第4話「闇夜」
リュウとアッシュはよく笑った。
歩いている道のぬかるみにも
「わっ! 歩きづらいな~。靴、汚れるぅ」
などと言って笑い、木々に咲く花や、絡んでいるツル、曲がりくねった木の枝、まぶしいくらいの木漏れ日、美しい花にも
「キレイだなぁ……ホラ、この花びら、花弁にむかって色がグラデーションになってる」などと観察しては、二人で「オレ達、第一発見者かも……?」などと、冗談を言って笑った。
水辺に来ると、二人は顔や手を洗い、水を飲んだ。
流れる水は大きな石にぶつかりながらも、サラサラと流れていて、水底には小さな小石もハッキリ見えるほど、透きとおっている。
「オイ、お前、ヘンな顔」
水の流れで歪んで見えるアッシュの顔を見て、リュウは「アハハ、アハハ」とお腹を抱えて、笑った。
「あーっ、言ったな! ほらリュウだって……」
と言って、アッシュは水に手を入れて、リュウの顔をさらに歪めさせて
「ウフッ、アハッ、おかしい」
と笑った。
二人はそよぐ風にも降る雨にも、澄んだ夜の空気の中の星空にも、全てと生命をつなげるように感応したし、とても大切に思った。
それは、絶対に生き抜くという決意とは裏腹に、もしかしたら、この生命が、理不尽に今すぐ奪われるかもしれないという、緊張した環境の中でこそ生まれる、生命の煌めきとも言えるだろう。
アッシュは道々、役立ちそうな薬草を見つけては、傷薬などを作っていた。
魔法を使えないアッシュは、リュウの傷を治す為、傷薬を使った。
「オレの村では、こうやって治してたんだ」
リュウの背中や腕、足の傷などに薬を塗った。
その薬はよく効いて、リュウは感心した。
「ヘェ~、アッシュはいろんなことを知ってるな。ほんと、ありがとう」
アッシュの薬を塗る手は優しくて、心がこもっているのを感じた。
アッシュは
「手当てってさ、本当に手を当てることから始まってるんだ。傷に手を当てる。やっぱり、治したいっていう気持ちの問題もあると思う」
「そうかぁ……だからかな……よく効くし……手当てされてて、気持ちいいかも」
リュウはアッシュに笑った。
二人は戦い、逃げ延びながらも、人としての生活を少しでも楽しもうとしていた。
なるべく清潔にもしていたかったので、服が洗える時は洗ったし、自然の温泉を見つければ入った。
「わぁ~気持ちいーなー」
リュウは喜んで泳いでいる。
「温泉で泳ぐわけ?」
そう言いながら、アッシュは笑った。
二人とも細かい傷だらけで沁みる所もあったが、それでも温泉は気持ち良かった。
「今に、オレ達が追われなくなったら、また来ような」
リュウが言うと
「そうだね……その頃には、傷も全部治ってさ、本当、ゆっくり入りたい」
とアッシュは答えた。
ここはお湯も澄んだ緑色。
そして、緑の香りも素晴らしい美しい所だ。
と……アッシュはいきなりお腹に抱きつかれて、お湯に沈められた。
「わっ! リュウ……バカ! バカ!」
アッシュは起き上がると、そばで大笑いしているリュウに向かって言った。
アッシュはリュウに仕返ししてやろうと、お湯をバシャバシャかけた。
リュウは「オッ! やるか」と言って、両手でお湯をすくってアッシュにザブンとかけた。
「わっもう~」
アッシュは髪から水を垂らしながら、リュウを見て笑っている。
二人はふざけながら温泉で洗い流し、サッパリとした。
生命のやりとりが続く毎日で、二人は精一杯の光を吸収していた。
★ーーー★ーーー★
風の強い夜、戦い終わり、息を切らしながら、何とか、風がよけられそうな古い空き家へたどり着いた。
剣を置き、水を飲んで喉の渇きを癒やすと、二人は疲れからか、ウトウトといつしか眠りについてしまった。
と……リュウは首を絞められて、目が覚めた。
「何だ?」
リュウが驚いて、首にかかった手を振りほどこうとするが、力が強くて、中々振りほどけない。
暗い部屋の中、よく見ると、首を絞めているのはアッシュだ……。
いつもと目の色が違っている。
赤みを帯びた瞳、それでいて顔は無表情だ。
リュウはその手をほどこうとしながら叫んだ。
「アッシュ、しっかりしろ、アッシュ」
瞳は戻らない。
首を絞めるその手はさすがにアンドロイド、ものすごい力だ。
それでもリュウは筋力で押し負けず、手を振りほどき、アッシュを抱きしめ、叫んだ。
「戻ってこい! アッシュ! アッシュ!」
アッシュは首をガクンと後ろにのけぞり、苦しみ始めた。
身体は痙攣し、本当に苦しそうだ。
リュウはどうすることも出来ず、ただ、ただ、アッシュの名を呼んで抱きしめた。
荒く息を切らしながら、アッシュはいつもの様子に戻った。
「リュウ?」
アッシュはリュウを見る。
首にくっきり残る指の跡。
アッシュは何が起こったか悟ると、頭を抱え
「ウワァ」と叫んだ。
「何をしたんだ、オレは……」
リュウは
「アッシュ、お前のせいじゃない。全部、そのチップのせいだから」
とアッシュをなだめた。
アッシュは震えながら泣いた。
しばらく泣いた後、少し落ち着くと、アッシュは言った。
「リュウ……お願いがあるんだ……」
「何だ?」
「リュウ……オレを殺してくれ……」
リュウは声も出なかった。
アッシュの自分への嫌悪感や、自分が自分でなくなる恐怖感、絶望感などが伝わって、まるで、百本のナイフで切り刻まれているように胸が痛い。
リュウは頭をブンと振ると、ありったけの力を込めて、アッシュを抱きしめた。
「アッシュ。大丈夫だ。これからは眠る時間を交互にしよう。夜はアッシュが寝る。オレは昼間、仮眠するから! そうしたら、もし、こんなことがあっても避けられる。絶対、オレがそのチップ、とってやるから……オレを信じろ!」
アッシュは小刻みに震えていたが、リュウの切ない思いを受け取って「うん」としか、言えなかった。
ギリギリの状態で二人は支え合って生きていた。