第一話 一人の少女とチーズケーキ②
少し髪がなびくほどのそよ風と、どこからか聞こえる水が流れる音。そして、辺りには数え切れないほどの木々。
それらは全てこの場所を異世界と呼ぶには十分すぎるものだった。唐突に、全く知らない異世界に飛び込んでしまったときどうするべきか。そう考えられるほど妙に頭は冷静だった。
周りを見渡すと遠くの方にひらけた場所が見える。
とりあえず広い場所に出て周りを観察しようと行ってみると、そこには小さな店があった。扉の前には小さめのA型看板が置いており、ブックカフェ夕月の文字と少しばかりのメニューが書いてある。「OPEN」の札が掛かっているから、開いているのだろう。普通なら絶対怪しいし入らない。でも、なんとなく入った方がいい気がして、少し緊張しながら扉を開けた。
チリン、と小さく鈴の音が鳴り、すぐに
「いらっしゃいませ」
と落ち着いた女性の声が聞こえた。声がしたカウンターの方をみると、若い顔の整った女性が立っている。
少し中を見ると、店内にはキッチンの前のカウンター席三つと、大きな窓に面したカウンター席四つしかない。
「…あの、すみません。ここは一体…」
私がそう尋ねると女性は少し笑いながら言った。
「初めてだと驚いてしまいますよね。ここは狭間の森のブックカフェ夕月です。」
「ブックカフェ…?」
「はい。一応ブックカフェなのですけど、普通のカフェとして利用される方もいらっしゃるのでお気軽にどうぞ。」
そう言って大きな窓に面したカウンター席に案内され、メニューを渡された。
「お決まりでしたらお声がけください。」
半透明な白い紙にブルーブラックのインクでメニューが書いてあり、とても綺麗だった。
メニューには、食事ものとスイーツがあり、ソフトドリンクも豊富だ。食事ものにしようか…スイーツにしようか…少し迷ったが、やっぱり。
「すみません。」
「はい。お決まりですか?」
「はい。このチーズケーキをひとつとホットの紅茶ください。」
「かしこまりました。紅茶の種類はどうなさいますか?」
紅茶の種類…?どうしようか。生憎私はあまり紅茶に詳しくない。私が困っているのが分かったのか、店員さんが微笑みながら
「おすすめでよろしいですか?」
と、言ってくれた。
「はい。じゃあ、それで。」
「かしこまりました。それでは、少々お待ちください。」
注文もしたし、どうやって時間をつぶそうか。そういえば、ここはブックカフェって言ったっけ。じゃあ、あの奥にある本が読めるのか?
「あの、すみません。」
「はい。」
「あの、あそこの本棚の本って読んでいいんですか?」
「あぁ!すみません。説明していませんでしたね。はい。あそこの本はお好きなものを読んでいただいて構いません。読み終わったら元に戻して頂いて。」
と、微笑みながら答えてくれた。それじゃあ、読んでみるか。近くにいって見ると、この場所にしてはすごい蔵書数だ。とりあえず、待ち時間をつぶすだけだし、文章量があまり多くないものを読もうかな。少し見てまわると気になる本があった。
「勇者オオカミ旅に出る…」
題名の感じが何だか懐かしい気がする。ファンタジーものかな。
読んでみようか。絵本なんて小学生、いや幼稚園ぶりかな?久しぶりで新鮮だ。カウンター席に戻って、本を開く。パステル調のふんわりとした絵柄で可愛らしい。
でも、なんだか…。