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ガマガエル

ガマガエルと呼ばれた坊ちゃま

作者: レオレオ

ガマガエルのレオンに仕えるロディのお話です。

 その子供に初めて会った時、ロディ・スターソンは驚いた。

その子供の周りには何の光もなかったのだ。ロディにとって生ける者全て、それは草木や虫でさえ、その体の周囲には光を纏っているものだった。大人になったロディには、それが魔力であり、生命力そのものである事はわかっている。しかし、その時ロディは五歳の幼児に過ぎず、その光がない生き物もいるのかと単純に驚いたのだ。そして、その子供 レオン・キャンベルは、ロディの生まれたスターソン家にとって主家の息子だったから、『困ったものだ』と思った。生き物の身体を覆う光は、その者が持つ魔力の他に、その者の本来の性格や悪意や善意といった一時的な感情もロディに教えてくれた。が、レオンは何の感情も映していないような瞳でロディを見返すのみで、ロディの声にも反応をしない。


「ロディ、レオン様はご病気なの」

 とロディの母マリアは、何の反応も示さない主家の子息をその腕で支えながら、レオンを紹介する。場所は、スターソン家の屋敷だった。

マリアは、領都にあるスターソン家の女主人として暮らしていたのだが、キャンベル伯爵家の筆頭家令である夫に主家の邸宅に来るように命じられ、レオンを預けられて戸惑っているようだった。

 

 ロディは、そっとレオンの腕に触れてみた。その小さな腕には湿疹が至るところにあり、湿疹の上に湿疹ができて瘤のようになっている。色も紫色の所と緑色の所があり、本来の肌の色をしていない。ロディは、その腕をつねってみた。レオンが本当に生きているのかと疑問を持ったのだ。

 すぐさま、レオンの瞳から涙が零れた。意外と瞳は綺麗なのだと思った。

  パチーン 

「ロディ、レオン様に何をするのです」  

 当然、ロディは母に頬を張られたが、心に感じた衝撃の方が大きかった。

レオンは間違いなく生きていて、今の状況がわかっているんだと。レオンのぶよぶよとした肌の感覚だけが、いつまでも手に残った。


 しばらく、スターソン家の客間にレオンがいる事になった。レオンの両親である伯爵夫妻は王都にいて、病気を理由に領地の祖母に預けられたが、祖母が一緒に住むことを拒否したらしい。ロディは、母やばあやに余りレオンの傍に行かないようにと釘を刺されていたが、気になって仕方がなかった。蝶やバッタなどの昆虫を庭で捕まえては、レオンの傍に放ったり、一番輝いている草をその手に握らせたりした。

「ロディ坊ちゃま!」

 かなりの確率でばあやに見つかってしまい、怒られた。

「虫が好きな者ばかりではないのですよ。それにしても、坊ちゃまが持ってこられるのは雑草ばかりですね。」

 とばあやがロディが汚した部屋を掃除しながら、いつも小言を言う。その間、レオンは何の反応もしない。大人しく座っていて、大人の言う通りに動いている。ばあやが、「こっちに動いて下さいな」と言えば、その通りに動く。

聞こえていない訳ではなく、身体が動かせない訳でもない。なのに自分の意思では動こうとはしない。自分で考える事を放棄しているように思えた。

 光をその身体に纏わなければ、人は考える事はできないのか。 そしたら、昆虫は分かるにしても、草木は自分で考えて生きているのか? 

 ある日、ロディは、そう考えて庭に出るのが、怖くなった。お化けの巣窟のように感じた。一人で怖がっていると、ばあやは「草木の何が怖いのです?」と言い、目の前で庭に植えてある野菜でスープを作ってくれた。そのスープを食べながら、もう野菜は光っていない事を改めて不思議に思った。


  本家の裏庭に建てたレオン用の別宅の完成を待って、ロディは両親と一緒にレオン宅に暮すようになった。両親の行動はレオン中心になっていたが、ロディは両親の感情の色を見ることが出来たから、淋しいと思ったことはなかった。両親が自分に向ける感情の色は、幼い頃から変わらない。いつも心配しながら、愛してくれている暖色系をしていた。




 七歳になって、ロディは、キャンベル伯爵家が家臣の子弟を教育するために領都の東側に建てた学校に通った。学校の名前は、その創設者に因んでオリバー校といい、七歳から十五歳まで通う。因みに十五歳からは、各々の家や自身の才能に合わせて道が分かれる。ロディの父デビットは、卒業後すぐにキャンベル家を支えるべく、王都の学校に行ったそうだ。

 領都にあるスターソン家の屋敷は、キャンベル家の家臣の家が密集している場所にある。本来ならオリバー校に通う者の多くが、顔馴染みのはずなのだが、ロディは、決して外に出る事のないレオンに合わせて、レオンの別宅で生活をしていたので、知り合いと言えるのは、母方の従兄弟のみだ。その中の一人、アーロンとは同じ年で一緒の入学となった。


「みんな、ロディと会いたがっていたんだよ。」

 アーロンは優しい性格で、一緒にいても疲れない。ロディは、人の感情が色で見えるため、付き合う人を選んでしまう。苦手なのは、ロディの事が好きでもないのにやたらと距離感の近い子供だ。親に言われて無理に傍にいようとするが、本当にしたい事ではないので、どうしてもロディに対する嫌悪感が生まれてくるようだ。ロディは、相手に合わせてあげるような優しい性格はしていない事もあるが。嫌悪感を抱いた色は、とても濁っていて、濁った色が自分に目掛けて纏わりついてくるのは気持ちのいいものではない。後、元気すぎる子供も苦手だ。これは、単純に眩しい過ぎて目が疲れるのだ。


「ロディは、もっと人の話を聞いて上げた方がいいよ。」

とアーロンなりの忠告をしてくれる。ロディに対する不満は、みんなアーロンに言うので困っているようだ。

 しかし、ロディの興味は同級生にはなく、自分の見える色の不思議と植物採集にあったから、いつも、聞き流していた。


 植物は、大抵無色透明な光で包まれている。

でも、中には色を纏った光で包まれている物もあった。この違いが何かを知りたくて学校からの帰りはいつも、学校の裏山に寄り道をしていた。


「この草とこの花の共通してる事? ごめんなさい。先生にもわからないわ。」

 担任の女教師は、明らかに困惑した様子で答える。

 裏山はロディにとって、魅力の宝庫であった。同じ色の輝きを持つ植物をいくつも持って帰り、植物図鑑と照らし合わせたり、学校の他の教師に聞いてみたが、植物の名前が分かるのみで大した事は分からなかった。


 ロディ自身のもつ光の中心は、金色と青緑色をしている。金色の光を持つ人に会ったことがなかったが、青緑色の光を持つ人は珍しくなく、大抵が風使いだった。風使いはその能力で、船乗りや射手になったり、女性では、掃除の上手な主婦が多い。そんな女性の中でロディが興味を持ったのは、学校で雇われているシェリーという用務員だった。

 シェリーは、二十歳過ぎの大柄な女性で、主に校内の掃除を担当している。彼女の掃除能力は素晴らしく、しかも早い。

ロディが彼女に興味を持ったのは、彼女を纏う光の動きが、他の人と違う事に気が付いたからだ。人が魔力を使う時、身体の内から外へ光が走って終わる。しかし、彼女の場合は、一旦外へ出た光が彼女の手元に戻るのだ。校庭の落ち葉をその風使いの能力で集めている。風使いは大概風を吹かせるのが旨いが、自分に向けて収集するという使い方はロディが欲しいと思っていた能力そのものだった。ロディは、黄色に光る植物があるとすれば、黄色に光る部分だけを集める事が出来ないかといつも夢想していた。

 放課後、ロディはシェリーに着いて回った。彼女がその能力で部屋の埃を一か所に集めて、一塊にしてしまう。『なんて素敵な』と思った。



 シェリーは最初、変わった子供に目をつけられて困ったと思ったが、ロディの素直な賞賛に気を良くして、いつもより丁寧に掃除をした。 シェリーの掃除の方法は亡くなった祖母から学んだもので、それほど特別だとは思ったことはない。祖母は掃除の名人だった。シェリーの母は、風の魔力ではなく、火の魔力の持ち主であったから、料理上手ではあったが掃除は苦手で、祖母の死後、塵一つ落ちてなかった家が汚れていくにつれて、シェリーは祖母の掃除方法を思い出して、掃除するようになった。そして、祖母似のお掃除上手の噂を聞いた近所の人に、今の仕事を紹介されて働いている。 シェリーにとって、珍しい事をしているつもりはないのであるが、この子供は、目をキラキラさせて、シェリーを褒めてくれる。

「落ち葉だけを集める時は、視界を出来るだけ広げて、目に入った落ち葉が足元に集まる事を想像するの。本当に私がしてるのはそれだけよ」

「シェリーさん。それだけの事が本当は凄いんですよ」

 ロディは、精力的にシェリーから【収集】の方法を学んだ。シェリーと同程度までその能力が使えるようになった頃には、初年度が終わっていた。





  

 ロディは、九歳になる頃には、植物から光を集める事が出来るようになっていた。しかし、集めた光は一瞬の輝きと共に消えてしまう。黄色の光は手に痺れを残して消え、青い光は手を濡らして消えた。茶色の光は手から滑り落ちて地面に小さな穴を開けた。同じ色の光は、同じ魔力を持つのだとロディは結論づけた。

 光の集合とそのはじける様は美しいものだ。だが、光を抜かれた植物は枯れてしまう。これは、昆虫も同じで、飛んでいる蝶から光を採ると死んでしまった。光を纏う事で生物は生きているんだと、ロディは改めて思った。

 

 

 夏になると、オリバー校は二か月の夏休暇に入る。

 ロディが、レオンの叔父、ダレン・キャンベルに初めて会ったのは、その夏休暇の事だった。

その年の夏休暇の初日に、ロディは休暇中レオンの傍に出来るだけいるように、父ディビットに命じられた。

「後、レオン様を訪ねてきた者は、例えキャンベル伯爵家の使いでもレオン様と二人きりにはしないで、貴方が傍にいるのよ。絶対誰かに声かけするのよ。」

母マリアにも念を押された。

 

 レオンと二人きりで部屋に閉じ込められた生活は、ロディには退屈だった。猟師をしているシェリーの父親に、動物の動きを止める植物の話を聞いて、この夏休みにその場所へ連れて行ってもらう約束をしていたのに、動けなくなって不満だった。

 その植物の実はとても美味しく、食べると魔力の回復を促す。が、花は甘い匂いにつられて寄ってくる昆虫や小動物をその花の中に捉えて動けなくするそうだ。動けなくなったそれらの命を奪う訳ではなく吐き出す。しばらくすると、回復した昆虫や小動物は動き出すそうだ。シェリーの父親は、面白く思って、腕を花の中へ入れてみて意識を失ったそうだ。気が付けばその花の傍で眠っており、非常に疲れていたんだと。

「あれは、魔物の花じゃないかと、わしは思っております。が、そこまでの悪さはしねえし、実はとても美味しいもんで猟師仲間ではその花の場所は共有してるんですわ。」

ロディは、その花の光の色がどうしても見たかった。その花は領都から徒歩で一日でたどり着ける距離にある山にあるという。行きと帰りで三日の予定で、シェリーの父親に連れて行ってもらえることになっていた。 


 レオンは相も変わらず、身動きをしようとしない。それでは体に悪いだろうということで、いつもばあやがレオンの手を引いて別邸の中庭を歩いている。それがロディの仕事になった。朝と夕方と毎日二回、レオンの手を引いて歩いた。レオンは案外楽しんでいるようで、バッタが跳ねたり、鳥がさえずったりすると目で追っている。 夕方のそのレオンの軽い運動中に、その人はいきなり目の前に現れた。


 三十歳位の男性でその容姿は、レオンの祖母であるソフィアによく似ていたから、キャンベル家の縁者である事は分かったけれど、ロディは会ったことのない人だった。

 

「驚かせて済まない。俺は、キャンベル家の当主の弟だ。その子の叔父になる。」

 とその人、ダレン・キャンベルは、とても優しい顔で、レオンの頬に触れた。その人の光も、レオンに対する愛情を表していた。ロディは母親との約束通り、その人を客間に案内して、レオンの手を引きながら母を探した。



「マリア! 久しぶりだな。俺はここにしばらく泊まるから、部屋を用意してくれないか」

 ダレンは、マリアとオリバー校で同級生だったそうだ。 貴族の子弟は王家の方針で、王都で教育を受ける事が要求される。それをダレンは自ら望んで、領地に帰ってきてオリバー校で教育を受けた。十五歳で卒業すると、故郷を飛び出して行方不明になっていたそうだ。

「お元気で何よりです。突然に居なくなってしまわれて、どれだけ心配したか?」

「心配してくれたのか。それはありがたい。こうして、兄上の子とマリアの子が並んでいるのを見ると月日の流れを感じるよ。」

「どちらにおられたのですか?」

「アルファン国を出て、東の大陸から西の大陸へと回ってきた。この前帰国して王都にいたんだが、久しぶりに会った友人からレオンの話を聞いてな。顔を見に来た。レオン 仲よくしような。」


 ダレンはしばらく滞在するという。ロディはデビットに「ダレンはキャンベル伯爵家の人ですが、レオン様と二人きりにして大丈夫ですか?」と聞いてみた。

「ロディ 滅多な事を言うのでない。 我々は別に主家と敵対している訳ではない。唯、レオン様の身辺に気を使わなければならないだけだ。」

と前置きした後、庭に干してあったレオンの服に毒針が仕込まれていたり、レオン用に用意したお菓子がいつの間にかすり替えられていて、そこに毒が入っていたりしたという。

「干してあった服をたまたま畳んだ女中が毒針に触れてしまって、大怪我をさせてしまった。すり替えられたお菓子は変色していてな。異変に気が付いたばあやが、試しにそれを庭に来ていた鳥に与えた所、変死したそうだ。遣り方としては、素人だろう。だが、悪意を持ってレオン様を見ている者がいるのは確かだ。レオン様はご自身で身を守ることが出来ない。我々が見守る他あるまい。ロディ、お前は他人の目の色に敏い。誰よりも適任だろう」

「父上、僕の目が確かだと信じてくださるなら、ダレン様は大丈夫ですよ」

「そんな事、お前に言われんでもわかっている。あの方は、テレサ様の事で一番心を痛めた方だ。同じ病気のレオン様を嫌う訳がない」

 ロディは、レオンに同じ病気で幼くして亡くなってしまった叔母がいる事を教えてもらった。当時、デビットは王都の学校に通うため、王都のキャンベル家の屋敷にいたそうだ。

「非常に仲の良いご兄妹でね。病気になられて部屋から出れなくなったテレサ様をいつも気にかけておられた。姿を見られる事を怖がるようになったテレサ様の為に全身を覆うベールを取り寄せられて、よく散歩に連れ出されていたよ。テレサ様はバラ園がとても好きでおられたから、非常に喜んでおられた。テレサ様はダレン様にだけは笑顔を浮かべるんだ。本当に仲の良いご兄妹だった」

 


 ダレンは、じっとしているのが苦手の様だった。

「魚釣りにいこう」とレオンと共に連れ出された。ダレンは左手と肩でレオンを抱え、右手に深い傘を持って、外からレオンを見えないようにして歩く。レオンは子供であるとはいえ、身体の横幅は普通の子供の倍はあったから、軽くはないだろう。それを軽々と抱えているダレンの腕力は大したものだと感心しながら、ロディは弁当と釣竿を持ってその後に付いていった。

 川には他に子供たちが大勢いたが、ダレンが傘を地面に突き刺した辺りには誰も近づいてこなかった。傘にはキャンベル家の家紋が描いてあったから、遠慮したのだろう。ダレンは、レオンの小さな手を川の水に触れさせた。

レオンは驚いたようだが、気持ち良かったようでパシャパシャとさせる。

その時、ロディは魚が跳ねるのを見た。青い光に纏われた美しい姿であった。

 ダレンが魚釣りをしている間、ロディはレオンの側で川面に目を奪われていた。透明な水が流れているが、時々色が数種類にも混じる。それは魚が持っている光であったり、別の生物のものであったり、水底から溢れ出ているとしか見えないものであったりした。

「ロディ、お前は不思議だな。お前が見ている方向に絶対に魚がいる。目が良いだけかとも思ったが、それだけではなさそうだな」

 ロディが光に夢中になっている間、ダレンに観察されたいたらしい。そう言われた。

   

 昼食は持参した弁当にダレンが釣った魚をおかずにして食べた。ダレンは、野宿になれているようで、手慣れた手順で火を起こして魚を焼く。レオンはゆっくりではあるが完食した。レオンの疲れが見えたので、昼食を済ませると直ぐに帰宅する事となった。帰り、眠ってしまったレオンを抱きかかえて、ダレンは歩いている。

「レオン様を心配して来られたのですか?」

 ロディはダレンの背中に聞いてみた。

「ああ 元気に暮らせているか気になってね。兄上は何を思って、レオンだけを領地に送ったのか。親の側にいるのがいいのか離す方がいいのか、俺にはわからないが、レオンが淋しい思いをしているのは間違いないだろうと思ってな。お前を愛している人間が家族にいる事を、子どもにも分かりやすく態度で示すのがどれだけ大切か、兄上はわかってないんだ」

「でも、それは、ソフィア様こそ、そうなんじゃ?」

「ハ! 兄上には愛情があるが、あの人には愛情なんてないだろう」

 とダレンは口に出したものの、「俺、子どもに何言ってんだろうな?」と独り言を言った後、ロディに「お前、子どもらしくないな」と笑った。

「俺は、ここで十歳から十五歳まで過ごしたんだ。愛するものとの思い出もたくさんこの地にある。俺がここに帰ってみても不思議はないだろう?」

「愛するものって、恋人がいたんですか?」

「ああ シルビアという名でとても美しくて優しくて母親のようで親友のようだった。十五でここを飛び出した時、俺に付いてきてくれて、遠い地で俺を庇って亡くなってしまったんだ。あれ程いい女はいないだろうな」

 淋しそうなダレンの背中に、ダレンの失踪は、駆け落ちだったんだとロディは思った。


 レオンは、ダレンが来て感情を出すようになった。相変わらず声を発しようとしないが、ダレンが出かけようと声を掛けると自分からダレンに抱き着く。

「やはり、血の繋がりには勝てないのかしら?」

 マリアが淋しそうに呟く。

「外の世界が刺激的なんだよ。母上は、レオン様を外に連れ出せないだろう?」

 ロディは、レオンが実は自分の容姿に傷ついているのが分かった。そして、自分の容姿を見られる事を極端に恐れている。ダレンはそんなレオンの気持ちに沿って、安心させながらの外遊びをさせるのが上手い。

「そうね。お身体が弱いから、怖くて外には出せないわ」

 マリアは、外の悪い風にあたって、レオンが病気になる事を恐れている。

でも、レオンが体調を崩すのは、部屋にいようが外にいようが実は関係ないのではと、ロディは思っている。



 


「ダレン様、僕は三日ばかりレオン様の側を離れてもいいでしょうか?」

 夏休暇が終わる前に、ロディは当初の計画通り魔物の花を見に行きたかった。昼寝するレオンの側で読書しているダレンに聞いてみる。

「別に構わないが、理由はなんだ?」

「夏休暇前からの約束がありまして、アルカン山に珍しい花があるというので見に行こうと」

 ロディは、シェリーの父親に聞いた花の話をする。

「俺とレオンも連れていけ」

「レオン様には遠い距離だと思います」

「冗談だ。その花を土産にほしい。切り花ではなく、鉢植えがいいな」

 ロディは元よりそのつもりだった。唯、貴重な花だから、難しいかもとも思っていた。

「持ってこれたら、持ってきます」

  

 その三日後の朝早くに、ロディはシェリーの父親とアーロンとスターソン家に仕える護衛騎士ハリーとでアルカン山へと向かった。アーロンは、レオンの側から離れられないロディの代わりにシェリーの父親と連絡を取ってくれていた。

「その実はとても美味しんだよね?」

 アーロンは魔力を回復する美味しい実を食べる事を楽しみにしている。

「アーロン、一杯食べろよ。そして、花の液に手を付ける。魔力過多と枯渇とでは、どちらが身体に悪いのか興味がある」

「ロディ、性格悪~い」

 アーロンは頬を膨らませて言う。アーロンは冗談で言っている思っているようだが、ロディは割を本気だった。魔力過多の時のアーロンの光の具合と枯渇の時の光の具合が普段とどう違うか見てみたかった。

「しかし、魔力回復の実は騎士団の中でも噂になっているんです。出来れば私も食べてみたい」

 ハリーは、子どもたちの会話に入ってきた。父に仕える一番若い騎士だ。そんな便利な物があるなら、是非持って帰ってくるようにと騎士団に言われているようだ。

 シェリーの父親はうっかりロディに話したことを後悔しているようだ。三人の会話を聞きながら、気落ちしているのが、その纏う光でわかる。

「一株貰うだけだから、秘密の場所はばらさない」

 ロディは、その背中に声をかけた。


 夕方、アルカン山の麓に到着して、そのまま野宿した。シェリーの父親はさすが猟師で、道中に狩った兎を手慣れた手順で捌く。ロディは初めての光景に目が離せなかった。血抜きされた兎が内臓を抜かれ、毛皮と肉に分けられる。ロディは内臓と毛皮の内側に、この兎が持っていた光の僅かな残像が残っている事に気付いた。が、空気に触れると、それらは直ぐに霧散した。

 

 翌日、早くから山に入った。アルカン山はそれほど高い山ではない。が、木々や草に覆われていて、道がない。猟師のみが知る獣道を迷わないようにその後を歩く。アーロンは少し怯えていたので、ロディはアーロンの手を引いて歩いた。

 二時間位歩くと、視界が開けてきて湧き水が出ている水飲み場に出た。そこでしばらく休憩する。

「もうすぐそこですよ」

 シェリーの父親が指差したのは湧き水が出ている岩肌の上で、少し回って辛うじて上に行ける場所から登ると目的の花があった。20株位の群集があってアーロンと近付く。その花はアーロンの頭位の大きさで通常の花の形をしていない。上の部分は花弁があるが、下の部分はツボの様に長い。横には幾つも実になっているものがあり、その一つをとった。透明な光を纏っている。ハリーが持っていたナイフで分けて、四人で食べた。味は、桃の実に似ている。肝心の魔力の回復は、ロディにはわからなかった。が、アーロンとハリーにはわかったようで、凄いを連発している。花には誰も触れたがらなかったので、ロディが自分の腕を入れてみた。花の中は、つぼのような箇所に透明な液体が溜まっていて粘り気がある。それに触れると腕から力が抜けるのが分かったが、気を失うほどではなかった。その透明な液体は、ロディの色である金色と青緑色に輝く。ロディは花の中から腕を抜いた。

「坊ちゃん 大丈夫ですか?」

 シェリーの父親はロディが平気なのが不思議なようだ。シェリーの父親より、ロディの方が持っている魔力量が多いだけの事なのだが。それよりもロディは、他の人にこの花の液体が何色に見えるか知りたかった。

「透明だよ!?」とアーロンはなぜ聞くのかという顔で答えた。

「ええ、透明です」とハリーも答えた。

 やはり 色が見えるのは自分だけか。ロディは少し残念に思った。

この花は他者から魔力を奪いそれを実に移す能力をもっているのだろう。だが、虫であれ草木であれ、その魔力はその本体から離れてしまうと直ぐに空気に溶けてしまうのに、あの液体の中では消えることなく輝いている事は不思議だ。

「あまり採っては、折角の群集を潰してしまうからな」

 それぞれ、一株と一つの実を持ち帰ることにした。

 ハリーがその背中に背負っていたシャベルで一株ずつ鉢植えに移す。シェリーの父親は銃を抱えているから、鉢を持てないと言うので、3株を鉢植えに移して、その場を離れた。アーロンとハリーは実をお土産にすると大事に持っている。ロディは自分の実と引き換えに二人の鉢植えと食べた後の種が貰えることになった。ロディは、毎日魔力を与えて、花から実になるのを観察しようと決めた。




 帰宅すると、家の中がすごく慌ただしかった。

「レオン様の容態が悪いのです」

 ばあやを捕まえて聞く。ロディは荷物を自分の部屋に置くと、そっとレオンの部屋を覗いた。そこには両親と医者がいた。レオンの様子をみると、血の気がないのがわかる。

「今晩が峠でございます」

 医者がレオンの脈を見ながら言う。マリアが嗚咽を堪えるため、息を吸う音がした。

 レオンの部屋から中庭を見ると、ダレンがそこに置かれた長椅子に座っているのが見えた。ダレンは考え事をしているようで、この人が持つ青緑色の光の周りは深く沈んだ色をしている。ロディはそっとダレンに近づいた。

「お帰り。小旅行は楽しかったか?」

「ごめんなさい。こんな時に遊びに行ってて」

「いや いつかは来ることだ。お前がいようといまいと関係ない。お前が気に病む事ではないんだ。いや違うな。お前は間に合った。俺とは違う」

 ロディはダレンが泣いているのかと思った。しかし、ダレンの顔に涙はない。

「実は俺には妹がいてね。レオンと同じ病で七歳という年で亡くなってしまったんだが、丁度、俺の王都の学校の学習旅行中の事でね。俺は間に合わなかった。妹は誰にも看取られずに亡くなったんだ。旅行から戻って、妹の部屋を覗くと妹はとっくに冷たくなっていた。死後硬直も解けていて、医者は死後三日は経ってるという。兄は王太子について、隣国に留学中だったが、その時、屋敷には父も母もいたはずなんだ。だが、妹の容態は誰も気にしなかった。家族って何だろう?とガキの頃の俺はそう思った」

 ロディはダレンのこれまでの人生を知らない。知っているのは、可愛がっていた妹を亡くし、駆け落ちした恋人を死なせて、今、甥を看取ろうとしている事だけだ。何か淋しいなと思った。



「何をなさるんです」

その時、レオンの部屋からマリアの怒鳴る声が聞こえた。

 ロディはダレンの後に続いて、レオンの部屋へ向かった。

 ソフィアがお気に入りの女中を従えて、レオンの枕元にいた。部屋には、さっきまでいた医者とデビットはおらず、マリアが一人付き添っていたようだ。

「マリア、貴女は本当に大袈裟ね。やっとこの子は死ねるのよ。お祝いを言いに来てあげたのに」

 と浄化用の聖水を振りかけている。レオンが汚れた存在だと言いたいのだろう。アルカリ臭が漂っている。

「大奥様 止めてください。 今は静かにレオン様を眠らせてください」

 マリアがレオンの上に覆いかぶさって、浄化の聖水からレオンを守っている。浄化の聖水は殺人があった場所等に振るものであって、人に振りかける物ではない。浄化の聖水がかかったマリアの紺の服から、色が抜けていた。

「母上、貴女は余計な事しかしない」

 ダレンは、ソフィアをレオンの部屋から出そうと、その肩を掴んだ。

「ダレン 私の愛おしいダレン 貴方帰ってきてくれたのに私に会いにも来ないなんて、なんて親不孝なの」

 ソフィアはダレンの立腹が理解できてないようで、甘えた口調で言った。

「貴女の息子ですからね。似ているのでしょう」

「この頃、あの娘の夢を見るの。毎日毎日、どうしてこの私が魘されないといけないの。私は悪い事はなにもしていないわ。あの娘は天国へ行けてないのよ。だから、この母を逆恨みしているのよ。この子もこのまま死んだら、天国なんて行けないわ。汚れているんだから」

 どこか病んだ口調で言うソフィアに、ダレンは力づくで部屋から引きずり出そうとする。が、ソフィアは出されまいと踏ん張っている。どこからその力が出ているのか、ダレンは動かせないようだ。


「ダレン 貴方もあの娘から解放されるべきなのよ。 ミーシャ やって」

ソフィアの女中は、ソフィアの命を受けて 浄化の聖水をレオンに振りかけようとする。ダレンはそれをさせまいとして風の魔力で女中の腕に攻撃をした。が、ミーシャはその攻撃を逆の手で弾いて見せた。弾かれた魔力は、マリアが抱えていたレオンの項に当たった。

「レオン様‼」

 マリアが悲鳴を上げる。騒ぎを聞いてデビットとハリーが部屋に入ってきた。

「私が悪いんじゃないわ。私の好意を邪魔するマリアが悪いのよ。ミーシャ、行きましょ」

 ソフィアはレオンの項から流れる血に少し我に返ったようだ。デビットを無視して女中に声を掛ける。

 ソフィアが女中を連れて出た後、医者が部屋に入ってきたが、レオンの傷をちらっと見ただけで何もしようとしなかった。どうせすぐ死ぬのだから治療は無駄だと思っているんだろう。

「先生」マリアが医者に怒鳴りつけている。

「もう、そっと寝かせてあげましょう」

 医者はレオンをマリアから離して、ベットに寝かせて、レオンの脈をみた。

「マリア 着替えてきなさい」

 デビットは異臭を放つマリアにそう言って部屋から連れ出した。

「ハリー 悪いが寝具を交換したい。誰か呼んできてくれないか?」

 ダレンがハリーに声をかけ、ハリーが部屋を出るのと同時に医師もどこかへ行ってしまった。関わりあいたくないのがもろ分かりの態度だ。ロディは彼らの背中を眺めた。

 

 部屋にはレオンとダレンとロディだけが残っている。

「俺は何て事を」とダレンは膝をついている。

 その横で、ロディは自分が見た事をどう説明しようかと考えていた。

「ダレン様、テレサ様の夢を見て、帰国したという事はないですか?」

 ロディは、驚いた顔をするダレンを眺めた。

「『どうしてわかる?』という顔ですね。僕は今回の事は、テレサ様に呼ばれたのではないかと思っています。貴方もソフィア様も」

「お前はテレサがレオンを害しようと考えるような人間だと言いたいのか?」

「いえ、ソフィア様は恐らくテレサ様の意思を読み取る力がなくて、誤作動したのだと思います」

「何が言いたい?」

「レオン様の命、助かりましたよ」

「え!?」

「貴方とミーシャという女中の連携プレイのお陰で。というか、おそらく、貴方とテレサ様の連携プレイでしょう。貴方の攻撃を弾いたのは彼女の魔力ではない。彼女ではない魔力があの瞬間に彼女の手を動かして、レオン様の項の魔力の蓋を開けて見せた」

「ロディ 話が見えない。分かるように言ってくれるか?」

「僕のとっておきの秘密なんですが、生き物が持っている魔力が光として見えるんです。そして、今までの僕の最大の謎がレオン様でした。レオン様の身体には光が全くない」

「それは単に魔力を持っていないだけじゃ?」

「魔力を持たない生き物は存在しません。草木や昆虫さえ光は持っています。しかし、ダレン様のお陰で謎は解けました。レオン様は魔力を持っている。唯、外に出せないだけで、レオン様の病気は、それが原因ではないでしょうか。先ほど、レオン様の項が傷つけられた時、その場所から今までに見た事のない勢いで魔力が放出するのを見ました。今も出ていますが、少し落ち着いてきています。」

 ロディは、そっとレオンの項に触れた。血が僅かに出ているが、大した傷ではない。それよりレオンの内から溢れる魔力の方が重要だ。レオンの魔力の色は綺麗な青色をしている。出来立ての魔力の様だ。身体の内から純粋な青色が一本の光の筋となって、ロディの掌を濡らした。この魔力の出口がある限り、レオンはこの病気では死なないと、ロディはダレンに語った。

「では、レオンは治るのか?」

「魔力の出口の一つが開いただけです。生き物は皆、全身で光を発しています。全身の魔力の出口を開けないと病気が治ったとは言えない」

「全身を傷だらけにしたらいいのか?」

「ダレン様って、結構単純ですね。全身傷だらけになったら、違う病気で死ぬか心を病みますよ」

「冗談だ。ロディ、お前って本当に子供らしくないな。お前は、俺がテレサに呼ばれて、ここに来てレオンの命を救ったという。だとしたら、ロディ お前こそ、天がレオンの病気を治すために、他人の持たない能力をつけてレオンの側に置いた。というように俺には思えるんだが」

「不思議ですね。僕も何だがそんな気がしています」

 ロディの心に浮かんでいるのは、あの他者から魔力を奪っても死なせない花の事だ。あの花に手がかりがあるような気がする。

「ダレン様は、外国を旅して、ほんの小さな物を拡大して見る道具を知りませんか? 僕は、レオン様の肌と他の人の肌とを比べて見てみたい。そこにレオン様の治療の糸口があると思うんです」

「顕微鏡だな。よし分かった。手に入れてやる。だが、絶対にレオンを治すと約束しろ」

 ロディはいい加減な事を言いたくなかったが、ダレンの真剣な目に負けて頷いた。

「俺はこれでも、船を一隻もった優秀な貿易商人なんだぜ。顕微鏡なんて直ぐに手に入れてやるさ」




 翌日目覚めたレオンは、自分のベットを囲む周囲にびっくりしたようであったが、叔父のダレンの顔を見つけるとにっこりと笑った。

「叔父様 僕はテレサ叔母さんのお墓参りに行きたい」

 今まで、一言も発しなかったレオンが言葉を口にした事にみんな驚く。レオンはそんな周囲の事に気付かず、夢の話を始めた。

「夢の中で、テレサと名乗る少女が『大丈夫だから、頑張って』とずっと話しかけてくれてた。とても優しくて、綺麗な子だった。でね、叔父様の顔を見たら、叔母様だって分かったよ。だって、そっくりだもの」

「レオン、テレサに会ったんだな。お前話せるようになったんだな」 

「うん。ずっと喉が詰まって、声を出せなかったんだけど、『起きたら話せるようになるからね』と叔母様に言われて、今 喉の詰まりがないや」



 テレサ様のお墓参りをレオンと済ませると、ダレンは直ぐに領地を去っていった。

「今度帰ってくるときは、外国の話をしてやるよ。色々な風土や文化や宗教、面白いぜ。ロディなら、俺とは違った感想があるはずだ。それまで、レオンの事よろしく頼む」


 ダレンの背中を見送って、ロディはダレンの恋人の話をマリアに聞いてみた。

「シルビア? ああ、確かにダレン様が連れて行ったのはあの子だけだったわね。本当にとてもいい子だったわ。 とても賢くて綺麗で優しくて。ダレン様に一途で」

「母親のようで、親友の様だったって、ダレン様は言ってた」

「そうね。 そんな感じだったわ。 でも、シルビアには一つだけ欠点があって、焼きもちやきなの。 ダレン様が他の子に乗ると凄く怒るのよ」

「ほかの子に乗る?」

「ええ、シルビアの体調が悪い時は、ダレン様は違う馬に乗ろうとするんだけと、シルビアが酷く怒るから、乗れないの。 シルビアの兄弟達は本家の厩にいるから、今度見てみる?」

 ダレンに揶揄われたのか、それとも馬を恋人にする男だっただけなのか、それとも、自分に聞く能力が足りないのか、ロディは珍しく悩んでいると、その顔を見て、マリアが笑った。





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