王子に婚約破棄された令嬢は、悪魔と契約して
初めて書く、ギャグではない異世界恋愛ものです。
「お前との婚約は、破棄された」
シャーマン家の令嬢。コミ・シャーマンは嫌な予感があった。
王国の王子。ルーサイドに部屋に呼び出されたその時から。
彼はコミの事を愛してない。一家の持つ力を、王が目につけただけ。
シャーマン家は昔から、精霊と交流できる力を持つ。
その加護を王家が得るため。当時の第一令嬢であるコミが選ばれる。
家としても、王家と繋がりを持つのはありがたい。
コミは母親の役に立ちたく、五歳の時に王子と婚約。
誰もが素晴らしい加護が、国家に訪れると信じていた。
コミも母親のために、国のためと信じて修行していた。
コミに力が宿ることはなかった。彼女は一匹精霊と話すのがやっと。
力を借りて、加護を得ることはなかった。
その内彼女は出来損ないの、烙印を押される。
「正気ですか、ルーサイド様。彼はポリ様を……」
王宮で唯一の味方。ゴール騎士長が、ルーサイドに反論。
王子は彼の言葉を、鼻で笑った。
剣と天秤の書かれた紋章を、ゴールにつきつける。
「俺はこの紋章の唯一な持ち主。正当なる後継者だ。兄などいない」
ルーサイドは冷たい言葉で、ゴールを一周する。
彼の隣には一人の女性が立っていた。コミにも見覚えがある。
王子と親密な関係。彼女もまた、精霊と対話する能力が備わっている。
数年前、病気だった王子を女性。ザイが精霊の加護で救った。
元々はコミに求められた仕事だったのだが。
ザイはあっさりとこなし、王家の心を掴んだ。
それから王宮で、コミが蔑ろにされる日々が続く。
彼女はいずれ。婚約破棄されると予感があった。
――もう愛してくれた母も居ない……。どうだって良い。
コミは自分の運命を恨む。十五年も彼に尽くしたというのに。
ルーサイドは一度も、微笑んでくれない。
――もう一人の王子。ポリ様は優しかったというのに……
「俺はザイと正式に婚約を結ぶ。お前みたいな役立たずはいらない。この国の王にはな」
コミには悔しさすらない。自分が無能なのは、誰よりも分かっている。
当主の娘たる自分に、何故力が宿らない?
それはいらない存在だから。彼女の結論は、それだった。
「父も了承済みだ。この国の未来のためにな」
国の未来のため。王子の口癖だ。
彼は一度だって、コミを気遣う言葉を発したことはない。
ルーサイドの頭は、いつも人気取りの事ばかりなのだ。
「分かりました。私は本日より。王宮を去ります」
「待つんだ、コミ!」
ゴールが引き留める声も、コミには響かない。
彼はただ。ポリの治療をコミが行ったから、庇ってくれているだけだ。
ポリの近衛兵だったゴールは、彼の病気を憂いていた。
その時、唯一対話できる精霊が治療法を知っていた。
自分は精霊に言われたまま、治療をしただけ。
――それでみんなが認めてくれた訳じゃない。
ルーサイドが病気になる少し前。ポリは暗殺されかけた。
彼はその時のショックで、正気を失い。
王宮を飛び出した。どこにいるのか分からない王子に、ゴールはまだ忠誠を誓っている。
「さようなら。ルーサイド様。どうかお幸せに」
感情を込めないように、コミは言葉を出した。
荷物をまとめて、王宮を出る。当然帰りの馬車など、用意されていない。
そもそも帰る場所などあるのだろうか? コミにとって、シャーマン家も居場所ではない。
土砂降りの空が、まるで彼女の心を写している。
自分は落ちこぼれだから、仕方がない。そう自分に言い聞かす。
本当は泣きたいほど悔しいのに……。彼女は人前で涙を見せない。
行く当てもなく、彼女は草原を彷徨っていた。
しばらく歩いていると。一軒の廃墟が見えた。
――ゴミの自分には相応しい寝床ね……。
彼女は雨宿りのため、廃墟へ向かった。
髪の毛を乾かしながら、考える。
自分が捧げた十五年は、何だったのか?
誰からも必要とされていない自分は、何者なのか?
人が寄らない場所で、彼女の感情が爆発する。
雨か涙か分からない粒が、彼女の頬を伝う。
「お母さん……。私は国を背負える器じゃなかったよ……」
形見のペンダントを、彼女は握る。
いつか立派なお嬢様になれるように。母が期待を込めて買ったものだ。
自分は家の期待に応えられなかった。王子の視界に入らなかった。
――この世界に愛なんて存在しない……。
自分も王子を愛せなかったのだから。コミは愛に不信感を抱いた。
本当に両親は愛し合っていたのか? 貴族の結婚は政略結婚が多い。
政治目的のために、子供が生まれる。
でも政治の役に立てない自分が生まれた意味は?
存在意義を見出せず、コミは濡れた泥を踏みつけた。
悔しさを噛みしめる彼女は。背後から気配を感じた。
壁を背にしていたはず。背後に誰か回れるわけが……。
思いながらも、コミは振り返った。目の前の壁に渦が出現。
渦の向こう側から、赤く光る眼が見えた。
生気を感じない腕だけが、飛び出している。
「第一声はこうだろ? "うわあああ!"」
謎の手を広げて左右に振る。コミは冷たい声に、恐怖心を抱いた。
喉が強張り、声が出ない。出せたとしても、誰も居ない。
「安心して。私は君の味方だよ。君を助けたくてねぇ」
渦の中に影が見える。人の形をしている。
でもこんな魔法。見たことがない。
空間を作り出すなど、精霊の加護を受けなれば難しい。
「あ、貴方は誰?」
やっとの思いで、コミは声を出す。
味方と言われても、声は震えている。
得体の知れない者を信じられるはずがない。
「私は欲望の探究者。グリーオとでも名乗っておこうか」
「グ、グリーオさん……?」
「"さん"はいらないね」
急に砕けた口調になり、コミはホッとした。
どうやら怪物ではなく、ちゃんとした人間らしい。
深呼吸をして、状況を把握する。この人物の目的は何であろうか?
「さっき、私を助けに来たとか……」
「ああ。私は君の願いを叶えにやってきた。君の望みはなんだ?」
再び言葉に詰まるコミ。そんなこと急に言われても、思いつかない。
ジッとしていると、上半身が渦から出てきた。
仮面をつけているせいで、顔は分からない。
彼の胸には、剣の紋章が付けられている。
青い服に身を包んだ、謎の存在。コミは精霊の気配を感じた。
「困っている? なら私が君の想いを言い当てよう」
グリーオは人差し指を、コミに突きつける。
「君の復讐したいのだろ? 自分を捨てた者を。バカに奴らを見返したいのだろ?」
「そんなこと……!」
コミは否定しようとする。だが本当にそんな感情はないのか?
自分が今、覚醒したとしたら何をするのだろうか?
「自分を愛さない連中に、やり返してやれ。君を見下した連中を破壊しろ」
渦から全身が飛び出すグリーオ。
「精霊を使って、王家に思い知らせる。中々面白い作戦だろ?」
首を倒して、手を差し伸べるグリーオ。
「で、でもどうやって……。私は精霊の加護を……」
「私なら! たちどころに、君を覚醒させることができる!」
黒いオーラを、グリーオは纏った。
精霊の力を感じる。加護を受けている訳ではない。
彼自身が精霊の力を発しているのだ。
「君には二つの道が提示された。さあ! 選ぶが良い!」
人差し指を時計回りさせて、グリーオが誘惑する。
「全てを私に捧げて、力を得るか。このまま一人で破滅するか。好きな方を」
この手を握れば、グリーオに全てを捧げることになる。
もし断れば、自分は孤独にここで過ごすことになる。
どちらを選んでも、自分は何も手に出来ない。それでも……。
「チャンスは一度だけだ」
グリーオの言葉で、コミは決心した。
震える腕を差し出された手に近づける。
目を瞑りながら、歯を食いしばり。一気に手を握った。
体温を感じない。死人を触っているようだ。
目を開けると、グリーオが仮面を半分外した。
彼はニヤリとした口角を、彼女に見せる。
「契約は成立だ。君に力を与えよう」
グリーオはコミの額に、手を当てた。
「私もお母さまみたいな力を……?」
「それ以上の力を、授けてあげるよ」
グリーオの手を通じて、黒い光がコミに入る。
頭痛、目の痛みによる視界のぼやけ。
それらが引っ込むと。体がポカポカと温まっている。
巫女の前に、一匹の鹿が現れた。唯一交信出来た精霊。
今まで力を込めなければ、彼が見えなかった。
現在力を発動していないのに。ハッキリ姿が見えた。
「さあ。世界が変わって見えただろ?」
グリーオの言葉は本当だった。力が湧き上がるのを感じる。
今まで苦労したのが、バカみたいだ。
「君には元々素質があった。それが開かれなかっただけさ!」
グリーオは両手を広げて、腰を反る。
「愚かな王族どもだ。こんな逸材をみすみす手放すとは!」
コミは高笑いをするグリーオの、目を見つめた。
仮面で隠されているが、雰囲気までは隠せない。
彼は悲しみながら、狂った様に笑っている。
覚醒の影響で、彼女は人の感情を読み取る力を得た。
孤独、寂しさ、絶望、自分への失望。グリーオの吐き出す感情に気が付く。
彼女が先ほどまで抱いていたものと、全く同じだ。
最初は不気味に感じていたが、今は親近感が湧いた。
彼は自分と似ている。きっと元々……。
「では君の復讐を。私は高見で見物させてもらおう」
雷が光り、紋章が完全に見える。剣だけでなく、天秤も描かれていた。
コミはその紋章を見て、息が止まりそうになる。
「ポ……!」
その名前を彼女は口に出来ない。してはいけない気がした。
目の前の彼は、かつての彼とはまるで別人だった。
「っ……!」
――もしあの事件が、彼の心を変貌させたのだとしたら……。
コミはやりきれない想いで、俯いた。
「どうした? 復讐をするんじゃなかったのか?」
黙り込んだコミに、グリーオがしびれを切らしている。
コミは慌てて手を振った。
「えっと……。その……。復讐の仕方が分かりません……」
別の理由で黙ったのだが。その言葉も本心だった。
周囲を見返したい。バカにした奴らに、思い知らせたい。
そんな気持ちはあるが。どうすれば良いのか分からない。
そもそも復讐は何をすれば良いのやら……。
元々彼女は人の不幸を嫌う性格。
誰かを貶めるなんて、性に合わない。
「あぁ。まったく君は、変わらないと言うか……。お人好しと言うか……」
ズッコケながら、グリーオが頭を掻いた。
――やはりこの人物は、自分の事を知っている。
コミは胸の奥に、針が刺さる痛みを感じた。
「では初回限定特典として。復讐の仕方を伝授しよう」
グリーオはお辞儀をした。様になっている。
教育がきちんとされた、丁寧な動きだった。
「では聞こう。ルーサイドの婚約者だが。彼女は本当に精霊を操れるのかな?」
「え? でもあの人は、ルーサイド様の治療を……」
「精霊の力を借りて、探ってみろ。面白いものが見えてくる」
コミは手を突き出した。精霊との交信を試みる。
後は拳を握れば、交信完了だ。彼女の腕が震えた。
本当にこの道で良いのだろうか? 精霊達は神聖な存在。
自分の復讐に、彼らを巻き込んで良いのか?
精霊を便利な道具として、コミは見たくない。
「大丈夫だ。精霊達も納得する。君には復讐をする権利がある」
グリーオが震える彼女の肩に、そっと手を置く。
コミは自分の動機を考える。ずっと母のため、国のため尽くしてきた。
でも所詮、自分は家にとってもルーサイドにとっても道具だった。
自分が出来損ないだから悪いと、言い聞かせていた。
でも力を得た今なら分かる。自分は生きている人間なのだと。
生物を道具扱いする彼らに、怒りが沸き上がる。
精霊の加護目当ての婚約も、気に入らない。
彼らにだって生きているのだ。加護を受けるには、覚悟が必要。
精霊は欲望のために、加護を授けてくれるのではない。
「お願い……。力を貸して……」
コミは力を解放した。先ほどまで見えなかった精霊が、視界に入る。
彼らには様々な加護が備わっている。
未来視、千里眼、射影。交信することで、加護を借りる事が出来る。
「過去視の力を借りろ。愚かなザイの罪を見るんだ」
「は、はい……」
言われた通り、コミは過去視の加護を借りた。
対象が過去に行った、行動を見られる。
ただ見えるだけじゃない。その時の五感も伝わって来る。
コミが見たのは、パーティ会場だ。王宮で開かれた、王子誕生祭。
王子専用の、ワインが入った樽が見える。
手には白い粉の入った、袋が握られている。
周囲を警戒したのち、ワイン樽の箱を開けて。
白い粉を投入する。樽を戻して、会場に紛れる。
「こ、これは……!」
過去視で見られるのは、ここまでが限界だった。
彼女が持っていた粉の正体は、この際どうでも良い。
大事なのは、この王子誕生祭がいつ行われたかだ。
「見えてきただろ? あの女の本性が」
コミは体が震えた。自分はとんでもない真実を知ったのでは?
グリーオの言う通り。様々な精霊の加護で、彼女を探る。
目を疑う光景が、次々と焼き移る。
「君がこれから行うことは、正義なんだ。国のためなんだ」
ザイの本性を見ている内に、コミもその気になった。
「君の母の願いを思い出せ」
母はいつも、この国の平和を祈っていた。
――許せない……!
そう思う彼女の体から。黒い靄が発生した。
ハッと正気に戻るコミ。両肩の手に気が付いた。
温かみを感じない手。でも懐かしい感触がした。
「グリーオは……。何故私に手を貸してくれるのですか?」
これは復讐なのだろうか? それとも正義感なのだろうか?
コミの心境を察してか、グリーオはニヤリと笑った。
「ないよ。私には目標とか夢とか。そんな下らないものは存在しない」
コミから手を放すグリーオ。
「強いて言うなら。その方が面白いから」
「そう……。ですか……」
コミは俯きながら、胸を掴んだ。
――あの時自分が、ちゃんとしていれば……。
「グリーオは、この国に王子が二人居たのはご存じで」
コミの言葉にグリーオは、僅かに黙り込んだ。
笑みを引っ込めて、目線を逸らす。
「王族は高潔な身。正しく民を道べく血筋。愚かな考えを持っていた王子が居たな」
仮面を押さえながら、グリーオは笑った。
「幻想だ。王族だって、所詮。権力を得るためには、身内の殺害も厭わない」
ポリはそんな未熟な連中が、国民の代表に立っている。
その現実に恐怖して、王宮から逃げ出した。
その後の行方は分かっていない。数年後に捜索が打ち切られる。
「ポリ様は優しいお方で。いつも笑っていて。弟の婚約者の私にすら、気遣いがありました」
もう一人の王子との思い出を、コミは語った。
幼い頃から婚約者を決められて可哀そう。そう思う周囲に。
彼が"それは本人が決める事だ"と注意したのを覚えている。
「彼は私をどう見ていたのでしょうか?」
「さあね? 私に聞かれても困るよ」
グリーオは俯いた。少しだけ、フッと笑った気がする。
「本当に……。困るよ……」
彼は弱々しい口調で呟いた。
***
ルーサイドの婚約パーティが正式に開かれる。
コミはパーティに、忍び込んでいた。
グリーオの協力で、身分を偽る。
自分の中で復讐を遂げるため。
自分をバカにした連中が、見返される顔を見るため。
準備は整っている。後はその時を待つだけだ。
パーティの主役。ルーサイドとザイが中央の席に座る。
あの時と同じように。王子へワインが運ばれた。
ルーサイドは何の疑いもなく、ワインに口を近づける。
ワインが口に入る直前で。ゴールがグラスを取り上げた。
ルーサイドは怪訝そうな顔で、彼を睨む。
「何のつもりだ?」
「ルーサイド様。このワインに口をつけない方が良いかと」
一人の衛兵が、ゴールへ駆け寄る。
「やはりそうか……。このワインには、毒が仕込まれているそうです」
「なに?」
眉間にしわを寄せる、ルーサイド。
「ポリ様を生死の淵へ追いやった毒が。量を増やしてね!」
ゴールはワインを叩きつけて、ザイを睨んだ。
ルーサイドの視線も、彼女の方へ向かう。
「まさか……。お前が俺を殺そうとしたのか?」
ルーサイドは相変らず、愛の籠っていない声で婚約者と話す。
ザイは口を閉じたまま。
「いや、そもそも何故貴様が、そんなことを調べた?」
「匿名の手紙が届いたのです。写真と共にね」
ゴールは懐から、手紙と写真を取り出した。
そこにはザイの正体と、彼女が過去に薬を投与した写真がある。
コミが精霊の力で、事前に用意したものだ。
「ザイの正体は、暗殺者。王の座を狙うものに雇われた者」
手紙を読み上げるルーサイド。顔が少々青ざめていた。
「精霊と交信などできない。ルーサイド様の病気も、彼女の仕業……。っ!?」
ルーサイドは息を詰まらせた。筆跡に気が付いたのだろう。
会場を見渡し、コミと目線が合う。
「バカな……。何故奴がこんなものを? いや、それより」
写真を突きつけて、婚約者に迫るルーサイド。
「これはどういう事だ? 釈明くらいさせてやる」
問い詰められても、ザイは表情を変えない。
「どうと聞かれましても。そんなもの、精霊の力で捏造できる」
「それと……」
ゴールは懐から、もう一通の手紙を取り出した。
「え……?」
青い便箋はコミも知らないものだ。
そこには王家の証である、剣と天秤の紋章が描かれている。
「この便箋……。それにこの字は……!」
ルーサイドは、腕と声が震えた。
「手紙の内容は同じです。便箋を王に見せろと言う以外に」
「見せる必要はない」
ルーサイドは手紙を握りしめて。婚約者を睨んだ。
「お前との婚約は、破棄だ」
「王になられるお方が。この様な手紙を信じられるのですか?」
「兄さんを愚弄するものは、誰であろうと許さない……!」
ルーサイドはザイに掴みかかりそうになった。
寸前の所で、ゴールが止めに入る。
首を振って、彼に冷静になるよう伝えた。
「連れていけ」
「ふん。弟の方は頭が悪くて、楽そうだったのに。あの女が余計な事を……」
ザイは指を鳴らした。会場に煙幕が発生し、視界を奪う。
「まずい! 王子を守れ!」
「もう遅い」
ザイは隠し持っていたナイフで、ルーサイドを刺そうとした。
その寸前で。コミが精霊の加護を発動する。
ザイの腕が止まり、体を拘束する。
「これは……。精霊の力?」
ルーサイドは再び、コミへ視線を向けた。
「お前がやっているのか? 何故……?」
――私が手助けするのはここまでよ。
ザイが取り押さえられたのを確認すると。
コミは力を引っ込めた。会場が騒ぎに乗じて、その場から立ち去る。
これがコミなりの復讐だった。
――貴方は見下していた相手に、命を救われた屈辱を味わって生きるのよ。
「コミ様……!」
ゴールが自分の名を叫んだが。
コミは振り返らない。出口に向かう。
「良いんだ。ゴール」
「しかし……!」
「俺達はこれで良いんだ。所詮政略結婚なんだからな」
その言葉に、諦めの様なものを感じた。
何を諦めているのか。理解できたのはコミだけなのだろう。
会場を出た彼女を、グリーオが出迎える。
「お待ちしておりましたよ。お嬢様」
グリーオは華麗なお辞儀を見せながる。
「終わりましたよ。全て」
「そうですか。では……」
グリーオはコミの頭に、掴むように手を乗せた。
「契約の代金を払ってもらいましょうか?」
「え……?」
「アーハハハ! 愚かな人間だな」
グリーオは嘲笑う態度を見せた。
目を赤く光らせながら、狂気をコミに見せる。
「何の代償もなく、力を得られると思っていたのか?」
コミは立ち眩みをした。まるで虚無に吸い込まれるように。
意識が薄くなっていくのを感じる。
「得た力を使えば使うほど。君の心は私の術にかかりやすくなる」
コミはこの展開に持ち込むため。多くの加護を受けた。
その影響で、グリーオの術を防ぐ手立てはない。
精神力でどうにかなる状況ではない。
「ご利用は計画的に。君には私の手ごまとなってもらうよ」
胸に冷たい氷が、流れ込んでいく気分だ。
凄く悲しくて、寂しい……。
コミは顔をグリーオに近づけた。
「……。はい……。分かりました……!」
コミは微笑みを見せた。表情に面食らい、グリーオの術が止まる。
仮面の下からでもわかるほど、驚いているのが伝わって来る。
「術などなくても……。私は貴方の傍に居ますよ……」
グリーオはコミから手を離した。
「寂しかったんですよね?」
逆にコミがグリーオの手を握る。
「どれだけ強がっても、伝わりますよ……。貴方が授けた力のおかげで」
「温かい……。この感じ……。以前どこかで……」
「傷ついて、絶望して。誰にも慰めてもらえなかったんですね……」
自分と同じだ。家族にも婚約者にも見放され。
誰を信じたら良いのか分からなくなった。
廃墟に身を寄せた。自分と彼は全く同じだ。
「動機はどうあれ。貴方は私に手を差し伸べてくれました」
それは悪意からなのだろう。それでも、唯一差し伸べられた手だった。
「今度は私の番です。貴方の駒にでもなんでも、なります。だから……」
コミは頭をグリーオの胸に置いた。
「帰ってきてください……! ポリ様!」
コミはグリーオの本名を口にした。
グリーオは、そっと彼女を離す。
「手ならもう、差し伸べられていたさ……」
彼は俯きながら、フッと笑った。
「私はグリーオ。しがない悪魔。契約したものが、破滅する姿を楽しむ……」
背後に現れた時の渦が出現する。
「誇りも、絆も、愛さえ忘れた存在……」
「待って!」
「君との契約は破棄された。与えた力は、自由に使えば良い」
グリーオは渦の中へ消えていく。
コミは必死に手を伸ばす。不思議な力に押されて、近寄れない。
「では。私は地獄へ。君は……。幸せに生きろ」
渦が消えて、空間は静まり返った。
コミは渦が消えた場所を、ジッと見つめていた。
瞳から、一筋の粒が落ちる。
「誇りを捨てられるはずがない。だからずっと、その紋章を……」
***
コミはグリーオと出会った、廃墟に向かっていた。
隠していた荷物を持つ。彼女は新しい旅の準備をしていた。
これからもグリーオは、悩める人の前に現れるだろう。
彼らの心につけこみ、力を渡すのだろう。
その先に破滅する様を見せて、楽しむのだろう。
「精霊達の力は頼らない。私自身の力で、貴方を見つけてみせる」
これから長い旅が始まる。いつ終わるか分からない。
――でもきっと、私が貴方を悪魔から人に戻してみせる……!
コミはペンダントを握りしめながら、空を見上げた。
青空が広がり、太陽が廃墟を照らしてくれる。
想像にお任せしますエンド、続きがありそうな終わり方でありますが。
実は何も考えてません。