2話 変化2
病室の扉が再び開き、木崎先生が入ってくる。
俺は慌てて瞼に滲んでいた涙を擦り木崎先生の方を見た。
木崎先生は一瞬困った顔をしたが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
「やあ、さっきぶりだね。これからのことを話に来たんだ。君が退院までに何をすべきか。また君がこれからどう生きていきたいか」
「大事な話...ですか?」
「そうだよ。まずはこれから何をすべきかについて話そう。生殖機能が安定期に入っておらず不安定なために月経などはまだ来ないが君の体はもう立派な女性だ。退院してからも、女性の体のことや暮らし方について勉強してほしい。」
月経...。やっぱり女の子である以上そういった部分も同じように変化しているんだなと改めて感じた。
「これから話すのは君の今後についてだ。君にはこれから2通りの選択肢がある。一つ目は今まで通っていた東中央第一高校に戻って元と同じように生活をすること」
元と同じように生活、なんてできるのだろうか。
父さんでさえ難しい顔をして受け入れてもらえなかったのだ。
高校というコミュニティで受け入れてもらえるとは到底思えない。
「二つ目は完全に身元を隠してTS病に理解のある校長が運営している高校に編入すること。これは政府の保護プログラムによって完全に君の情報は保護され、いわば第二の人生として別の高校で生活をしていくということになる」
自分の素性を隠して他の高校で完全に女の子として生きていくってことか。
「受け入れ先の候補で、君と同じようにTS病に罹患した生徒が編入した高校があるんだ。そこは都立栄田高校といって僕の大学時代の恩師が校長をしている都内の学校だよ。君の高校は神奈川でもトップだからそれに比べたら少しレベルは落ちてしまうけど、その分ブランクがあっても授業についていけないとかは心配しなくていいと思う」
栄田か。
練習試合はもっぱら県内とばっかりだったから聞いたことないけど、木崎先生の恩師が校長ならいい高校かもしれない。
「先生、少し考えたいんですけど大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。これは今すぐじゃない。決めるまでに十分な時間はあるよ」
「ありがとうございます。少し考えます」
「これは恩師がいるから贔屓目で見ているわけではないけど、個人的には栄田高校への編入がいいと思う。こんなことは言いたくないけれど、元の高校に戻ったらきっと君は辛い思いをしてしまうかもしれない」
俺は黙って俯いた。
たしかに木崎先生の言う通り元の生活になんて絶対戻れない。
それを考えるとどう見ても編入が一番いいだろう。
仲がいい奴らの顔が浮かぶが、みんなに受け入れてもらえないことの辛さを考えるとやるせなくなる。
「どっちになっても私は応援するから気軽に相談するんだよ。それじゃあ後で看護師が来るから、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
笑顔で頷いた木崎先生は病室から出て行った。
木崎先生、本当に優しい先生だなあ。
などと考えていると再び病室の扉が開き、若い女性の看護師が入ってきた。
年は20代前半だろうか。
背は女性の平均くらいだが、胸は平均では収まらないくらいでかい。
俺とどっちが大きいんだろう、などと胸にばかり目がいっていることに気づき慌てて看護師さんに目を合わせる。
「初めまして。看護師の仁村 夏希と言います。今日から谷村さんの担当になって退院後も色々なサポートをしていくからよろしくね」
お辞儀をしつつ砕けた感じで挨拶をしてくる。
女性が苦手なわけではないが、部活では女子がおらず家族や親戚以外以外の年上の女性と話す機会がほとんどなかったため緊張してしまう。
「谷村 岬です。よ、よろしくお願いします」
「岬ちゃんって呼んでいいかしら?」
「ちゃ、ちゃんですか...。いいですよ」
今までちゃん付けで呼ばれるなどおばあちゃん以外になかったため驚いてしまうが、特に断る理由もないため承諾する。
「岬ちゃんのことは木崎先生から全部聞いてるから安心して。これから一緒に頑張っていきましょう!」
「はい」
「もうお昼だからご飯を食べて午後から少し周りを歩いてみて、お母様が戻られたら退院ね。また後で迎えにくるね」
そう言うと仁村さんは病室を後にした。
仁村と入れ替わるようにベテランの看護師さんがご飯を乗せたカートを持ってきた。
「谷村さん。ご飯の時間ですよ」
看護師さんはそう言うとカートから肉じゃがやご飯、お味噌汁を乗せたトレイをベッドの上のテーブルに置き、他にも飲み物を置くと病室を去って行った。
肉じゃがか。
美味しそうだけど量が少ない気もする。
「いただきます」
俺はテーブルを少し引き寄せると箸を取って食べ始めた。
ガタンッ。
「あわわっ!」
胸がご飯の入ったお茶碗に当たり、お茶碗が倒れてしまった。
慌てて元に戻す。
お味噌汁とかじゃなくてよかったあ…。
これが巨乳の悩みなのかと女の子生活2時間目にしてしみじみ思った。
8割ほど食べた終わった時、満腹で食べられなくなった。
あれ、ご飯こんなに多かったっけ?
治療の影響なのか、はたまた女の子になって食が細くなったためなのかわからないけど申し訳ないが少し残させてもらう。
俺のスマホはどこだろう。
栄田高校がどんなところか調べておきたいけど、母さんはどこに置いたんだろう。
左にある棚の引き出しを引いてみると二段目に白いハードケースを付けた俺のスマホが入っていた。
スマホを手に取ると充電は70%で、大量の通知が見えた。
サッカー部の仲間たちやクラスメイト達から数え切れないほどのメッセージが来ていた。
なんて返せばいいか分からない。
でももう元には戻れないのだからこのまま放置して仕舞えばいいという思考が頭をよぎるが、自分をここまで心配してくれている人を無碍にはできない。
とりあえず後で決めよう。
ごめんみんな。
俺はブラウザを開くと栄田高校と入力して、まずはホームページを表示させる。
部活動や学校行事、進学率などの欄が表示されているが、まずは部活動の欄から見ていく。
サッカー部、そう考えて自分の体を見てみる。
十分にサッカーができるような運動神経を身につけるにはどれくらいかかるのだろう。
まだ体を動かしていないが、早くも諦めモードになってしまう。
ふと、もし栄田に編入することになったら文化部に入るのもいいかもしれないと思い文化部の欄も覗いてみる。
文学研究部や漫画部など多種多様な部活が見て取れたが、その中でも軽音楽部という部活が目に止まった。
部活はサッカー部に入っていたが趣味で中学からギターを弾いており、1年生の時に一回だけ有志バンドとしてクラスメイトと文化祭に出たことがある。
これからの生活は不安が多くあると思うが、これから軽音楽部に入って友達とバンドを組んだり、クラスメイトたちと球技大会や体育大会など様々なイベントが待っていると思うと少しワクワクしてくる。
そう考えていると、案外現状を受け入れて次のことを考えている自分に驚く。
小説や漫画なんかで性別は変わるシーンは少なからず見てきたが、特に何も感じることはなかった。
しかし、実際なってみると自分が美少女であることや胸も大きいこともあり少し嬉しく感じてしまっている自分がいることについつい苦笑してしまう。
「岬?」
スマホを見つめながら考え事に夢中になっていると扉の方から自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを向く。
「お姉ちゃん、俺だよ。久しぶり」
「岬…。違う、あなたは岬じゃない」
「え?」
それだけ言い残すとお姉ちゃんは出て行ってしまった。
お姉ちゃんと俺は昔からとても仲が良く、家では一緒にゲームをしたり休日には2人で遊びに行ったりしていて、周りからは姉とそんなに仲がいい奴なんてお前くらいだと良く言われていたほどだ。
そんなお姉ちゃんだからこそ、いつもであれば再会を喜んで急に抱きついてくるくらいは想像に難しくなかった。
しかし現実は違った。
もしかして部屋を間違ったと思ったのか、はたまた急に女の子になってしまった弟を見て動揺してしまったのか。
そう考えると悲しくなってしまう。
昔からずっと一緒にいて仲が良かったお姉ちゃんに自分を否定されたという現実が深く心に刺さる。
「うぐっ….」
自然と涙が溢れ、ダムが決壊したかのように湧き上がってくる。
お姉ちゃんに否定されたことも悲しいし、それでこんなふうに情けなく泣いている自分にも嫌悪感を抱いてさらに泣いてしまう。
だめだ。そろそろ仁村さんがくる時間だし、元男だったことを知っている仁村さんに泣いているところを見られでもしたら恥ずかしくどうにかなってしまう。
どうにか感情を抑え、涙を止めようとするが、なかなか動悸がおさまらない。
「岬ちゃん、入るわね」
ノックがした後に仁村さんが入ってくる。
「岬ちゃん!どうしたの!」
俺の泣き顔を見た仁村さんが心配そうな顔をしてこちらに駆け寄ってくる。
そしてベッド越しに背中をさすると、今度は抱きしめてくれた。
「大丈夫、大丈夫。悲しい時は泣いていいのよ」
その言葉を聞いて緊張の糸が切れたようにわんわん泣いてしまう。
恥ずかしい、こんなにも情けなく泣いてしまう自分に嫌気がさすが、一度決壊してしまったダムはなかなか元には戻らない。
「ありがとう、ございました」
結局泣き枯れるまで抱きしめてくれていた仁村さんに感謝の言葉を伝えると、仁村さんは首を振って答えた。
「いいのよ。それより何かあったの?言いにくいことならお母さまや木崎先生を呼んでくるけど..」
「いえ、先ほど姉が来たのですがこちらを見て一言”あなたは岬じゃない”と言われてしまってそれで、それで…」
言葉を紡ごうとしてもあの時の言葉がループして言葉にならない。
「そう....お姉さんが...。お姉さんは岬ちゃんが変わったことに動揺してるだけかもしれないわね。早く家に帰ってお姉さんとちゃんとお話しすればお姉さんもわかってくれるはずよ」
「は、はい!」
「あら?ちょっと動かないでね」
「え?あの....」
仁村がいきなり胸のあたりを触り出したためびっくりしてのけぞってしまう。
そんな俺を見て微笑んだ仁村さんは言った。
「岬ちゃんご飯食べる時お茶碗倒したでしょ?」
「え!なんでそれを?」
「だって胸の下の部分にご飯粒が付いてるんだもん」
えええ!
自分の胸の下は見れないため、服を引っ張ると確かにご飯粒がついているのが見える。
「結構ついちゃってるしちょうどいいから着替えちゃいましょうか」
「は、はいぃ」
微笑んでそう言ってくれる仁村さんだが、俺は恥ずかしさのあまりうまく返事ができなかった。
これが巨乳の悩みなのか!?とりあえずこれからご飯食べるときは気をつけるようにしようと固い決意をした。
「岬ちゃんのおっぱいは大きいんだから気をつけなきゃダメよ?そうだブラの付け方もお母さまかお姉さんに教えてもらうのよ?」
ブ、ブラ...。
「今はパッド付きのキャミソールしか付けていないけど、これからはちゃんとしたワイヤーが入ってるブラも付けれるようにしないとだね」
「あの、なんで俺ってこんなに胸が大きいんですか?」
言葉にするとおかしくて後半は少し笑ってしまったが、仁村さんも笑いながら答えてくれた。
「そうね、TS病に罹患した際のホルモンバランスなどで決まると言われてるけど、それ以上の事はまだわかっていないの。変化するときに岬ちゃんの細胞が胸が大きくなるように働いたとしか言えないかな」
「そうですか.....。」
そう答えると仁村さんは着替えを取るために一度病室を出て行った。
どうせなら巨乳がいいなんて願ったからか?いや、流石にそんなことはないよな?
まあ胸が大きいのは少し気恥ずかしさもあるが、どうせなら大きい方が胸も張れると言うものだ。
胸だけに。
「これが新しい服よ」
仁村さんが帰ってくるとピンク色の同じような服を持ってきてくれた。
ピンクなんだ...。
今来てたのが緑色だったから同じのがくると思ったけど、これは仁村さんがあえて選んだっぽいな。
「ありがとうございます」
「それじゃあ脱いじゃって」
「え?ここでですか?」
「ここ以外にどこがあるの?女の子同士なんだからいいじゃない」
「い、いやでも俺は男で、あっいや今は女の子なのか...?」
自分で言って混乱してきたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「なのか?じゃなくてどこからどう見ても女の子よ。ほら体調管理も看護師の仕事だし、そのためには隅々まで見ないとね」
少し茶目っ気のある顔で仁村さんがそう答えた。
ほんとかあ?でもいずれは検査とかで脱ぐことになるだろうしと考えて観念して病院服を脱いだ。
自分についたたわわな胸をみられることがどうにも恥ずかしく、つい隠してしまう。
ブラはしているが、胸自体が大きいために上から見ると肌色がのぞき、谷間も見えてしまっている。
それを見た仁村さんは満足げに頷くと新しい病院着を肩から掛けてくれた。
「ブラは形が崩れないためにもすごく大事なのよ?特に岬ちゃんは私と同じでおっぱいが大きいんだからちゃんとブラが付けられないと垂れちゃうわよ?」
「うぅ...。それは嫌です....」
せっかく大きいのに垂れてしまうのは流石に嫌だ。
そう思うのと同時に、確かに仁村さんも胸がかなりでかいなあと、ついつい仁村さんの胸を見てしまう。
「私の胸に興味があるの?自分にも同じのがついてるのに」
「い、いや見てないです!」
自分でも苦しいウソなのはバレバレだとは思うが否定せずにはいられない。
仁村さんはジト目で見てくるが、俺はそっぽ向いて無かったことにしようと必死だった。
「ふーん。まあ女の子に見られるのは全然気にしないからいいけどね」
心は男だが?と思いつつも、藪蛇だと思い押し黙った。
仁村さんは微笑みながら言うと次は下を脱ぐように促してきた。
俺はズボンを脱ぐと、手渡されたピンクのズボンに履き替える。
ちなみにパンツはシンプルなデザインの黒いパンツが履かされていた。
「下は騒がないのね」
「男の時はよく部活で外で着替えさせられてましたからね」
と苦笑気味にいう。
「確かに男の子はよく外で着替えさせられていたわね」
仁村さんは懐かしそうな顔をして言った。
今日の更新はここまでです。
なるべく1話あたりの文字数を同じにしたいのですが、どこで話を区切るかが難しい...。