3話 変化3
「お手洗いに行きたくはない?」
仁村さんは僕を励ますと、いきなりそう言うのだった。
そういえば行きたいかも??
「言われると行きたいかもしれないです」
「うんうん。じゃあお手洗いに行きましょうか。慣れておかないといけないしね」
俺は頷いてベッドに腰掛けるような体勢になった。
「ゆっくりで大丈夫だからね。まだ脳が体に慣れてないから慎重に行きましょう」
言われた通りにゆっくりと腰を上げると、なんとか立つことができた。
身長は何cmあるんだろう。
明らかに見えている高さが違い押し込められた感じがして違和感がすごい。
「よくできました。それじゃあお手洗いは部屋を出てすぐ右にあるから一緒に行きましょう。倒れそうになっても私が支えるから安心してね」
「ありがとうございます」
そう言って仁村さんは斜め後ろからついてきてくれる。
足の長さも違うしで少し気持ち悪い。
先生が言っていた筋肉を調整する手術の影響で、歩けないというわけではないのだが一歩踏み出すたびに違和感が拭えない。
これはいっぱい歩いて慣れが必要だなあ。
少し歩くと右手に赤いマークの女性用トイレが目に入る。
どうやら男性用トイレは女性用トイレの反対側、つまりこの病院の東側にあるようだ。
俺は女性用トイレの前に立ち、そこから動けないでいた。
これ入っていいのかな...?
「どうしたの?入らないの?」
「いや、俺がここに入っていいのかなーと」
俺が振り返って苦笑気味にそう言うと仁村さんはイタズラっぽい笑顔になった。
「岬ちゃんはもう女の子なんだから!ほら入るよ!」
「うひゃっ」
そう言って仁村さんは俺のお尻を鷲掴みして中に入るように促した。
不意打ちされたとはいえ変な声を出してしまってすごく恥ずかしい...。
「わ、わかりました!お尻触るのセクハラですよ!」
「女の子同士だからいいのよ〜」
びっくりして咄嗟にセクハラと言ったものの正直お尻を触られたところでどうってことないけども。
触られた時に男の時とはかなり違う感覚がしたけどなんだったんだろう…。
そうこう考えてるうちに個室の前に着いた。
当たり前だけど女性用トイレって個室しかないんだなあ。
「それじゃあ私は外で待ってるから、忘れずにしっかりと拭くのよ」
「は、はい。わかりました」
そうだよな。拭くんだよな。
拭くということはあれに触るんだよね。
大丈夫かな…。
俺が個室に入ると同時に仁村さんは歩いて出ていった。
パンツと一緒にズボンを下ろして便器に座った。
「あれ…」
胸が大きいこともあり、かなり前屈みにならないと股間がどうなっているか見えない。
見たいけど遅いと疑われそうで怖いから早く済ませて出よう。
はぁ、見たい…。
便器に座ったことで明確な尿意が襲ってきたため、流れに身を任せた。
「おぉ」
チョロチョロチョロと音いう音だけが響いた。
おしっこくらいなら余裕じゃん!と思いかけたがこの後拭かなければいけないと思いそんな気持ちも吹き飛んだ。
ぶっちゃっけ自分の体だから遠慮とかないし、よくあるTS小説みたいに罪悪感とかはないけど、拭く時に刺激されて病院のトイレで自分を止められなくなってしまうのが怖い。
童貞高校生の性欲をなめてはいけない。
ただ、自分の体とはいえ恥ずかしくないかと言われれば正直うそになる。
ここで時間をかけるわけにもいかないのでトイレットペーパーを少し巻いてちぎり、股間に当てた。
この辺かな?
「んっわっ」
体に電撃が落ちたような衝撃が走る。
どうやらトイレットペーパーから外れて、親指が股間にあってしまったようだ。
「び、びっくりした」
股間が見にくいため胸を上下左右に動かしてみるがなかなか見えないため先ほどと同じく感覚で、なおかつ指が触れないように慎重に拭いていく。
股間を拭くだけなのにここまで大変だとは思はなかった…。
女の子って大変だなあ。
勝手はわからないが拭き残しでパンツが濡れるのも嫌だったため割と念入りに拭いたところ、少しヒリヒリする。
次はもう少し優しく拭こうと決意して仁村さんの待つ廊下へと足を向けた。
鏡のある洗面台で手を洗おうとしたときふと自分の顔が目に入った。
自分で言うのもなんだけどやっぱりかわいいよなあ俺。
目なんか二重でお目々ぱっちりだし唇も桜色でぷっくり綺麗な形してるし、しかも胸がでかい。
これはモテモテなのでは?
いや、そうか。
モテるとしても”男に”なんだよなあ。
そっか俺が今後結婚するとしても相手は男になるんだもんな。
今はそんなこと考えたくもないし考える必要もないだろうから無理に考えるのもやめておこうと自分に言い聞かせて仁村さんの元に向かった。
「おかえりなさい。ちゃんと拭いた?」
「ふ、拭きましたよっ!」
堂々とそんなことを言われ俺は恥ずかしくなりつい声を張り上げて返してしまう。
それを見た仁村さんはニヤニヤとして俺のことを見てくるので俺は病室へと足を向ける。
仁村さんはいい人だけどちょくちょくからかってくる。
病室に着いて俺は先ほどと同じようにベッドに腰掛け、少し緊張を緩めた。
「お疲れ様。もしわからないことや、聞きづらいような悩みがあればまた病院に来て私に聞いてくれても大丈夫だからね。木曜日と日曜日以外は毎日ここで働いているから」
「ありがとうございます。ブ、ブラをつけたり付けている感覚はまだ慣れないですけど頑張ってみます。ありがとうございました」
俺はそう言って頭を下げた。
ブラという言葉を使うのが恥ずかしく、少しどもってしまう。
以前であれば何度でも言えたものだが、自分がそれを付けているのだと思うと何故だか恥ずかしく感じてしまう。
「あとは先生のお話を聞いて退院って形になるけど、慣れるために少し病院内を歩いてみる?」
「少し歩いてみたいです。あとコーラが飲みたいです」
コーラは男の時から大好きでゲームをする時、勉強をするときなど気合を入れるべき時には毎回飲んでいた。
「コーラね。それじゃあこれ、私の奢りだから自販機に買いに行ってみましょうか」
「いや!そんな悪いですよ」
と言って断ったが結局右手に200円を握らされてしまった。
「それじゃあ私は仕事があるからここで失礼するね。もし自力で病室に戻れなかったり、体調が悪くなったら近くの先生か看護師に必ずいうのよ?」
俺がうなずいて「わかりました」と言うと仁村さんは満足したように踵を返して病室を出ていった。
さて、それじゃあ喉も渇いたしお言葉に甘えて自販機に行こうかな。
俺はスマホを病院服のポケットに入れて再び立ち上がった。
意気揚々と病室を出たものの、どこに自販機があるんだろう。
聞いておけば良かったと思うがもう遅いので、諦めて病院内のマップを探す。
先程のトイレの横にマップのようなものがあったことを思い出し、トイレに向かった。
あったあった。
ええと今がこの赤いところだから、と思ったけどどうやら自販機はこの8階ではなく7階にあるリフレッシュエリアという場所にあるらしい。
一階下だし階段で良かったのだが、この病院には非常階段以外にはエレベーターしかないようなので諦めてエレベーターに向かう。
まだ自分の体ではないという違和感が拭えないが、急がなければ転ぶこともないと思い、焦らずにゆっくりと歩く。
さっきから気になっていたけど一歩踏み出すたびに胸が軽く揺れてゆさゆさしている。
その揺れに体が振り回されるレベルなのかと言われれば全くそう言うわけではないが、今まで付いていなかったものが付いていて。しかもこんなに大きいのだから本当に違和感だらけだ。
歩くだけ揺れるなんて女の子は大変なんだなあと思ったが、よく考えると俺も今は女の子なわけで。
ふと胸から目をはずすと、前方から高校生と思わしき男2人組が歩いてくる。
俺は真ん中を歩いていたため少し左側に移動して歩みを進めるが、妙に男子高校生2人からの視線を感じ、顔を見ると明らかに俺の胸を凝視していた。
俺はその視線から顔を隠すように下を向くと、当然大きな胸がゆさゆさと揺れていた。
俺は元男なのにこんなに大きな胸を揺らしていてしかもそれを同い年くらいの男に見られていると思うと妙な情けなさというか恥ずかしさが襲ってくる。
うぅ…。なんか恥ずかしいよお…。
いや今は女だけどさ、心はまだ男なんだよ。
手で揺れを抑えようと思ったがそれをして逆に意識していると思われるのも恥ずかしいため、早く通り過ぎろよと思いながら早歩きは危ないためゆっくりと歩いた。
「おい、今の子見たか?俺らより下だよな?なのにあんな胸でかいなんて初めててみたぞ」
「あれは国宝級だわ。しかも可愛いと来たもんだ。エロかったなあ」
「病院服着てるし、また勝吉のお見舞い来たら見れるんじゃね?」
「おお!そうだな!じゃあまた明日部活終わったら来ようぜ!」
本人たちは聞こえないように言ってるのだろうが、ここは静かな病院なので丸聞こえだ。
国宝級ってなんだよ!もう本当に恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうだ。
勝吉くんには同情する。
元男の胸なんかを見るためだけにお見舞いの口実にされるのは可哀想すぎる。
ごめんな勝吉くん….。
まあ俺はあと1、2時間後にはもういないから、あいつらにまたガン見されずに済むのは良かった。
そうこう考えているうちにやっとエレベーターについた。