第一章 幼年期編:双子
<Side:テレーゼ>
「…!…!」
何かが聞こえる。
「…ゼ!…―ゼ!…レーゼ!」
誰かが呼んでいる。
「(誰?…私は…何を…)」
何かを忘れているような気がするが、思い出せない。
「テレーゼ!」
「(ッ!)」
意識が覚めていく。
「良かった…テレーゼ…目が覚めたか…」
目覚めたテレーゼの側にはバルトがいた。
「バルト?…どうしたの?…
そんな怖い顔で…」
未だ朦朧とする頭の中、テレーゼがバルトに問う。
「ま、また言って…
ってそうじゃない…覚えていないのかい?
テレーゼは…子供たちが産まれた後、そのまま意識を失ったんだ。」
バルトの言葉で段々と思い出していき…
テレーゼは自分が守らねばならない存在のことを思い出し…取り乱した。
「赤ちゃんはどこ!?…どこなの!?」
「お…落ち着け!
治癒魔術はアルが掛けてくれたが、
まだ安静にしとかないと…倒れるぞ?」
治癒魔術は傷を治すことは出来るが、
失った血液までは取り戻せない。
それ故にバルトはテレーゼを気遣い、
そう言ったのだが、テレーゼはそれどころじゃない…と言った様子で聞く耳を持たない。
「大丈夫だから、落ち着けって!
俺たちの子供は…二人ともちゃんと産まれてきた。
今は…二人とも隣の部屋でアルとニナが見てくれてる。
一番、体調が悪いのはテレーゼ。君だ。
とりあえず今は身体を休めるんだ。無理はしちゃいけない。」
バルトは努めて冷静にそう言った。
「無理なんて言ってられない!…
あの子たちは…私が!…
私が守らないといけないの!」
テレーゼはふらつく身体を起こし、立ち上がろうとするが、
上手く力が入らず…倒れこみそうになる。
だが、それをバルトは抱き止める。
「テレーゼが何を気にしているのかはだいたいわかってる。
…全部俺が守る。」
バルトは強い口調で言い切った。
「だから…何も気にするな…今は休め。」
テレーゼは堰を切ったかのように
嗚咽混じりの涙を流していた。
…
しばらくして…テレーゼは徐々に落ち着きを取り戻し、
口を開いた。
「バルト…まずはごめんなさい。
産まれてきた子…いえ、子たちのこと…隠していて…」
そう言ったテレーゼは
泣きはらして目元が赤くなっているが…
憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔をしていた。
「そこは謝らなくていい。
隠していた理由も…隠そうとした気持ちもわかるしな。
だけど…」
ペチッと音が鳴る。
「あいた!?…」
バルトがテレーゼのおでこを軽く指で弾いたのだ。
もちろん、アルトがのたうち回ったほどの殺人級の威力ではない。
「一人で全部…抱え込むなよ…
俺たちは夫婦で…あの子たちは…俺たち二人の子供だろ?」
少し悲しそうな顔をしながら…バルトはそう言った。
「ふふ…その通りね…
ご…いや、ありがとう。」
テレーゼが軽く額を擦りながら、笑った。
「ありがとう…なのか?
まあでも…それは俺じゃなくて、アルに言ってやってくれ。」
「アルに?…
たしかに色々頑張ってくれたみたいだけど…」
「それもそうなんだが…その話じゃない。」
バルトはアルトとの一連のやり取りについて
テレーゼに話した。
「…というわけだ。
俺は一度…諦めてしまおうとしていた…
いや…俺だけだったら、諦めてしまっていただろう。
さっきは偉そうに守る。なんて言ったがな…
ともかく…二人とも元気に産まれたのはあの子のおかげだ。」
「あの子は賢い子だとは思っていたけれど、
とても真っ直ぐ育っているのね…。
いーっぱい…褒めてあげなくちゃ。」
その話を聞いたテレーゼは我が子の成長を喜んでいた。
「本当は三人とも俺が守らなくちゃいけないのにな…
ちょっと親としての自信なくすよ…」
それとは対照的にバルトは自身の未熟さを憂えていた。
「三人ともこれから守ってあげればいいのよ。私たち二人でね。
守ると決めていたのに、私も結局、何も守れなかったし…
自分で名乗ったわけじゃないけれど…これじゃ『守護者』も名折れね…」
「そんなことはないだろう…
テレーゼは俺と違って…しっかり守っていたさ。
それはともかく…俺たちも子供たちの親として…
恥ずかしくないように頑張らないとだね。」
「ええ、そうね…」
テレーゼとバルトはまだ親としての歴が浅く、
親になる前の感覚が抜けていない部分もあった。
だが、子供が成長するのと同じように
親も成長していかなくてはならない。
そう思った二人であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<Side:アルト>
「ふう…」
アルトは赤ん坊たちの隣で息をついた。
必死に治癒魔術を掛けた
その甲斐もあって…
二人目の赤ん坊も、元気な産声を上げた。
「これで一安心…かな?…」
一息ついたアルトにギルバートが近づいてくる。
「見事な魔術のお手並みでした。
かなりの腕前なのはわかっていましたが、
まさかここまでとは思いませんでしたよ。」
…ギルバートが変だ。
というより、らしくないと言った方が正しいだろうか。
ここまでストレートに褒めてくるなんて珍しい。
「そ…そうかな?…
そんなことはないと思うけど…」
別にそんなことをする意味はないだろうが、
なにか裏があるのでは?…
と、アルトは妙に勘ぐってしまう。
「…アルト様は一般的な魔術士の実力がどのくらいかはご存じですか?」
「(いきなりなんだ?…)」
アルトにはギルバートが何が言いたいのか、
イマイチわからず、首を傾げる。
「魔術士は一般的には…属性に限らず一つでも
上級以上の魔術を習得したら、一人前とされています。」
「(…そうなのか?)」
ステラにも「一人前だ。」とは言われていたが…
てっきり、卒業に際してのお世辞や社交辞令的なあれだとアルトは思っていた。
さらにギルバートが続ける。
「属性に限らず一つでも…というのは、
一般的に自身の得意な属性に絞って習得するからです。
それも…時間をかけて。
ですが…アルト様は齢三歳にして…
水魔術・治癒魔術・結界魔術の三種の魔術が
私の見立てで超級相当かそれ以上。
かなりの腕前どころじゃありませんよ。」
「(???
え?初耳なんだが…)」
ステラは七大属性を全部アルト以上に使っていたし、
テレーゼも教えるのは下手だが、
治癒魔術と結界魔術はアルト以上の腕だ。
「(いや…ステラとテレーゼが上澄みだったってことなのか?)」
アルト自身は別に普通だと思っていたから気にもしていなかったが…
よく考えれば、まだアルトはたったの三歳。
傍から見たらかなりおかしい。
「(あぶねえ…この世界の常識がないのはわかっていたが、
あれ?俺また何かやっちゃいました?みてえなことをやるところだった。)」
アルトは現時点で風以外の七大属性の魔術と治癒魔術と結界魔術。
この八種の魔術は超級まで、風魔術は聖級まで習得している。
(自作の魔術も含めると、どうなるかはわからないが。)
だが、もう既に十分非常識なのだ。
余計なことは言わないでおくことにした。
「へ…へえ…そうなんだあ…」
口元を引きつらせながら…
アルトはふと思い出したかのように言った。
「あれ…そういえば父様は?」
いつからかバルトがいない。
さっきは勢いでかなり暴言を吐いてしまったからか
アルトは顔を合わせるのが正直、気まずかった。
それゆえに顔を合わせずに済むのは助かると言えば助かるのだが…
「バルト様はテレーゼ様のお側にいらっしゃいますよ。」
どこから聞いていたのかはわからないが、
部屋に入ってきたニナがそう言った。
「そうか…母様のところに…」
テレーゼは出産が終わった後、そのまま倒れるように意識を失った。
バルトはきっと心配して側にいるのだろう。
二人の邪魔をするのも悪いしそっとしておこう。とアルトは思った。
…
アルトはもし急に赤ん坊たちの容態が悪くなっても困るので、
しばらく双子の部屋に留まっていた。
その場にはギルバート、ニナ、アルトの三人がいたのだが、
微妙な沈黙が場を包んでいた。
「(もう大丈夫そうだし…自分の部屋に戻ろうかな…?)」
そんなことを考えていると、ニナが口を開いた。
「アル様、旦那様を許してあげてくださいね…」
許すも何もアルトは別に怒っちゃいない。
「別に…」
怒っていない。そう言おうとしたが、
冷たく言い放ったみたいになってしまった。
「旦那様は旦那様なりに葛藤があったんでしょう…
双子というのは…不吉や災いの象徴とされています。
私は迷信だと思っていますが、そう思っていない人もたくさんいるのです。
だから…その…なんて言ったらいいのかわかりませんが…」
「いえ、その…十分伝わりました。」
伝承や迷信なんてのはどの世界にでもあるもんだ。
むしろ、理由が分かってアルトはすっきりした。
不貞の子だから殺してやる…みたいな
痴情のもつれとかだったらどうしようなんてことも考えていたのだ。
「(まあ、なんにせよ…元気に育てよ妹たち!)」
そんなことを考えながら、
アルトは双子の部屋を後にした。
産まれた双子は…それぞれ、
姉がイブ・パトライアス。
妹がウル・パトライアス。
そう名付けられたのであった。
…
双子たち…イブとウルが産まれて、数ヶ月が経った。
以前に比べると、二人が産まれてから屋敷はかなり慌ただしくなった。
イブが泣き出して…泣き止んだと思えば、
今度はウルが泣き出して…といった繰り返しで
屋敷には四六時中、赤ん坊の泣き声が響いていた。
「うう…」
まだ子供が産まれたばかりで屋敷にいる時間の多い
テレーゼは軽くノイローゼになりかけていた。
もちろんテレーゼ一人で双子の面倒を見ているわけではなく、
使用人たちも世話をしてくれているし、
可愛い妹たちのため、アルトもちょこちょこ動いているのだが、
ニナいわく、アルトの時との差で疲れてしまっているらしい。
「これが普通なんです!
アル様の時はイージー過ぎました!
まるで必要な時にだけわざと泣いてるんじゃないかって思うぐらい
全然泣かなかったんですから!」
というのがニナの談だ。
アルトは一瞬バレてるのかとヒヤヒヤしたが、
普通の赤ちゃんも多分そうだろう…知らんけど。
最近の屋敷の状況はそんな感じだ。
それ以外で言えば、
アルト自身はちょこちょこ赤ちゃんたちに構ったりはしていたが、
相変わらず魔術に明け暮れる日々を送っていた。
ウルが産まれた時に意図せず使ってしまった独自改良の治癒魔術だったが、
特に危険性もないことがわかったおかげで他の魔術の検証にも取り組めるようになった。
今は室内(というか庭だが)で使える魔術だけだが検証が進んでいっている。
例えば、魔術の出力の上限と下限。
初級魔術の出力を一とした場合、
上限は千。
これは一つの魔法陣の項目に書き込める限界だ。
無論、魔法陣を繋げた巨大な魔法陣を作ればもっと行けるだろうが、
制御しきれなくなっても困るのでそれはまだやっていない。
そして、下限は零…ではない。
他の項目に関しては零…というか省いても、魔術は発動する。
だが、出力だけは零にすると魔術自体が発動しないのだ。
下限は零に限りなく近いが、零ではない。
初級水魔術で検証していて、目視で確認できたのが千分の一までなのでそれ以降はわからないが、
だいたいそういう感じだろう。
まだ外出禁止は続いているものの、室内で出来ることも増えたので、
アルトはそこまで気にならなくなっており…
そんな感じで日々は過ぎていった。