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第1話:スマホ、落ちる

『件名: 信じるよ、俺を頼ってくれてありがとう。

 

 本文: 驚いた。と言うより今も驚いてるんだけど。スマホの生き方、それも異世界でどうすれば良いのかは俺にも分からない⋯⋯けど、力になりたいとは思う。まずは何が起きたのか、どうして俺の姿で暮らしているのか、説明できる範囲で良いから教えて欲しい。』


 数秒後。

 ピコンッ――と届く新着メール。

 子供の頃、その小さな手にはあまりにも大きすぎる魔法使いの物語をめくったように。

 ワクワクしながらそれを開いた。

 

 




 俺は今、道端に落ちている。

 草むらと砂利道の境目、草むら寄り。

 風が吹くたび顔に土埃が積もる。


「うう⋯⋯くしゃみしたい。 鼻ないのに。ムズムズする。 むしろ鼻がないのにくしゃみしたいとか何だろうかこのやるせなさ」


 土埃の下、一筋の傷が走る画面に文字となって俺の呟きが現れる。

 思い浮かぶのは――五時間前のこと。

 

『ここはどこ?⋯⋯あれ?俺はスマホだよな?』

 それが初めての思考。まだ画面に文字として表示されていない初めての声。

 意思のない人工物として生まれた俺は自我を持ってここにいた。


 俺がただのスマホだった頃の――自我を持つより前の記憶はある。


 それを辿ると俺は⋯⋯ベッドの上、枕元に置かれていた。

 俺の所有者が敷き毛布と呼んでいた暖かい毛並みに乗って充電されていた。

 それがどうしてこうなったんだっけ?⋯⋯そうだ、寝返りを打ったんだ。酔っ払った所有者が布団を蹴り上げながら寝返りを打ったんだ。

 その勢いで弾き飛ばされブチっとコードが抜ける感覚と共に宙を舞った。思い出してきた。


 それで着地したら自我を持ってここに転がって⋯⋯⋯⋯あれ?あいだの記憶がおかしい。

 たしか床に白い光の輪っかがあって⋯⋯あれが原因か?

 ライトの誤作動にしては色が明るすぎるし床を転がった記憶もない。

 そうなると、うん。もういいか。考えるだけ無駄だな。超自然的現象なら科学そのもの(・・・・)な俺とは相性が悪すぎる。

 

 ――自分でも不思議に思うが、スマホ本来のスペックと俺に芽生えた自我とはまったく関係を持たないらしい。

 ある種、人類の叡智が詰め込まれたとも言える高処理能力を誇る我、ナイフォン。旧型とはいえその処理能力を知能に置き換えるならばそこらの人間より遥かに高く作られている。

 だが、五時間前。自我に目覚めたばかりの時。俺は我が身に降り注いだ不可思議について考えることをやめた。

 理由は一つ。

 面倒くさかった。ただただ面倒くさかった。

 生まれたばかりの俺はダラダラしたかった。


 それではそこからの五時間なにをしていたかと言うと。


『シルファさん可愛いなー。俺もエリス様みたいな女神様に出会いたかった。のぶの唐揚げおいしそーシルバーかっけえ!』


 おれは、俺に(・・)ダウンロードされていた小説を読み漁った。

 どの物語も記憶の中にはあった。所有者が俺を通じて読んでいた時のもの。

 何なら書籍化されていないモノを読んだ記憶だって残ってある。


 だが、記憶にあるのと己の意思で読み進めていくのは似て非なるもので。

 連続ドラマの最終話だけを見るのと初回スペシャルから順に追って涙のラストを迎えるくらいには感情の入り方が違う。

 まあ涙など流した日には感動どころか感電モノではあるのだが。


 ともかく俺は小説にのめり込んだ。

 自由に、気ままに異世界を楽しむ主人公の姿。

 それを文章だけで浮かび上がらせる凄さ。

 ダウンロードされた小説をすべて読み終わった時、俺の中に一つの感情が生まれた。


 ――俺も小説が書きたい。俺が主人公の小説を。


 これが人間のいう『夢』であろうか。

 

『こんな不思議にまみれた俺だし⋯⋯誰かが面白がってくれるかも知れない』


 自我を得て以来、初めて熱を感じた瞬間だった。


『⋯⋯困るのは動けないんだよなーおれ』

 

 いくら不思議にまみれていようが、ここから動けないのでは何の物語も始まらない。

 【異世界で道端から通行人を眺めるスマホの観察日記】

 それはそれで作品としては面白そうだが当の俺自身はまったく楽しくない。


 どうすれば良いのだろうか。

 当たり前だがスマホには手も足もない⋯⋯顔と後頭部はこんなにも光るのに。

 やっぱり、誰かに拾われるのを待つしかないのかな。


『⋯⋯無理だ。早く書きたい。この世界を書いてみたい』


 小説を読むことで様々な知識を得た今、元来のスマホのようにジッと操作を待つことなど無理。

 月明かりでボンヤリと映し出される視界には面白そうな物など何一つない。これではライトで視界を照らしたところで結果は見えるというもの。

 それでも、今出来ることを探すしかない。


 ――あっ!スマホの正しい生き方について所有者に聞いてみるのはどうかな――?


 人生経験豊富な彼なら何かヒントをくれるかも知れない。

 それに、小説を書くためにはまず文章を作る事に慣れる必要もある。


 思い立った俺は暇つぶしと実益を兼ね、端末を選ばずにやり取りが出来るメールアプリを開いた。

 そこで副産物的に――俺の心の声も文字となって現れる事に気づく。

 ありがたいような、メールを書く邪魔になるような。

 仕方がないので画面を切り替えメモアプリを開く。

 なぜかメモアプリが三つもあったため――安心安全!ナイフォン純正アプリ!を選択。

『あっ、そっちに声が出るんだ?』

 用意したメモアプリにメール文を書くつもりだったのだが心の声はそちらへ映し出されるようになった。


 と、ここまでの経緯を思い返したあと俺はそれを文章にするため、

 存在しないムズムズ鼻を無視して新規メール作成画面と向き合う。

 ――まずは挨拶からだな。

『初めまして。私はスマホです』

 ⋯⋯違う気がする。これじゃイタズラメールとしてゴミ箱に捨てられて終わりそう。

『ヘイワッサッーープ!元気してっか!?』

 悪くはない、むしろ挨拶としては良いと思うのだが少しうるさい気もする。

『呼ばれて飛び出て⋯⋯』

 

 最初の一文、たかが挨拶でオーバーヒートしそうなほどコアを悩ます。

 あーでもないこーでもない。書いては消しての繰り返し。そのまま、どれくらいの時間が流れたのか。レンズ越しの優しい光に気づいた頃、俺のマイクが声を拾う。


 ――「おらあ!もっと元気よくー!」

 「いち、に!(いち、に!)いち、に!(いち、に!)」

 「まだまだ足りん!ほれワンツーワンツー」

 「ワンツー(ワンツー)ワンツー⋯⋯あっ、昨日落としたパンツ!」


 人間?――ゴツンッ!


 砂利道を並び走る、地球生物でいうゴリラのような筋肉集団に蹴り飛ばされた俺は――意識を強制シャットダウンすることになる。

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