20話 家族であるということ
椅子を持った父さんと一緒にお姉ちゃんが階段で上がってくる。
「入ったとこに置いちゃっていいよ!」
「わかった」
父さんは返事をするとお姉ちゃんの部屋の入口にダンボールに入ったゲーミングチェアを置いた。
それを見届けたお姉ちゃんは俺の方に近づいてポケットからカッターナイフを取り出した。
「よし!それじゃあまず岬のから一緒に組み立てちゃおうか!」
説明書を持ったお姉ちゃんの言う通りに椅子を組み立てていく。
今の俺ではまだ力が弱いため、重いパーツやネジの閉めなどはお姉ちゃんが全てやってくれた。
俺は完成したゲーミングチェアに腰を下ろす。
すごい!これは一生座ってられるレベルの座り心地だ・・・。
「お姉ちゃんありがとう。これで勉強もゲームも捗りそう」
「でしょー!このブランドは本当に座り心地がいいから岬も椅子から離れられなくなるよ!」
ひとしきり椅子の座り心地を試した俺はお姉ちゃんの分の椅子を組み立てるために部屋を移動する。
一度組み立てたこともあり2個目の椅子は半分の時間で完成させることができた。
よし、もうすぐご飯だしササっとお風呂入っちゃおうかな。
「お姉ちゃん、俺先にお風呂入っていい?」
「いいよー。一緒に入りたいけどその前にちょっとやることあるから先行ってて〜」
「まだ一緒に入る気でいたんだ・・・」
色々教えてくれるのは助かるけど一緒にお風呂入るのは正直目のやり場に困る。
お姉ちゃんはPCを開くとなにやら資料をチェックし始めた。
お姉ちゃんはこういう事が多い。
研究のアイデアなどを思いついたときにすぐメモをしてすぐにまとめているようだ。
俺が女の子になる前なんかお風呂からいきなり飛び出してきてPCを取りに行ったことがあって母さんにすごく怒られていた。
俺は着替えを準備して風呂に向かう。
父さんは俺らが椅子を組み立てている間に入り終わっていたらしくリビングでテレビを見ていた。
「お風呂入るよー」
我が家ではこのように宣言した人から入るというシステムだ。
この前父さんとバッタリ風呂で会ってしまったときは俺が宣言をし忘れたのが原因だ。
俺は脱衣所でブラウスを脱ぐとスカートのホックを外して下着だけの姿になった。
この格好は見られていなくても恥ずかしい・・・。
裸に近いから恥ずかしいのではない。
どうしても自分の見た目と意識がリンクしていないため、男のままブラジャーや女性用パンツを身につけているように感じてしまう。
罰ゲームで女装させられている状況に近い。させられたことはないけど。
全くの無地の水着のようなブラならまだ大丈夫かもしれないが、今つけているブラはベースが赤く全体に花の刺繍があしらわれている。
俺のサイズだとお店の中ではどのブラでもこんな感じで花の刺繍がついていた。
でもこれがないと垂れてしまうと言われればつけないわけにはいかない。
そんなことを考えながら俺は下着を手早く脱いでお風呂場に向かった。
◇
お風呂から上がった俺はまたまたお姉ちゃんのショートパンツとTシャツを着ていた。
外用の服は買ったけどこういうのは母さんも俺も買い忘れてしまっていたのだ。
父さんがいるリビングを通り抜けて部屋に向かおうとした。
新しい教科書でも見ておくか。
「岬、こっちへ来なさい」
え、父さんに呼び止められた。
俺は恐る恐る父さんが座るリビングのソファに向かい、横に座った。
母さんは夕飯の準備をしていてこちらを全く見ていないようだ。
なんだろう・・・。
「わざわざ呼び止めてすまん。話がしたくてな」
「い、いや大丈夫。どうしたの?」
「学校はどうだった?変なやつはいなかったか?隣はいいやつだったか?先生方はどうだった?」
「ちょ、ちょっと質問多いよ!えっと、隣は何も言わなくても教科書見せてくれたりいい奴だよ。先生もいい人そうだった」
こんなに聞いてくるなんて男のときに高校に入学したとき以来だ。
気にかけてくれていたのかと、温かい気持ちになる。
「そうか、それは良かった。岬。あの、だな」
「どうしたの?」
父さんは言いにくそうにしながらこちらを見ては顔をそらしてを繰り返す。
やがて決心を決めたような顔をして俺を正面に見据えてきた。
「岬、すまなかった。俺の態度がお前を悲しい思いにさせてしまった。未熟な俺を許してくれないか」
そう言った父さんは深く頭を下げる。
こんな父さん初めて見た。
「俺はお前が生まれたときに息子が生まれて嬉しかったんだ。もちろん春澄が生まれたときも嬉しかったが、息子とキャッチボールや釣り、キャンプが出来るのかと考えるととても楽しかった」
父さんがこんなに話をしてくるのは初めてだ。
男のときでもここまで腹を割って話したことなどないため、嬉しさと驚きが交わって不思議な気持ちになる。
「だがお前は女の子になってしまった。どんどん女の子らしくなっていくお前を見てどこかへいってしまうんじゃないかとずっと不安だったんだ。でもそれは違う。どんな姿になろうともお前は俺と千代子の子だ」
父さんはそう言うと俺をぎゅっと抱きしめようとしてやめた。
「すまない。これはもう良くないか」
「そんなことないよ父さん」
俺は自分から父さんの胸に飛び込んだ。
こんなところ誰かに見られたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
でも今はこうしていたい。父さんに認められたことがどうしようもなく嬉しい。
父さんが戸惑いの顔を見せたがやがて抱きしめ返してくれた。
「父さん、見た目は変わったけどキャンプとか釣りとか俺は行きたいよ。キャッチボールはまだ出来るかわかんないけど、そのうち出来るようになるよ」
「岬、ありがとう。それじゃあ今度休みに一緒に遊びに行こうか。それと制服似合っていたぞ」
「あ、ありがとう」
父さんは俺をちゃんと見ていてくれた。
人は急な変化はすぐに受け入れることはできない。でもこうして父さんは一歩前に進んでくれた。
俺はそのことがどうしようもなく嬉しかった。
「あー!父さんが岬に抱きついてる!セクハラ禁止!」
「セ、セクハラ・・・」
急にリビングにやってきたお姉ちゃんにより感動的なシーンはここで終わってしまった。
父さんはしまったという顔をして少し距離をおいてしまった。
「お姉ちゃん嫌い!雰囲気を壊すな!」
「ええ!?岬ちゃんに嫌われた・・・」
お姉ちゃんは演技っぽく倒れてみせる。
そんな姿に父さんも思わず笑いをこぼしている。
こんな風景女の子になって初めてだ。
この日俺はようやく元の家族に戻れた気がした。
◇
「そういえば岬、帰り道に男の子と一緒にいたけど彼氏?やっぱり岬ちゃんの美貌は凄まじいから1日で虜にしてしまったかー」
「何言ってるの?あれは隣の席の友達!教科書重くて倒れそうになったところを助けてくれたんだよ。それに彼氏なんて作らないし!」
「えー岬可愛いから彼氏くらいすぐできるよ!」
「すぐできなくていいから!」
そんな俺達のやり取りを聞いて母さんが笑っている。
父さんは彼氏という単語に反応して俺とお姉ちゃんをなんだか心配そうに交互に見ていた。
お姉ちゃんの彼氏は何回かうちに来ていて父さんも母さんもよく知っている。
俺とも何回か遊んでくれてとてもいい人だったと記憶している。
お姉ちゃんと同じ大学の1個上の大学院生で、隣の研究室らしい。
研究内容は分野が似ているためよく相談に乗ってもらったりしているうちに仲良くなって告白されたそうだ。彼氏さん、中条 広輔さんはお姉ちゃんの1個上の台の主席合格者だそうで、その二人が付き合ったことで学内では一躍噂になったんだとか。
「お姉ちゃんこそ広輔さんとどうなんだよ」
「広輔とは今日も一緒にお昼食べたりいつも通りだよ。そういえば留学してて中々会えなかったから広輔の家にしばらく泊まることにした!」
「ゲホッゲホッ」
「お父さんん大丈夫?」
お姉ちゃんのセリフで突然咳き込みだした父さんを母さんが支える。
父さん自身広輔さんのことは認めているし、いい男だと言っているがこうして娘がしばらく彼氏の家に泊まるという現実に戸惑っているようだ。
「そうだ岬!広輔に女の子の岬を紹介したいから広輔の家においでよ!」
「いいの!?行きたい!」
広輔さんは一緒にゲームをしたりドライブに連れて行ってもらったりと、男の頃からよく遊んでもらった。
そんな広輔さんと久しぶりに会えるという話になり胸が高鳴る。
「明後日は土曜日だから学校ないだろうけど岬は予定空いてる?私も土曜から広輔の家に行くから一緒に行こうよ」
「空いてるよ」
「よし、じゃあ行こー」
「広輔さん今って大学院生だよね?大学院1年生?」
「いやー広輔は飛び級してるからもう修士2年生だね」
飛び級って凄まじいな・・・。
アニメや映画でしか聞いたことがない。
そういえば修士ってなんだろう。
「修士?」
「そうそう。大学院には博士課程前期と後期っていう括りがあって、それぞれ修士と博士って言われてるんだよ」
「大学院卒業したらみんな博士って呼ばれるのかと思ってたけど違うんだね」
「そうだね。大学院の課程を最後前終わらせてかつ論文を何本か通さないといけないから卒業できない人が多いんだよ」
大学院に行ったからってみんなが卒業できるわけじゃないんだな。
俺も将来大学院に行って科学者になるのが夢だから今のうちにお姉ちゃんや広輔さんに話を聞いておこう。
俺は母さんが作ってくれた夕飯を食べきったことに優越感を感じながら自分の部屋へ戻る。
再来週から中間テストだし教科書を見つつ前の高校との授業内容の差を確認しておこう。
まだテスト範囲は公開されていないけど出来ることはやっておかなくちゃな。
長らくおまたせしました。
本日から連載を再開します!
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