第5話「森の家」
ある日、二人は森の中にいた。
すると、どこからか女性の叫び声が聞こえる。
アッシュもリュウもその方向へ走った。
木々をかき分け、走っていくと、60歳くらいの女性だろうか。
熊のような大型モンスターに襲われそうになっている。
アッシュはとっさに女性の前に立ち、さっと抱き上げると、後ろに跳んで、女性の身を庇った。
リュウはその剣でモンスターを一刀で切り倒した。
アッシュはゆっくり女性を下ろすと「大丈夫ですか?」と声をかけた。
女性は
「まあ、まあ、助けて頂いて本当にありがとう。この歳になって抱き上げて頂けるなんてねぇ。私はエレナ・モーガンと申します。この近くの家に住んでるのよ」
と自己紹介した。
アッシュは
「オレはアッシュ。そして、友人のリュウです」
と、挨拶した。
リュウは「ここら辺もモンスターがチョロチョロするから、気をつけてな」と言い
「さあ、オレ達は行こうか」
とアッシュに声をかけた。
アッシュが行こうとすると、ミセス・エレナはアッシュの腕を掴み
「まあ、待ってくださいな。生命を助けて頂いた方を、このままお帰しするわけにはいかないわ。家はすぐ近くよ。どうぞ寄ってらして」
と言い、聞かない。
「いや、オレ達は別にいいんです」
とアッシュが言うと、ミセス・エレナは何かは事情を察して
「いいえ。あなた達が何か御事情があっても、私は何も聞かないわ。ただ、お客様として、来て頂きたいのよ」
と言って、二人を家へ案内した。
それは森の中にある、まるでおとぎ話に出てくるような、暖かみのある木の家だった。
「さあ、さあ、お入りになって! お客様なんて何年ぶりなの」
二人は「お邪魔します」と入った。
ミセス・エレナはお茶とお菓子を出して、二人をもてなした。
きちんと片付けられた木の香りのする良い家だ。
「ミセス・エレナ、御家族は?」
とアッシュは聞いた。
「主人は早くに亡くなったのよ。息子と二人暮らしだったのだけど、息子も20年も前に亡くなってしまってね。今は一人よ」
リュウは
「えっ? そうなんだ……聞いて悪かったかな。じゃあ一人か……淋しいな……」
と言った。
「そうね……たまに一人は淋しいけれど、でもね、私の息子、テオドールは精一杯生きたの。だから私も精一杯生きなきゃ。そう考えたら淋しくないわ」
ミセス・エレナは笑って、お茶をもう一杯いかが、とすすめた。
「差し支えなければ、テオドールさんのこと、聞かせて頂けますか」
とアッシュが聞いた。
ミセス・エレナは小さくうなずいて、話し始めた。
「テオドールは優しい子だったのよ。小さな頃はこの家で育ったの。でも学校へ行くには、ここからじゃ遠いでしょ。だから、グリーンフォレストに引っ越したのよ。あの子が18歳になった時ね、テトラ社の戦闘マシーンがやってきて、町中を掘り起こしたの。もう、あちこち家の中まで掘り起こして、邪魔する者は容赦なく殺された。テオドールは何とか皆を助けたいと、街の人達と協力して戦った。グリーンフォレストには、物見の塔があってね。中は要塞になっていて、上から攻撃もできる。一番丈夫な建物よ。そこに立てこもって、最後まで戦ったの。がんばって追い払ったのだけど、皆を先導したテオドールは狙われて、殺されてしまった。その時に私達の家も壊されてしまったし、私はテオドールが小さな頃に暮らしたこの家に戻って来たのよ」
リュウは唇をギュッと噛んで、話を聞いていた。
(何なんだ? テトラ社は。いったい、何で、人を殺してまで、アチコチ掘ったんだ……)
考えても分からない。
ただ、こう言った。
「ごめん……オレ達は、もと、テトラ社の社員なんだ。オレはウォーリアーのリュウ・ランロック」
リュウはミセス・エレナに頭を下げた。
アッシュも
「オレはコマンドのアッシュ・ダグラスです」
と頭を下げた。
「まあ、まあ、あなた達が謝ることないじゃないの……。あなた達の生まれる前のことでしょ。いいのよ。私は助けてもらったお礼がしたいだけ。それに嬉しいのよ。こんな素敵な二人に来てもらって。息子が二人できたみたいだわ」
ミセス・エレナは
「絶対、今日は泊まってらしてね。息子の部屋がありますから」
と言った。
二人はお風呂にも入り、夕食もごちそうになった。
アッシュは夕食をつくるのを手伝った。
ミセス・エレナは
「いいのよ。お客様に手伝ってもらうなんて……」
と言ったが、アッシュは
「いえ、オレはずっとおばあちゃんと二人暮らしだったので、よく手伝ってたんです。コマンドになったのも、オレの村は戦士とかは出ないから、オレが強くなって、皆を守りたいと思ったからで、それをおばあちゃんも喜んでくれたからです。もっとも、コマンドになる前に、おばあちゃんも亡くなってしまったけど……」
と言った。
ミセス・エレナは
「まぁ……でも、おばあちゃまはきっと、あなたを見守ってるわよ。私も、今でもテオドールが見守ってくれてるような気がするわ……」
と言って、笑った。
二人はテオドールの服を借りたが、リュウには少し小さかった。
「手も足も出ちまうなぁ……まあ、贅沢言えないか」
とリュウは言って、ベッドに腰かけ
「ホラ、アッシュ、寝ろよ。オレは大丈夫だから」
とベッドをポンポンとたたいた。
アッシュは
「オレ、こんな家で寝るんだったら、絶対、大丈夫だと思う。それこそ、テオドールが見守ってくれてるような……だからさ、リュウも一緒に寝ようよ。いつも仮眠じゃ、疲れるだろ」
と言って、リュウの肩に手をおいた。
「そうか。じゃ、オレも寝るか」
二人は久しぶりにベッドでゆっくり眠った。
リュウはいつものようにすぐに眠ってしまい、夜中、ふと目が覚めると、背中にアッシュがピッタリおでこをつけて、寄り添って眠っている。
リュウは振り向いて(そうか……いろいろと不安だよな)と思い、アッシュの額に自分の額を合わせて「安心して眠れ! オレが絶対守るから」と言い、アッシュに毛布をかけて、そのまま眠った。
朝、朝食を頂き、別れを告げた。
ミセス・エレナは淋しさを隠して、にこやかに
「絶対、また、いらしてね。私はいつでも待っていますからね」
と送り出した。
そして、二人が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。
アッシュはミセス・エレナが見えなくなると、手を胸にさっと当て、その手を唇に持っていき、人差し指を当て、また胸に下ろすと、キュッと結んだ。
「何? それ」
リュウが聞くと
「あぁ、これ? オレの村ではさ、こうやって別れの挨拶をするんだ。いつも思っています、言葉には出さなくても、あなたのことをっていう意味で……。リュウの村ではないの?」
と答えた。
「ヘェ~、オレの所かぁ。絶対また会おうな! とか、元気でいろよ! とか、そんなだったな」
アッシュはクスッと笑って「リュウらしいな」と言った。
リュウは
「それさ、オレにも教えろよ。ミセス・エレナにはやりたいんだ」
と言い、アッシュの村、テインローザ流の挨拶を教わり、二人でミセス・エレナに別れの挨拶をした。