7話 お買い物3
「え?」
驚きのあまりつい口に出してしまう。
母さんも俺に気づいたようで、こちらのほうにずんずんと歩いてくる。
まずいまずいまずい!こんな格好してるのばれちゃったよ!
どうしようこのままだと、なんで女装なんかしてるの!って確実に怒られる…。
「あの…お客様?」
店内を見てあたふたしている俺を訝しんだ店員さんが声をかけてくる。
今はそれどころじゃないんですよ!
言い訳を考えないと。
店員さんに強引に着替えさせられたとか?ここまで連れてこられたのは事実だし。
ああでも試着室で自分の意思で試着したのも事実だあ….。
考えを巡らせていると、母さんが目の前まで来てしまっていた。
「サイズは大丈夫そう?」
「ああお連れ様でしたか」
店員さんは納得したようにこちらに向き直る。
あれ?思ってた反応と違う。
「う、うん。大丈夫そう。あの、もう少し店内見ても大丈夫ですか?」
俺は母さんと話し合うために店員さんにそう告げた。
「もちろんです。それじゃあ閉めますね〜」
カーテンが閉められる。
あれ?母さん怒ってるわけじゃなさそう?
母さんの性格的に、俺がこういう服着てたら怒りそうなんだけど…。
うーんとりあえず母さんの前でこの服着てるのは恥ずかしいから早く脱いでしまおう。
俺は今着ている服を脱いで、先ほど来ていたパーカーとスキニーを履く。
カーテンを開けて商品をカゴに入れてもらい、店内を見ている母さんのところに行く。
「ごめん、お待たせ。母さんこの店で買い物してたの?」
「私はこういう店は来ないわよ。歩いてたらマネキンをじっと見てた岬が試着室に向かうのが見えたから買うのかと思ってついて来たのよ」
「そ、そっか…」
マネキンをガン見していたのを見られていたようだ。
恥ずかしい。
とりあえず怒っているわけではなさそうだから良かった…。
「さっきのお店じゃあんまり買ってなかったみたいだから、欲しいのがあったら遠慮せず言うのよ」
「わ、わかった。母さんありがと」
俺と母さんはその後もいくつかの店を見て4セット分ほどスカートやらショートパンツなどの女性らしい服を買って、もう一度別れて買い物を楽しんだ。
俺はベンチでスマホいじってただけで何もしてないけども。
俺の体力や腕力がかなり落ちているため母さんが気を使って車まで荷物を持っていってくれた。
多分今の俺は母さんやお姉ちゃんよりも力無いんだろうなあ…。
身長も小さくて高いところも届きそうに無いし。
車に乗り込んだ俺たちは、まっすぐ家に向かって走り出した。
しばらく無言で車を走らせていた母さんが俺の方を軽く一瞥して話し始めた。
「岬、あなたああいう服が着てみたかったの?」
まずい。
これは怒られているのか?
「い、いやわかん…ない…」
俺は恥ずかしさと不安でどう返していいかわからず、よくわからない返事をしてしまう。
「そう。岬、私は別に責めてるわけじゃ無いし、ああいう服を着てもいいのよ?最初は息子が娘に変わって私もどう接したらいいか分からなくて嫌な態度になっちゃったこともあるかもしれないけど、あなたが私の子供だということは変わらないもの。一番辛くて大変なのはあなたなのに、嫌な思いをさせてごめんなさい」
そんな風に思ってくれていたんだ。
今まで女の子っぽくしたら母さんは俺のことを嫌ってしまうという気持ちがあった。
「母さんありがとう。本当のこと言うと、せっかく女の子になったから女の子っぽい服も着てみたいなーって思ってあのお店に入ったんだ。そしたら自分で言うのも恥ずかしいけど、結構似合っててさ。それでもっと着たいなーって。変だよね…」
俺は恥ずかしくて母さんの顔を見れず、スマホの映っているゲーム画面を見ながら言った。
「変じゃ無いわよ。確かに今の岬は可愛い女の子だから、可愛い服を着た方が映えるしね。母さんはあなたのしたいことを応援するわ」
「ありがとう」
「そうだ。せっかく可愛い服も買ったんだし、落ち着いたら美容院で髪を整えてもらったら?」
こんなに可愛い可愛い言われると流石に照れる...。
まだ自分の顔という自覚があまりないため、恥ずかしいというほどでは無いが、どこかむず痒さを感じた。
確かに髪は切った方がいいかも。
入院してから3ヶ月ずっと伸びっぱなしだっため、今は肩にかかるかどうかというくらいだ。
少しうっとうしくはあるけど、母さんが言う通り、せっかくならこの顔に似合うよに綺麗に切りそろえてあげたい。
あげたいといっても自分の体なのだけれども。
スマホで、女性 セミロング、と調べていくつか髪型を見てみる。
個人的には毛先が内側に向いてる丸っこい?髪型が好きだ。
思い出した!ボブっていうんだっけ。
ボブいいなあボブ。
髪型について考えを巡らせていると、車は住宅街に入り家の前にある駐車場に止まった。
軽自動車がある。
ということはお姉ちゃんはあのまま帰って来たのかな。
どうしよう。家に入ったら絶対会うもんな。
気が重い…。
あの様子だとかなり嫌われてたし。
どうすればいいんだろう…。
母さんは車を降りて荷物を取りだした。
俺も降りてトランクから荷物を取り出し、両手に持った。
おもい….。
ほとんど俺が買ってもらった荷物だし、俺が持たないと。
なんで服だけなのにこんなに重いんだ。
この前までこんくらいの荷物楽勝だったのに。
「私が持とうか?」
「だい….じょうぶ。ドア開けて」
ここで母さんに持ってもらうのは申し訳ないし、何より俺のプライドが許さん!
頑張るぞー!
ドアを開けた母さんが、ドアを抑えて俺を先に通してくれる。
よし、なんとか玄関まで持ってこれた。
全部持って2階にある自分の部屋に持っていくのは厳しそうだから、仕方ないけど2往復するか。
俺は荷物の半分を持って玄関からすぐ右側にある階段を登り2階に向かう。
階段を登り切った左がお姉ちゃんの部屋で、右側が俺の部屋、そして直進するとトイレと、物置と化した空き部屋がある。
お姉ちゃんと鉢合わせたくなかった俺は急いで自分の部屋に入る。
俺の部屋はシンプルな勉強机や本棚でもまとめられているが、ベッドだけは大きめのぬいぐるみが3体ほど転がっている。
小学生の頃からぬいぐるみが好きで、高校生になっても水族館などに行くと、どうしてもぬいぐるみが欲しくなってしまうのだ。
俺は買い物袋を適当なところに置くと再び玄関に向かった。
「春澄、岬が帰って来たわよ」
玄関に降りると、母さんの声が1階にあるリビングの方から聞こえた。
まずい!お姉ちゃんリビングにいるのか!早く荷物持って部屋に行こう。
俺は駆け足で階段を登り1回足を引っ掛けて転んでしまったが、急いで部屋に入った。
ふう…荷物を2階に運ぶだけでだいぶ疲れてしまった。
本当はお姉ちゃんに会って色々話したり一緒にゲームとかしたいけど、あんなこと言われた後じゃ流石に会えない。
「嫌われちゃったなあ…」
俺は買い物袋から服を取り出して、クローゼットを開けた。
あれ、服が何も入ってない。
もう着れないからって母さんが捨てたかどこかにしまっちゃったのかな?
まあでも実際着れないからもうあってもしょうがないんだけども。
ハンガーだけはそのままかけてあったため、俺は新しく買ってもらった服をハンガーにかけ、ズボンやシャツは畳んでタンスに入れた。
スカートってどうやってしまうんだろ。
アニメとか漫画だと、スカートにシワがつくわよ?みたいなシーンがあるから折り畳んじゃいけないのかな?
俺はスカートを掴むと、空いているハンガーに上着と同じように無理矢理通した。
見た目は不恰好だけど女の子はみんなこんな感じにハンガーにかけるんだと思うことにした。
スカートのしまい方後で母さんに聞いてみるか。
俺はベッドに寝転がってスマホを見た。
返信はもちろん既読すらつけていないため、LIMEのメッセージ数はかなりのものになっている。
本当は返したいけど、これからのこともまだ決まってないし、もうあの高校に戻るのは無理そうだしなあ。
そう思うと急にみんなに会いたい気持ちが溢れてきた。
もう会えないんだ。
どこかですれ違ったとしても他人なんだ。
頬を涙が伝うのを感じる。
俺はまた泣いてしまっているようだ。
悲しい気持ちもあるし、こんなに泣いてばかりいる自分が情けなくて自己嫌悪でさらに泣きたくなってきた。
気分を変えるためにゲームでもするか。
俺の部屋にはお年玉とお小遣いを頑張って貯めて買ったゲーミングPCがある。
倒れる日の前日もこのPCでFPSゲームをしていた。
FPSゲームとは一人称視点でキャラクターを操作するゲームのことで、俺がハマっているのは、その中でも銃を使うタイプのゲームだ。
俺は白いイヤホンをつけるとPCを起動した。
本体とモニターにかなりお金をかけてしまったためキーボードとマウスは純正、イヤホンはスマホを買ったときに箱に入っていたやつを使っている。
PCにログインし、Bpexを起動する。
お買い物編はこれで終わりです。
次回はゲームをするだけの回です笑
男の頃の岬の友達が割とみんなフルネームで出ていましたが、そこは覚えていてもいなくても大丈夫です。
女の子になってからの友達や登場人物は、覚えていただけるとスムーズかと思います。
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