5話 お買い物
エレベーターで降りて地下駐車場に止めてある車に乗る。
よくある8人乗りの普通のミニバンだ。
俺が倒れる2週間ほど前に買い替えたばかりだが、新車の匂いはすっかり薄れてしまったようだ。
自分がいない間に時が立ってしまったことを思うと、少しだけ悲しい気持ちというか、言い知れない疎外感がある。
母さんは運転席に乗り込んでエンジンをかけ、俺は助手席に座ってスマホをいじる。
しばらく病院から出て走っていると突然母さんが口を開いた。
「これから東中央のモールに行くからね。それはそうと岬、胸でかいわね」
「母さん!?」
急に自分の母親から”胸がでかい”なんて言われたら驚くに決まっている。
ただでさえ恥ずかしいのに母さんにこんなことを言われるなんて…。
「な、なんかホルモンのバランスみたいのが関係あるらしいけど、なんでかはわからないらしい」
「ふーん、先生もそう言ってたね。悪い影響はないみたいだから良かった。ただ下着代が高くつきそうね」
先生は母さんにも話してたのか。
まあ親なんだからそれはそうか。
「む、胸が大きいと高くなるの?」
「ブラとかは生地の面積で値段が決まってたりするから大きいと高くなるのよ」
「そっか…。俺そんなにブラいっぱいなくて大丈夫だからね!」
「何言ってるの!子供がそんな心配しなくていいのよ。それに岬みたいに大きいとちゃんとしたものを買わないといけないんだからそんなところで妥協しちゃダメよ」
「は、はい」
母さんは無理に俺の下着やら服を買いに行くのかと思っていたけど、すごく俺のことを思ってくれていて嬉しい。
改めて思うけど大きいって大変だ…。
「お姉ちゃんのとかだとだめなの?」
「春澄も大きいけどブラは大きさだけじゃなくて形に合わせたりとかもあるからね」
「そういうのもあるんだね。難しいなあ女の子」
「そうよ。女の子は大変なんだから。これから覚えていくことも多いわよ」
形とかでも違うんだなあ。
靴とかも足の長さは合うけど横幅合わないとかあるからそれとおんなじか。
それからはしばらく無言が続き俺は入院前から唯一やっていた船を擬人化した可愛い女の子たちが出るスマホゲームを開いた。
ああこれだよこれ。
癒されるなあ。
母さんがいて恥ずかしいから音は出せないけど、吹き出しに書いてある「おかえりmisaki君」という言葉に心の中で「おかえり」と返す。
うん、気持ち悪いな俺。
適当にゲームを進め育成をしていく中ででてきた金色の素材にされる貧乳キャラに対して、俺の方が巨乳だぞなんて失礼なことを考えていたら車はモールに着いたみたいだ。
このモールは俺が中学生の頃に建設が始まって中学卒業くらいに完成した比較的新しいモールで洋服から食品、ゲームセンターやスポーツ用品店までかなり幅広くカバーしているところが人気でいつも賑わっている。
「まずは下着かしらね」
「最初に下着か…」
態度で抗議した俺を無視した母さんは女性用下着が売られている店に直行する。
なんだっけこういうの。
ランジェリーショップって言うんだっけ。
こんなところ入ったことないし俺が入っていいのか!?
いやいやいや絶対変な目で見られるし嫌だよおおお。
そんな俺を全く気にせず母さんは店内に入ってしまう。
店内から手招きをされた俺は、渋々と、いやかなり渋々といった表情で店内に入る。
あたり一面にピンクやうすい青などの色鮮やかな下着が売られている。
やばいどこを見ていいのかわからない。
恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
「ほら何してるの。測ってもらわないと」
「う、うん」
俺は短く返事をして母さんのあとに続く。
下着を直視するといけないことをしているようで落ち着かないため、ひたすら母さんの背中だけを見て歩いた。
店員さんを見つけた母さんは声をかけるために奥へ行った。
「この子のカップのサイズを測ってもらえますか」
「はい。それじゃあこちらの2番の試着室に来てもらえますか」
店員さんは店内にある試着室の2と書かれたブースを指して言った。
俺は無言で頷き試着室に向かった。
ピンク色の店内にいてなんとも言えない気持ちになるより試着室に避難した方がいいと思い足取りは先ほどと比べて軽やかになる。
「それじゃあ測るので中で脱いでくださいね」
「わかりました」
脱ぐのか…。
まあ脱がなきゃ計れないもんなあ。
自分でも何もつけていない胸を見るのは初めてなのに知らない店員さんにも見られてしまうのか。
あまり遅いと何か言われるのも嫌なので手早くパーカーを脱ぎブラ一体型みたいな肌着も脱ぐ。
なんだっけキャミソールって言うんだっけ。
鏡を見た俺は固まった。
大きいのはもちろんあまりにも綺麗すぎる自分の胸に目を奪われる。
やばい触りたい!けどこんなところで触るのはたとえ自分の胸でも犯罪っぽいのでやめておこう。
帰ったらいくらでも触ればいいと自分の性欲と好奇心にそう言い聞かせ店員さんを呼んだ。
「脱いだのでお願いします」
「はい。あけますねー。お、お客様!?下着は付けたままで大丈夫ですよ!?」
えええええっ!?
もっと早く言ってよ…。
知らなくて普通に上半身裸になっちゃったよ。
だって測るって言われたら来てたら邪魔になるよな?とか思うじゃん!
うぅ…。
でも女の子初心者すぎる俺もいけないのか。
母さんは店内を見て回っていたようで見られなくて良かった。
店員さんはすぐにドアを閉めてくれたので俺は先ほど来ていたキャミソールを着る。
ブラみたいなのが内側についているが、よくわからないので適当に胸の位置に合わせておいた。
「す、すみません。上着ました」
「いえ、こちらこそ事前に言わずに申しわけありませんでした」
そう言って店員さんは深々と礼をして謝ってくれたが、まあ俺も悪いのでお互い様だと思う。
「いや!俺、あっいや私もこういうの初めてでわからなかったのですみません!」
急だからまた俺と言ってしまった。
「初めてですか。ブラジャーはつけたことありますか?」
「つけたことないですね…。今着てるのもどうやって着たかわからないです」
「え??わかりました。それでは測った後に付け方のレクチャーもいたしますね」
「よ、よろしくお願いします!」
本当のことを言ったため驚かせてしまったようだ。
でも着せられてただけだから本当にわからない。
店員さんは慣れた手つきで測っていく。
「終わりましたよ。H70ですね」
ん?もうすでによくわからない。
H70とか一瞬FPSゲームの武器名かと思ったけど冷静に考えたら流石にHカップということだろうなと思う。
そんなに大きいのか。いや、そりゃあ見た感じ大きいよな。
70という数字がよくわからないけども。
Hカップといえばグラビアの人とかの写真でどーんとHカップの〇〇みたいに出てるし、世間的にも結構大きいんだろうなあ。
アンダーやらトップなどの言葉の下に、数字が書かれた紙を渡される。
「この紙と同じ表記が下着のタグにもついているので、デザインなどお好きなものを選んでもう一度こちらに来てください。慣れていないということなのでおすすめなどお教えしましょうか?」
「あー、えーとよろしくお願いします」
恥ずかしいなと最初は思ったけど母さんと2人で探すよりは恥ずかしくないし、1人で探そうものならよくわからないものを買ってしまいそうだ。
ここは店員さんの言う通りにしよう。
扉を閉めてくれたのを確認して俺はパーカーをもう一度着る。
試着室から出ると母さんと店員さんが一緒にいて、店員さんにブラジャーのコーナーに案内される。
「岬、どうだったの?もらった紙見せて」
「えっ嫌だよ」
女の子になった自分のこの大きな胸を母さんに見られるだけでも恥ずかしいのに、サイズを見られたら恥ずかしくてどうにかなってしまう。
「いいから見せなさい」
「ああっ」
恥ずかしがっていた俺の手から母さんが紙をもぎとってきた。
強引すぎる…。
「H…。岬大きいのね」
それだけ言うと母さんは俺に紙を渡して下着コーナーに行ってしまった。
いや見るならせめてもっと感想とかアドバイスとかくれよ!
なんとも言えないじゃないか!
でも母さん的には息子が娘になって、しかも胸まで大きくて女の子らしいから嫌悪感とかあるのかな…?
母さんも父さんみたいにオカマの人とかあんまりよく思ってなかったりするし、俺が女の子になったことで家族が不安定になるのは嫌だな。
俺はどうしたらいいんだろう。
「岬、これはどう?」
「え?」
ぼーっとそんなことを考えていると、母さんが一つの下着を持って手招きしてくる。
こんなふうに選んでくれるってことはそこまで嫌じゃないのかな?
女の子になってからどんどんネガティブになってる気がする。
変化した直後はホルモンバランスが不安定とかって先生も言ってたもんな。
考えを巡らせつつ母さんのところに向かうと、濃い青色の下着を母さんに渡された。
「とりあえずこういうのにしてみたら?」
「この色なら良さそう」
母さんに渡された下着は確かに色的には俺でも別に拒否反応が起きるようなものではなかったが、レースで花みたいなのが付いているタイプのものだった。
まあ別に誰かに見られる部分ではないから別にいいけどさ。
どうせ服着るから自分でも見るのはお風呂前とかくらいだろうし。
「そちらはサイズ的にもお客様のサイズに合っているのでおすすめです。同じ色ですとこちらなんかも可愛くて素敵ですよ。」
店員さんのほうを振り向くと、同じ濃い青の下着を持っていた。
「これもいいかも」
俺は店員さんの持っていた下着を手に取った。
え?なにこれ。
先ほどからブラジャーしか見ていなかったため気づかなかったが、店員さんおすすめの下着のパンツは周りにすごくヒラヒラとしたものがついている。
待て待て待て。
こんなのパンツに必要か?なぜこんなにヒラヒラしているんだ。これで飛ぶのか?
母さんの見つけてくれた下着を見ると、パンツは同じように濃い青色だが、ヒラヒラは一切なく、真ん中に小さなリボンがついているだけだった。
母さんの方はまだ履ける。
うん、こっちにしよう。
「や、やっぱこれはなしで。母さん、何枚くらい必要なの?」
「とりあえずは5、6枚くらいかしらね」
「えっと、じゃあこんな感じのあと5枚ありますか?」
「少々お待ちくださいね」
店員さんはそういって探しに行った。
「同じのでいいの?」
「うん。どうせ風呂入るときにしか見ないし、相当恥ずかしいやつじゃなきゃいいかなって」
「まあ確かにさっきのフリル付きは岬にとっては相当恥ずかしい部類に入るかもね」
そう言って母さんは笑い、俺もそれに釣られて笑った。
そういえば俺が女の子になってから始めて笑ったのを見た気がする。
店員さんが下着を5枚見繕ってくれて全部大丈夫そうだったので、付け方を教えてもらうために再び試着室に戻る。
お買い物シーンですね。
あらすじにある通り1章はこんな感じで女の子初心者の岬が色々覚えたり、経験するお話が続きます。
誤字脱字、おかしな表現などがあれば教えていただけると大変助かります。
まさかブックマークしてくれる方がこんなにいるとは思っていませんでした。
ご愛読ありがとうございます。
拙い文ですが、今後ともよろしくお願いいたします。