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第一章 幼年期編:師との別れ

<Side:アルト>


最終試験の翌日。


「本当にもう行っちゃうんですか?…」


「そうよ、アルの言う通り…

ステラさんにはお世話になったし、まだいてもいいのよ?…」


アルトもテレーゼもステラを引き留めようとするが、

ステラは旅の装いを既に整えていた。


「いえ…ありがたい申し出ではありますが…

私もやるべきこと…いえ、やりたいことが出来ましたので、

一日たりとも…立ち止まってはいられません。」


決意のこもった眼差しでステラは言った。


「そう…なら…引き留めて悪かったわね。

アル!!あれは渡さないの?ステラさんもう行っちゃうわよ!」


「母様!今から渡すんですからバラさないでください!

こういうのは雰囲気が大事なんです!」


「そんなに怒らないでよ…

忘れてるのかと思って聞いただけじゃない…」


「別に怒ってないです!

でも…さすがに忘れるわけないですよ。」


しょうもない言い合いをしつつも、

アルトが何かを取りに行く。


アルトは何か少し大きめの箱を持ってきた。


「この間、ちょっと先走って言っちゃいましたけど、

ステラ先生、本当に今までありがとうございました。

これ…僕からの…といっても、

お金を出してくれたのは父様と母様なので、

僕らからの…なんですけど、感謝の印です。」


「そんなの…受け取れません…

きちんと別に報酬は頂いてますし…」


遠慮がちにステラは固辞しようとする。


「これはステラ先生のために用意した…先生だけのものです。

僕は先生に受け取ってほしいんです。」


ステラの眼をまっすぐ見つめてアルトが言った。


「先生がいらないというなら泣く泣く処分するしか…」


「あ、いや…そういうことなら受け取らせてもらいます。

…ありがとうございます。」


およよ…と泣くアルトの小芝居が効いたのか

ステラは箱を受け取った。


「開けてもいいですか?」


「どうぞどうぞ。」


ステラはアルトに確認し…

箱の包装を剝がしていく。


「これは…ローブですか?」


「そうです!

先生のローブ…結構傷んでしまっていたので、

似たような色合いのローブを父様と母様に用意してもらったんです。」


箱の中身はローブ。

ステラは屋敷に来た時からローブを羽織っていたが…

それは長旅のせいか、かなり傷んでいた。

そのため、アルトはローブを贈ることにしたのだ。


本当なら、アルトは自分で実物を見て用意したかったのだが…

急だったこともあり、時間もお金もなかった。


そのため、テレーゼとバルトに相談したところ、

知り合いに頼んで用意してくれることになり…

それが昨日の晩にギリギリ届いたのだ。


「先生!着てみてください!」


サイズはだいたいこれぐらいだろうという

アルトの目測だったこともあり、

合っている確証がなく…

アルトはサイズが合っているか気になってたまらない様子だった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね…」


そう言いながら、ステラは背負っていた荷物をおろした。


「(ああ、しまった…

準備終わる前に言えば良かったか。)」


一瞬、アルトはそう思ったものの、

気づいた時点でもう既に準備は終わっていたので…仕方ないだろう。


「うん、ぴったりです。

アル君、テレーゼさん、ありがとうございます。

今はいらっしゃいませんが、バルトさんにも感謝を。」


ステラはアルトたちに礼を告げる。


「いえいえ…父様にはまた後日、伝えておきます。」


ステラの言う通り、今日はバルトは不在で…

アルトは内心、「ステラ先生の出立の日なんだから、

今日くらいはいてくれよ…」とは思っていたものの、

それはおくびにも出さない。


「(…ん?)」


ふと、アルトはあることに気づく。


ステラが先ほどまで着ていたローブを手にきょろきょろしている。

察するに、古いローブをどうしようか考えているのだろう。


ならば…


「先生、そのローブ頂いてもいいですか?」


古い方のローブを指さし、アルトが言った。


「ええ?…まあ、構いませんが…長い間着てたのでボロボロですよ?」


ローブを贈ることに決めたのはアルトなのだから、

アルトもそんなことはわかっている。


だが…


「(ローブ・帽子・杖といったら、魔法使いの三大要素だ。

憧れもあったし、なにより…尊敬する師の使ってたものだ。

ボロボロだろうが全然構わないし、

捨ててしまうぐらいなら貰っておきたい。)」


アルトはそんなふうに考えていた。


ステラも処分に悩んでいた上に、

アルトが希望したことなので、特に断る理由もなく…

ステラはアルトに古いローブを手渡す。


「ありがとうございます、先生!」


「ああ!?…すいません、すっかり忘れていました。」


ローブを受け取り喜んでいるアルトを見て、

何かを思い出したかのようにステラが素っ頓狂な声を上げた。


ステラは慌てて、

さっきまで背負っていたカバン…というよりも布袋のようなものだが…から、

なにか小さな箱のようなものを取り出すと、アルトに手渡した。


「なんです?…これ?」


「あ、開けてみてください。」


受け取ったアルトはステラの慌てように訝しみつつも…

箱を開けてみると、

中には杖…ステッキというよりはワンドぐらいの小さめの杖が入っていた。


「魔術の師というものは…

弟子が一人前に達したと認めたら、

杖を送るという文化があるのです。

ですが、アル君は杖なしでも普通に魔術を使っていましたし、

渡すタイミングを逃してしまって、渡しそびれてしまっていました。」


「(おお!?…杖か!?

てか、そんな文化あるのか…)」


アルトはもらった杖をかざし…目を輝かせる。


「どうですか?…

似合ってます?…」


アルトはもらったばかりのローブを羽織り、

もらったばかりの杖を手にステラに尋ねる。


自身の思い描く魔法使いの三大要素のうちの二つを

思いがけない形で得たアルトは…完全に浮かれていた。


「う、うーん…」


ステラは苦笑いを浮かべ、反応に困っていた。


「こらこら、ステラさん反応に困ってるじゃない。

どう見てもサイズあってないわよ。」


テレーゼはバッサリと切り捨てる。


「そうですか…似合ってませんか…」


「いや、似合ってはいますよ。

たださすがに杖はともかく、

ローブはぶかぶかで着られてる感が凄いですね…」


テレーゼに暗に似合っていないと言われ、

気落ちしたアルトを慰めるかのようにステラは言う。


「…じゃあ、背が伸びてからまた着ます。」


「そうしてください…いや、別に処分してもらっても構わないですけどね?」


「処分はしません。」


「そうですか…まあ、どちらでも構いませんけど…

それより、アル君。今日から…というかもっと前からだった気もしますけど、

ともかく、今日から一人前です。

この間のように、長々しい薫陶を垂れたりはしませんが…

ただ一言だけ、贈らせてください。」


そう言いながら、

ステラはアルトに近づくと…


「君の行く末に…幸あれ。」


ステラはアルトを抱きしめ、頭を撫でた。


アルトがステラに一人前の魔術士として、

認められた瞬間だった。


「さて…そろそろ行きます。

二人ともありがとうございました。

お元気で…いつかまたどこかでお会いしましょう。」


そう言うと、

踵を返し、ステラは出発しようとする。


「…?…!

先生!逆です!そっちは森です!」


「あ、あれ?

こっちじゃなかったでしたっけ…?」


が…見当違いの方向に進もうとしており、

相変わらずのドジっぷりに少々先行きが不安になる。


「ゴホン…気を取り直して…今度こそ皆さんお元気で!」


そう口にすると…今度こそステラは旅立っていった。


「(先生にはいろんなものを貰っちゃったなぁ…)」


アルトは感謝の印として贈り物をするつもりが、

逆に杖とローブまで貰ってしまった。

それ以外にも、アルトはステラからいろんなものをたくさん貰った。

それこそ、貰ったものを数えだしたらきりがないほどに。


「ありがとう、先生。俺、頑張るから…」


アルトは誓う。


今度こそ全力で生き抜く。…と。

もう二度と…後悔しないために。


呟いた言葉は風に乗ってどこかに消えていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ステラが屋敷を去ってからそろそろ一週間が経つ。


アルトは相変わらず魔術に没頭する日々を送っていた。


ステラの講義のおかげで詠唱魔術については

ほぼ完壁に理解できた。


そのため、これまでもちょくちょくやっていたのだが、

ここ最近のアルトは無詠唱魔術について研究していた。


初め、アルトは無詠唱魔術には魔法陣の形成→射出の二つの工程しかないと思っていたが、

それはどうやら…違うらしい。


詠唱魔術ではベースとなる魔法陣を構築し、

詠唱を唱えることで、魔法陣を書き換えている。


元は同じ魔術なのだから当然と言えば当然かもしれないが、

無詠唱魔術でもそれと似たような…

いや、ある意味では全く違うかもしれない…プロセスをどうやら踏んでいるのだ。



時は少し遡る。


アルトは魔法陣を効率的に覚えるためにはどうすればいいかと考えた結果、

以前のように色々な魔法陣を描いて分解し、

何にどういう意味があるかというのを調べていた。


魔法陣は少なくとも、アルトの既知の言語で描かれているわけではない。

しかし、何語かはわからないものの、

比較・検証を進めることで…

ある程度の法則性…もとい、傾向がつかめて来ていた。


魔法陣は属性・出力・造形・速度・規模・時間(持続時間)…この六つの項目と+αで構成されている。

どの箇所が何を表しているかを分析していく中で…アルトはひとつの仮説にたどり着いた。


魔法陣の形成→射出の間にもう一つ別の工程…詠唱での魔法陣の書き換えのように、

無詠唱魔術にも魔術の詳細設定のような工程があるのではないかという仮説だ。


そして、その仮説は正しかった。


魔法陣は完成させると、早く解き放てと暴れだす。

だが、それを抑えこみながらなら、

魔力で魔法陣の情報を書き換えることが出来るのだ。


やってることは先日習得した聖級魔術の時(他の魔術もだが)と似たようなものだが…

詠唱で自動的に魔法陣を書き換えさせるか、

無詠唱で能動的に魔法陣を書き換えるかの違いだけである。


だが、能動的に書き換えることが出来る…そこがポイントなのだ。


なにが言いたいかというと、

魔法陣を構成する六つの項目。

少なくともこの六つに関しては…

思い通りに書き換えた魔術が作れる…いや、創れるということ。


「(無詠唱は…俺の想像以上に可能性を秘めてるっ!…)」


無論、魔法陣に関する知識はかなり必要にはなってくるのだが…

これはアルトにとって…いや、世界にとってもかなりの革命的発見だった。


そして、魔法陣の+αの部分…魔術の基本となる部分。

それだけを残した…以前、アルトが作り出した魔法陣の六つの項目を省いた簡素な魔法陣。

この魔法陣は魔術を作るベースとして…極めて有用だった。


「(ええとこの魔法陣…そういえば名前がないな…

名前がないと普通の魔法陣と区別しにくいし…)」


アルトは簡素な魔法陣の丁度いい呼び名を考える。

だが、アルトはあまりネーミングセンスのある方ではない。


いっそ、プレーン魔法陣でいいか…とも思ったが、

そもそも魔法陣は食べ物ではないし、

誰かに聞かれたら元々味はないだろとツッコまれそうだ。


「…んー…なら、これを…無詠唱…だから…えっと…

英語では…Not chantingか…?

NC魔法陣…とでも呼ぼうか…」


うろ覚えの英語でアルトはそう名付けた。



NC魔法陣を活用する一番の利点は、

存在しない魔術(正確にはアルトの知らないだけかもしれないが…)でも作れるところにある。


実際のところ、

詠唱魔術でも、合成魔術…つまり詠唱を組み合わせたりだとかで魔術は作れるには作れる。

だが、既存の魔術同士を組み合わせているだけなのでそこまで自由度は高くない。

しかし、無詠唱魔術なら…それよりも遥かに高い自由度で魔術が作れるのだ。


超級魔術で習得した魔法陣を組み合わせる技術の応用で、

NC魔法陣を組み合わせて、複数属性を組み合わせるなんてことも出来るようになっていた。

(魔法陣は複雑になるし、消費する魔力は桁違いだが。)


初めて作る魔術は一から作り上げるので構築に時間がかかるものの、

その部分に関しては、事前に魔法陣を作っておくなりで対応はできる。


唯一のデメリットは自作の魔術なので詠唱自体が存在せず、

無詠唱前提にはなる(まあ…NC魔法陣自体が無詠唱前提なのだが)ことぐらいだ。

NC魔法陣を活用することでかなりの自由度で魔術を作り上げられるようになり、

出来ることは滅茶苦茶増えた。


魔法陣の解読の成果もあり、

以前に比べると暗記の難易度はかなり下がったものの、

暗記量は増える一方である。


だが、それ以上に大きな問題が一つあった。


「(外出禁止ってなんだよおおお…!?)」


これまではステラと一緒だったので普通に外出出来ていた。

それ故に玄関で止められるまで失念していたのだが、

一人での外出許可は下りていなかった。


よく考えれば至極当然だが、アルトはまだ三歳。

いくら魔術が使えようがそこは関係ないらしい。


せめて五歳になってから。

というのが母であるテレーゼの仰せだ。


せっかく出来ることが増えたのだが、

思わぬ壁が立ちふさがってしまった。


「(だいぶ久しぶりに何度か脱走を試みたけど、

気づくとあのクソ野郎…おっと口が悪くなってしまった。

ギルバートのやつが先回りして待ち構えていやがったし…

ていうか…あいつマジで何者だよ?)」


この家の執事長ということだけは知っていたが…

アルトの動きの先読みと言い、

アルトを捕まえた時の動きと言い、

明らかに普通の使用人のものではなかった。


アルトは一度、目つぶし代わりに無詠唱で初級の水魔術を放ってみたのだが、

ちょっと驚いたような顔をしただけで、普通に避けられた。


普通ならあんな至近距離で…

しかも、意識の外から放たれた魔術を避けれるはずはないのだが。


「(アイツぜってえ人間じゃねえええ…。

ミュー○ントかター○ネーターかなんかだろ…。)」


そうは思いつつも、

さすがに害されているわけでもない

(アルト的には行く手を阻まれて、十分邪魔をされているが…害されると言うほどでもない。)

相手にあれ以上の魔術で攻撃するほど、

アルトはおかしくなっちゃいない。


やるなら大義名分が必要なのだ。(おい)


「(…はあ…しゃあねえか…あと一年と…半年ぐらいか?

いや…長げえな。)」


魔術の開発など室内で出来ることも色々あるが、

効果を試せないのは困る。


そんなわけでその日以降も、

どうにかして脱走できないかと何度も試みたアルトであったが、

ギルバートに阻まれるのであった。

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