第一章 幼年期編:月下の語らい
<Side:アルト>
そしてさらに一ヶ月ほどが経った頃、
ようやくアルトは超級魔術を習得した。
今までに比べると難易度が上がっているのもあり、
かなり習得のペースは落ちていたが…
それでも、ステラがしっかりと教えてくれたことで、
なんとか習得できた。
超級魔術の本質は…数量の変化。
基本的に、一つの魔法陣で作り出せるのは一つの魔術だけだが、
複数の魔法陣を繋ぎ合わせることで、
大きな一つの魔法陣を作り上げ、
一つの魔法陣で複数の魔術を放つ。
それが超級魔術だった。
「(学べば学ぶほど出来ることは増えていっているし…
魔術ってのは面白い。
こんなに魔術を使えるようになるなんて…
ほんとステラ大先生様様だよな…絶対一人ではここまで来れなかった。)」
魔術を…いや、魔術のことだけではない。
それ以外にもアルトにたくさんのことを教えてくれたのだ。
ステラには感謝が尽きない。
「(なにか…感謝を伝える良い方法はないだろうか…)」
アルトがそんなことを考えていたその時…
こんこん…と部屋がノックされる。
「(誰だ?…こんな時間に?…)」
アルトは部屋を訪れる人物に心当たりもなかったのだが、
いそいそと扉を開けると…そこにはステラが立っていた。
「先生!…どうしましたか?」
犬のしっぽと耳を幻視してしまうほどに
アルトは嬉しそうな様子で部屋を訪れたステラに話しかける。
家を留守にしがちだった両親に比べると、
長い時間、一緒にいることが多かったステラに対して…
アルトは家族と同等か…それ以上に懐いていた。
それゆえに…
「…アル君。…明日は…明日が…最終試験です。」
とても言いずらそうな表情で、
ステラはそう口にした。
実のところ、ステラはここ数日…何度も言わなくては…と思いつつも、
それでも言えずにいたのだ。
「…最終試験…ってなんの…です…?」
薄々察してはいたものの、
見るからにぎこちない笑顔でアルトは聞き返す。
「もちろん…魔術のです。
今の私が教えられる最後の魔術をお教えします。」
魔術の最終試験。
その言葉の意味するところが…
わからないアルトではない。
「…お別れなんて…やだよ…
だったら…教えて欲しくなんかない!!」
頬に光る雫を湛え…アルトは部屋を飛び出していった。
だが、それでもなお…別れの時は刻一刻と近づいていた。
…
「以前にも…こんなことがありましたね…」
「…」
部屋から飛び出したアルトは階段の下に隠れていた。
前にも似たようなことがあったなと
ステラは思い出していたが…
しかし、あの時とは状況が異なっていた。
あの時とは違い…
見つけたアルトは…泣いていた。
「…なんで…最後なんて…言うんですか…
まだまだ…先生に教わりたいんです。
まだ…先生に教わりたいこと…知りたいこと…
いっぱいある…なのに…なのに…」
嗚咽も混じり…
それ以上、アルトの言葉は続かなかった。
そして、泣き疲れたのかアルトはそのまま気を失ってしまった。
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<Side:ステラ>
「…」
ステラは何も言えなかった。
ステラとて別れが惜しくないわけではない。
一緒に暮らしたのはたった二ヶ月。
ステラの生きた長い人生の中でも
たったの二ヶ月だけだ。
だが、それでも…
ステラにとって…アルトは特別だった。
ステラの見立てでは超級魔術の習得まで…
本来は少なくとも半年近くはかかるはずだった。
それが半分以下の二ヶ月…
魔術以外のことも教えていたにも関わらず、
そんな短期間で終わってしまっていたのだ。
本当なら、とんでもないスピードで実力を伸ばし続けるアルトの成長を
これからもそばで見ていたかった。
だが…そうはいかない。
「(彼の師として…先生として…
誇れる自分であり続けるために。
このままではいけない…変わらなくてはならない。)」
成長を続けるアルトに負けてはいられない。
そんな思いがステラを突き動かしていた。
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<Side:アルト>
「ん…んん…」
アルトが目覚めたとき、あたりは既に真っ暗になっていた。
「(…いつの間に…部屋に…)」
気を失ったアルトを誰かが部屋まで運んでくれたのだろうが…
当然、アルトにその記憶はない。
「…」
アルトとて、別れを覚悟していなかったわけではない。
生きている限り…いつかは別れの時が来る。
そんなことはアルトにもわかっていた。
だが、心のどこかでは…
この日々がいつまでも…いつまでも…続くのだと思っていた。
思ってしまっていた。
変わらないものなどないというのに。
「(ん?…)」
アルトは目が覚めた時には暗くて気が付かなかったが、
部屋の中には…誰かがいた。
「(誰だ?…)」
その時、雲間に入ったのか…
月明かりが部屋へと差しこんだ。
月明かりに照らされ…
浮き上がったのは長く美しい銀色の髪。
「ステラ先生…」
窓のそばに立ち…
ステラは空を眺めていた。
アルトの呼びかけで振り返ったステラの目元には…
涙の跡が残っていた。
「…アル君。…いきなりでごめんなさい。
私も…本当はまだもう少し…ここにいるつもりでした。」
ステラはそう言った。
夕方の話の続きだろう。
「…なら…なんで…
僕が…嫌いなんですか?…」
違う。
言わなくてはならないのは…
言いたいのは…そんな言葉ではない。
アルトにもそんなことはわかっていたが…
思わず口から零れてしまう。
「そんなことはありません。
むしろ、好ましいとすら思っていますよ。」
「(…ちょっと嬉しい。)」
そんな状況ではないのはわかっていたが、
ステラの言葉に…アルトは思わず喜ぶ。
「…君が私の予想以上に成長の早かったのもあります。
君はすぐにでも私を越えるでしょう…」
「そんなことは…」
ない。とアルトは言おうとしたが、
ステラが食い気味に言う。
「ありますよ。
今まで出会った中で、
君は才も…成長速度も突出しています。」
「(評価してくれているのは嬉しいが、
俺はそこまでたいした人間じゃあない。
さすがにそれは分不相応な…過大評価だろう。)」
過分な評価だとアルトは首を振る。
「間違いなく私なんかすぐに越えます。
君も…自分より劣る相手を先生だなんて…師だなんて…
呼びたくはないでしょう?」
「ステラ先生が僕より劣っているわけないでしょう!!
全てが僕より優れた上位存在!まるで神!
ステラ先生が劣っているなんて言うやつがいれば、
『はーい』と『ちゃーん』しか言えなくしてやりますよ!」
思わず熱が入ってアルトは訳の分からないことをのたまう。
だが、それも無理はない。
アルトにとってステラは魔術の師でもあるが、
それ以外にもたくさんのことを教え…
たくさんのものをくれた尊敬してやまない人物でもあった。
「ええと…何を言ってるのかわかりませんが…
なにより…私が嫌なのです。
なぜか異常なまでに尊敬してくれていますが、
その想いにかまけて…実力もないのに、
偉そうに師匠面なんて出来ません。」
ステラはそう言うが、実力がないなんてことは全くない。
でなければ他人…しかも子供に教えることなんて出来はしないだろう。
「(別に偉そうにしているわけでもないし、
むしろ、もっと偉そうにしてくれてもぜんぜん構わないんだけどな…)」
「まあ…最後の…なんて言いましたが、
もう二度と会えなくなるわけじゃありません。」
「(ん?…
たしかに…言われてみればそうじゃん。)」
別れの悲しみばかりが先行し、
アルトはもう二度と会えないとばかり思い込んでしまっていた。
「(…は、恥ずかしい。)」
冷静になってみると、まるで子供みたいに(まあ、身体的には子供なのだが)…
馬鹿みたいに泣いて、喚いてしまったことに気づき…
アルトは顔を真っ赤にする。
「いつか…また出会えた時、
君の先生として…師として…誇れるように…
今は少しだけ…お別れするだけです。」
ステラ自身、なにか思うところがあったのか、
そんなふうに言った。
「(なら…俺もステラ先生の教え子として、
応えなくては…かな。)」
寂しくはある。
だが、無理に引き留めることはできない。
ステラの人生はステラ自身のものであり、
それを制限し、縛り付ける権利なんてのは誰にもないのだから。
「なにがあっても…先生は僕の師です。
それだけは変わりません。
今まで…今まで…本当にッ、ありがとうございました!」
やっと…一番言いたかったことが言えた。と、
アルトはすっきりした表情を浮かべる。
だが…対照的にステラは苦笑いを浮かべていた。
「ええと…はい…こちらこそありがとうございます?…
なんか…別れの挨拶みたいになっちゃってますけど、
明日が最終試験なんで…まだ顔は合わせますよ?…」
「あ…」
アルトは気持ちが先行して空回ってしまっていた。
「…でも、元気になったようでほっとしました。
明日は大変ですから、しっかりと休んで備えておいてくださいね。」
そう言って笑顔を浮かべると…ステラは部屋を去って行った。
「(今回の件で気づいたが、
やっぱ…俺って感情に流されやすいのかもしれない…)」
アルトは普段、自分自身では努めて理性的に振る舞っているつもりなのだが…
(それが事実かどうかは一旦置いておく。)
今回の結果だけ見ればひどく感情に流されてしまっており…アルトは反省する。
「(にしても…)」
落ち着いて冷静になったアルトをある一つの感情が支配する。
「恥ずかしい!!」
アルトの叫びは屋敷に木霊し…
アルトは恥ずかしさのあまり、枕に顔を埋めた。