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第2話:スマホ、ナンパする

「うーーん、いざ書くとなると文章とは()くも難しいものなのか」

 

 顔面に⋯いや画面に映るメールアプリと睨めっこしていた俺はふと気づく。

 レンズ越しに降り注ぐ日の光。

 そうか⋯⋯この世界にも朝は来るらしい。


「んっ? 騒がしいな?」


 レンズの先には大きく掛け声を上げ一直線にこちらへと走る屈強な男達。

 やばい――このままじゃあの太い足が俺を――


「ぬおおおおやっぱりかあーーー」

 ミチミチと筋肉が詰まった、すね毛一つない逞しいおみ足に蹴り飛ばされた俺は意識を失った。

 


            ◇



「再起動!俺様ふっかーーつ!」


 これも自我に芽生えた恩恵かな?

 シャットダウンされた闇の中、思考を取り戻した俺は自力で電源を入れ顔に光を取り戻す。


「シャットダウンされた世界⋯⋯超怖い。 地球の同胞たちは今もあの闇で過ごしているのか」


 あれは暗黒よりも深い黒の世界。

 人間が眠りついた時に見るというドリームなど入る余地もないほどに真っ黒な世界。


「決めた。俺が小説を書くときはまずこう書こう!」


 ――『一人の夜、カーテンを閉め、耳に蓋をして目を瞑って欲しい。なにも見えず聞こえない黒の世界。せめて妖しい囁きでもいい、音が欲しい。体はもちろん動かない。何もない空っぽの世界。その中で意識を持つ。人間よ、スマホの充電を切らしてはいけない。そこにはおれがいるから』


 ⋯⋯怖っ。これは無いな。もっと手軽に扱って欲しいもん。

 それに顔が粉々に割れても直るのが俺たちスマホのいいとこだもんなー。自我を持った今は勘弁だけど。


地球の同胞達の前に(そんなことより)。この状況をどうにかしないと」


 筋肉ゴリラ集団の一匹が草陰に隠れた俺に気づかず蹴り飛ばしてくれた結果。

 先程までいた草むらとは斜向かい(ななめまえ)になる地へと辿り着いた。


 前面と後頭部にあるカメラレンズを通して見るに、ここは整備されたお花畑。

 色とりどりな花びら達が風に靡かれて俺の全身を(まさぐ)ってくる。

 痛覚や嗅覚などはないが触覚はあるようで――あはっ、あははは!こそばゆい!ダメ!俺、脇は弱いのよ!厳密に言うなら側面!


「⋯⋯と。現実逃避もそろそろやめにしようか。ねえ?何故にこんな美しい花畑にキミがいるんだい?」

 

 黒の世界より帰還した俺は画面の端に見慣れた⋯記憶にある黒の物体を発見した。

 それが野良のモノか。不躾な飼い主により放置されたモノかは分からないが。

 俺はもう少しでソフトクリームのようにトグロを巻くコヤツにダイブするところだったようだ。


「は、鼻がなくてよかった。 本当によかった」


 自我に芽生えて初めて分かるそいつの恐ろしさ。

 ああ――もう嫌だ。

 誰でもいいから拾われたい。

 贅沢は言わないから。

 可愛い女の子に拾われたい。

 どうせなら優しいお姉さんがいいなー。


            ◇


「あっ!あの子がいいな!」


 あれから一時間が経ち人通りも緩やかに増えてきた長閑(のどか)な田舎道。

 水のように透き通る青い色の髪をしたショートヘアーの少女に俺は狙いをつけた。


 歳の頃は十七、八といったところ。

 お姉さんではない。だが贅沢を言ってる場合でもない。

 俺のとなりには暗黒物質がプンプンとその存在を主張しているからだ。


「アピールターーイム!」

 急いで画面、いや、顔面をチカチカ点滅させる。

 黙々とこちらに向かい歩く少女は一向に気づく気配なし。


 何かこれ⋯⋯ナンパみたいだな。

 俺がチャラいラッパーならビートに乗せてこうラップする。

 自我に芽生えてすぐ――じかに誘惑する――光る顔面、君に夢中――Yeah(イエア)!⋯⋯これはラッパーもびっくりだ。


「違う。 バカなこと考えてる場合じゃなかった」


 いそがないと彼女が通り過ぎてしまう。とりあえず顔面を暗くしないと。

 ナンパのプロは警戒心を抱かせない。そう小説に書いてあった。


「ん〜そうなると使えそうな機能は」


 使用しないまま放置された無駄に容量を圧迫するアプリたちを吟味していく。

 512GBという大容量を誇るがゆえの障害。


 どれをどう使えば良いのか。放熱板が熱を処理しきれなくなりだした頃――少女と目が合う。


「おっ!ぉぉ⋯」


 じつを言うと彼女は斜向かいの、俺が最初に落ちた草むらの方ばかり向いていたためハッキリとした顔を見るのは初めてになるのだが。 これは何とも言い難い。


 俺が自我を得て初めてナンパをした女性は、真っ赤に血走った(・・・・・・・・)ぱっちりおめめ(・・・・・・・)が印象的な幼顔の美少女だった。


「⋯⋯どこにあるんだよー! この辺りのはずなのに――嫌なもの見ちゃったしーーー!」


 どうやら彼女は俺を見つけたわけではなく、隣にある黒いレイのアレを見ていたらしい。

 発言からして何かを探しているのだろうか?

 ともかく俺はソフトクリームプンプンのおかげで命拾いしたようだ。


「助かった⋯⋯一瞬、割れるかと思った。あの子はだめだ、怖すぎる」





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