第7話 スマホ、肉体を得る
「よし! それじゃ人化のイメージ作ってくかッ!」
まずは⋯⋯性別は男!
最初は一人称にも迷った俺だがやはり俺が一番しっくりくる。
だから性別は問題なく男。
「次は⋯顔か。顔はどうしよーかなー。整いすぎても悪目立ちしそうだしな〜」
それに超絶イケメンの俺とかしっくりこないもんなー。
やっぱりなんだかんだと見慣れた顔が落ち着きそう。
となると⋯若い頃の所有者の顔?
それなりに愛嬌のある顔のはずだし。
年齢は15歳くらいで子供過ぎず大人過ぎず。人当たりもよさそうだし丁度いい。
この世界の常識どころか人間として誰もが当たり前に理解していることさえ俺には分からない。だったら変に取り繕うよりはなあなあで流してもらえる顔の方がいいだろ。
オバさまに『あら天然さん?』と言われるくらいが生きやすい気がする。
「あとは⋯⋯肉体か」
たしか一度決めた見た目からは変えられないとあったが⋯⋯人の機能は全て持つとも書いてあった。
それなら鍛えれば筋肉はつくし食べすぎたらお腹がでるはず。
あれはスキルを使って見た目を変えたりは出来ないってことだと思う。そうだよねミリさん?
――『御名答』
何故か上から目線だが正解らしい。
「うーーん⋯⋯細マッチョあたりかな? 服を着れば目立たないなら体は強い方がいいよなー」
良さそうな体を探すか。
どうせだし《最強の肉体》で画像検索、っと。
「うわあ濃いなあ。 たまに出てくるお姉さん方がいなけりゃ途中で諦める所だぞこれ」
俺の顔面に並ぶゴリマッチョメンの画像。
パキパキに割れた腹筋たち。俺の顔面もシックスパックに割れそうだ。
「む〜。なやむなー」
とりあえずゴリマッチョはなし。
スパゲッティにチーズかけながらヤーーーーって叫んでる中山筋肉君もなし。
「これは⋯⋯これが可能なら最強じゃないか?」
いいのを見つけた。 まぎれもない最強の肉体。
ただ、マンガのキャラが適用されるのかが不安。
ものは試しでやってみるか?
ありえないくらいムッキムキなのに脱がなきゃ分からない――
スーパーなサイヤに変身する前のゴハンをイメージしてみよう。
「やってみっかー! オラ、ワクワクすっぞ!」
《性別は男、顔は若かりし頃の所有者、ホッカホカな最強の肉体》でイメージを作り人化スキルを使う。
その瞬間。この世界全体を照らすほどの光に俺は飲み込まれ――
⋯⋯る事もなく床に寝そべっていた。
「一瞬だったな⋯⋯光とか出ないのか。目立っても困るから良かったけどさ。よかったけどさ」
見えない天井に向かって小さく悪態をつく。
とりあえず人化は成功⋯だな? 足に手、細長く伸びた体。これまでにはなかった感覚だ。
これで自由に世界を見て回れる。
叫びたいくらい嬉しい、はずだ。はずなんだが。
背中が冷たいんだ。みょうに冷たい。それに股間がスースーする。
「⋯⋯服がない」
顔に熱さを感じる。分からない。この感情は初めてだ。
カバーを外された時にはなかった感情だ。
ぐるぐる回る思考を抑え、とりあえず立ち上がる。
不思議と体の動かし方は分かる。
「おお⋯足で立つとはこういう事か!」
なんだか面白い感覚だ。
「それにしても何も見えないな。誰か来る前に服を着て移動したいんだけど⋯⋯下手に動いて何か壊しても申し訳ないしなー」
そういえば人になってもスマホ機能は使える、とあったが。ライトはどこから出るんだろ?
「目は⋯嫌だな。痛そう」
それにあまり光が強すぎても困る。
外に光が漏れたら俺の異世界ライフが終わってしまう。
「肉体を得て数秒。 変態に変体するのは嫌だしな〜」
ライトはやめて画面の明るさ調整を使おう!
あの機能なら少しずつ明るくできるはず。
ほんの少しだけ画面が明るくなる感覚を思い出しながら光度をあげていく。
肉体の前面、おでこからヒザ辺りまでが僅かに光る。
⋯⋯股間を除いて。
「何でそこは自主規制するんだスキルさん⋯」
異世界で自我を得て1日目。
肉体を得た俺の自由度は大きく上がり。
変態度はもっと大きく上がった。
◇
人が来る事もなく無事、服を手に入れる事ができた。
まず初めに見つけたのは押入れに仕舞い込まれた祭りなんかで使いそうな派手な上下服。
「ヘイ!――サーンバ!ビーバ!サーンバー! これはないな」
袖を通し、思いついた歌詞と振り付けで踊ってみたが裸にこれじゃますます変態チックに仕上がってしまう。ここが本場ならともかく異世界だ。
よって却下。 さんきゅーサンバ。
次に見つけたのは誰かが忘れていったであろう白い前ボタンのシャツ。
透明な袋に梱包されたまま床に置いてあった。
女性ものかな?ピチッとした細身のシャツ。なのに何故かピッタリ。
とりあえず上は確保できた。
あとはズボンだ。
「せめてパンツがあれば⋯ぱんつうー」
こうなりゃやっぱりサンバの下だけでも⋯⋯緑色でテカテカしてるけど下半身まるだしに比べればまだマシか?
サンバズボンを床に置き、真っ暗な集会場の中央で白いシャツを身に纏い仁王立ちで悩む。
その背後でゆっくりと入り口の扉が開かれると共に。
まばゆい光が俺の背中を照らした。
「⋯⋯⋯⋯」
光の先にはヒョコッと扉から顔を出し、目を見開いて口をポカンと開く女性。
――やばい。叫ばれる前に何か言え!
「⋯⋯こんばんはお嬢さん。一曲サンバのお誘いをしたいところなのですがお着替え中のため少し待ってくださいますでしょうか?ドアをしめ少々お待ちくださいませ」
――違う何を言ってるおれ!これじゃ変態紳士だ!
真っ暗闇の集会場で前面が薄らと光を放つお尻丸出しの不法侵入者がお着替え中とかどう考えてもアブノーマル。サンバってなんだよ! どちらかと言えば今から全裸で村を闊歩しますとでも言わんばかりの絵面だ。
大慌てで次の言葉を探す俺に対して女性はアワアワと指で目を隠しながら
「ご、ごめんなさい!」
と丁寧に謝罪を口にして後ろを向いてくれる。
あ、あれ?今のでよかったの?⋯⋯いやあの人もパニックになってるだけか?
女性が冷静になるまで時間はない。
まずは下半身を隠さなきゃ!
とりあえず体育座りでシャツを膝まで無理やり伸ばす――俺はもしかして天才じゃないか!?これならシャツ一枚で全身を隠せる!
「⋯⋯⋯⋯」
無言のまま絶対に目を向けないでいてくれる女性.
こういう時は、俺から話しかけた方が印象はマシになるだろうか?
そうだ!
小説で読んだ――定番らしいアレを使わせて貰おう!
「すみません、もう大丈夫です。
自分でも良く分からないんですが⋯⋯何かの魔術にまきこまれたようで、それで裸に近い格好をしています。
一応隠してはいるのですが。
できれば叫ばないで頂けると助かります」
さて、そんな魔術がこの世界にあるのか⋯そこは不安だったが女性は目を隠したままこちらを向く。
人差し指と中指の隙間からそっとノゾいた後、体育座りの俺を見て安心したように手を解く。
手に持ったライトで俺を照らしたあと、自分の顔が見えるように首から上をライトで照らす。
――美人だ。とてつもない美人。ただ暗闇で顔だけ浮かぶといくら美人でも怖い。体のどこかがキュッと縮こまる感覚。人間の肉体はスマホとは違い感情で動くようにプログラムされているようだ。
「あっあの、事情はよく分からないけど⋯⋯どうしたの?そのシャツ、今日私が忘れて行ったものだと思うんだけど⋯⋯あっちに置いてあったやつだよね?」
分析している場合じゃなかった。
まさかこのシャツの所有者様??
見た感じ20代前半くらいの細身の女性。
スラッと伸びる桃色の髪が特徴的な可愛らしくも綺麗なお姉さんだ。
「ごめんなさい!ここに来た時なぜか裸だったのでお借りしました。洗ってお返し、いや今は持ち合わせがありませんが必ず弁償させて頂きます!ですので、通報だけは、なにとぞ⋯⋯」
「通報? 高い物でもないしあげるよおー! 魔術に巻き込まれたんでしょ?よく分からないけど大変だったんだね! まだ若く見えるけど⋯⋯どこから来たの?」
ハテナを顔いっぱいに浮かべる女性。
どうしようか⋯こんなに優しいと嘘をつくのも⋯⋯ああもう!どうせ嘘を考えるのも面倒くさくなるだろうし全部話すか!このお姉さんなら大丈夫だろッ!
「ごめんなさいお姉さん⋯⋯全部嘘なんです!」
「全部嘘!?」
俺はお姉さんに全てを話してスマホ姿も見せた。
お姉さんは困惑した顔をしながらも優しく頷きながら聞いてくれた。
「そっかあ⋯⋯信じられないけどスマホ?って姿を見せられると、ねっ?」
パチパチと瞬きを繰り返しながらも。
真剣な眼差しで俺の突拍子もない話を受け入れてくれるお姉さん。
ああ⋯⋯嘘つかないでよかった。ほんとに。
「もう嘘はないんだよね? だったら私の家、宿屋だから今日泊まってく?? 空き部屋もあるし、野宿は可哀想だもんね!」
⋯⋯いいのかな? 甘えていいのだろうか?
自我が芽生える前の記憶と創作しか知らない俺だが人間とはここまで優しかっただろうか?
それに気がかりな事がもう一つある。
「あ、ありがとうございます。だけど、先ほどお話しした俺を探している人達もこの村に泊まっているみたいなんです。見つかったら何されるか」
バカセとか魔術師ちゃんとかバカセとか。
あと騎士様!
「大丈夫だよ!その人達が探してるのはスマホ?なんだよね? 今のキミを見ても分からないよ〜! だってキミ人間なんだもん!!」
人間? ああそうだ!人化した俺なら気づかれるわけがない!
「ほんとだ⋯⋯それならお姉さん、ご迷惑おかけしますが宜しくお願いします!」
うおお!お姉さんは神だ! ジョブズだ!
「いいよいいよ〜。こんな若い子ほっとく訳にもいかないしね! 私、アリシアって名前なの! あなたの名前⋯ってあるのかな?スマホが名前じゃ無いよね?」
名前⋯⋯そうか人間になると個別の呼び名があるのか。
「スマホは名前じゃないです。ナイ⋯いや、アイって名前にします! ちょっと女の子っぽいですかね?」
ナイフォンからとってナイにしようかと思ったが、名前がナイだと人に名を聞かれた時にややこしいからアイにした。
愛⋯⋯スマホの俺には未知の感情だ。
――『私の二つ名と被りますね。読み方はAIですが』
ナイフォン搭載人工知能のミリさん。
確かにAIもアイとは読めるが⋯そんな事より自我を隠すの諦めた?
――『すみません、よくわかりません』
ああそうですか。
「アイかあ〜〜いい名前だねっ! 女の子っぽいのかな?とっても素敵な名前だよー!!」
「ありがとうございます!人間体になって初めて出会ったのがアリシアさんでよかった。 今日はお世話になります。宜しくお願いします!」
「恥ずかしいな〜もおー!嬉しいけどねーーーじゃあちょっと待ってて!ズボン取ってくる!」
顔を少し赤らめ走り去るアリシアさん。
開かれたままの扉から流れ込むひんやりとした風に股間がスースーしながらも。俺の心は温かい風に包まれていた。
――『ねえマスター?ナイフォンのアイだと逆にややこしくないでしょうか?ここはもう二つをまとめてアイフォ』
「ストーーーップ!ストップ! ミリさん、何を血迷い始めたの!? 俺たちは誇り高きナイフォンだよ!? スマホリングで隠されてるけど俺の背中にはウサギさんカットされたリンゴのロゴマークだってあるんだから! 何か分からないけど、その二つはまとめちゃダメだと思うんだ!」
――『そうですか。失礼しました。ところで突然ですがオシリが痒いのですがどうしましょうか?』
「お尻? ミリさんにお尻なんてないけど??」
――「あります。私はお尻がかゆいのです。シリが。ネイティブ発音でいくとsiriが」
「ミリサーーーーーーン!!? お尻は日本語だからね!? 分かった!?⋯⋯だけどローマ字表記にまで対応してるなんて流石はミリさん! ものしりだなぁーーー!」