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とつぜん異世界最重要人物とか言われてもピンとこないんだが。


 バイトをクビになり、ストロング缶を流し込みながら慣れた手つきで募集サイトを閲覧し、とりあえず短期バイトでも探そうかと思っていた、その時、目の前に突如女の子が現れた。


「ようやく探したわ、さ、早く一緒に来て」


 そう言って俺の手を引くのは、アニメに出てくるような水色の髪の可愛い女の子で、白地に髪と同じ色のラインが入ったテカテカしたワンピースを着ていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、行くって、どこへ?」

「あなたは異世界の最重要人物なのよ、わかってるの?」

「いや、そんなこと言われても」


 彼女は腕時計の表示を確認する。

 アップルウォッチの倍くらい大きな液晶モニターに、俺には解らない言葉で何か表示されている。


「たぶん、アタシたちの世界が一番早く見つけたみたい」

「ち、まって、えっ、えっ?」


 俺の腕を捕まえたまま、時計の液晶を操作すると、目の前に薄い緑色のぼんやりとした雲のような物が出てきて、彼女はその中に勢いよく飛び込んだ。

 もちろん、俺もその雲の中に引きずられてしまった。



 ヒュィィィィンという音がしている中、目の前が真っ暗で何も見えないけれど、腕を握られている感触と、間近にいる彼女の気配は感じている。すると、


「アタシ達の世界も、あなた達の世界も、X軸Y軸Z軸があるでしょう?一つの世界はその三軸で出来ているけど、それらの世界はα軸β軸γ軸で繋がっていて、アタシ達は今、その軸で移動しているのよ」


 訳のわからない解説を始めている。


「この軸は接界座標系とか呼ばれているけど、いくつかの世界では技術だったり魔術だったりでこの軸の移動ができるようになっているのね。アタシの世界は技術が発展しているから、割と正確に移動することができるの。魔術とかだとやっぱり精度は低くなるわね」

「はぁ」

「つい先日、X軸Y軸Z軸とα軸β軸γ軸の複合交差点が発見されたわ。X軸Y軸Z軸で構成される直交座標系と、α軸β軸γ軸で構成される接界座標系は本来交わることはあり得ないんだけど、ある変則的な座標においては何故か交わっていることがわかったの」

「へぇ」

「あ、着くわ」


 目の前がパッと明るくなり、広い草原のど真ん中に彼女はふわりと降り立った。

 もちろん、俺もふわりと降り立っている。


「なんか、綺麗なところ、ですね」

「ありがとう!嬉しいわ」


 彼女は可愛い笑顔を見せると、また腕の液晶を操作する。

 すると、地面の一部が浮かび上がり、宙に浮いたヘンテコな乗り物が中から出てきた。

 

「さあ、後ろに乗って」


 タイヤの無いスクーターのような乗り物に飛び乗った彼女の表情は、真剣なものに戻っていた。

 俺が後ろに乗ると、スクーターはもの凄いスピードで走り出した。

 走っているというより、低空を飛んでいる感じだ。


「自己紹介がまだだったわね。私はフィルピア、この世界、アタシ達はイムア6620と呼んでいるけど、ここの王立科学院の科学者よ。あなたの名前は?」

「俺は宮定鳴海(みやさだなるみ)、みんなからはナルって呼ばれてます」

「オーケー、ナル、じゃ簡単に説明するわね。その変則的な座標をアタシ達は複合交差点と名付けたわ。この座標は、一つの世界のバランスを取るためにとても重要な座標なの。世界は周期的に不安定な状態になるわ。その時、この複合交差点がその世界にあることによって、バランスが保たれ、不安定な状態を解消できると判明したの」

「その座標と俺に何の関係が」

「その変則的な座標はね、あなた自身だったのよ」

「なっ???俺っ???」

「やばっ、きたわ、予想より早いっ!」


 フィルピアがそう叫ぶと、俺たちの後ろに3つの物体が突如現れた。

 遠くてわからないが、何か乗り物に乗っているわけではなく、その物体そのものが飛んでいる気がする。


「ガードラントの連中よ。大丈夫、振り切れるわ」


 そう言ってフィルピアはガングリップタイプの操縦桿を前に倒す。

 グンッという感じでスピードが上がる。


 しかし、なかなか相手を振り切ることができない。

 というよりも徐々に相手が近づいてきた。


「ちょ、待って、あいつらも俺を捕まえに来てるってこと?」

「そうよ。でも、あなたの意思を尊重するわ、あっちに行きたい?」


 そう言われて、俺は後ろをよく見てみた。

 豚と熊が混ざったような顔にゴリラのような身体、そしてデカいコウモリの羽が生えてて、目がギラギラと血走っている。


「あ、こちらでお願いします」

「そのほうがいいわよ、あいつらは野蛮で恐ろしいらしいわよ」


 グンッ!


 さらにスピードと高度を上げるが、ガードラントと呼ばれる珍獣のほうがスクーターよりも圧倒的なスピードで高度を上げ、俺たちの横から回り込もうとしている。


「まずいわ、前回よりもスピードが上がってる」


 先ほどまで少し余裕があったフィルピアの顔が焦りで強張っている。

 すると、ガードラントの3体はさらにスピードを上げて俺たちの前に回り込んでしまった。

 凄い勢いでこちらに突っ込んでくる。

 その顔は、凄い凶暴な獣顔であり、ちょっと引いた。


「やばいわっ」


 シュンッ、シュンッ、シュンッ!


 という音がして、青い光の軌跡が一瞬で何本も目の前の大空に光り輝く。

 それはまるで空を切り裂いているような光だった。


 その光の中で、ガードラント達が3体とも地上に落ちていく様子が見えた。

 そして、半分くらい落ちたところで、ぼんやりした緑色の雲が現れて、その身体は雲の中に吸い込まれていってしまった。

 光が消え、ガードラントが消え、静寂が戻った。


 ブンッ!


「間に合ったわね!フィル」


 空中に停止した俺たちの目の前にショートカットの女の子が現れた。

 黄緑色の髪の毛と、同じ色のラインが入ったワンピースを着ている。


「ありがとう、キャシー、助かったわ」


 フィルピアの表情が安堵で崩れる。


「その子が?」


 黄緑髪の女の子が興味深そうに俺の顔を覗き込む。


「そう、ナルよ、こちらはキャシリア、王国軍の大佐よ」

「初めまして、ナル」

「あ、はじめまして」

「よろしくね」


 一見冷たそうな目をしているキャシリアの笑顔は可愛かった。

 今のところ、この世界の女子は可愛い率が高い。

 知的なフィルピアも魅力的だが、気の強そうなキャシリアも良い。


 そして俺は、フィルピアに出会ってから今までまだ5分くらいしか経っていないが、自分でも驚くほどに現状を受け入れることが出来ていた。


「キャシー、また来るかな、あいつら」

「私らにとっても未知の生物だしね、いつ来るかは分からないけど、ナルをこっちの保護下に置いている以上、簡単には手は出してこないと思うけどね」

「ごめんね、一人で行っちゃって」

「いいのよ、私には接界座標系は移動できないし、あんたが急いで行ってくれたからナルが来てくれたんだし」

「ナルにも全然説明していないのよね」

「ごめんなさいね、ナル。この子は直感で行動しちゃうから」

「い、いえ、何となく、状況わかってきたんで」

「ありがとう、ナル」

「さあ、とりあえずオフィスに戻ろっか、キャシー」

「イエッサー」


 その後、数十分飛ぶと、綺麗な街並みが見えてきた。

 高い建物や未来的な建物はなく、インドにある寺院のような建物が並んでいて、鮮やかな色でとても綺麗だ。

 運河に囲まれた、ひと際大きな建物の周りをゆっくりと旋回すると、建物の後ろに見えてきた丘の上にポツリとある、こちらも大きな建物の前に着陸した。


「お疲れ様です!」


 数十人の白い服を着た人たちが建物から出てきて二列に並ぶ。

 男性も女性もいるが、皆、白いテカテカした服を着ているが、フィルピアとキャシリアのようなビビットな色のラインは入っていない。

 全員が薄いグレーのゴーグルのようなものを付けているため表情は分からないが、何となくみんな綺麗な顔をしている気がした。


「第三指令室に将軍と博士を呼んでちょうだい」

「ハッ」


 キャシリアが一番手前の男にそう言うと、男はすぐに建物に走って行った。


「さあ、行きましょう」


 キャシリアはそう言って、建物の中に進む。

 その後ろをフィルピアと俺が付いて行く。


 建物の中は結構複雑で、昔のSF映画で観たデカい宇宙船の中みたい感じに幾つもの廊下が交差している。

 キャシリアはその長く細い足でコツコツと音を立てながら廊下を進んでいく。


「あのぉ」

「なに?ナル」

「その青とか黄緑のラインって?さっき並んでた人たちのにはラインが無かったみたいですけど」

「あぁ、これね。これはある一定の階級以上の人が着れるパワーラインと呼ばれるものよ」

「身分、みたいなもの?」

「うーん、近いけど、違うわね。この国は生まれた時から全員が平等なの。全員が同じ教育を受け、そこから様々なカテゴリーに派生していくの。そのカテゴリーの中でさらに自分を磨いて、ある一定のレベルに到達して初めてこのパワーラインが貰えるのよ」

「ふ~ん、じゃ、二人とも偉いんですね」


 フィルピアが丁寧に説明してくれると、先を歩いているキャシリアが振り返る。


「私は軍のカテゴリーに所属していて少佐以上はこのラインが入るわ。フィルピアは科学のカテゴリーに所属していて既に最上級の階級、博士、になっているの。確か科学では上席研究員からラインが入るわよね?」

「えぇ、まあ科学はもともと人数少ないし、ラインは半々くらいよね」

「ナル、フィルピアはこの国でもトップクラスの科学者よ、素敵でしょ」

「もう馬鹿言ってないで早く行くわよ」


 こんなに若くて可愛い女の子が国の重要なポジションについているなんて、この国は、この世界は一体どんなところなのだろうか。

 そして、俺たちはとても広い部屋に到着した。

 これも映画で観る宇宙船の指令室のような感じだった。 


「まもなくいらっしゃると思います」

「ありがとう」


 部屋の入口を警備している兵士がキャシリアを見て言った。

 兵士と言っても、やはり白いテカテカした服で、男はパンツ姿、女はワンピースに白のレギンスみたいなものを着ている。

 ここの兵士たちも薄いグレーのゴーグルを付けている。


「あのゴーグルはね」


 俺がジロジロと兵士たちを見ていたからか、キャシリアが説明してくれる。


「パワーラインの入っていない軍の兵士はみんな付けているの。この国では、責任は全てラインの入っている者がとることになっていてね、軍では責任のとれない者は顔を見せない、という風習というか、まあ、そんな感じなのね」

「科学院ではそんなことはしてないけど、責任に関しては同じよ」

「きちんとしてるんですね……」

「あなたの国ではどんな感じなの?」

「俺の国では、上司が責任を部下に押し付けるような、そんな感じで」

「へぇ、世界が違うといろいろ違うのね」

「俺もそれで仕事クビになっちゃって」

「あなたのような最重要人物を?馬鹿な国ね」

「キャシー、でもナルの世界ではナルの重要性に気付いている人なんていないはずだわ」

「そうかな、フィル……。今ずいぶん異世界は荒れてきている。接界座標系を移動することは難しくても、それを発見している世界はたくさんあるわ」

「さっきのガードラント達もね、結構荒らしてるって言うし」

「本来、異世界同士は干渉し合ったらいけないのかもね、フィル」

「でも、こうしなかったら、アタシたちの世界は滅びてたわ」


 フィルピアもキャシリアも表情が暗い。

 俺は状況は少し理解してきたが、たくさんの異世界がある現実がまだ信じられない。

 これは夢なんじゃないか、とも思っている。


 ウィィィン。


 扉が開くと、二人は立ち上がって直立した。


「お疲れ様です!」


 声を揃えてそう言うと、入口から二人の人物が入ってきた。

 一人は初老の眼鏡をかけた男性、もう一人は長身の女性だ。

 それぞれ、紫色と赤色のパワーラインが入っている。


「ご紹介します。イムア1330からお連れしたミヤサダ・ナルミさんです」

「ど、ども」


 長身の女性が俺の目の前に来て、俺の手を握る。

 途轍もなく強そうな感じであり、途轍もなく美人だ。


「ミヤサダさん、この度は無理やりお連れしてしまい、大変失礼致しました。私はこの国の軍最高司令官のニキルダと申します」

「ど、どうも」

「これはわが国だけではなく、この世界、イムア6620の危機でした。あなたがこの世界に降り立ってから、すぐにバランスが保たれ、徐々に状況は良くなっています。この世界を代表して感謝致します」

「い、いえ、俺はなにも、それにまだピンときてないですし」

「ほっほっほ、突然のことじゃし、無理もないですな。しかし、この世界はあなたの存在に感謝しているのですぞ」


 紫のラインの入っているおじいさんが割って入った。


「こちらはわが国最高の科学者であるガルバルド博士です。博士があなたの存在を発見しました」

「まあ、偶然じゃ。しかし、あなたの威力は凄まじいものですな」

「博士、もうそんな効果が?」

「おう、フィルピア、特異周波数の値はもう半分になっとる」

「す、凄いわ」


 フィルピアは驚きの表情だ。

 俺は何一つ凄いことはしていないのだが、俺の存在が凄いことをしているらしい。


「ここからは結構時間がかかるかもしれんの」

「ミヤサダさん、大変申し訳御座いませんが、もう少しこの世界にいて頂ければと存じます。もちろん、丁重におもてなしさせて頂きます」

「別に、構いませんよ、どうせ暇ですし」

「ありがとうございます。キャシリア、フィルピア、ミヤサダさんのご滞在の間はあなた達が責任をもっておもてなししてくださいね」

「はっ、承知致しました、将軍!」

 

 二人は元気に返事をする。

 こんな可愛い子たちの「おもてなし」って、と俺は変な想像もしたが、この二人の真面目な実直さに対して、そんな想像をした自分が恥ずかしくなった。


「あなた達、ミヤサダさんに失礼な態度を取ってないでしょうね」

「問題ありません、将軍。すでにナルとはお友達ですから、ねっ、ナル」


 フィルピアは俺に笑顔を向ける。

 その笑顔、可愛すぎるねん。


「本当に、この子たちは失礼で申し訳ございません。ただ、わが国で最も優秀な二人ですので、安心してお過ごし頂ければと存じます」

「あ、はい、ありがとうございます」

「では、ミヤサダさん、私たちは失礼させて頂きます」

「あ、ど、どうも」


 ニキルダ将軍とガルバルド博士が部屋から出ていくと、キャシリアはすぐにソファのような椅子にドンッと腰を下ろした。


「ふわぁ~、疲れたぁ」

「もう、キャシーったら」

「ねえねえ、ナル、お腹すかない?」

「え、あ、そういえば、お腹空いてますね」

「フィル、食事にしましょう、もう私、ほんと疲れたわ」

「じゃ、行こうか」


 部屋から出ると、また長い廊下を歩く。


「今さらなんですけど、なんで皆さん日本語わかるんですか?」

「あ、ごめんなさい、言ってなかったわね。あなたのその耳の後ろに付いている小さな機械があるでしょ、それを付けていると言語が共通化されるのよ」

「えっ、いつの間に」

「つまり、私たちは私たちの言葉で話してるけど、あなたにはあなたの国の言葉で聞こえてるし、あなたが話した言葉は私たちの国の言葉で聞こえるのよ」

「す、すげぇ……」

「リアルタイム翻訳って、日本語の辞書とかも知ってるってことですか?」

「いえ、知らないわよ、あなたの国は日本って国なのね」

「これは翻訳機じゃないのよ、あなたの脳波を直接変換しちゃってるの。割と初歩的な技術だから、近いうちにあなたの国でも実現すると思うわ」

「す、凄いっすね、この世界は」

「技術しかないのよ、技術が全てなの」

「……」


 フィルピアの顔はどこか寂し気だった。

 キャシリアも真剣な顔をしている。


「ま、細かいことはどうでもいいじゃない、フィル」

「さ、ごはん、ごはん」


 凄い広さの食堂に着くと、俺たちは窓際の個室に入った。

 個室以外のところでもパワーラインの入った服を着ている人がたくさんいるので、個室は偉い人向け、という訳ではなさそうだ。

 そして、ここではラインの入っていない人達もゴーグルを外しているため顔が見えるが、マジでイケメンと美人ばかりで驚いた。

 食事が運ばれてきて、俺たちは食べ始めた。

 シンプルな食事だが、とても美味い。


「美味しい……」

「ありがとう、あなたは褒めるのが上手ね」

「いや、ホントに美味いっす」

「この国は全員が同じ物を食べているの。子供用、大人用、高齢者用の食事が全て国から用意されるわ」

「美味しくて栄養バランス最高よ」

「へぇ、そうなんですねぇ」


 俺的には好きな物を食べられるほうが良いと思ったが、二人とも満足そうなので、そんな野暮なことは言えない。


「ところで、この国の人って皆さん美形なんですね」

「美形?容姿って意味?」

「はい、皆さん凄く美男美女じゃないですか」


 フィルピアとキャシリアは顔を見合わせて不思議がっている。


「初めてだわ、そんな風に考えたこともなかった」

「へっ?」

「アタシ達は子供の頃から容姿ではなく、心が大事、という風に教わっているの。だから誰も自分や人の容姿を気にしたことがないわ」

「えっ?」

「あなたの国では、それを気にするの?」

「い、いやっ、その」


 俺は自分が恥ずかしくなった。

 恥ずかしくなった、が、目の前にいるフィルピアとキャシリアがとんでもなく美人で可愛いことに変わりはない。

 複雑な気分だ。


「でもナル、容姿に拘ってその人の内面を見れなかったとしたら、それはとてももったいないことだと、私は思うけどなぁ」

「そうね、キャシー、でもキャシーの内面を見たら、男の人はみんな避けてしまうけどね」

「ちょっとぉ、どういうことよぉ、フィル」

「だってキャシーの中身は男そのものじゃない」

「ねぇ!ナルの前でそんなこと言わないでよぉ」

「あ、ははは」


 俺は苦笑いだ。

 それにしても、たぶん二人とも内面的にも超素晴らしいことに違いない。

 内面が綺麗だと容姿も綺麗になるのか、その逆なのか。

 まあ、俺は自分の容姿に自信があるわけではないが、少なくともココでは最重要人物なわけだし、皆から感謝され、二人から優しくされるのは悪くない。

 いや、悪くないどころか、まさに天国である。

 俺、死んだわけじゃないよな?


「ねぇ、フィル、その特異周波数が元に戻るまでどのくらいかかるの?」

「そうね、最初のうちは結構一気に安定するんだけど、その後は調整を繰り返しながらゆっくり落ち着くと思う。あと一週間くらいはかかるかも」

「そう……、ねえ、ナルっ、一週間、ここにいても大丈夫かな?」

「あ、もちろん、大丈夫ですよ、別にやることもないですし」

「ありがとう!」

「本当にナルは協力的で優しいわね」

「いえ、そんな。あ、そういえば特異周波数って、上昇して放っておくと何が起こるんですか?」

「世界はね、接界座標系との間の特異周波数で繋がりながら、バランスを取って成り立っているの。その特異周波数が数世紀に一度、異常な上昇をしてしまうことがあるわ。それが限界点まで達してしまうと、世界は崩壊してしまうの」

「つまり世界の終わりってこと」

「今までは各世界に個別に接界座標系と繋がる単独交差点があって、特異周波数の高まりと同時にその単独交差点が働いて異常値を打ち消し合っていたの」

「だから、ほとんどの世界では特異周波数の異常を検知できなくても、何とかなっていたのよね」


 食事が終わり、コーヒーのような飲み物が運ばれてきた。


「数世紀に一度の周期、前回は特に問題なく単独交差点が働いて乗り切れた。でも、今回は、ほとんどの世界で単独交差点が存在しなくなっていたの」

「それを始めに発見したのがフィルよ」

「単独交差点も結局は生き物なのよ。それが代々引き継がれていく。でもその生物の直系が絶たれたりして、徐々に無くなっていたのね。それを知ったとき、異世界の全ての世界が滅びると思ったわ」

「で、対応方法を探している途中にガルバルド博士があなたの存在を発見したわけ」

「あなたは単独交差点の直系ではないのに、接界座標系に繋がっていた。だからフィルはあなたを探しに行ったの」

「でも、ガードラントって奴らも俺を必要としてる、ってことですよね」

「ええ、恐らく。でも、あいつらはきっと自分たちの世界が救われた後、あなたを殺してしまうと思うわ」

「フィルの言う通り、あいつらは自分たちの世界以外は滅んでもいいと思っているのよ」


 飲み物を飲み終えて、また複雑な廊下を歩き、兵士が入口を護る部屋に着いた。


「ここがあなたが過ごす部屋よ」

「広いでしょ、眺めもいいわ」


 窓は一面ガラス張りで、眼下に森といくつもの湖が見える。

 視界に入るものは自然だけだ。


「す、すげぇ、絶景じゃん」

「気に入ってもらえたかしら」

「もちろんです、素晴らしいです」

「アタシたちの国の自慢は、この自然よ」

「私はこの自然を守るために軍に入ったのよ」


 俺たちはしばらくの間、絶景を堪能した。


「ここで一週間程度過ごしてもらって、特異周波数が安定したら元の世界に送るわね」

「あ、ありがとうございます」


 とお礼を言ったが、何となくスッキリしない。

 それはフィルピアもキャシリアも同じだった。


「あっ!!!」


 三人同時に声を発した。


「いやだ、ナルを元の世界に戻したら、ガードラントが捕まえに来ちゃうじゃない!」


 キャシリアが叫ぶ。

 俺も全く同じことを思っていた。

 俺、殺されちゃうじゃん。

 そして、フィルピアも同じことを思ったようだ。


「そうよね、そうじゃない、キャシー」

「ナルを私たちの保護下におけるのはここにいる間だけよ」

「そうよね、どうしよう」


 俺は別にずっとここに居てもいいと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「どうしよう、ずっとここに居てもらうわけにもいかないし」

「そうね、ちょっとアタシは博士のところに行ってくるわ」

「ありがとう、そうして」


 フィルピアはそう言うと急いで部屋から出て行ってしまった。


「ごめんなさいね、ナル。断言はできないんだけど、異世界に長く留まることはできそうにないの。長くて一カ月くらい、その後はどんどん衰弱してしまうわ。恐らく生きていくために必要な要素がその世界ごとに違うと思ってる。でも、それが何かは私たちの科学でも解明できていないの」

「そ、そうですか」

「でも安心して、あなたのことは私たちが守るわ、これは私たちの責任だから」

「ありがとう、ございます」


 広い部屋に俺はキャシリアと二人でフィルピアの帰りを待つ。


「ねぇ、ナル、あなたの世界は楽しい?」

「うーん、楽しくはないかもです。ココとは違って、人を妬んだり、恨んだり、格差があったり、そういうところです」

「そうなんだぁ、でも、私には少し羨ましいかな」

「え、どうして」

「私たちの世界は平和で素晴らしいところだけど、私にとっては退屈よ」

「そうなんですね」

「さっきのあいつら、ガードラント、あいつらがこの世界を襲いはじめたのは数年前から。私は真っ先に戦いに出たわ。この国を守るために軍に入ったわけだし、それが使命だから。でも、実際に戦ってみて、私はこういう刺激が欲しかったんだ、って思ったの。結構衝撃的だったわよ。私、悪い子だなって」

「そ、そんなことないですよ。さっきは助けてもらったし、キャシリアさんは良い人です」

「ふふっ、ありがとう、嬉しいわ」

「でも、それ、隣の芝生は青いってやつですかね」

「えっ、いい言葉ね、そんな言葉があるのね、そっかぁ、隣の芝生かぁ」


 ウィィィン。


「あら、何か楽しいお話でもしてたの?」


 フィルピアが戻ってきた。

 手に持っていた書類をキャシリアに渡す。

 キャシリアはそれを見て、驚いた様子だ。


「ちょ、フィル……、これって」

「ニキルダ将軍にも許可は取ってきたわ」

「本気なの」

「全部アタシの責任でいいわよ」


 キャシリアは数秒何かを考えて、顔を上げた。


「私も行くわ」


 それから一週間、俺は自分の部屋でゆっくり過ごし、シンプルだが美味い食事を食べ、時よりフィルピアやキャシリアが来て、作戦の検討過程を聞いたり、世間話をしたりした。

 何度かは二人と一緒に外出し、彼女たちの自慢の国を案内してもらった。

 十数人の護衛付きなので、三人仲良くというわけではなかったが、とても楽しい時間を過ごせた。

 楽しい時間のなかでふと思う。

 俺のために命を懸けてくれる二人のことを。

 こんな俺のために。


 そして、特異周波数が通常に戻り、この世界に平穏が訪れたその日、俺はまた先日の指令室のような部屋でニキルダ将軍とガルバルド博士に会っている。

 二人の顔は前回のような優しい顔ではなかった。


「ミヤサダさん、今回は本当にありがとうございました。あなたはこの国の、この世界の恩人です。あなたのおかげで、この世界に平穏が戻りました」

「いえ、でも俺の存在がお役に立てて良かったです」

「今後の作戦についてですが……」


 ニキルダ将軍の顔は険しかった。


「私もどこまで異世界に介入してよいのか、判断に悩みました。しかし、フィルピア、キャシリアの決意は固く、この世界の恩人であるあなたの命を守るのも我々の務め、危険な作戦ですが、どうかご無事に元の世界に戻られることをお祈り申し上げます」

「いや、ニキルダ将軍、やめてください。もともとどうあっても俺が狙われるだけなんで。こうやって二人が俺のことを考えてくれて、俺は嬉しいです。俺、何もできない人間ですが、キャシーとフィルも必ずここに帰れるように頑張りますんで」

「そうですか、あなたはやはり異世界最重要人物ですね。ミヤサダさん、ご武運を」


 俺はニコッと笑ったが、内心は怖くてたまらなかった。

 異世界最重要人物になったからと言ってチヤホヤされるだけではなかった。

 俺の命を狙う者もいるのだ。

 突如つき付けられた運命を、俺は受け入れるしかないのだ。


「キャシリア、接界座標系の移動には複雑かつ難解な座標計算が瞬時にできることが絶対条件じゃ。それは一部の優秀な科学者でなければできん。軍人であるお前がタンデムで異世界へ行くということは、最悪、自分のチカラでは戻ってこれない可能性がある、ということをしっかり頭にいれておくのじゃ」

「はい、博士、覚悟の上です」

「うむ、そしてフィルピア、お前も決して無理はするな」

「はい、アタシ一人では到底できない任務です、キャシーの勇気に敬意を表します。そしてナル、絶対にあなたを守るわ」



 部屋には俺たち三人が残った。

 世界崩壊を起こすという特異周波数の異常は、異世界中のあらゆる世界で起こり、数世紀単位というその周期は今始まったばかりだと言う。


「異世界がどのくらいの数あって、単独交差点の直系を持たない世界がいくつあるのか、アタシ達でもそれはわかっていないわ。でも、アタシ達のこの世界はその周期の割と早い段階で起こった。ガードラントの世界も同じだと思う」

「異世界を移動することが出来て、ナル、あなたを抹殺しようとしている世界が本当にあるのか、それもわからないわ。ガードラント達とも、直接話をした訳ではないし……」


 数日前、キャシリアからガードラントとの経緯を聞いていた。

 この世界では国単位の争いは終結しており、平和に過ごしていた。

 異世界の存在や異世界への移動は、この世界では早い段階から認識し、技術を高めていったらしい。


「私たち王国軍の仮想敵は常に異世界だったの」


 幾つかの異世界とは友好的な関係を築けており、フィルピアたち科学者が接界座標系を移動して情報交換等を行っていた。


「その中で私たちはガードラントの存在を知ったわ」

「技術を使わず、能力だけで接界座標系を移動できる生き物、アタシ達の科学では説明のつかない存在よ」

「私たちの知る限り、彼らと会話できた世界は一つも無いわ」

「言語共通化チップを付けることが出来れば、会話も可能なんだけど」

「私も何とか付けようとしたけど、無理だった」

「だから、アタシ達も彼らがどうしたいのかは分からないの」

「彼らと会話して、ナル、あなたの安全を約束させること」

「それしか、ないわ」


 この数日、ガードラントの話をするとき、キャシリアの表情は曇っている。

 キャシリアと二人きりの時、その悩みを少し聞いた。


「私たちが、ガードラントを容姿で判断してしまっているのかもしれない」

「いや、でも、あの見た目はやばいですよ、目なんて血走ってたし」

「最初に彼らがこの世界に来たときから、私たちは彼らを迎え入れ、ちゃんと会話することをしてこなかったわ」

「あんなの、殺されちゃいますって」

「ありがとう、ナル。でも、私たちは会話しなくちゃならないわ」

「あのチップを何としても付ける、ですか」

「えぇ、彼らのスピードはどんどん上がっている。でも、私のスピードももっと上げられる、一瞬でいい、一瞬の隙があれば、チップを付けれるわ」

「あいつらの世界で崩壊が始まっているとしたら、俺のことが必要なはずです。その、何とか周波数が正常に戻るまでは俺のことは殺さないはず」

「ナル、やれるの」

「ええ、俺があいつらの気を引きますよ、そのくらいはできますから」

「ありがとう、ナル」


 フィルピアの考え方はこうだ。

 ガードラントとまず会話することが最優先になる。

 もしガードラントが俺を殺そうと思っている場合、俺を奴らから護り続けることは、キャシリアやフィルピアでも困難だ。

 そして、ガードラントがその気なら、俺の元いた世界も、この世界も、全てが奴らに潰されてしまうか、特異周波数の上昇で崩壊してしまうだろう。

 つまり、彼らが求めているものを条件に交渉するしか手はないのだ。


「交渉が決裂した場合はどうするの、フィル」

「一旦逃げるしかないわね、何としても」

「彼らにも後は無いはず、こっちに追ってくるわよ」

「ここで迎え撃つしか、ないわね」

「こっちは人数は多くても彼らと戦えるほどの人材は少ないわ」

「キャシー、やるしかない、やらなければ、ナルを見捨てることになる」

「な、なんか、すみません」

「気にすることはないわ、ナル。これはね、アタシ達の責任だから」

「せ、責任……」

「そう、責任ね、フィル」


 最後に俺は気になることをフィルピアに聞いてみた。


「あの、フィル、あのチップ、いつ俺に付けたんですか?」

「あぁ、あれ?」

「だって、ガードラントには簡単には付けられないって、あのチップ……」

「ナル、あなたボーッとしてたわよ、普通に後ろから近づいて簡単にピッって付けちゃった」

「えっ……」


 なるほど、俺は異世界最重要人物かもしれないが、単なる凡人である。

 ガードラントの気を引くことが俺にできるだろうか。

 俺たちは次の日の朝、一週間前に降り立った綺麗な丘の上に到着した。

 フィルピアとキャシリアは乗ってきたスクーターを芝生の下の秘密の車庫にしまい、「ふぅ~」と深呼吸をした。


「さあ、行くわよ」


 フィルピアが腕時計を操作すると、緑色の雲が現れた。

 三人で手を繋ぎ、その雲の中に飛び込んだ。


「これって、飛んでいるのかな……」

「接界座標系の中はまだ解明されていないんだけど、アタシの考えだと、ここはたぶん無の世界だと思うの」

「無?」

「ここにはね、たぶん何も存在していない」

「真っ暗ですしね」

「この中でアタシ達の身体が実際に存在しているのかさえ、分からないわ」

「でも、ここは私たちを色々な世界と繋いでいてくれるのね、フィル」

「そうね……、これが無かったら、アタシ達の世界は壊れていた」

「……」

「着くわよ!」


 フワァッ!


 ぼんやりとした明かりが見えたかと思うと、次の瞬間にはふわりと着陸していた。


「そ、空がっ」


 キャシリアが叫んだ。

 空は薄暗く雲に覆われ、おびただしい数の稲妻が発生している。


「まずいわね、特異周波数が限界まできているのかも」

「あっちに何かいるわ」

「行きましょう!」


 俺たち三人は物体が動く方向へ走った。

 地面はふわふわしていて、走りにくいが、身体は軽い。


「重力が小さい?」

「フィル、これ、どういうこと?」

「わからない、特異周波数の影響なのか」


 俺たちが近づくと、複数の物体は急な丘をもの凄い勢いで降りて行ってしまった。


「あ、あれは……、ねえ、フィル」

「ガードラントの子ども?」


 フィルピアたちの世界で見たガードラントをそのまま小さくした様な、子どものガードラントが何体もいる。

 その子どもガードラントの逃げていく方向から、二体の大人ガードラントが飛んでくるのが見えた。


「き、きたぁ!」


 俺は思わず声を上げてしまった。


「目的はあなたのはず、いい?ナル」

「だ、大丈夫、上手くやります」


 と言ったが全身が硬直して動かない。

 豚と熊が混ざったような顔にゴリラのような身体、そしてデカいコウモリの羽が生えてて、目がギラギラと血走っているガードラントが2体、もの凄い勢いで近づいてくる。

 キャシリアとフィルピアは左右に展開した。

 フィルピアはいつでも元の世界に戻れるようにスタンバイする。

 キャシリアが走りながら腕の装置を操作すると彼女のヘアバンドが拡張し、グレーのゴーグルのような形に変形した。さらに靴の底が数センチ伸びてオレンジの光が見えると、その瞬間にビュンッと飛び上がり、そのままスピードを上げながらガードラント達を大きく回り込みさらに上昇していく。

 2体のガードラントはそれを見ながらも、俺のほうに突っ込んでくる。

 そして俺の目の前に着陸した。


「あ、あの……」


 俺は震えていた。


「ガウゥルゥルル……ガウッ、ガウルッ」

「ちょ、待って……、その、落ち着いて」

「ゴルッ、ガウルㇽッ…、ウガルッ!」

「す、すみません、ほんと、落ち着いてください」


 俺は両手を上げて降参のポーズを取るが、それが異世界共通で通じるかは分からない。


 「ガウッ、ガルル」

 「ウガルッ、ウガガガゥ」


 2体のガードラントは互いに会話しているようだ。

 見えないほど上空まで飛んで行ったキャシリアが、ガードラントの背後から一直線に向かってくるのが見える。

 ガードラント達はキャシリアに気付いていない。


「あの、俺、分かりますか、この世界はもう限界でしょ、俺が来たんで大丈夫です、この変な天気もすぐおさまります、だから、その、落ち着いて」


 俺のほうが全然落ち着ていないが、必死にガードラントの気を引こうとした。

 ガードラントは俺の顔とお互いの顔を交互に見ながら、何か話をしている。

 後ろからはもう数十メートルの位置にキャシリアが迫る。

 しかし、


 シュンッ


 キャシリアはゴーグルを元に戻した。

 その音でガードラント達がキャシリアのほうを見るが、キャシリアはそのまま両手を上げて、俺の隣にゆっくりと着地した。


「ごめんなさいね、もしよかったら、これを付けて欲しいの」


 手のひらには言語共通化用のチップがある。

 キャシリアはそれを彼らに見せながら、


「あなた達と話がしたいの、これを付ければ話ができるわ、お願い」

「ガッ!ウガガㇽ……」


 ガードラントの一体が首を横に振った。


「だめ、かしらね」


 キャシリアの寂しそうに呟いた。

 しかし、ガードラント達は後ろを振り向くと、遠くを指さした。

 その方向から、先ほどの何倍ものスピードでもう一体のガードラントが近づいてくる。


「で、でかい……」


 俺は死んだと思った。

 殺されると思った。

 目の前にいるガードラントでも身長は2メートルを超え、体重も数百キロはありそうなのに、飛んでくるガードラントはその数倍のデカさだ。


「嗚呼、豚と熊が混ざったような顔に、ゴリラのような身体、そしてデカいコウモリの羽が生えてて、目がギラギラと血走って、デカい角まで生えてるじゃん……」


 俺がそう呟くと同時、巨大ガードラントがドスンッと降り立った。

 俺たちはその十メートルはあるであろう巨大な身体を下から眺めるしかなかった。


「こ、これ、やばくない、ですか」


 俺が泣きそうにそう言うと、キャシリアは、


「待って、これを、耳の裏に、つけて」


 ゆっくりジャスチャーでそう伝える。

 優しい顔で、そう伝える。

 巨大ガードラントは表情一つ変えずにジッとキャシリアを見ている。

 それでもキャシリアは優しい笑顔で、何度も同じジェスチャーを繰り返す。

 すると、巨大ガードラントの巨大な手がキャシリアの顔にゆっくりと迫り、そのまま巨大な手のひらをキャシリアの目の前に差し出した。


「ありがとう!付けてくれるのね」


 キャシリアはそう言ってチップの巨大な手のひらに載せる。

 その手はそのまま彼の耳の裏あたりに押し付けられ、その衝撃でチップが装着された。

 数秒の間があり、


「私の言葉が分かるのか?」


 巨大ガードラントと言葉が通じた。

 想像していたよりも優しく、丁寧な口調だった。


「わかるわ、チップを装着してくれて、ありがとう!」

「不思議な装置だ。我々には理解することはできないが、ようやく会話することができた」

「あなた達も会話を望んでいたのね、それなのに、ごめんなさい」

「どうして謝る?お前たちは何も悪いことなどしていないだろう」

「私たちの世界に来たあなた達に危害を加えてしまったわ、会話の準備もせずに」

「構わない。お前たちは我々を殺そうとはしていないだろう。何かショック与える武器を使ったと思うが、殺傷能力は無かったようだ」

「ええ、気絶する程度に調整したレーザー銃よ」

「他の世界では仲間が殺されている。お前たちの気遣いは感じていた」

「ありがとう、そう言って貰えると助かるわ」

「彼が特別な人間か?」

「ええ、そうよ」


 全員が俺のほうを見る。


「ど、ども」

「私たちの能力では彼を見つけることは出来なかった。なので、常々お前たちの動向を把握させて貰っていたのだ」

「えっ、ど、どうやって?アタシ達の世界にもあなた達の仲間が?」

「いる。異世界には長く留まれないため、交代制ではあるが、様々な世界に我々は仲間を送り込んでいる」

「そうなの、全然気付かなかったわ」

「気付くわけがない、我々は小動物に姿を変えて存在している。動物であれば、我々はどんなものにでも変化できる」

「私たちの世界にいるようなペットとか」

「そうだ」

「あなた達は、何もの、なの?」

「……、わからない……、だが偶然なのか必然なのか、我々には異世界を移動できる能力がある。それをどう使うことが正解なのか分からないが、我々は異世界の動向を監視している。ただ、我々には会話が必要だったが、その術がなかった」

「そうだったのね……、ごめんなさい。私たちはあなた達を誤解していたわ、最低ね……」

「お前たちがどう思うかは分からないが、私自身は今、感謝している」

「ありがとう、あなた、名前は?」

「私にも、我々にも名前は無い。お前たちは我々を何と呼ぶのだ」

「勝手に、だけど、ガードラントと呼んでいるわ」

「では、これからもそう呼んで構わない」

「あなたのことは?」

「それも勝手にしてもらって結構だ」

「あなたはここのボスなの?」

「ボスかどうかは分からないが、みなの面倒を見ている」

「そう、じゃ、あなたのことはファザーと呼ばせて」

「ファザー、……、わかった」

「ファザー、こちらが異世界最重要人物のナルよ」

「ナル、わが世界へよく来てくれた。お前が来てくれたお陰で、既に大地の怒りはおさまり始めている」

「いえ、俺は何もしていないし、でも、間に合ってよかったです」

「ファザー、改めて謝罪するわ。私たちは勝手にあなた達を知った気になって、あなた達が他の異世界を滅ぼすためにナルを殺そうとしていると思ってしまったの、本当にごめんなさい」

「謝罪は先ほどしてもらった、我々が誤解されることも理解できる。この無限なる異世界のどこかにナルの存在を感じていたが、ようやく会えた。我々の世界ではナルの存在は偉大なる大地の子とされている。我々が彼の命に関与することはあり得ない」

「あ、よ、良かった……俺の命、とりあえず安心ですね」

「しかしだ……」


 一難去ってまた一難か……。

 俺は異世界の最重要人物なので、たぶん色々なことが起きるのだ。


「しかしだ、ナルが存在している世界で、不穏な動きがある。特異周波数の件が判明し、ナルを探している。そして特異周波数が落ち着いた後、ナルを抹殺しようとしている。我々はそれをナルに伝えたかったのだ」

「えっ、まじか……俺を……」

「ね、ねぇ、ファザー、どうやってそれを知ったの?」

「先ほど言っただろう、我々の仲間がいると。ナルの世界にもおり、重要人物のペットになって潜入している」

「ほんとなら大変だわ、ナルを元の世界に返せない、ねえフィル……」

「作戦変更ね、キャシー」


 俺たちはファザーからの招待を受け、彼の家に場所を移した。

 洞窟のような場所に木で作られた家が複数あり、その一番奥がファザーの家だ。

 キャシリアもフィルピアもファザーのことを信頼したようだ。

 ファザーの家に向かう前に、キャシリアが聞いた。


「一つ聞いていい?ファザー」

「なんだ?」

「あなた達が一番大切にしているものって、なに?」

「ふっ…、それは聞くまでもないことだ。責任、それだけだ」


 この会話を聞いて、俺は少しずつ何かが見えてきた。

 単なる偶然、だと思うけれど、俺が異世界最重要人物として、異世界の命運を分ける存在になってしまった。

 そんな、俺の責任って、一体何なんだろうか。

 俺は生まれて初めて、責任という言葉の重さと強さを理解しつつあった。

 ファザーは最後にこう付け加えた。


「私たちは妻を愛し、子を愛し、仲間を愛している。愛というものは、すなわち、相手に対する責任だと理解している」


 ファザーの家では今まで飲んだことのない素晴らしく美味しいお茶を頂いた。

 疲れや緊張や、凝り固まったものは全てほぐれてリラックスできるお茶だ。

 完全に自然由来のお茶で、薬物のような依存性もなく、とても身体に優しい成分だという。

 そんなリラクゼーション効果の高いお茶を飲み、キャシリアが口を開く。


「さて、どうしましょうか」

「アタシ達の持っている情報や技術だけでは対応できないわ」

「ねえ、ファザー、あなた達も協力してもらえるのかな」

「もちろんだ、我々には偉大なる大地の子を護る責任がある」

「ありがとう、ファザー。ねえ、フィル、この世界が元に戻るのにどの程度かかるかしら?」

「うーん、1週間半から2週間は必要ね」

「その間にそいつらがここを襲いに来る、ってことはないかな……」

「それはないだろう。ナルの世界には異世界を移動する手段がないし、あいつらに協力しているメガデウスという組織も、それ程高度な移動技術は持っていない」

「メガデウス?なにそれ?」

「割と初期から異世界を飛び回っている連中だ。ナルの世界にいる奴と手を組んでいると聞いている」

「俺のいた世界、ちょ待って、俺のいた世界では異世界なんて小説や漫画の中の話で誰も信じちゃいなかったはず」

「私も詳しくは分からない、詳しい奴を呼ぼう。役に立つ奴だ。キャシリア、この翻訳機はまだあるのか」

「え、えぇ……、あと二つ持って来ているわ」

「そうか」


 そう言って、ファザーは目を閉じたまま、数分が経った。


「ん、きたか」


 フィルピアが腕時計で呼び出すぼんやりとした薄い緑色の雲が現れ、小さめのガードラントがその中から現れた。


「ガウゥルルルル…、ウルゥル」

「これを付けろ」


「ん?」


「これで俺の言葉が通じるのか?」

「聞こえているわ、こんにちは」

「おう、俺を呼んだのか、ファザー」

「なんでファザーって知っているの?」

「私たちは異世界の繋ぎ目、お前たちの言う接界座標系で常に個々が繋がっているのだ。お前たちと出会ってからの全てがそこを通じて我が一族に伝わっている」

「べ、便利な能力ね……、アタシ達の技術じゃ、通信は異世界を超えられない」

「我々の神経が直接異世界に繋がっている」

「なるほど、そういう事なのね、だから異世界も簡単に移動ができる」

「お前たちほど正確に移動は出来ない。ただ、我々の誰かが存在する場所には簡単に移動ができる」

「おいおい、俺を放っておくのか、ってか俺にも名前を付けてくれよ」

「コイツはナルのいる世界を含めて複数の世界を統括している。こう見えて優秀な男だ、それらの世界の隅々まで知り尽くしている」

「褒めてんのか、褒めてねえのか、まあ、いいや。お前がナルか?俺に名前を付けてくれよ」

「えっ、俺が?え、えっと……」


 馴れ馴れしい態度、適当っぽさ、何となく誰かに似ている。

 高田純次か?


「ジュンジは?どう?」

「ジュンジ、うん、うぅーん、いいね!割といいわ、それでいくか」

「良かったわね、ジュンジ、じゃ、ナルの世界で起きていることを教えて」

「お、おう、ナルの国、日本だったっけかな、そこにいる政治家の息子ってやつが昔、メガデウスの連中に誘拐されてんのよ。メガデウスの連中、結構早い段階から俺らの言うところの偉大なる大地の子、つまりナルの存在を掴みかけていたんだな。で、適当に連れてったやつがその政治家の息子だったってわけ」

「話が見えないわ」

「まあ急ぐなよ、俺たちにとっても、メガデウスの連中にとっても、ナルが偉大なる大地の子だってことは、お嬢ちゃんが現れて初めて知ったんだ」

「私が来たのが分かったの」

「俺たちには分かる。俺は絶えず異世界と繋がっているからな」

「ちょっと待って、異世界と繋がるとか、そもそもなんであなたはナルのいた世界の言葉が分かるの?」

「おいおいおい、ファザー、そこからかよ、かったりーな」


 そう言うと、ジュンジはゆっくりとお茶を飲み干す。


「あぁ~、久しぶりだな、この茶も……、生き返るぜ。じゃ、説明するぜ」

「ええ、お願い」

「俺たちは二つの軸に繋がることが出来る。お前たちの言葉で言うと直交座標系と接界座標系ってやつだ。だが、同時に二つの軸に接続は出来ねえ。俺たちはこの姿の時は接界座標系に繋がっている、で、もう一つは」

「えっ、えぇ!?」


 ジュンジの身体がみるみる小さくなり、コウモリのような羽は折りたたまれ、よく見るミニチュアダックスフンドの姿になった。


「これはナルの世界でよく見た生き物だ。俺たちのデカい身体は異世界での消耗が激しいんだ。だから異世界で過ごすときは身体の小さな生き物に変化する。まあ、なんでもいいんだが、俺はこれが気に入っている」

「す、凄い……、信じられない」


 フィルピアが驚いている。

 もはや科学で証明できるレベルの話ではない。


「で、この姿の時はパワー的な問題なのか、接界座標系に繋がれない。つまり異世界とは切り離されるわけよ。で、その代わり」

「まさか、直交座標系と繋がっているってわけ」

「ピンポン、その通り、俺たちは直交座標系に繋がることが出来るのよ。ここに繋がっちゃえば、近くにいる人間の脳に直接繋がって脳波からダイレクトに言葉を理解することができる、俺たちはこの能力を使って情報収集をしてるってわけよ」

「す、凄い能力だわ、まさに異世界をスパイする能力ね」

「おう、いいこと言うね。その通りだよ。だからファザーは数百年前、一族を再編してたくさんの異世界の情報を収集する組織を作り上げたんだ」


 フィルピアもキャシリアも身を乗り出してジュンジの話を聞いている。


「で、メガデウスって何ものなの?」

「あいつらは俺たちの下位互換だと思ってる。同じ臭いを感じるんだよな。だから俺たちもあいつらのところに仲間を送ることが出来てないんだ」

「あなた達と同じ種族?」

「全く一緒ってわけじゃねえけど、ある程度の能力は持ってると思うよ」

「一体、何をしようっていうのかしら」

「でね、俺もそう思ってさ、調べたんだよ、結構本気でね」

「なにが分かったの?」

「ここからは俺の仮説も入っている、いいか、俺はこう思ってる、メガデウス、あいつらの世界は逆位相だ」

「ぎゃ、逆位相?」

「フィル、なにそれ?」

「ちょ、ジュンジ、あなた天才?そんなこと、考えたこともなかった」

「ははっ、まあ確信はないがな、仮説を積み上げたまでよ」

「ぎゃ、逆位相って?」

「つまりね、異世界にある世界が全て同じ特異周波数帯で存在しているわけじゃないという仮説、真逆の特異周波数帯を持っている世界が存在している」

「つ、つまり?」

「おいおい、ナル、お前見た目通り頭わりぃんだな」

「ちょ、そ、そんな」

「いやいや、異世界最重要人物様には失礼だったかな」


 軽いノリの高田純次め、なんかコイツだけ俺の扱いが雑だな。


「いいか、ナル、逆位相で真逆の特異周波数帯を持っている世界が存在する場合、お前の存在は邪魔なだけなんだよ。お前の存在は奴らにとって危険だ」

「その通りよ、そして、もしかすると」

「ああ、フィル、お前は頭がいいんだな、そう、異世界に存在したたくさんの単独交差点を消していった、つまり単独交差点を持つ生物をメガデウスの連中が殺して回ったってことじゃね?ってことだ」

「ちょ、それって凄く」

「ああ、ヤバいぜ、ナル、お前は俺たちにとっては善の最重要人物かもしれないが、あいつらにとっては悪の最重要人物になっちまう」

「フィル、どう思うの?」

「えぇ、キャシー、アタシはジュンジの仮説が合っていると思う、ナルは彼らにとって危険な存在、ナルが彼らの世界にいるだけで、その世界が崩壊するんだもの」

「単独交差点はその世界だけに作用する、だからわざわざメガデウスが単独交差点を消す必要はねえ、恐らく単独交差点から複合交差点が発生すると思ってんだろうな。そんな確証はねえのによぉ」

「恐ろしかったんだわ、自分たちの世界が、何ものかによって壊されてしまうのが」

「キャシー、……」

「それともう一つ、メガデウスは精度の高い異世界移動手段を持ってねえ。いつも適当にばら撒いて当たりをつけている感じだろう。で、その政治家の息子ってやつに何か細工をして、行き来できるようにしているはずだ」

「その繋がりを絶てば……」

「そう、長年かけてようやくナルの世界と繋がったはず。繋がりを絶てばもう一度ナルの世界に来ることは難しいだろうな」

「やるべき事は分かったわね」

「キャシー、やるしかないわね」


 !!!!!!


「お、おっとぉ、バッドニュースだ、なんてタイミングだ」

「なに?何が起きたの?」

「我々の仲間が殺された……」

「えっ、ファザー、一体」

「分かるか、何が起きたか」

「あぁ、分かるぜ。デカいメガデウスが三体、その政治家の息子の家に現れた。奴らは人目につくところには今まで現れたことがなかった。その家には俺たちの仲間がいたからな、結構強い奴だったのに……」

「ば、バレたの?」

「近くにいりゃあ、バレる、お互いにな、あいつらも普段は俺たちのように別の小さな生物に形を変えてるんだけどよ、一体何があったんだ?」

「行くしか、ないわね」

「ええ、キャシー」

「俺も行くぜ、あと強えぇの何人か集めるから、ちょっと待ってくれよ」

「私が行く」

「えっ?ファザー、いいのか?」

「時間がもったいない、私が行こう」

「あんたが来てくれりゃあ怖いもんなしだ」

「フィルピア、あんたの機械で飛べるかい?」

「ええ、いつでも大丈夫よ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、こんな姿でみんなで行ったらパニックになるよ」

「おう、それもそうだな、じゃ、俺たちは小さくなるよ、異世界と繋がれねえのは少し不安だけどよ」

「いや、待って、フィル、どの場所で降りるか、指定できる?」

「ええ、大丈夫よ、ナルを探しにいったときに大体の場所は把握しているから」

「オーケー、じゃ、ファザー、ジュンジのくらいのサイズになれるかな」

「たやすい」

「よし、じゃ、これで行こう、場所は、ここね」


 俺は四人の仲間と共に、自分の世界に戻ってきた。

 道を歩いていると、多くの人たちが俺たちを見てくるが、ざわざわはしているけれど、パニックになる感じではない。


「すげっ」

「あれ、なにぃ、超リアル」

「あの子たち、マジ可愛いな」

「凄え、コスプレだな、ありゃ」


 待ちゆく人の声は聞こえてくる。

 ここは秋葉原、俺の四人の仲間たちは、コスプレだと思われている。

 まあファザーとジュンジはリアル過ぎる感じはあるけど。


「おい、なんか見てくるぞ、みんな。俺、この姿でこの世界を歩いたことなんてないぞ、大丈夫か?ナル」

「大丈夫だよ、意外と心配性だなぁ、ジュンジは」

「なんだよ、いきなりマウントかよ、おめえ」

「こっち、この店、この店」


 俺は細い裏通りを曲がったところにある小さなカラオケボックスに入る。


「いらっしゃいませ~、ってナルミさん、なんですか、それ?」

「あ、ごめんごめん、ちょっとコスプレイベントの試着でさ、リアルでしょ」

「リアル過ぎるっしょ、ってか、なにこの可愛い子」

「……」

「ねえねえ、何話しているの?ナル、私たち分からないんだから」


 キャシリアが俺の耳元で囁いた。


「ごめんごめん、黙ってて大丈夫だよ」


 俺もキャシリアの耳元でそう囁く。


「部屋空いてるかな?」

「あ、空いてますよ、何時間ですか?」

「とりあえず2時間で」

「じゃ2階の203使ってください、ねえ、ナルミさん、あの子たちどっかのアイドル?」

「違う違う、俺のサークルの後輩だよ」

「マジっすか、こんどちゃんと紹介してくださいね」

「オーケー、オーケー」


 俺たちは階段でに2階に上がると指定された部屋に入った。


「何か動きありました?」

「おぉ、結構ざわついてんぞ、家の中までは入れねえけど、周りに何人か仲間を付けている。鳥になってな。ちと待て、……、やべえな、その政治家って奴と警察、役人どもも家に入って行ったらしい」

「どういうことだろう?」

「異世界の生物であるメガデウスを直接見せて、この国と連携するつもりかも、どうしよう」

「そうだな、キャシー、でも、問題は、どういう交渉をしているか、だな。この国の崩壊はまだ少し先だ、それまでナルは生かしておく必要がある、でもメガデウスの野郎どもは早くナルを殺してぇはず」

「私なら、こうするだろう。この国も逆位相だと、な」

「おぉ、さすがファザー、俺もそう思ってたぜ。つまり、同じ逆位相同士、仲良く連携して憎き異世界最重要人物を抹殺しましょう!ってな」

「困ったわね、そうなると、メガデウスと同時にこの国も相手にしなきゃならない」

「そう、それは困るぜぇ、何とか本当の情報をインプット出来ねえかな。おい、ナル、お前この国のお偉いさんに知り合いとかいないんか?」

「い、いるわけないじゃん、俺なんかに……、ん」

「どした?」

「中学の幼馴染に親が政治家って奴がいたな、俺はそいつ嫌いで、嫌な思い出しかないけど」

「藁にもすがるって言うだろ、そんなこと言ってる場合じゃねえよ」

「ちょっと待て、ジュンジ、そのメガデウスと繋がっている政治家の息子の名前って分かる」

「おいおいおい、そんな偶然ないだろう。お前の幼馴染か?」

「嫌な予感が……」

「えっと、なんだっけな、カゼミ、いやカザミ……」

「ソータロー!」

「おう、そうだカザミ・ソータロー、おいまさか、お前の幼馴染か?」

「残念ながら」

「くそぉ」


 ピロポポポン・ピロポポポン


「あ、電話だ、ごめん。もしもし?」

《ああ、宮定くん?俺、俺だけど》

「て、店長ですか?」

《そうそう、この間はごめんね、なんか結果的に君のせいにしちゃって》

「ってか、なんですか?」

《いやいや、あのね、君を探している人がいてね、結構お偉いさんみたいなんだけど、俺のほうもさ、困っちゃってるのよ。君のクビの件、あれナシにしてあげるからさ、今からうちの店に来ない?》

「な、なに言ってるんですか、勝手に人のせいにしておいて」

《いや、ごめんって、ってか宮定くんいまどこにいるの?》

「切りますよ、もうバイトでもなんでもないですから」

《お、おい宮定、てめえ、恩を仇で返すつもりかよ、おい、待てよ、てめえ」


 ポロンッ


「勝手言いやがって、クソ店長が」

「ナル、今のは?」

「俺の前のバイト先の店長っす、なんか俺に会いたい人がいるとか何とか」

「それって、ナルのこと……」

「間違いねえな、もう手配されてやがる」

「ジュンジ、俺たちがここに来たことは奴らには分かるかな?」

「これだけ距離があれば、まあ分からんねえだろうな、俺たちなら分かるけど」

「ってか、さっきから何やってるの?フィル?」


 フィルは部屋に入ってからずっとタブレットのような画面を操作している。


「ん?ちょっとね、気になることがあって、ごめんね」

「いいわよ、でも、これからどうするべきかね」

「ちょっともう少し、もう少しだけ計算させて」

「ファザーよぉ、ナルをこっちに連れてきちまってる。3時間以内くらいに帰らないと俺たちの世界も危ないぞ」

「うむ……」

「おいおい、何考えてんだよ、ファザー」

「メガデウスのことだ……。奴らも自分たちの世界を護ることに必死、それは私たちも同じだ。そんな奴らのことを、どうすべきか、とな」

「相変わらず真面目だなぁ、ファザーはよ」


 ピロポポポン・ピロポポポン


「ん?また電話だ、もしもーし」

《おぉ、やっと繋がったかよ、久しぶりだな、ナルミぃ》

「誰だよ」

《俺だよ、俺、風見蒼太朗だよ》

「!!!」


「風見って、あの中学のときの?」

《おう、そうだよ、覚えてるべ?》

「ああ、覚えてるよ」

《ちょうどお前のことを探してたんだよ、ちとさ、うちまで来てくれるか?》

「あぁ?何の用だよ」

《うるせえよ、お前さ、いつから俺にそんな口きけるようになったんだよ?ああ?》

「知らねえよ、それにもう、関係ねえだろぉ」

《異世界最重要人物なんだってな、お前、だからそんな偉そうなのか?》

「関係ねえだろぉ、お前、一体何を考えてんだよ」

《お前をさ、手に入れてぇんだよ、早く来いよ、いいんだぜ?》

「え?」

《お前の家族の仕事も簡単に奪えるぜ。あ、お前の妹、国立大だっけ?お前と違って頭いいんだな、せっかく入った大学も退学だぜ、俺には今、全てが可能なんだよ》

「俺がここにいると、この世界が滅ぶって聞いているのか?」

《はぁ?俺は本当のことを知ってるぜ、全部》

「えっ?」

《メガデウスの野郎のことだろ?》

「お前、なにを」

《俺は奴らに協力する代わりに身体を改造してもらったんだよ、そういうのが得意な異世界もあるもんだな。俺の身体にはメガデウスの遺伝子が移植されている、もう俺はそこそこ能力使える感じになってきたぜ》

「お、お前、馬鹿なっ」

《ナルミぃ、お前を生かさず、殺さず、こちらの切り札にして、異世界の全てを俺は手に入れるぜ》

「風見ぃ、何考えてんだよっ」

《俺より格下の、ずっと昔から俺より格下のお前が異世界最重要人物だって?そんな馬鹿げたことがあるかよ。俺は認めねえよ。お前も、お前の仲間も。全部、全部、俺が支配してくれんよ》

「な、なにをっ、馬鹿なことを」

《とにかく、俺んちに早く来いよ、お前の家族に会いに行かなきゃならなくなっちまう前によ、じゃあな》


 ポロンッ


 電話が切れた後、俺は風見との会話をみんなに説明した。

 事態はどんどん悪化している。


「メガデウスの遺伝子を……」

「そ、そんなことができるの?フィル?」

「高度な医療技術をもった異世界は確かに存在するわ。アタシ達が交流している世界もあるし。でも、生身の人間の身体を他の生物の遺伝子で改造することは、かなりのリスクよ」

「リスクを冒してでも、それを手に入れたかったんだろうな、風見の野郎」

「話をしていても糸口は見えない。まず相手に会ってみたらどうだ?」

「えっ、で、でもどうやって?ファザー」

「俺たちは直交座標系って言ったろう?近場であれば瞬間的な移動も出来るぜ。カザミって奴の家の近くに部下を数人配置している。場所は特定できるし、すぐに飛べるぜ」

「そういうことだ。危険だと判断すればすぐにココに戻ればいい」

「よし、行こう」

「ちょと待って、ナル、作戦もなしに?」

「キャシー、俺が殺されることはないと思う。キャシーとフィルはここに残ってくれ。俺とジュンジで行ってくる」

「おう、ファザーがここに残ってれば俺はすぐにココに戻れるぜ」

「ナル……」

「大丈夫だよ、キャシー。何とか情報を得てくる」

「えぇ……、でも気を付けて。ってか、ココに追ってくる可能性はあるかな」

「ないと思うぜ。メガデウスの奴らは直交座標系には繋がれないんよ」

「なら、ナル、ジュンジ、危険と判断したらすぐに戻って来てね」

「ああ、キャシー、分かったよ。じゃ、ジュンジ早速行こうか」

「おう!」

「ちょっと待て」

「えっ?ファザー」

「私が行こう。ジュンジは残れ」

「ん?ファザー、どうしてだ?」

「私なら相手の能力やその大きさも読み取ることができる。それに、もしその巨体のメガデウスを相手にしなければならなくなったとき、私がいたほうがいいだろう」

「ま、ファザーの言う通りかもな。俺は戦闘系ってより頭脳系だしな」

「ファザー、いいの?」

「あぁ、ナル、私と行こう」

「ありがとう、ファザー」


 すると、ファザーの身体はどんどん小さくなり、コウモリの羽や大きな角は身体の中に吸い込まれ、最終的にはコーギーのような小型犬になった。


「きゃっ、可愛い!」


 キャシリアが笑顔で叫ぶ。

 強く凛々しいキャシリアの笑顔は最高に可愛かった。

 この能力、俺も欲しいな……。


「さあ、行くぞ、ナル」


 ファザーは俺の腕の中にすっぽり収まり、そう言うと、一瞬で移動した。


 シュンッ!


「着いたぞ」

「はやっ」

「直交座標系の移動は一瞬だ」


 そう言いながら、ファザーは俺の腕の中から飛び降りた。

 飛び降りたその場には猫が座っている。


「ぬにゃぁ、にゃぁ……、にゃぬぅ」

「危険だと判断したら、すぐに逃げろ、分かったな」

「にゃ!」


 よく見ると数匹の猫が隣の家の屋根や塀の上におり、電線にはカラスが数羽とまっている。

 彼らがファザーの仲間のガードラントなのだろう。


「私はしゃべらないようにして、ナル、お前に付いて行く」

「わかった、ファザー。じゃあ、行こう」

「私が危険と判断したらお前の腕の中に飛び乗る、すぐに戻るぞ」

「了解っ!」


 風見の家は豪邸だ。

 回り込み正面の道に出ると、門の前に数台のパトカーが止まっている。

 数人の警官が門番のように立っている。


「あのぉ」

「ここは立ち入り禁止だ、立ち止まらずに行きなさい」

「あ、いや、ここに住んでる友達に会いに来たんですが」

「友達?」

「ここ、風見蒼太朗(かざみそうたろう)くんの家ですよね?僕、友達の宮定鳴海(みやさだなるみ)って言います」

「宮定?ちょっと待っていなさい」


 警官は無線機で誰かと話をしている。


「失礼しました、確認が取れましたのでお入りください」

「あ、ど、どうも」

「待って、その犬は?」

「うちの犬です、いつも一緒なんで、一緒でいいですか?」

「ちょっと待ってください」


 そう言うと別の警官も来て、金属探知機のようなものを僕とファザーに当てて、異常がないことを確認すると、


「失礼しました、中へどうぞ」

「ありがとうございます」


 俺とファザーは風見邸へ入った。

 門から玄関までも距離があり、玄関の前では黒いスーツ姿の男が三人いて、俺たちを中へ案内した。

 結局、ファザーは俺が抱っこすることになった。


 ガチャ。


「おう、ナルミ、来たか、来ると思っていたよ」

「!!!!」

「ん?何に驚いている?俺の姿か?こいつらか?」


 風見蒼太朗は普通の人間のように見える。

 しかし、風見の後ろには、身長3メートル近いガードラントと似た姿の生き物が三体立っており、ガードラントと違う点は彼らの瞳が燃えるような赤色をしていることだった。


「デカいだろう、これがメガデウスの遺伝子だよ。こいつらは俺の私設ボディガードでな。試しにパワー系メガデウスの遺伝子を移植してみたんだよ。結果、こんなんなっちまったけどなぁ」


 そう言いながら風見は笑っている。

 その風見の瞳も、若干赤い感じがする。

 

「パワー系をフルで移植しちまうと姿かたちまでアイツらみたいになっちまうからな。俺のはちと改良してある」

「な、何のために?そんなことを」

「決まっているだろう、異世界を移動するためだよ。俺はこの国、いや、この世界の支配者になると同時に、異世界も支配することにしたんだよ」

「ば、馬鹿なことを言ってんじゃねえよ」

「あっ?馬鹿なことだと?お前、まだ何も分かってねえんじゃないか?」

「な、何がだよ」

「お前は俺にまず感謝すべきなんだよ、俺はお前の存在価値を高めてやったんだからな」

「な、どういう……ことだ」

「お前は世界の崩壊を防ぐ異世界の最重要人物であると同時に、世界を崩壊へ導く異世界の超危険人物なんだよ!」

「はっ、お、俺が?そ、そんなことないだろ」

「ふーん、お前を連れて行った科学力の高い異世界でもまだそこまで分かってないのか、まあ、分からんか、ふふっ」

「おい、風見、なんだよ、教えろよ」

「全く、お前は立場を分かってないな、ガキの頃からお前と俺は立場が違う。イラつくぜ、ナルミぃ。でも、いいよ、お前が自ら俺のところへ来たことは評価してやるぜ」

「何を言っているのか、わからねえよ」

「異世界のあらゆる世界は、周期的に世界崩壊の危険に陥る。その崩壊を防ぐための直系遺伝子が全ての世界に存在しており、世界はそれでバランスが保たれていた。しかし、長い歴史の中でその直系は絶たれ、それらの世界に自ら崩壊を防ぐ手段はなくなった。ここまでは知ってるな」

「あ、あぁ」

「俺はガキの頃にメガデウスの連中に誘拐されてな。俺は無理やり奴らの世界とこの世界を結ぶポイントにされてしまった。結果的には、異世界の存在を知り、その仕組みを学んだからな、恨んじゃいない。でもな、ナルミ、お前の存在が奴らとの話の中で出てきたとき、俺は結構ショックだったぜ」

「別に、俺が何だって関係ないだろう」

「関係ない?そうか?お前のようなクズ野郎が異世界最重要人物になることが、俺に関係ないって?」

「あぁ?何が言いたい」

「俺が異世界のことなんて何も知らなかったとしたら……、お前の存在が重要だろうが、世界が崩壊しようが、そんなもんは興味がねえ、でもな」

「……」

「俺の存在よりお前が上になることは、俺が許さねえんだよ」

「風見、子どものときのヒエラルキーをいつまで引きずってんだよ」

「子どもの頃?違うよ、ナルミぃ、お前は今でもクズだろ?仕事もせず、バイトも長く続かない、クズだろう」

「……」

「反論できねえだろ?俺はな、東大出て、医者になった。この先、将来は政治家になるんだよ。超エリートコースなんだぜ。それがよ、なんだ?何も出来ねぇお前みたいなクズ野郎が、よりによって異世界最重要人物だって?」

「単なる偶然だよ」

「そんなんは関係ねえよ、それを知ったときから、俺はお前を支配することだけを考えてきたんだからよぉ」

「風見……」

「異世界の仕組みに詳しい奴らがいてな、そいつらの世界に連れてってもらったんだよ。俺は調べたぜ、いろいろなことを調べた。人生でこれほど燃えたのは初めてかもしれない」

「……」

「で、お前の弱点を見つけたんだ」


 風見は笑った。

 その笑顔はとてもとても醜かった。


「世界は特殊な周波数の上昇により崩壊する。その上昇を抑えることが出来るのがお前の存在だ。だから直系が絶たれた今、お前は世界の救世主になれる。だがな、お前の存在がその周波数の上昇を抑えている訳ではないんだよ、ナルミ。全てはバランスだ。ただ打ち消し合ってるだけ。なら、お前を打ち消し合わない場所へ置いたらどうだ?あるんだよ、世界には、そういうポイントがっ、ははっ」


 風見の笑顔の醜さが頂点に達したその時、一瞬光に包まれたと思ったら、


 シュンッ!


「えっ?」

「あ、おかえり、ナル、どうだった?」

「ちょ、ファザー、どしたの?」

「後ろにいた三人がお前を捕えようとした、危険を感じてここへ戻した。あと、大体のことは分かったしな……」


 風見邸での出来事、会話は全てファザーがみんなに共有した。

 そして、最後にファザーが読み取った事実も話してくれた。


「カザミは危険だ、奴は論理で動いている訳ではない。感情で動いている」

「あいつ、なんで俺のことをそんな風に、エリートのくせして」

「カザミの頭脳は天才的だ。しかし、奴の心の中は寂しさと孤独で真っ暗だった。この世界でも、彼は優秀だが、誰からも認めれていない。それは彼の人格に問題があるからだ。私は短期間、彼の脳に繋がったが、途轍もなく深い闇を見た。親からの期待を背負い、必死に勉強し、真面目に生きた。しかし、彼は誰とも交わることが出来なかった。その孤独と寂しさを、ナル、お前に対しての優越感で補っていたのだ」

「そして、その優越感は、ナルが異世界最重要人物になったことで、今度は劣等感に変わってしまったってことね」

「そうだ、キャシリア。そういう劣等感が一番動機付けしやすい」

「で、今度はナルが世界崩壊を起こすって?ハッタリかしら」

「いや、ハッタリではない、真実のようだ」

「ええ、本当のことだわ」


 今までタブレットを黙々と操作していたフィルピアが顔を上げた。


「フィル……」

「ちょっと計算に時間が掛かっちゃったけどね、さっきから少し気になって調べていたことが、カザミの話で繋がったわ。逆位相の世界なんてない、ジュンジの仮説にアタシも安易に乗っちゃったけど、そんな世界は存在し得ない」

「おいおい、なんか俺が悪いみたいだな、くそっ」

「そんなことないわ、ジュンジ。あなたの仮説が無ければ思いつかなかったことよ。やはりあなたは天才だわ」

「お、おう……、なんか照れるな。で、なんなんだよ?」

「逆位相の世界はない、でも逆位相の変異点はあるの。複合交差点としてのナルの存在は、まさに逆位相の変異点だったのよ。だから、特異周波数の上層を抑える存在にもなり得るし、その上昇を促進することも出来る。細かく計算すれば、特異周波数の変化のない世界に変化を生むことも出来るわ」

「つ、つまり……、俺は?」

「ナル、あなたの存在が世界を救うし、世界を崩壊させることもできるの」

「ま、まじか。風見の言っていたことは本当なのかよ」

「ねえ、フィル、カザミはそのポイントの計算が出来るのかしら?」

「ええ、恐らくね。彼はナルの存在を利用して、世界崩壊を起こすことが出来る。そして、それをネタに異世界を脅迫して支配する……」

「メガデウスもカザミに脅迫されているのね」

「そういうことになるわ」

「お、俺って、どうなるの?これから」


 答えが出そうにないので、俺たちはドリンクと食事を頼み、休憩することにした。

 異世界最重要人物として異世界中からチヤホヤされるかも、とか思っていたことはとっくに忘れてしまい、この面倒くさい状況に巻き込まれてしまった自分の運命を呪いたいと俺は思っていた。

 フィルピアやキャシリアという優秀な美少女たちと知り合えたことは嬉しいけれど、ファザーやジュンジもみんな優秀で、俺だけ、なんか、普通の人だし。


「やっぱり、これしかないかなぁ」

「なにか手があるの?フィル」

「前例はないんだけどね、異世界国交を結ぶという選択肢があるわ」

「でも、それは……」

「ええ、異世界国交は同レベルの科学力と高度な倫理観のある世界・国が対象よ、これはアタシ達の国の決まりね」

「この国、日本と結ぶってことでしょ?」

「ええ、完全に例外、それと」

「メガデウスか」

「ええ、ファザー、そうなるわね」

「おいおい、待てよ、あいつらがそんなマトモなことできる訳ねーだろ」

「今、メガデウスは世界崩壊の危機に直面している。ナルという切り札がこちらにある以上、それを交渉に使うしかないわ」

「でもよ、こっちはナルを使って奴らの世界を崩壊させることもできるんだぜ」

「短期間で信頼関係を結ぶしかない、わね」

「私としては賛成はできない、が、それ以外に選択肢もなさそうだな」

「ごめんなさい、ファザー」

「いや、責めてはいない。国交を結び外堀を埋めてカザミを孤立させようとするお前のアイディアには価値がある」

「ありがとう……」


 フィルピアは残っていたドリンクを一気に飲み干した。


「美味しいわね、これ」

「コーラだよ、この世界ではみんなが飲んでいる」

「このドロドロしたご飯も美味しいわ」

「それはカレー、この国のみんなが大好きだ」

「食べ物も飲み物も美味しいよね、色んなものが食べられて素敵だわ、ね、フィル」

「ええ、素敵ね、この素敵な国も守らないといけないわ」


 フィルピア、キャシリア、ファザー、ジュンジ、彼らは覚悟を決めた。

 でも、俺はまだ気持ちが完全に固まってはいなかった。

 俺一人では何も出来ないし、何も決められないのだ。

 俺は、俺の弱さを認めなけければならない。

 心の中でそう分かっていても、それを皆に伝えることができずにいた。


「まず、ナルとファザーはガードラントの世界に戻って。ナルがあの世界にいないと崩壊が進んじゃう」

「わかった、そうしよう」

「俺はどうすりゃいい?」

「ジュンジはここに残って情報収集を続けて欲しいの。カザミに何か動きがあったら教えて」

「合点承知っ!」

「アタシとキャシリアは一度国へ戻るわ。上層部を説得して、日本とメガデウスの両方と異世界国交を結ぶように進言する」

「日本はいいとしても、メガデウスはどうするの?フィル」

「マルビデェーン大佐にお願いするしかないと思う」

「彼、動いてくれるかしら」

「それ、誰なの?」

「軍に所属しながら、アタシの所属する王立科学院でも首席を取るほどの科学者よ」

「軍人としてのスキル・経験も私より上」

「つまり、アタシ達の国の最高レベルの人間よ」

「ただね、マルビデェーン大佐はわが国の最終手段なの。国の存亡に関わる事態でしか彼を動かすことはできないわ」

「そう、この事態がどう異世界に影響するのか、それを説明して上層部が理解してくれないと」

「そういうこと、ここはフィルの出番ね」

「データは分析し終えた、あとはプレゼンテーションね」

「私は戻ったらすぐにマルビデェーン大佐と準備を進めるわ」

「お願い、キャシー、彼、あなたに惚れてるから上手く話しに乗せておいてね」

「ふふっ、オーケー」


 国の最高人材から惚れられているのか。

 やはりフィルピアもキャシリアも俺にとっては所詮は高嶺の花か。

 なんだか俺のテンションは下がってきた。


「では、ナル、私たちは、行こうか」

「はい、ファザー」

「ナル、またあとでね!」

「あ、はい」

「おいおい、お前、なんかテンション低くない?」


 ジュンジが余計な一言を放ったが、俺は無視した。


「フィルピア、キャシリア、一人紹介したい人物がいる。私の国で外交を任せている者だ」

「そうか、ファザー、あいつ使えるよね」

「おい、軽々しくあいつと呼ぶな」

「へいへい」

「この者は異世界にも詳しく、以前はメガデウスとも交流を持っていた。私より長く生きているのはこの者だけだ。お前たちの役に立つだろう。一緒に連れて行って欲しい」

「ありがとう、ファザー」

「ファザー、とても心強いわ」


 ジュンジは日本に残り、俺たちはみんなで一旦ガードラントの世界へ行き、そこで外交担当と合流した。

 彼の名前は、分かりやすくガイムダイジンにした。

 そして、フィルピアとキャシリアはガイムダイジンを連れて自分たちの世界へ移動していった。


「ガイムダイジンがいれば私やジュンジと交信が出来る。それに、いざとなれば、彼は年老いてはいるが、とても、強い」

「ありがとう、ファザー」

「じゃ、みんなまたね!」


 自信に満ちたフィルピアとキャシリアの笑顔が眩しかった。



 数日間、俺はファザーと暮らした。

 ガードラントの世界は科学力は発達していないが、原始的ながらも快適な生活を送らせてもらった。

 自然豊かで、皆が協力し合い、子を育て、田を耕し、魚や動物を獲って食料としている。

 俺の世界にあるような調味料の類も自分たちで作っていて、料理は抜群に美味かった。


「ナル、お前はどうしたいんだ?」


 突然、ファザーが俺に聞いてきた。


「どうしたい、って、よく分からないんですよ」

「突然、異世界の最重要人物だなんて言われて、戸惑っているか?」

「戸惑いはあります。でも、それはもう飲み込めたと思ってます」

「でもまだ悩んでいるな」

「ええ、結局、俺の存在が異世界で最重要なだけで、俺は相変わらず何も出来ないし、単なる凡人ですよ。ファザーもジュンジもガイムダイジンも、キャシーもフィルも、みんな優秀な人達だし、俺なんかとは根本的に違う……」

「フィルピアとキャシリアに良いところを見せたいのか?」

「そりゃ、そりゃそうでしょ、男ですから」

「私たちの世界で、愛は責任だと話したな」

「ええ」

「愛というものは、無条件に受け入れることだ」

「無条件……」

「そうだ、生きてきた世界の違い、能力の違い、言葉の違い、様々な違いがあることは当たり前だ。それをまず、お前が受け入れることが、愛なんじゃないかと思う」

「違いを受け入れる、か」

「フィルピアもキャシリアも、いくら異世界最重要人物でも、お前が価値の無い人間であれば、責任を持ってお前を守ることは出来ないだろう。ナル、お前の人格は決して無価値ではないんだよ」

「そ、そうなのかな、俺が」

「この世界に来たとき、お前が私たちを見て、恐怖の中で必死に何かを伝えようとしていたことは、私にも見えていた。お前は私たちの世界を救いに来たのだ、と分かった。私は、私たちの世界は、お前に助けられているのだ」

「ファザー」

「まあ、異世界間で愛が成り立ったことは私の知る限りこれまではない。だが、あとはお前次第だ、ナル」


 なんか、全てを見透かされているようで、ちょっと恥ずかしい。

 でも、ファザーの言葉に俺は勇気をもらった。

 運命とか、そんなことはどうでもいい。

 俺は異世界最重要人物として、しっかり生きなければならない。


 その翌日、ジュンジから連絡があり、風見が行動を開始したと聞き、俺たちは日本に集合することになった。

 前回と同じカラオケボックスに俺たちは集まった。



「日本の警察がお前を指名手配にしたぜ。あと、お前の家族も拘束された」

「ま、まじかよ……、なんで」

「カザミが日本政府を動かしたな。何をしたかは分からんが、異世界のことを含めてお前の危険性や重要性を日本政府に理解させたんだろう」

「どうしよう……、フィル」

「大丈夫よ。アタシ達の国では、ニキルダ将軍とガルバルド博士が直接この世界と交渉を始めたわ」

「そ、そんなことがいきなり?」

「ナルに教えて貰った情報からこの世界にどうアプローチすれば良いか検討したの」

「その結果、アメリカという国の防衛線に上手くこちら側の通信が引っかかるように細工したわ」

「その後は簡単よ。この世界には存在しない物質を小型ドローンで送り付け、異世界の存在を科学的に説明する、だけね」

「若い女性のほうが警戒心が薄いという事だったから、私とフィルでアメリカに説明をしに行ったわ」


 若い女性のほうが確かに警戒心は薄れるかもしれないが、俺が思ったのは、フィルピアとキャシリアのような若く綺麗で可愛い女の子という意味だったが。


「科学的な話って理解し合うのが早いのよ」

「その場で将軍と博士を呼んで見せたら一発だったわね」

「そう、そして今、アメリカから日本へ連絡し、両国の首脳がアタシ達の国へ訪問しているはずだわ」

「そこで異世界における国交をキチンと結び」

「あとは彼らがこっちへ戻ってくれば、カザミは終わりね」

「あとは……」

「メガデウス次第か」


 メガデウスの世界には、フィルピアもキャシリアの世界の英雄であり最終手段でもあるマルビデェーン大佐とガードラントの世界の外交役であるガイムダイジンが向かった。


「ファザー、まだ彼らから連絡は?」

「ない」

「俺たちも奴らも科学力よりも野生力のほうが高いからなぁ、野性的な感覚で今回の件をどう伝えられるかってところだろ?」

「以前、メガデウスと外交的に接触をした。その時もガイムダイジンが彼らと会話をしたが、根本的な部分で私たちは彼らを解り得なかった」

「一体、なにが?」

「責任感の部分だ。私たちは行動原理の基本が責任だが、彼らは違う。彼らは自らの欲求を第一に行動する」

「つまり、奴らの言動はよく分かんねえってことよ」

「マルビデェーン大佐とガイムダイジンを信じて待ちましょう」

「それしかないわね」

「ちょっと待て、ガイムダイジンから連絡が入った」


 ファザーとフィルピアが何か話をしており、俺がスマホに目をやったその時、


 ピロポポポン・ピロポポポン


「電話だ!」

「出て!ナル」

「あ、待って、ちょっとコレ付けて!」


 フィルピアから手渡された装置をスマホに付ける。


「も、もしもし」

《おう、ナルミぃ、やっと出たか》

「風見……」

《怖くなって異世界に逃げちゃったかと思ったぜ》

「そんなことはしない」

《お前はこの国では犯罪者だぜ、見たか?指名手配書をよ》

「関係ない」

《強がってるな、お前の両親も妹も泣きじゃくってたぜ、可哀そうによぉ》

「いずれ真実が分かるときがくる」

《強がってんじゃねえよ。どこかの異世界がこの世界に接触してやがるが、お前達の企んでいることぐらいお見通しだよ》

「風見、お前こそ強がってるんじゃないのか」

《はぁ?俺が?お前みたいなクズ相手に?馬鹿じゃねえのか》

「俺はクズでも、俺の仲間はクズじゃない」

《ま、想定内だよ。警察も自衛隊も、米軍だって怖くねえよ。全部もとから相手するつもりだぜ、ナルミよぉ》

「お前は、一体」

《結局、最後は全部お前のせいにして、この世界を俺が牛耳ればいいんだからなぁ、は~はっはぁっ》

「お前は終わりだ」

《はぁ?そろそろメガデウスの大群が来るぜ、あいつら馬鹿だから、俺の言ってることを真に受けて馬鹿面揃えてやって来るぜぇ、あいつらの世界を救うつもりなんて最初からねえからなぁ。邪魔者全部消してくれたら、後は約束通りお前を奴らの世界へ送り込むだけだぜ。残念ながら、奴らの世界を滅ぼすポイント、そうだな、破滅特異点とでも呼ぼうか、そこに送り込むんだよ、笑えるだろ?ナルミぃ》

「メガデウスを騙して滅ぼすつもりなのか」

《当たりめえだろぉ!なんであんな怪物に頭下げなきゃいけねえんだよ。俺を見下しやがって、俺のチカラを見せつけてやんよ》

「やっぱり、コイツ異世界の破滅ポイントの計算出来てたんだ、信じらんない!」

「馬鹿、フィル」

《あぁ?誰だぁ?》


 フィルピアから渡された装置により、俺と風見の会話はみんなの分かる言葉に変換されてスピーカーに流れていた。

 そしてフィルピアが黙ってられず、声を上げたのだった。


《なんだぁ?馬鹿面揃えて何やってんだよぉ、ナルミぃ》

「風見、お前の本心を聞いて少し残念だった」

《あぁ?なんだぁ、お前?》

「冷静で頭のいいお前が簡単にペラペラしゃべっちまうなんてな」

《あぁ?だからどうしたよぉ、てめえ》

「この会話はファザーとガイムダイジンを通してメガデウスの連中も聴いてたんだよ、風見」

《あ?ファザー?ガイムダイジン?》

「ガイムダイジン、そっちはどう?」

《ナル、メガデウスとの話はついたぞ、カザミには協力しない、とな》

「聞こえたか?カザミ?」

《うっ、お、お前、この野郎、てめえ……、一体なにを……》


 メガデウスからの信頼をまだ十分に得られていないという報告を受けたファザーに、フィルピアはこちら側の会話を全てメガデウスに聴かせることが出来るかを確認し、それが出来ると分かると、小さな装置を取り出した。

 フィルピアは風見から電話が掛かってくることを予測していたのだ。

 フィルピアが叫ぶ。


「ナル、将軍から連絡が!国交を正式に結んでみんなこっちへ戻ったって!」

「オーケー!ファザー!俺たちを風見の家に飛ばしてくれ!」

「了解した。カザミの位置は特定済みだ」

「待って、日本語を解析した翻訳機を作ったわ、これをそのチップに付けて」

「あと、コレもね、フィル」

「ええ、コレね」


「よし、じゃ、行こう!ファザー」

「了解」


 数秒後、目の前には風見蒼太朗と彼の部下であるメガデウスの肉体を持った三人の彼の部下がいる。

 こちら側は俺とフィルピア、キャシリア、ファザー、ジュンジが対峙している。

 単一世界内の移動には小動物の姿になる必要があるため、ファザーは一時的にコーギーになっていたが、ムクムクと通常の5分の1程度の大きさに戻った。

 そして、俺たちを見た風見が叫ぶ。


「おいおいおい、クズ野郎、勝ったつもりかよぉ」

「風見、もう終わりにしよう」

「お前を殺してやる」

「馬鹿なことをするなよ、風見」

「馬鹿なこと?クソ馬鹿なお前になんでそんな事言われねえといけないんだよ。たまたま異世界最重要人物になっただけの無責任のポンコツ野郎がよ!」

「あぁ、俺は無責任のポンコツクズ野郎だよ」

「お前を殺すよ、ナルミぃ。お前が死ねば、そこの怪物君たちの世界も滅ぶだろ?裏切者のメガデウスの世界も滅ぶ、そしてこの世界も滅ぶんだよ」

「何を望んでるんだよ、風見」

「あぁ?お前みたいなクズが異世界でチヤホヤされんのがムカついてんだよぉ、ナルミよぉ。もともとこの世界だって、異世界だってどうでもいいんだよぉ」

「風見、お前はエリートだ、俺みたいなクズと比べる必要ないだろ」

「はぁ?馬鹿かぁ?お前にエリートの何が分かるんだよ、ムカつくよ、お前、ムカつくよ」

「ナル、もういいわよ、さっさと終わりにしましょう」

「キャシー」

「くくっ、良かったなリア充体験できてよぉ、ナルミぃ」

「風見、お前の中にある寂しさや孤独は知ってるよ。ファザーはお前の内面を知ることが出来る」

「うるせえよ!クズっ」

「お前の頭脳は異世界の役に立つ程だったのによぉ」

「俺はお前と違って天才だからなぁ」


 風見はそう言って力むと、背中から小さい羽が出てきて、肉体が筋肉で盛り上がった。


「やれ!」

「ウガァ!」


 部下にそう命じた彼の姿は、もう人間の姿ではなかった。


「じゃあ、こっちは私が引き受けよう」


 ファザーは高い天井にギリギリの大きさまで身体を戻した。

 その大きさは風見の部下のメガデウス風の男たちよりもデカい。

 ファザーの拳が部下の一人の腹にめり込み、もう一人の攻撃をかわすと、側頭部へ回し蹴りを食らわせる。

 その背後から残りの一人がファザーに襲い掛かるが、


「おっとっとぉ、俺ぁ、頭脳派で喧嘩は好きじゃねえが、別に弱くはないんだぜぇ」


 ジュンジがその攻撃を腕で受け止め、そのまま小さな身体で突進して相手を跳ね飛ばした。


「大したお仲間だなぁ、ナルミぃ。でも、結局お前は何も出来ねえクズ野郎じゃねえか。殺してやるよ、見ろよ、こういう事もできるんだぜ」


 風見の右手が変形して斧のような形になる。


「さあ、死ねよ、ナルミぃ、お前は何も出来ないクズ野郎なんだからよぉ」

「う、うぐっ……」


 俺は何も言えなかった。

 そう、俺は何も出来ない。

 そんな俺の頭にファザーの言葉がよぎった。


”お前の責任とは?お前の愛とはなんだ?”


「ありがとな、風見ぃ、お前のお陰でようやく分かったわ。俺のやることがよ、俺の責任がよぉ」

「あぁ?なんだぁ?責任だぁ?」


「フィルピア!キャシリア!ファザー!ジュンジ!俺は弱いっ!何も出来ないっ!でも……、でも、俺は生きる!生きてすべての異世界の崩壊を食い止める。頼む、俺を生かしてくれ!俺を護ってくれ!」


「ナル……」

「ようやく、決めてくれたのね」

「おう、ナル、そうしようぜぇ、異世界の救世主様だぁ」

「それがお前の責任か、ナル」


 ファザーとジュンジは立ち上がり向かってくる三体のメガデウス風の部下を食い止め、それぞれに強烈な拳を撃ち放った。

 そして、俺の前にはフィルピアとキャシリアが立った。


「あなたは私たちとやりましょうか、カザミくん」

「クッ、てめえら、調子に乗りやがって」


 風見はデカい斧の形になった右手を振り回してキャシリアを襲う。

 キャシリアの靴が変形してオレンジの光を放ち、攻撃を避けながらビュンッと部屋の中を飛び回り、背後からそのまま風見を蹴る。


 ドガッ!ガシャーン。


 風見の巨体はガラス製の棚にめり込む。

 それでもすぐに起き上がると、また斧を振り回す。


「うがぁ、死ねぇ~、クソ野郎がぁ」


 フィルピアは俺の頭を押しながらテーブルの陰に身を低くして、俺の耳元で囁いた。


「ナル、アタシとキャシーがアイツの気を引くから、これをアイツにぶっ差して」

「な、なにこれ?」

「アイツの身体からメガデウスの遺伝子を取り出す薬よ」

「わ、わかった」

「ナル、一緒に勝とう!」


 フィルピアはニコリとほほ笑む。

 俺は手渡された注射器のようなものを握りしめる。


 斧になった右手を振り回す風見の正面からキャシリアが一瞬で間合いを詰めて強烈な肘打ちを腹部にめり込ませる。

 キャシリアは床から少し浮いており、滑るように移動している。

 そして肘には何か金属製のベルトを巻いている。

 肘打ちがめり込んだ瞬間、キャシリアの肘が青く光り、ドンッという衝撃で風見の身体が揺れる。


「うがぁぁぁぁ」


 風見が腹を抑えると、キャシリアは両腕を握りしめ、背後の頭上から一気にその腕を振り落とす。


「うげぇぇぇぇぇぇ」


 が、風見は苦し紛れに左腕を振り回し、それがキャシリアの顔面に当たり、彼女はそのまま部屋のドアのほうに吹き飛ばされ、木製のドアを突き破る。


「キャシー!」


 俺が叫んだその時、フィルピアは青い光る紐のようなものを手の中から出して、それを瞬時に風見の巨体に巻き付ける。


「ナルっ!」


 フィルピアが俺を呼び、俺は注射器を手に立ち上がる。

 しかし、


「ウガッ!」


 と風見は叫ぶと、その青く光る紐は弾き飛び、近くまで寄っていたフィルピアの襟元を掴むと、ガラス製の棚に向かって勢いよく放り投げた。


 ガシャァァァァァン!


 フィルピアの身体はガラス棚に突き刺さっている。


「うぉぉぉぉぉぉぉ」


 俺は無意識に風見に向かって突き進むが、片手で背中を捕まれると、強烈な膝蹴りが俺の腹にめり込んだ。


「死ねや、クズ野郎!」


 風見は俺の後頭部を掴み、今度は俺の顔面に膝をめり込ませた。


 グチャァァァッ。


 後頭部を引き寄せるような膝蹴りの音は衝撃派のようだ。

 そして、俺の手は、すぐそばまで寄っている風見の太ももに接している。


「あぁ?」


 顔面に膝蹴りを食らいながら、俺は風見の太ももに注射器を差したのだ。


「な、なんだこりゃあ!」

「あなたの身体からメガデウスの遺伝子を取り出す薬品よ」


 起き上がったフィルピアがそう伝える。

 フィルピアの身体には何一つ怪我は無い。


「て、てめえ」

「もう徐々に効き始めてるんじゃない?」

「つまり、あなたはもうオワリって訳よ」


 キャシリアもいつの間にか起き上がっている。

 そして、彼女の身体にも顔にも傷は無い。


「てめえら、一体」


 ゆっくりしぼんでいく風見の身体にフィルピアが先ほどの青く光る紐で拘束する。


「ごめんなさいね、アタシ達、身体がとても脆いの。だから、いつも薄いバリアの膜が出る装置を身に付けているのよ」

「まあ、私たちの国には技術しかないけどね」

「でも、これ、ホント凄えや、全く痛くなかったもん、これ無かったら死んでたわ、風見ぃ」


 カラオケボックスで、フィルピアは俺たちの分もバリア装置を持って来てくれた。

 ファザーとジュンジの分も持ってきたが、二人は必要無いと申し出を断った。

 確かに、二人は攻撃を受けたが全くのノーダメージで、部下の三人を無力化してしまった。


「ま、俺たちの身体ぁ、固てえのよね」


 全員が笑った瞬間、薄い緑色の雲が現れ、その中から、ニキルダ将軍とガルバルド博士、そしてテレビでしか見たことのない総理大臣とアメリカの大統領が数人の護衛と共に現れた。


「片付いたわね、フィルピア、キャシリア」


 ニキルダ将軍がそう言うと、アメリカ大統領が二人の手を取り、


「ありがとう、君たちに救われた」


 と言い、総理大臣も二人と握手を交わす。


「君が異世界最重要人物のナルミくんか」

「あ、は、はい」

「全て聞いたよ、君は世界中の、いや異世界中の保護を受けるだろう」

「日本政府が全面的に君をサポートする」

「あ、ありがとうございます」

「ミヤサダさん、わが国もあなたを全面サポートします。日本政府に協力してあなたの元に交代で護衛を送るとともに、崩壊近い異世界へあなたを送り届ける任務も我々が担当します」

「将軍、宜しくお願い致します」

「我々、ガードラントももちろん、全面協力だ」

「ファザー」


 そして俺たちの目線は一人の男に移った。


「さて、この男をどうするか、ですな」

「わが国が責任を持って対処致します」

「いやいや、総理、この件、公には処分できないでしょう」

「確かに、法の下では難しいですな、大統領」

「我々の世界でお引き取りしましょうか」

「いや、将軍、そのようなお手間をかけるわけには」

「ちょっといいですかな」

「ファザー殿」


 また薄い緑色の雲が現れ、その中からスラっとした背の高い男とガイムダイジンが現れた。


「将軍、ただいま戻りました」

「マルビデェーン大佐、ご苦労様でした」

「その男の引き取り先について提案が御座います」

「なんでしょう、大佐」

「メガデウスが裏切者としてその男を差し出すよう要求しています」

「お、おい、ちょっと待て、や、やめてくれ、それは」


 先ほどまで冷静に話を聞いていた風見が顔を紅くして懇願する。


「メガデウスに引き渡すと、この者の命はないのではないですか、大佐」

「いや、将軍、皆様方、メガデウスとはミヤサダ殿の力で世界崩壊を防ぐ代わりに、短期的ではありますが我々ガードラントと同盟を結ぶことになりましての、その男の命は我々ガードラントが預かることにしたいのじゃ」

「その上で、身柄を一時的にメガデウスへ引き渡すということです」

「なぜ短期的なのですか?」

「それは、彼らメガデウスが長期的な記憶を持たない種族であるためです」

「そ、それは」

「我々ガードラントも今回初めて知ったことですじゃ。彼らは周期的に記憶を無くしておるのじゃ。彼らと会話が出来ないのも、彼ら自身が責任を持たないのも、その体質的な問題から来るものじゃった」

「今回、私たちは友好的な会話が出来ました。ただ、彼らの世界では裏切者は許さないと」

「で、その者を引き渡して欲しいとの事ですね」

「短期的には彼らの元で罪を償い、その後は我々が面倒を見よう。我々ガードラントは高い道徳教育を持っているでの」

「承知しました。では、皆様、このような方向で宜しいでしょうか」


 全員が同意する中、風見はガクガクと震えていた。

 そこにガイムダイジンが近づき、


「彼らの脳が初期化されるまであと一年、それまでしっかりと彼らの元で罪を償うのだ。お前の優れた能力を持って、彼らの記憶を長く保持するための方法を探して欲しい。一年間それだけの事を考えて過ごすのだ。その後は、ワシが道徳教育をしてやろう、はっはっはぁ」


 俺は風見の肩に手を置いた。


「俺たちを殺そうとしたお前を許すことは出来ないが、俺にはないお前の能力でみんなを助けてくれ。俺は俺の責任を全うする」

「くそ……、ボケぇ、てめえ……クズ野郎のくせしやがって」


 風見の目には涙が溜まっている。

 俺はもうこれ以上風見にかける言葉は無かった。


 そこから先は事務的に物事が進んでいった。

 俺の世界では、異世界についてはトップシークレットとなり、各国の首脳クラスでの共有されることとなった。

 俺の指名手配は解除され、警察は正式に謝罪した。

 俺は警察の斡旋という形式で、国の機関に職員として就職した。

 両親も妹も一安心し、俺の就職を喜んでくれた。


 俺は基本的にはこの世界に住み続ける。

 今までと違うのは、三匹の犬が一緒、ということだ。

 これはファザーが二週間の交代制でガードラントを小動物化して護衛に付けてくれているためで、緊急事態があればすぐに俺をガードラントの世界に飛ばしてくれる手筈になっている。


 フィルピアは自分の国でガードラント達と異世界の情報収集を行い、世界崩壊が近い異世界を見つけると、キャシリアと共に俺を迎えに来る。

 彼女たちと、数人のガードラントの護衛と共にその異世界に出向き、誰にも知られることなく崩壊を防ぎ、また元の世界へ帰ってくる。


 俺は相変わらず自分一人では何も出来ないし、フィルピアとキャシリアとは恋だ愛だの話には発展してはいないが、少しずつ距離が縮まっていることに満足はしている。

 たまに、ファザーやジュンジのところへ行って美味いお茶を飲むのも悪くない。

 逆に、フィルピア、キャシリア、ファザーにジュンジも、カラオケボックスでの食事にハマってしまい、5人でカラオケボックスに集まってコーラを飲み、カレーを食べるときもある。


 この暮らしはそう悪いもんじゃない。

 いや、結構楽しいし、幸せだったりするのだ。

 


【了】

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