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第三話 リルの村

「アヤト、もう朝よ!起きなさい!」


ピシャッという音ともに突然カーテンが勢いよく開かれ、そこから差し込む日光の光が僕の顔に照射される。そして追い打ちをかけるようにハキハキとした音圧のある声が鼓膜の奥に響いてきた。


僕は体をモゾモゾと動かしながらフル回転するには程遠い思考力でこの後の行動をどう取るか考える。


選択肢は二つ。


一つは、自分の欲求に従い引き続き睡眠を決行する選択。


もう一つは、欲求を理性でどうにか押し潰して、仕方なしに起床する選択だ。


一つ目の選択肢を選べば、僕は少なからず3分くらいは追加で夢の世界を体験できるだろう。まあそのあとには、地獄とも思えるほど醜悪な起床が待っているのだが。


もう一方を選べば、何の弊害も無くベッドから起きて朝食を食べるためにリビングに向かえるだろう。七割の確率で階段から足を踏み外すかもしれないという危険性は孕んでいるが、少なくとも彼女の逆鱗に触れて、朝から死に欠けるということは無い。


じゃあ、後者か。


僕は60秒足らずの時間で二つ目の選択肢を選び取ってベッドから這いずるように抜け出すと、ふらついた足取りで階段を下る。


そう思っていた一歩目だった。僕は足をつるりと滑らせて、まるで舞台役者が殺陣で披露する階段落ちのように、ゴロゴロと転がりながら階段を転げ落ちていった。


全身に響き渡る鈍い痛みと、高速回転している景色の気持ち悪さに、通常の倍近くのスピードで意識が覚醒していく。


ああもう。だから朝は嫌いなんだ。


僕は頭を撫でて痛みを緩和させながらムスッとした気持ちで朝食の席に着く。


「生命の光よ。その力を以って彼の者を癒せ。治癒ヒール


そんな僕の頭上から突如、淡い緑色の光が降り注いだ。その光は僕の頭部をまるで人肌に包まれているかのような温もりで包み込み、先ほどまで感じていたジーンという鈍い痛みを引かせていく。


「また階段から落ちたの?10歳にもなってそんな調子だと、将来早死にしちゃうわよ?」


そう言いつつ、モニカはハァと小さく溜息を吐きながら苦笑いを浮かべる。その後「はい、おしまい」と言いながら治癒魔法を掛けるのをやめて、スタスタとキッチンに歩いていき、まだ並べられていない朝食を次々にテーブルへと並べていく。


「じゃあもっと寝かせてくれれば…」


僕は焼き立ての黒パンを勢い良く齧りながら小さくボソッと呟く。


「ん?何か言った?」


「いえ、何でもありません!」


僕のボソリと呟いた言葉に、モニカは眼光をギラリと光らせながら不気味なオーラを漂わせる。


そんなモニカの変化を瞬時に感じ取り、僕はまるで軍隊の兵士のように敬礼のポーズをしながら先ほどの言葉を撤回する。


モニカは「何それ!」と言いつつクスッと笑みを見せた。


森の中で取れた食べられる野草と、森の近くにある村で売られている黒パン。そして庭で育てている野菜を入れた温かいスープを食べながら、他愛の無い会話をする。


これが僕ら親子のいつもの朝である。















朝食を食べ終えたあとは外に行くための身支度を整える。森を抜けた近くにある村に、モニカが作った薬を届けに行くのだ。


リルの森ではこの森にしか生えていない薬草が何種類かあり、その薬草で作られた薬の方が市販の薬よりも効能が良いらしい。おかげで村の人たちにはかなり好評だ。


身支度を整えたあと、リビングに用意されている薬を肩から下げているカバンの中に入れる。これで準備は完了だ。


と、言いたいところだったが、部屋に忘れ物をしていたことに気付き急いで戻る。


僕は机の引き出しの一段目を開く。そこにはこの世界のことを知るために読み漁った何種類かの本と、その上に窓から差し込む太陽の光が反射して鈍く光る丁寧に削られた楕円形の石の装飾が施されたブレスレットが置いてあった。


モニカの話では、このブレスレットは僕が入れられていた籠の中に一緒に入っていたらしい。装飾品なのか、御守りなのか。よく分かっていないけれど、僕にとってとても大事なものだからなるべく肌身離さず持っているように言われている。


「じゃあ、行ってきます!」


僕はブレスレットを右手に填めると、出掛ける時のお決まりの挨拶をしてから扉を開けて森の中へと駆け出した。















森の中は怏々と茂る木々に遮られているからなのか、夏前だというのにまだ若干肌寒く感じる。


森の木々には特定の人が近くに来たら灯る魔法のランプが家と村までの間の直線状に設置されている。特定の人というのは僕とモニカだ。


そのランプを目印にして進んでいけば迷うことなく村に行けるし、家にも帰れる。魔法ってスゲーー!


僕は寒さを和らげるために腕を擦りながらその道を小走りで駆け抜けていく。


途中休憩を取りつつ10分ほど森の中を進んだ。すると、視界の奥に木々の生えていない明るく晴れた場所が見えてきた。僕はその光を頼りに森を抜けた。


森を抜けた先には民家と思われる建物がいくつかある小さな村があった。


あれはリルの村。リルの森から一番近くにあることからそう名付けられたらしい。


村の周囲は木で出来た塀で囲まれており、門の前には槍を持った男が門番として立っている。


僕はその門番がいるところに向かって歩いていく。


少し進むと門番の男たちもこちらの姿を視界に捉えたようで、軽く手を振った。


僕はそんな態度で大丈夫なのかなと内心不安になりつつ手を振り返す。


「よお、アヤト!」


そう言いつつ門番の男は僕の肩をベシベシと叩く。そんな彼の顔は火照っており、飲酒した人特有の口臭が鼻の奥へと突き刺さる。


「どうも、フロッグさん。また朝から酒飲んでるんですか?」


「しょうがねえだろう、暇すぎてやる事ねえんだからよぉ。まあ平和の証ってことで大目に見てくれや」


「良いわけないだろ」


そんな調子の良いフロッグの頭にガツンと拳を振り下ろしながら姿を現したのは、フロッグよりも一回りも大きい筋骨隆々の肉体に顔の右半分に獣の爪で切り裂かれたような縦に大きな三本線の傷跡を持った20代後半くらいの男性だった。


彼の名前はアラン・メイガス。この村で門番長を務めている人で、元王国騎士団の副団長らしい。村を囲む塀や門番を配置するよう提案したのもこの人である。


僕らはお互いにおはようと軽く挨拶を交わす。だがアランがすぐに表情を曇らせる。


「お前が来たってことは、モニカさんはまだ体調が戻らないのか?」


僕はアランの問いに首を横に振る。


もともと村に薬を届けるのはモニカが務めていた。しかし2年前に突然体調を崩してしまい、遠出することが困難になってしまった。それからは僕がモニカの代わりに村に薬を届けている。


「家事をやれるくらいには回復してるよ。でも遠出するのは無理っぽい」


「そうか…」


僕の返答を聞いてアランは露骨に肩を落としていた。どうやらアランはモニカのことが気になっているらしい。


転生した時から一緒にいるので僕の中では母親のような年の離れた姉のような存在なのでそういった感情は湧いてこないが、確かにモニカは美人だ。僕が見た中では前世を含めても5本の指に入ると思う。


もし僕も出会い方が違っていればときめいていたかも……。いや、そんなことは無い!僕にはもう心に決めた人がいるんだ!


「本当だったらすぐにでも看病に行きたいんだがなぁ…」


内心僕が一人漫才をしているのとは裏腹に、アランは視線を下に落としながらハァと溜め息を溢す。


僕たちが住んでいるリルの森は、ヒューマニア王国の中でも禁足地に指定されている。


リルの森には、どうやら神話の時代から生きているという伝説級の魔獣が住んでいる噂があるらしい。


モニカはその調査のために王国から特別な許可を得てリルの森に住んでいる。僕もモニカと同様の理由で許可を得ているみたいだが、子供の僕にそんなことが出来る筈ないと思うんだけど。まあ、モニカがそれで良いなら僕は従うだけだ。


「元気になったらまた来てくれるよ」


僕は慰めるようにアランの背中をポンポンと軽く叩く。


「アヤトって、たまに子供とは思えない雰囲気出すよなぁ」


僕の言動から異質な雰囲気を感じ取ったのか、アランは若干顔を引き攣りながら苦笑いを浮かべていた。


こう見えても精神年齢(なかみ)は18歳の高校生だからなぁ。ああでも、この世界に来た分も含めると28歳か。あれ?確かアランの年齢も28歳だったような…。だとすると僕とアランって、実質同い年ってこと!?


「そそそ、そんなことないですよ!じゃあ僕、村長の家に薬を届けてくるんで、また!」


衝撃的な事実に気づいてしまい、その動揺から挙動不審な言動になりながらアランたちと別れ村の中へ入っていく。


僕は深呼吸しながら気持ちを落ち着かせて、顔を合わせた村の人たちに挨拶しつつ村長の家へと向かう。


すると、村の一番奥に他の建物よりも一回り大きい建物が見えてきた。あれが村長の家だ。


僕はその家の扉をコンコンとノックする。するとすぐに中から「はーい」という可愛らしい声が聞こえてきて、その直後にガチャリと扉が開かれた。


扉の先から現れたのは、僕と同じくらいの年齢の女の子だった。背は僕よりも少し高めで赤っぽい茶色の髪を二つに縛っている。


この子はアイラ。村長の一人娘で、僕よりも一つ年上の11歳。天真爛漫で元気いっぱいな、僕とは違って年相応の可愛らしい女の子だ。


アイラは、僕と目が合うとパアっと顔色を明るくさせた。


「あ!アッくん!」


「おはようアイちゃん。薬を届けに来たよ」


僕らは愛称でお互いの名前を呼び合いながら家の中へと入っていく。そしてそのままリビングへと通された。


リビングでは頭のテッペンだけ禿げたふくよかな男性と、アイラと同じ髪色の年若い女性が、突然現れた僕の姿を見て少し目を丸くしていた。


この二人はアイラの両親であり、このふくよかな男性がこの村の村長のダストンさんだ。


「お父さん!お母さん!アッくんが来たよ!」


アイラは目を輝かせながら弾んだ声で両親にそう報告する。


「おはようございます。朝早くにすみません」


僕はペコリと丁寧にお辞儀をしつつアイラの両親に挨拶した。


「おお、アヤトくんか!おはよう」


ダストンさんは座っている椅子から立ち上がり僕のことをギュッと抱きしめる。その後僕らはお互いにそれぞれ椅子に座った。


そんな僕らの行動を予測していたかのように、アイラのお母さんのベネットさんが即座に3人分のお茶を用意してくれた。


「いつも薬をこの村のために持ってきてくれてすまないね。でもそのお陰でここ数年は病気どころか、風邪すら引かない。本当に感謝しているよ」


「こちらこそ、感謝してもし切れないくらいの恩義を感じてます。ここの人たちが僕ら親子のことを受け入れてくれなかったら、僕は今ごろこの世にいませんから」


僕を引き取り育てることにしたモニカだが、当時は子育ての経験は愚か知識すら乏しい状態だった。そのため自力で僕を育てることは不可能だった。


だからモニカは、僕を育てるために森を出て人を探した。そしてこの村、リルの村と呼ばれる村に辿り着いた。


普通であればこんな訳あり親子を受け入れようとは思わないと思う。だがこの村の人たちは僕たちの素性など二の次にして、快く受け入れてくれた。お陰で僕は今もこうして生きていられる。


「他人が困っていれば助ける。人として当然のことをしただけだよ。しかし、アヤトくんが来たということは、モニカちゃんはまだ体調が良くないのかい?」


「そうですね。家の中でだったら大丈夫なんですが、外に出ることはまだ難しいみたいです」


「もう10年以上も経つというのに、そこまで強力なのか。モニカちゃんが受けたその呪いは」


ダストンさんは顔を俯かせ眉間にシワを寄せて険しい表情を見せる。


モニカの受けた呪いは、じわじわと体力と魔力を呪いに奪われ、最後には自分の命すら奪われてしまうという呪いだ。


この呪いがかなり厄介らしく、現代で超一流と言われる医術者、魔法使い、呪いに造詣の深い学者、その誰もがあらゆる手を尽くしても、進行を遅らせることが精一杯で解呪は不可能らしい。


もしどうにかしたければ、この呪いを掛けたものを探して解呪方法を聞き出すしかないらしいが、モニカに呪いを掛けた魔獣は、モニカと戦闘した際に討伐されてしまっているため直接聞き出すことは出来ない。


そのため、もうどうすることも出来ない。これが自分の運命だと死を受け入れるしかないそうだ。


だが僕は諦めていない。必ずどこかにモニカの命を救う手立てがあるはずだ。


「今日はお邪魔しました。必要な数の薬が揃ったらまた持って来ます」


僕は袋から今日持ってきた薬を取り出してダストンさんに手渡した。


「ああ、ありがとう。モニカちゃんにもお大事にと伝えておくれ」


ダストンさんはお礼を言いつつ薬を受け取り、僕はその報酬としてベネットさんが持ってきた硬貨の入った袋を受け取った。


僕は最後にまだ残っていたお茶を一気に飲み干すと椅子から立ち上がった。


「そうだ、アヤトくん。伝え忘れていたことが一つある」


僕が玄関へと向かう途中、ダストンさんが急に後ろから声を掛けてくる。


その声に振り返ると、ダストンさんは眉間にシワを寄せて険しい表情を浮かべていた。


「昨日近くの町から来た冒険者がこの村を訪れたときに言っていたんだが、近ごろ魔獣が狂暴化しているようだ。帰るときは気を付けるんだぞ」


僕はダストンさんからの忠告に対して「分かりました」と一言返事をしてから「お邪魔しました」と言い残して家をあとにした。

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