第一章 幼年期編:屋敷での日常
<Side:アルト>
翌日以降も魔術の講義は続き、
ステラが屋敷にきてから、そろそろ一ヶ月が経つ。
ステラの講義は週に五回。
うち三回が屋敷での座学で二回が平原での実践訓練といった感じになっており、
主に詠唱魔術について教わっていた。
『魔導教典』にも書いてあったが、
無詠唱魔術はあまり一般的なものではないらしく…
ステラも使えなくはないらしいが、
詠唱魔術の方がよく使うらしく、
教えてもらうのも詠唱魔術が主になっていたのだ。
おかげで初めは詠唱とは何かすらよくわかっていなかったアルトだったが、
色々と判明した。
詠唱は行うことで魔法陣の情報を書き換えているのだ。
(この魔法陣を書き換えている時…つまり、詠唱を行っている時には
魔力で魔法陣を留めておく必要がある。
この時に無詠唱ほどではないにせよ魔力の制御力が求められる。)
「(この世界の学校がどんなのかは知らないし、
かなり上から目線にはなるけど…
先生はかなり教師に向いてると思う。)」
アルトは人に教えるっていうことをやったことがないし、
この世界の学校にも通ったことはないが…
『魔導教典』を教科書代わりにしながら、
足りていない部分は補足しつつ、
わかりやすく説明してくれるステラの教え方はかなり上手いと感じていた。
この一ヶ月の成果として…
アルトは七大属性各属性の中級魔術と上級魔術を習得できていた。
…まあ、水属性以外の初級魔術は一日で習得できたことを考えると、
かなり習得するまで時間を要したようにも思えるが、
それにもいくつか理由がある。
まず、初級魔術は各属性一種類ずつしかなかったのだが、
中級魔術からは一気に種類が増えた。
そして、無詠唱魔術のデメリットとして、魔法陣を暗記しなくてはならないというのがあり、
魔法の種類が増えるのに従って、覚える魔法陣の種類が一気に増えた。
この二つが主な原因で習得に時間を要することにはなったが、
それでも、ステラの教えの甲斐もあって…
習得速度としてはかなり速かった。
「(詠唱魔術の方は詠唱魔術の方で長い詠唱を覚えないといけないし、
意外とどっちもどっちなんだよなぁ…)」
詠唱にも無詠唱にも欠点があり、
いい方法がないかと最近は模索しているところだ。
…習得した魔術の話に戻ろう。
アルトが習得したのは七大属性各属性の中級・上級魔術。
中級魔術からが狩猟や戦闘用に作られた魔術で、
初めて習得した中級魔術は球体状にした水魔術を飛ばす
【水球】という魔術であった。
(ステラから聞いて初めてアルトは知ったのだが、
初級魔術は別名『生活魔術』と呼ばれているらしい。
初級の闇魔術なんか生活にどう使うんだと
アルトは内心では思ったが、そこはツッコまない。)
どうやら、中級魔法は特性として形状の変化が主であり、
形状は基本的に立方体や円柱などの図形のようなものといった
そこまで複雑でないものばかりであった。
今まで学んだ魔術をわかりやすく表すと、こんな感じだろう。
初級魔術:魔力から現象への単純変換。
中級魔術:形状変化。
上級魔術:質量変化。
ここにもあるように上級魔術は質量の変化が主だ。
文字通り魔術の規模を変えるのが特性だ。
例:さっきの【水球】をそのまま大きくしたような
【大水球】といった魔術。
質量を変えるとは言ったものの、
別に必要がないからであろうか…
基本的には大きくするものばかりで小さくする魔術は
ほとんど『魔導教典』には載っていなかった。
「っと…そろそろ時間か。」
…
ステラの講義(今日は雨だったので座学だった)を受けて、夜になった。
夕食のため、アルトはステラと共に一階の食堂へ向かう。
元々、アルトとステラは別々に食事をしていたのだが、
ある日、一人で食事するのが寂しかったアルトが
「一緒に食べませんか?」と誘ったのが発端で、
休日にステラが外出していて屋敷にいないとき以外は、
講義の有無にかかわらず、ほぼ毎日のように一緒に食事をしていた。
今日は珍しくテレーゼもバルトも家にいたようで、
屋敷の住人が全員揃っていた。
元々はあまり一緒に食事をする習慣がなかったのだが、
ここ最近(…といっても、ステラが屋敷に来る少し前の話だが)は、
アルトの希望もあり、なるべく家族が集まれるときは
一緒に食事をとるようにしていた。
なかなかテレーゼとバルトの二人が揃って屋敷にいることはなく、
全員揃ったのは、ステラが屋敷に来てから初めてのことであった。
「あ、あの…私…この席にいても良いんでしょうか?…」
おそらく「家族の団欒なのに私がいてもいいのだろうか。」
といったニュアンスなのだろう。
ステラがおそるおそるバルトに尋ねる。
それに対し、テレーゼが食い気味に答えた。
「良いに決まってるじゃない…。家族も同然なんだから…。」
「そ、そうですか…?
お二人がよろしいのであれば、私は構わないですけど…。」
なぜか食い気味のテレーゼにステラは圧倒されていた。
「(…ん?)」
アルトはここでひとつの疑問が浮かんだ。
「あれ?母様…ステラ先生と会ったことありましたっけ?…」
ステラが屋敷に来た時、テレーゼは不在だった。
いつの間に顔を合わせたのだろう…とアルトは不思議に思ったのだ。
「馬鹿ね…
ステラさんは屋敷にとどまっているのだから、
私が家にいれば毎日でも会うわよ。」
言われてみればその通りである。
テレーゼもバルトもちょくちょく屋敷を留守にしているが、
それでもまったく帰ってこないというわけではない。
アルトが知らないだけで何度会っていてもおかしくはないのだ。
…
しばらくの間、団欒が続いた後、
食事を終えたアルトは自室に戻ってきた。
寝るには少し早い。
かと言って毎日のように読んでいる『魔導教典』を読むのも飽きたので、
無詠唱で魔法陣を途中まで構築して消してというのを繰り返していた。
これは魔法陣を構築する速度を上げる…つまり、魔力の制御力を上げるための訓練だ。
ステラに魔術を教わりつつも、
アルトは一人でいる時も魔法陣の研究や魔術の向上訓練などをしていたので、
かなり魔術漬けの日々を送っていた。
魔法陣が完成してしまうと魔術が発動してしまうので油断は禁物…なのだが…
「…」
誤って魔法陣を完成させてしまい、
バシャっと水が出て、アルトはずぶ濡れになる。
「…風呂入るか…」
異世界系のお話のあるあるで風呂がないっていうのがあるが、
この世界にも風呂くらいはある。
おかげで文明レベルがよくわからなくなっていたが、
古代ローマでもあったんだからまあそれくらいあるだろっていう感覚で、
アルトはそこは流した。
…風呂だけに。
「テ○マエ!」
ちなみに風呂はあるが、水道はない。
前世での日本のように蛇口を捻れば綺麗な水が出るというわけではない。
ならどうやって水を出したり、その水を沸かしたりしているのかというと…
この世界には魔導具というものがある。
魔導具とは、刻印された魔法陣を魔力や
魔石(魔物から採取される)を使って起動させる道具の総称で、
その道具によって、お湯を張ったり、
明かりをつけたりだとかしているらしい。
要はこの世界では化学の代わりに違う技術が発達しているのだ。
「しょうもないこと言ってる場合じゃなかった…
うう…さすがに寒い…」
このあたりは温暖な地域で四季のようなものもある。
今は春にあたる季節ではあるが、
さすがにいつまでも濡れ鼠でいたのでは風邪を引いてしまう。
とっととお風呂に入ろうと、
脱衣所で服を脱ぎ、浴場(大きさ的には銭湯とかの大浴場レベルなのだが)…の
扉を勢いよく開ける。
「ロ○エ!
あ、いやこれはローマのって意味だし関係ないか…
って…うわあぁぁ!?!?!?!?」
「…きゃああ!?」
思わぬ邂逅に両者悲鳴を上げる。
「…ってなんだ…アル君ですか…
一緒に入りますか…?」
その先客は長い銀髪をしており…
いや、そもそもアルトのことをアル君と呼ぶのは一人しかいない。
ステラだ。
ステラがアルトよりも先にお風呂に入っていた。
予想外の闖入者に動揺していたステラであったが、
相手がアルト…まだ小さい子供だと気づき、落ち着きを取り戻した。
「(落ち着け落ち着け!…入浴中の札を確認し損ねたのか!?…)」
時間が経つにつれ、冷静になったステラとは対照的に、
時間が経てば経つほど、アルトは落ち着きをなくしていた。
だがそれでも、この状況をどう切り抜けるか思考を駆け巡らせていた。
それ故に…声をかけても返事のないアルトを心配して、
近づいてきていたステラに気が付かなかった。
「(なんとも古典的なラッキースケベを…ブッ!?)」
なにかの気配を感じ、振り向いたアルトが見たのは、
女神の彫像のような均整の取れた美しい
一糸まとわぬ姿だった。
その光景は…
アルトには刺激が強すぎた。
身体はそれに反応する年齢ではなかったが、中身…魂はそうではない。
前世でもその手のことに経験がなかったアルトには…免疫なんてものは存在しなかった。
「ア、アル君!?」
アルトは鼻から赤い幸福を垂れ流し…そのまま後ろ向きに倒れた。
「どどど、どうしましょう!?…
て、テレーゼさん!!」
急に倒れたアルトにステラが慌てて、
そのままテレーゼを呼びに行った…なんてのは…また別のお話だ。
後頭部をかなりの勢いでぶつけたアルトは
そのまま意識を失っていたものの…
なんだか幸せそうな顔をしていた。
<ファンタジーデイズ完> ※終わりません。
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草木も眠る丑三つ時。
「…んん、トイレ…」
アルトはもよおして目が覚めた。
「(というか…いつの間にベッドに入ったんだ?)」
アルトにはベッドに入る前の記憶も入った記憶もない。
なにか幸せなことが起きた気もするが思い出せない。
「(それより…トイレ…)」
アルトはトイレを目指して自室を出たが、
夜間用の照明に切り替わっているからか…廊下はかなり薄暗い。
アルトはちょくちょく夜に部屋から脱走していたので、
別に怖くはなかったのだが…
飾ってある装飾品などが昼間に比べてなんだか不気味に見えていた。
「(さっさとトイレ行こ…)」
寝ぼけ眼をこすりながら、トボトボと歩いていると、
アルトは何かを見つけた。
「んん?…」
誰の部屋かはわからないが…扉が半開きになっているのか
うっすらと明かりが漏れている。
さらにその部屋の前に人影も見える。
薄暗いながらも、長い銀髪が見えたので、きっとステラだろう。
「(…ステラ先生…なにか忘れてる気がするけど…なんだっけ?…
…思い出せねえ…てか、何してんだ?…」
アルトはなにかを忘れている気はしたが、
思い出せないってことは大したことでもないのだろう。とそう結論付ける。
顔を赤くして何かを見ているステラのことは気になったものの…
「(いっけね…お小水…お小水…っと。)」
目的を思い出したアルトはトイレに入った。
バタンとトイレの扉が閉まる。
「!?」
アルトには見えていなかったので、当然知る由もないが、
ステラは赤くしていた顔を青く染め、猛スピードで走り去っていった。
「(改めて…この世界のトイレが水洗式でよかったあ…
汲み取り式はさすがに嫌だからな…)」
これもこの間知ったことではあるが、
トイレの水を流す(起きている現象的に流すというのが正しいのかはわからないが)のにも
魔導具は使われているらしい。
魔導具様様である。
「ふう…すっきり…」
アルトがトイレから出ると、ステラはいなくなっていたが、
廊下に立つ人影が一つ。
「アルか…」
そこにいたのは…バルト。
しかし、何故なのかはわからないが…上半身裸だった。
「(…なんで半裸?
いや、でも…男の俺から見ても…なかなか良い身体しているな…)」
今までまじまじと見る機会もなかったが、
バルトは腹筋もバキバキでかなり引き締まった身体をしている。
さすがに格闘王なんて呼ばれるだけあるか…
なんてことを考えていると、バルトが口を開いた。
「トイレに…起きてきたのか?…」
「…?…ええ…」
トイレから出てきたんだからそりゃそうだろ…と思いつつ、
困惑混じりにアルトが答えたその時…
バルトの後ろにあるさっきまで半開きになっていた扉が開いて、
テレーゼがひょっこりと顔を覗かせた。
「なんだ…アルだったのね…びっくりしたわ…
頭は大丈夫?…」
なんだか絶妙に失礼なことを言われているような気がしたものの、
なんの話かわからずアルトは首を傾げる。
「ええっと?…まあ、大丈夫です。」
なんの話かよくわからなかったので、
適当に返事をするアルト。
テレーゼはその答えで満足したのか
ほっとした様子でそのまま部屋の中へ戻っていった。
「…暗いから部屋まで送っていこう。」
バルトがそう言ったものの、家の中なので、別に迷いはしない。と、
アルトは固辞して一人で部屋に戻った。
「(…母様の部屋ってあそこだったっけ?
まあいいや…寝よ…)」
ふと疑問が頭に浮かんだが、
睡魔には抗えず…
アルトは再び夢の世界に旅立った。