フィリアの父にアルトは名乗る。
この世界の礼儀作法をアルトは特に知らないため…限りなく丁寧に。
「ああ!バルトさんのとこの息子さんか!
丁寧にありがとう。こちらこそ初めまして。
僕はフルール。フィリアの父親さ。
娘を助けてくれたみたいだね…どうもありがとう。」
どうやらフィリアの父…フルールは
バルトのことを知っていたらしい。
「フィリア…いつも言ってるけど、
辛いならお弁当は持ってきてくれなくてもいいんだよ?」
「ううん!
頑張ってるお父さんのためだもん!」
イジメられているのがわかっているのに、
なぜ弁当なんて運ばせるのか…と、
アルトは思っていたが、
どうやらそういうことらしい。
どちらかと言えば、控えめな方のフィリアが積極的になっていたこともあり…
フルールもあまり強くは言えなかったのだ。
「娘はすごくいい子なんだが、どうしても誤解されやすくてね…
助けてくれたらしいから知ってるとは思うけど、
他の子たちにイジメられることもあったりするんだ…」
そう言ったフルールは悔しそうな顔をしていた。
どうにかしたいは思っているんだろうが、
どうにもできない現状が悔しいのだろう。
「ああ…『魔眼』のことですね。
魔人族の人が持っていることが多いので、
『魔眼』=魔人族みたいに思われていることも多いですが、
他の種族でも『魔眼』を持っていたり、
魔人族でも『魔眼』を持っていなかったりしますもんね。」
「…そうなのかい?」
「え?」
「???」
フルールの反応にアルトはきょとんとするが、
大人たちは大人たちできょとんとした顔をしている。
全員がきょとんとした顔をしており、
そんな反応を見たフィリアの顔にも疑問符が浮かぶ。
「(どういうことだ?…
もしかしてこのことはあまり知られていないのか?)」
よくよく思い出してみれば、
ギルバートたちも知らないようだったし、
もしかするとあまり知られていないことなのかもしれない。
「…噂では聞いていたけど…君は凄いねえ…」
呆気に取られていたフルールがポツリとこぼす。
「え、噂って?…」
「子供ながらに巧みに魔術を使いこなす天才魔術士だって。
絶対嘘だろ…って思ってたけど、
実際に会ってみたら、子供に似つかわしくないほどのこの聡明さ…
噂は本当だったんだね。」
そこまで言われると…さすがにちょっと恥ずかしいのか
アルトは顔を赤くし、そっぽを向く。
「(誰がそんな噂、流したんだ?…)」
「お父さん。アルトって…そんなに凄い子なの?」
フィリアが父親のフルールに尋ねる。
「ああ、そうだよ。
フィリアはいい友達を持ったね。」
「うん!」
そう答えたフィリアは…
眩しいほどの満面の笑みを浮かべていた。
「アルト君。
フィリアには友達が少ない…いや、いないと言ってもいい。
そんな中で君が友達になってくれてあの子は喜んでいる。
できれば仲良くしてやってほしい。」
フルールがアルトにだけ聞こえるように小声で言った。
「ええ、もちろんです。
僕も友達はいないですからね…」
自分で言ったものの、ちょっと悲しくなってきたのか、
「友達はできたもん。
友達ができる環境にいなかっただけだもん。」と
アルトは自分に言い聞かせる。
フルールにお弁当を届けた後、
二人はお昼ご飯を食べに一旦、それぞれの家に戻り、
ご飯を食べてからまた集まって遊んだ。
「(遊ぶのなんてかなり久しぶりだったけど…
これはこれでなかなか良いな。)」
失った童心を取り戻しつつ、
アルトは日が暮れるまでフィリアと遊び続けた。




