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プロローグ:水銀魔術





― 水銀は-39℃で融解するといわれているが、此処はその限りでない。―





「さあ、思い出してごらん」

 薄いオレンジ色の液体の中で、私は起こされた。

 目を開けると、謎の溶液越しに向こう側の風景が見える。

 天井はなく晴天。壁はなく解放された場所。

「目を開いたか」

 男の声はまだ遠い。

 すると少しずつ、溶液の水位が下がってきた。頭の頂点まで漬けられていたのだが、やがて目線、首元、腰より下、足先とその液面を下げ、透明なカプセルのハッチが開く。

 漬けられていたはずだが、不思議と濡れてはおらず、服も“元のまま”だった。

「目覚めはどうだ?心地の良いものではないだろうが、悪くもないだろう?」

 カプセルから出て、私はようやく呼吸を思い出した。今まで無呼吸のまま、あの中に格納されていたのに気づかなかった。

「さて。じゃあ、何か一言喋ってごらん。もう情報の封入も終わっているはずだ。思いついたワードなら何でもいい。君の意識と言語が、私に通じるかどうかを試したい」

 男の要求に対して、私は、脳裏によぎった一文を呟いた。


「“水銀は-39℃で融解するが、此処に於いてはその限りではない”」


「あー……。多分大丈夫だろう。なぜその一文を選んだのかは無視して、とりあえず私の言葉が通じること、君の言葉が通じることは分かった。それじゃあ、本題に入ろう」

 その男は、一見すると女性的な外見をしていた。

 紫色の長髪を一か所で結び、前髪だけ銀色に染めている。いいや、もしかしたら逆なのかもしれない。あの銀色はおそらく、地毛の銀色なのだろう。

 黒色の白衣を身にまとい、その縁に蛍光色の黄緑色のラインが沿う。同じように、瞳もエメラルドのような黄緑色だ。

 彼は私と一連のやり取りを終え、祭壇の石台に置かれていた一冊の本を手にした。

「これは偽物だから、どこまで通じるかは分からない」

 そう言って私に本を渡してきた。

 本を開くと、中に入っていたのは空白のページだけだった。

「君が知る全ての記憶を、ここに写していってほしい。ペンは不要だ。君が思うだけで、そのまま反映される」

「あなたは?」

「最後に教えよう。ほら、急いで。意外と時間はないんだ」

 私は目を閉じ、過去を思い起こしはじめた。



 それから、私は“帯歴”2022年に王都サメスティスに生まれたこと、惑星王に仕えるウィザード・マーキュリーのこと、私が使う水銀魔術のこと、私の師匠のことなどを、思い出せるだけ記した。



「なるほど。分かった、そこまででいい」

 男は本を閉じた。

「今から君が降り立つのは、かつての世界とは全く別の世界だ。魔術もなく、幻想からの侵略もない世界。転生の理由は自ずと分かるはずだ」

 彼はもう一度、私にあのカプセルの中に入るように命じた。

「こんなアナログな転送方法で悪いな。だがこうしなければ、形のあるままで君を転送できないんだ」

 男はカプセル横のコンソールに入力をし終えて、最後にこう言った。

「もし今から飛ばされる新しい世界で、どんな悲劇が起ころうとも、それは君のせいではない。だから、あるがままに新しい真実を探してきてほしい」




「君が望む、新しい世界のために」





 そうして私は、暗闇の中を彷徨い、光の中で目を覚ます。




 私の新たなる旅は、今再び始まった。


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