第3話 スマホ、感謝する
あの、目を血走らせた少女との出会いから二十五分。
彼女の姿は見えなくなったが不自然に揺れる草むらを見るに、今も草の根を分けて何かを探してるっぽい。
俺はといえば今も絶賛お花畑の端っこなのだが。とても嬉しいことに数ミリだけプンプンと距離を取る事ができた。
三分十二秒前に腰を曲げて歩を刻むお婆ちゃんのツエがクリーンヒットした結果、縦置きから横置きへと体勢が変わったからだ。
運が良いとは自分でも思う。 右方向へ倒れたのが特に良かった。
左ならプンプンに背を預けるとこだった。
『――⋯⋯さまあー⋯⋯さまあーー!』
横になれたおかげで砂利道の先の方――道筋の前後を見渡すことができるようになった。
おかげで女性が来たのと同じ方角から、叫び声を上げる二人組が近づいて来ているのが見える。
「遠いな⋯そうだズームすればいいのか」
ウイイーーン、と効果音を頭の中で付けカメラをズームしていく。
「見えた見えた、あの格好は⋯⋯」
ファンタジー小説に必ずと言っていいほど登場する騎士のようなオジサンと、白衣にメガネの研究者みたいな小柄なお兄さん。
相当走ってきたのか研究者の方は汗がびっしょりだ。
脱げばいいのになー白い服。 持つのも邪魔か。
「⋯はあ、はあ、まじゅつちたまあー」
きれっきれの息で声を絞り上げる研究者。
まじゅつちたま?
たま⋯⋯ねこ?
「ご無事ですかー!? 魔術師様ーー!?」
あっ違った。にゃんこじゃなかった。
魔術師様、か。
博士はともかく騎士に魔術師。
という事は⋯この世界は小説みたいなファンタジーの世界なのか!
点と点が繋がる。俺は魔術師様に心当たりがある。
彼女はフードこそ下ろしているものの魔術師然とした格好だった。
そういや最初歩いてきた時、赤い宝玉みたいなのが付いたツエ持ってたし。
この世界で流行しているおしゃれかと思ったが⋯⋯
言われてみれば小説の挿絵に描かれるような魔術使いの美少女。
「あの娘は様がつくような魔術師だったのか!」
関わらないで正解だった。
面倒なにおいがプンプンするもの。――っと、ごめんよプンプン。
キミとは違う意味で香ばしいにおいがするんだ。
ファンタジーな世界に妄想を膨らましながらも呑気なことを考えていると。少女がヒョコッと草むらから顔を出した。
「魔術師様!ご無事で!」「見つかりましたか!?」
やっぱりこの娘が魔術師様で間違いないみたいだ。
探し物は見つかっ、ってないな。目が怖い。
「心配しすぎですよこんな長閑な場所で。黙って抜け出したのは謝りますけど」
「そうは言いましても⋯私も護衛の」
「やっと⋯やっと手に入るのに。目と鼻の先にあるのに!!待ってなんていられませんよッ!」
何だなんだ?
何かよく分からないが目と鼻の先で口論が始まりそうな予感。
こんな空気感初めてだ⋯⋯ハラハラしてきた。
困った顔で黙り込む騎士のおじさん。
自分の言葉を遮ってまで感情をぶちまけてきた少女の目をはっきりと見ながら、諭すように語り始めた。
「仰りたい事は分かっているつもりです。しかしワタクシも護衛を任された責任があります。万が一でもあれば路頭に迷う事にはなるでしょう。運が良ければ、です。 それに博士の同行を許可されたのは魔術師様です。それならば歩幅は合わせるべきではないでしょうか」
運が良ければ路頭に迷う?⋯⋯あっ責任を取らされて最悪のケースもあるって事か。
どうも分かりづらい言い回しをする騎士のおじさん。
話からして、見るからに体力のない博士に合わせて宿を取っていたってところだろうか?
黙って抜け出したって言ってたし⋯
待ちきれない少女はバレないように先に来た?
「僕は研究者としてジェシカ様の気持ちは分かるけどね!まあルイード君の護衛としての立場も分かるしね。うんうん、次からは気をつけましょう!
それでジェシカ様!例のアイテムは見つかりましたか!?」
二人のやり取りを黙って聞いていた⋯はあはあ肩で息をしていた博士が口を挟む。
――いや、あんたのせいで揉めてるんじゃ?
魔術師ちゃんが悪いとは思う。
それでも余りにも他人ごとで騎士の人が可哀想だ。
「そうか⋯そうですよね⋯⋯。 ルイードさんごめんなさい。自分のことしか考えていませんでした。八つ当たりまで⋯ごめんなさい!」
博士を無視して騎士に頭を下げる少女――ジェシカ。
「顔をお上げください!念願だと喜ばれていたのはワタクシも存じておりますので。いやあ、娘と歳が近いのもあり過保護になりすぎましたかね」
ハハッ、と優しく微笑むルイードと呼ばれた騎士は冗談めいた口調で場を和らげる。
――⋯かっこいい。
無自覚とはいえ自分の生活や生命を脅かした相手にこの対応。
憧れる。ものすごく憧れる!
かっこいい大人って感じがする!
⋯⋯決めた! 彼のことは騎士様と呼ばしてもらおう!
「うんうん、そう!それで充分ですよ!それで見つかりましたか!?」
こいつ――博士はどうしようもないな。
スマホの俺にも分かる。二人の話をまるで聞いていない。
名前も出てこないし⋯⋯こいつはバカセと呼ぼう。
バカな博士でバカセ。 安直すぎるかな?
「カイト博士!もうッ!! ルイードさん本当にごめんなさい」
「いえ魔術師様、お気になさらず。ワタクシもカイト=バルーン博士の噂は聞いたことが御座いますので」
何だバカセじゃないのか。
微妙にカッコいい名前なのが腹立つな。
カイト=バルーンとか⋯⋯ん待てよ?
名前が先に来る世界だとしたら和名的にはバルーン・カイト・博士。
つまりこいつは!
バカセだッ!!
「ねえもう話はいいですから!レイの物は見つかったんですか!」
「それが⋯⋯私の魔術で見た風景はこの、街灯がある草むらで間違いないのですが。あの小ささですし⋯実物は見た事がないので⋯」
もごもごと言いながら魔術師ちゃんが指差すのは最初に俺が落ちて来た場所。
あらら。これは嫌な予感がしてきました。
バイブ機能は⋯オフになってるよな⋯⋯よし大丈夫だ。
「そうですね〜転送時の穴の大きさからして虫ほど小さな物でもないと思うんですけどね〜」
転送の穴、か⋯なるほど。
アラームアプリは一旦消しとこう。
「そのことですが魔術師様、博士。
長方形型の板のような物でしたよね?
先程からワタクシが見つけられる訳が、と思い黙っていたのですが。 あそこの花畑に似たような物が。
あの、黄花の下です」
あー。やっぱり俺なんだ。 ですよね、分かってました。⋯⋯⋯⋯――――まじかよどうしよう!?
こわいこわいこわいこわい怖い!!
目が血走った美少女と見るからにマッドなバカセ!
捕まったら何をされるか分からんぞ――
「あっ本当だ! ありがとうございます、それとごめんなさいルイードさん!! 行ってきます!」
ちゃんとそばを離れる前に報告するなんて反省を活かしていて偉い!じゃなくてーーーー!
来た!来てる!小悪魔⋯いや普通に悪魔が来てる!
電源オフ⋯は無理だ怖い!スリープ、はばれそうだし!
うわあーどうしよう。
「あっジェシカ様!それは多分⋯」
言葉を止めるなよバカセ!この娘を止めるなら止めてよ!
目を血走らせた悪魔との距離はあと二、三歩!
これはもう覚悟を決めるしかないか⋯スリープだあああ!
「あれ?何だろこれ?」
俺を拾い上げた彼女は落胆した顔⋯⋯
探し物とは違った?助かったのか?
「私が見た映像ではここを押せば⋯⋯光らない」
ホームボタンをカチカチする魔術師ちゃん。
ああ、そういや画面の明るさを最小にしたままだ!
それに今は数時間前とは違い朝日がサンサンと俺の顔を照らしている⋯反射で画面が見えないのか!
感謝――感謝します。
柔らかな美少女の手のなかで。
俺はお日様とプロナンパ師様に感謝の祈りを捧げた。