第一話 復讐の果てに
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僕、紡木綾斗は、現在学校の屋上で一人、物思いに耽りながら空を眺めていた。
忘れようとも忘れられないあの日の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
服をズタズタに引き裂かれ、あられもない姿で顔をくしゃくしゃにしながら静かに啜り泣くキミ。
そんなキミの姿を見て「ごめん、ごめん…」と涙を流しながら謝ることしか出来ない僕。
僕のせいでキミは大切なものを全て奪われた。尊厳を、将来誰かに捧げるはずだった初めてを。
そしてその一週間後、キミは自宅で首を吊って亡くなった。
キミが最後に書き残した遺書であろう僕に宛てた手紙をキミの両親から受け取ったとき、ご両親が仰っていたよ。
お前がうちの娘を殺したって。
本当にその通りだと思う。
キミとあの時出会わなければ、キミと関わらなければ、キミに想いを告げなければ…。きっとこうなってはいなかった。
キミからの手紙を読んで改めてそう思ったよ。
だからどうか、どうかこの僕に、キミが受けた苦しみを、キミが受けた屈辱を清算させて欲しい。
それが僕に唯一出来るせめてもの贖罪だから。
キィーという甲高い音を立てながら屋上の扉がゆっくりを開く。
扉の向こうから現れたのは、厳つい見た目をした三人の男子生徒。
彼らは僕の姿を見つけると、チッとあからさまにイラついているような顔を向けてくる。
「テメェ、何様のつもりだ?いきなりこんなところに呼び出すなんてよぉ。自分の立場分かってやってんのか!?ああ!?」
三人のうちの一人がオラオラとメンチを切りながら僕の胸ぐらを掴もうとする。
彼が僕に腕を伸ばそうとした瞬間、僕は静かに両手を前に突き出した。
僕の手には刃渡り20センチほどの包丁が握られており、その凶器を目にした瞬間、彼はピタッと動きを止めて苦虫を噛み潰したかのように僕のことを睨み付けながら後ろに下がる。
「おい、あんな雑魚が武器持ったくらいでビビってんじゃねえよ」
すると睨み付ける彼の背後から重く沈んだ声が僕の耳に聞こえてくる。
現れたのは、制服の下に柄物の派手なシャツを着込み、真っ赤な少し長い髪を逆立てた長身の男子生徒。
彼は僕をいじめていたいじめの主犯格にして、彼女の尊厳を踏みにじり、自殺へと追い込んだ黒幕だ。
「俺らを殺ろうってのか?目の前で自分の彼女がヤられてるのに泣きながら謝ることしか出来なかったテメェが?ハハッ!とんだお笑いだぜ!」
主犯格の男子生徒は僕のことを見下したように顎を突き出し、笑みを浮かべながら視線を僕の顔へと向ける。
「お前に一つ聞きたいことがある。どうして彼女にあんなことをしたんだ」
僕は手に持っている包丁を静かに突きつけながら彼の眼を真っ直ぐ見つめる。
僕の問いに対して、彼は「そんなことか」と言わんばかりに大きなため息を吐くと、次の瞬間、一際口角を吊り上げて口を開いた。
「そんなの、ムカついたからに決まってんだろ。弱者は弱者らしく、俺らに頭を垂れてりゃ良かったのによぉ。一丁前に女なんか作るのがいけねえんじゃねえか。まあでも良い思い出になっただろ?俺らからの卒業記念だよ!ギャハハハハハ!!!」
彼は目に涙を浮かべるほど高らかな笑い声を上げていた。その表情からは彼女に対しての後ろめたい気持ちなどは一切感じられない。彼と同様に後ろの二人も大声を上げて笑っていた。
どうしてこんな奴が未だにのうのうと我が物顔で生きているんだ?逆に、どうして彼女の方が命を絶たなければいけないんだ?どうしてどうしてどうしてどうして!どうしてだッッ!!!
コイツの顔をこれ以上見ていると怒りで気が狂ってしまいそうだ。もういいだろう。コイツの本心は聞けた。きっと他の二人も同じ気持ちなんだろう。なら、あと僕がやる事は一つだけ。
「お前たちを今、ここで殺す。そして、地獄で一生彼女に詫びろ」
僕はそう口にしながら彼を睨み付ける。その変貌ぶりに彼らは顔を引き攣らせながら一歩身を引く。しかし主犯格の男子生徒だけは、僕以上の凍てついた雰囲気を放つ。
「お前らは黙って見てろ」
主犯格の男子生徒はまるで威嚇でもしているかのように後ろの二人に冷たい視線を向ける。
彼の言葉に後ろの二人は「おう」と短く返事をすることしか出来なかった。
再び僕の方へと向き直った主犯格の男子生徒は、僕の持っている凶器に臆することなく自身の腕が届く距離くらいにまで近づくと、目を大きく見開きながら静かに口を開く。
「さっきの言葉、飲み込むなよ?」
その直後、右の脇腹が鋭い痛みに襲われたと感じた時には、僕は既に左に大きく吹き飛んでいた。
涙と血の混じった涎を無様に垂れ流しながら、未だに痛む脇腹を押さえつつ先ほどまで僕がいた場所に視線を移す。
そこには僕に対して蹴りを突き出したかのように左足を伸ばした彼の姿があった。
どうやら僕は蹴られたようだ。だけどいつの間に?予備動作もなく蹴りを繰り出せるものなのか?ダメだ。痛みで考えが纏まらない。取り敢えず立ち上がれ。次が来る。それに備えるんだ。
そう思い、足を震わせつつもどうにか立ち上がり顔を上げる。しかしその時には彼は既に僕の目の前で再び僕のことを見下ろしており、そして僕がその事実に気づいた瞬間、右拳を僕の顔面に向かって振り下ろしていた。
直後、まるで砲弾をじかにでも食らったかのような鈍い痛みが稲妻の如き速さで頬から全身に響き渡る。
しかし彼の暴力行為はそこで終わらず、次に右の頬を同じように硬い拳で抉るように殴り、続いてで捻じり込みながら的確に溝を打ち抜き、直後のくの字に曲がったところに肘を背骨目掛けて振り下ろす。
「ゴガッ、あぁ…」
僕はドバッと口から血反吐を吐き出しながらその場に倒れ込む。
痛い。気持ち悪い。痛い。視界が歪む。痛い。このままじゃ…。痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッッッッッッ!!!!!!!!
死ぬ!死んでしまう!僕はこのままだと確実に殺される!
強烈な痛覚と、そこから来る死への恐怖で体が、心が、僕の全てが支配される。
僕はありとあらゆるものを全身から垂れ流しながら、ガタガタと死への恐怖で体を震わせることしか出来なかった。
そんな僕の様子を見て、彼らが何かを言っている。しかし今の僕には何を言っているのか分からない。でもどうだっていい。
もう嫌だ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。何もしたくない。そうだ。いっそこのまま、地面にずっと倒れていれば諦めてくれるかもしれない。
いつものように、ずっとただひたすら耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて、耐えてさえいれば。嵐が過ぎるのをじっと待つように。
改めて分かった。いや分からされた。自分はどうしようもないほど弱者なんだと。だからもう、諦めてしまおう。諦めればきっと楽になれる。
段々と視界が霞んでいく。その視界の奥で三人が僕を見下ろしている。表情をハッキリと視認することは出来ないが、きっと嘲笑っていることだろう。
僕は自分の弱さに絶望し静かに涙を流す。
ごめん、ごめんよ。僕にキミの仇を打つことは出来なかった。結局僕は弱者だったんだ。
僕はあの時と同じように彼女に謝りながら絶望の中へと意識を委ねていく。
”お前はそんなところで何をしている?”
絶望の暗闇の中から誰かが僕に問い掛けた。声の主の姿は影のようになっていて姿をハッキリとは視認できない。だがどういうわけか僕は彼のことを凄く知っていた。
彼は彼女を助けられなかった悔しさで涙を流していた。
彼は彼女を自殺に追い込んだ首謀者と、きっかけを作った僕に対して言葉では言い現せない怒りを抱いていた。
彼は自分の人生を全て捧げてもいいと思っていたほど心の底から彼女のことを愛していた。
”あの時、あの子は今のお前よりもずっと辛かった、痛かった、苦しかった、逃げたかった、生きたかったはずだ!
だがお前はそんな彼女の想いの何もかもを踏み躙ってまた痛みに耐えて引き籠るだけなのか?彼女に対するお前の恋情とはその程度のものだったのか?”
彼の怒り、悲しみ、後悔、恋心。様々なものが僕の中に流れてくる。
彼は指を差しながら、一言問い掛けた。
”今のお前にできることは本当に何もないのか?”
そこで僕の意識は現実へと戻り、僕は自分の手元に視線を移す。
そこには、視界が霞んでいるのにも関わらず、未だに強く握り締められている刃渡り20センチの包丁が、太陽の光を反射しながらまるで自分の存在を主張するように輝いていた。
僕にできること…。そんなの決まってる。
”奴らを殺す!彼女が味わった以上の苦痛と恐怖を!どんなに泣き叫んでも絶対に許さない!それが今の僕にできる復讐だ!”
「ひ、な……!」
僕は彼女の名前を呼びながらゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。
その様子に先ほどまで笑みを浮かべていた三人は驚いたような顔を浮かべていた。
主犯格の男子生徒はまたしても立ち上がった僕の姿を見て、数秒目を丸くしながら固まっていたが、すぐに意識を持ち直して再び冷たい殺気を放ちながら僕のことを睨み付ける。
「─────、───────ッッ!!!」
僕は声にもならない叫びを上げながら包丁を突き出してゆっくりと走り出す。
彼も僕の動きに合わせてカウンターの右フックを僕の脇腹へと打ち出した。
このまま闇雲に突っ込めば、リーチで劣る僕の方がまた彼の攻撃を食らってしまうだけだ。
僕はギリギリの所で包丁を片手に持ち替え、空いた手で彼の拳を受け止める。しかし彼の拳の威力に力負けしてしまい、再び彼の拳による攻撃を食らってしまう。
痛い、痛いけれども!受け止めたぶんさっきよりも痛みはかなり軽減された。このくらいだったら!
僕は包丁を下から上へと腕を振り回すように切り裂いた。しかしボロボロの体を無理矢理動かしたせいか、すぐに足がふらつき、そのまま地面をゴロゴロと転がりながら転落防止の鉄柵に背中からぶつかってしまう。
鈍い痛みが全身に広がっていく。肺に溜まっていた僅かな空気が血反吐とともに吐き出される。
どう、なったんだ?彼に、僕の一撃は届いたのか?
正直手ごたえはなかった。というかそんなことまで感じる余裕がなかった。僕の一矢報いた渾身の一撃。もしこれが届いてなかったのなら、もう僕に彼を殺せる勝機は、完全に消え失せる。
「綾斗、テメェ!よくも、よくも俺の体に傷を付けやがったな!」
突然の怒号が倒れている僕の耳に届いた。
辛うじて動かした視線の先には、胸から腹まで大きく切り裂かれた柄物のシャツの下に、掠り傷程度の傷跡ながらツーっと血を流す彼の姿があった。
やった!ギリギリ届いてた!これなら、次は確実に殺れる!
僕は三度フラフラとした足取りで立ち上がると、包丁を彼に向かって突き出し、構えを取る。
「圧倒的弱者のくせに、生意気なんだよテメェェェェェェェッッ!!!」
何度倒されても倒れない僕の姿になのか、それとも弱者である僕に傷つけれた事実にか、あるいはその両方か。彼は今までに見せたことが無いほど激高した表情で拳を高く掲げながら僕のもとへと迫ってくる。
初めて見せる感情むき出しの彼の本気で起こった表情とは裏腹に、僕の頭は冷静に彼の行動に対する処理を開始しようとしていた。
この時、どういうわけか彼の動きが、まるでハイスピードカメラの映像かのようにゆっくりと動いて見えた。
だから、自分が今どう動かなければならないのか、ハッキリと理解することが出来た。
僕は持っている包丁の位置を彼の腹の中心部の位置へと移動させた。
今の僕に彼の拳を躱せるほどの体力は無い。ならば僕は、彼に致命傷を与えられるところに自分の武器を持っていけばいい。
今度、彼の拳を食らってしまえばもう僕は立ち上がれなくなる。その代わり、僕の刃によって彼は致命的な傷を負うことになる。
ハハハ。弱者である僕には、一人を持っていくのが関の山か。本当は三人全員ぶっ殺すつもりだったのにな。
ごめん、。キミの仇、完全には討てなかったよ。
彼の拳と、僕の凶器が交錯する。
先ほどのものとは違い、今度はハッキリと両手に包丁が刺さった感触が伝わってくる。それと同時に僕の顔面に鋭い痛みが襲い掛かる。
僕は再び背中を鉄柵に強打する。しかしその鉄柵を支えとして倒れることだけはどうにか免れる。
涙と鼻血を流しながら目の前で蹲る彼の姿を見下ろす。
彼は腹部を押さえながら額に汗を浮かべ、苦悶の表情を浮かべる。
「クソッ!いってぇ…」
彼は腹部から大量の血を流しながらその場に倒れ込んだ。そんな異常事態に、今まで固まっていた残りの二人が彼のもとに駆け寄り様子を窺う。
いい気味だ。でも彼女はもっと痛かったんだ。苦しかったんだ。精々苦痛と死への恐怖に震えながら地獄に落ちろ。
そんな気持ちを抱きつつ、へッと微笑を浮かべた瞬間、ガコンッという音が僕の耳に届く。その直後、背中の支えが突然なくなり、一瞬の浮遊感のあと、三人の姿が忽然と消失した。
何が起こったのか、周囲を確認しようとしたのも束の間、強烈な痛みが僕の全身を駆け巡った。しかしすぐにその痛みは消え去り、代わりに急激な倦怠感と眠気に襲われた。
彼は死んだだろうか。死んでたらいいな。死んでなきゃ困る。それにまだ二人も残ってる。彼らも殺さないと。
そう思い立ち上がろうとするも、なぜか指一本すら動かせない。
ここまでってことか……。
生温かく際限なく広がっていく真っ赤な血溜まりの中、僕は静かに目を閉じた。
僕にもっと勇気があったら、キミが死ぬことなんてなかったのに。不甲斐無くてごめん。
僕もずっとキミのことが好きだよ。愛してる。もし次があるのなら、今度こそキミを幸せにすると誓うよ。
だけど今は少し寝させてほしい。ちょっと疲れちゃってさ。起きたらまた、どうするか考えるから。今だけはちょっと、ね。
そのまま僕の意識はどこまでも続く深淵の中へと消えていった。
いかがだったでしょうか。気に入っていただけたなら幸いです!
不定期に投稿していく予定ですので、気長にお待ちください!