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0話 日常

 突発性性転換症、2060年代に初めて発見されたこの病気は名前の通り、罹患者の性別を変えてしまうものだ。300万人に1人の奇病として扱われており、地球上の女性人口減少に伴ってか不思議なことに症状が確認されたのは男性の、それも20代未満の者だけだった。初期の頃は妄想と扱われるなど病院側も取り合わないことが多かったが、検査の結果、男性だった時と全く同じDNAや指紋が検出されてしまっては信じざるを得ず、病院及び政府は対応に追われた。

 現在では法も整備され、罹患した際には国からの援助金や多くの補助サービスが提供されることになっている。

これはそんな世界の物語。


「おは!岬―!」


 俺は声のする方に体を傾け、返事をする。


「おはよ。今日も朝から元気だねえ」


 俺も朝に弱いわけではないが、ここまで元気なのは正直尊敬する。

まあそれ以外は残念なやつだが…。

 こいつは長浜 悟(ながはま さとる)。同じサッカー部の仲間で通学路が被っているため、今もこうして一緒に登校している。


「まあ元気なのが俺の取り柄だからな。そんじょそこらの元気っ子とは違うわけよ」

「なんだそりゃ。それよりお前、テスト近いけど大丈夫なの?」


 うちの高校は県内1の進学校で、一部を除いて基本的には皆勉強熱心だ。


「いや、何もしてないから一周まわって行けそうな気がしてきてる」


 悟とは1年生の最初の頃に一緒にサッカー部の入部届を出しに行った時からの仲だが、勉強がかなり嫌いらしく、なぜこいつがうちの高校に入学できたのかが俺の中での最大の疑問でもある。

まあ教えたところは普通に解けるようになるから、おそらく地頭はかなり良いのだろうとは思う。


「その自信怖いな…。うち来る?わからないところまた教えるけど?」

「まじ!いいの?いくいくー!」

「じゃあ帰りそのまま行くから授業終わったら5組来て」

「おっけー。よし、じゃあ今日も朝練頑張りますかー」


 学校に着いた俺たちはサッカー部の練習場所であるグラウンドを目指した。

俺たちは先輩に挨拶をしてからグラウンドの前の空き地で着替えをしてグラウンドで時間まで自由にボールを蹴っていた。


「谷村!谷村 岬!ちょっとこっちこい」


「はい!」


 谷村 岬(たにむら みさき)、俺のことだ。

強面顔のサッカー顧問、渋木先生に大声で呼び出されたため俺は少し身構え大きく返事をした。

周りの部員は何事かと思ったのか、俺と先生を交互に見やる。


「お前、今日からAチームと練習しろ」


 Aチーム、それは現在3年生のみで構成されているいわゆる1軍チームだ。


「え、Aチームですか?わ、わかりました!」


 突然のことに驚きを隠せず、うまく返事ができなかった。


「ああそうだ。悟、忘れていたがお前も今日からAチームだ」

「俺もっすか!てか先生忘れてたってひどくないっすかー?」


 渋木先生にそんな態度できるのはお前くらいだよ。


「わざとだわざと。お前はうるさいからこれくらいの扱いで良いんだよ」


 グランドからどっと笑いが溢れた。

悟はいつも皆を笑わせる。


「みんな笑うなんてひどいなあ」


 と言いつつも、本人も笑っている。


「よし、じゃあ今日も朝練を始めるぞ」

「「はい!」」


 Aチームでの練習は中々大変だったけど、今後の課題も見えたし楽しかったな。

めんどくさい授業を終わらせたら部活だ。

勉強は別に嫌いじゃないけど、授業で先生の話を聞くのはあまり好きではない。

自分で教科書を読んだり問題集を解いた方が効率がいいと感じてしまうのだ。

 授業が終わり放課後を告げるチャイムが校内に響く中、同じ1年5組のクラスメイトである入間 聡(いるま さとし)が声をかけてきた。


「なあ岬、数学でわかんないところあるんだけど教えてもらってもいいか?」

「いいよ、どの部分?」

「演習問題のここがなんでいきなり0になるのかがわからなくてさ」

「積分範囲が-1から1だろ?それで関数自体が奇関数だから計算しなくても0ってことがわかるんだよ」


 俺がそう教えると聡は納得して礼を言った後に帰っていった。

そろそろ俺も部活に行くとしようかな。

朝練でAチームに入れたし、午後からある栄央大学附属第一高校との練習試合が楽しみだ。



「岬ナイシュー!今日Aチームに来たばっかなのにやるなあ!」

「お前俺より活躍しやがってー!」

「1年坊のくせにやるじゃねえか!」


 シュートを決めた後、たくさんの褒め言葉と共に先輩たちに揉みくちゃにされる。

この試合は俺のシュートが決定打になって僅差で勝利することができた。


「お前やるじゃないか。俺の見る目は間違ってなかったな」


 渋木先生が珍しく微笑みながら俺の肩に手を当て褒めてくれる。


「ありがとうございます。やはり先輩たちがすごく上手いのでいい刺激に、うっ.....」


 なんだ....これ...体が熱い...。


「おい!岬!岬!どうした!」


 耐えられなくなった俺は、ここで意識を手放した。



 目を開ける。

意識が戻ると体の熱さは消えていた。

異常な熱さが消えたことを疑問に思っていると、自分が学校のグラウンドではなく病院の一室にいることに気がついた。


「岬!起きたのね!」

「母さん…?」


 そこにはこちらを心配そうな顔をして見つめる母さんの姿があった。


「あなたが学校のグラウンドで急に倒れたって聞いてすごく心配したのよ。今は体調は悪くない?」

「うん大丈夫だよ。心配させてごめん」

「お母さんの仕事は心配することなんだからいいわよ。それより先生を呼ぶわね。」


 俺は頷いて部屋から出ていく母さんの後ろ姿を眺めた。

数分もしないうちに白衣に身を包みメガネをかけた気の良さそうな先生がやってきた。

先生は俺の横にある点滴や機器を眺めると、満足したようにこちらを一瞥し、母さんに椅子に座るように促してから自分も丸椅子に腰を下ろした。


「初めまして岬くん、僕はこの大学病院で外科主任をしている木崎(きざき)です。これから大事な話をするから真剣に聞いて欲しい」


 そう言うと木崎と名乗った医者は先程の柔和な笑みから一転して緊張した表情になった。


「結論から言わせてもらうと、君の病気は突発性性転換症、いわゆる───『TS病』だ。」


 TS病は確かに知っているが、300万人に1人の割合でかかると言われているため、実感が湧かない。

現に自分は男のままではないか。

先程外の景色を見ようとした時、鏡にチラッと映った自分の顔が男だったことは紛れもない事実だ。


「待ってください。でも岬はどう見ても男の子ですよね?」


 我慢ならなくなったのか、母さんが怪訝な顔で木崎先生に尋ねた。


「そうです。“今”はどう見ても男の子です。今がどういった状況か理解していただくために、まずはTS病について説明させてください。」


 木崎先生が言うには、TS病は変化期、転換期、安定期の3種類の状態があるらしく、今の俺は変化期に分類されるという。

変化期は体が女性の性に近付いていく文字通り変化が起こる期間のことを指し、転換期は生殖機能などが備わってくる期間のことを指す。

 最後に安定期は上位の変化が完全に終わり、一般的な女性との差が一切なくなった状態のことを指す。

ここまで来ると病気ではなく完全に健康で性だけが女性というような状態になる。


「安定期はもちろん転換期は、何もせずとも体が成長していくため基本的には放置でも特に問題ありません。しかし問題は変化期で、この期間では細胞や骨の変化が早すぎるために、放置していると臓器などが破壊されてしまい最悪死に至ります」


 死ぬ?俺はこのまま死んでしまうのか?

やりたい事も行きたいところもまだまだいっぱいあるのに!!嫌だ!

さっきまで普通に学校に行って普通に部活をしていたのに…。

昔からほとんど病気もせず骨折すらしたことがなかったため、にわかには信じがたい。


「先生!何か手はないんですか!」


 母さんが顔を真っ青にして木崎先生に問いただす。


「脅かして申し訳ありません。実は当院と大阪にある府立病院でのみ最先端の再生医療を用いた治療が可能です」

「じゃあうちの子は男の子のままでいられるんですね?」

「いいえ、残念ながら我々ができるのは変化の過程での負担を減らし、”丁寧に変化させる”ことだけです。大変心苦しいですが、男性としての元の生活に戻ることはできません」

「その手術を受ければ、...生きることができるんですね...?」


 俺は掠れそうになる声を振り絞って言った。


「医者として“絶対”という表現はできませんが、かなりの高確率で生きることができます。実際に今まで失敗例はありませんし、成功すれば女性として生きていくことにはなりますが、“女性として”普通に暮らすことが出来ます」

「そう...ですか」


 今まで男として生まれて、女になるかどうかなんて考えても見なかった。

女性になるとはどういうことなのか分からない。

でも....少なくとも生きて、普通に生きていくことは出来る。


「先生の説明からすると、もうすぐ変化が始まるんですよね?」

「はい、恐らく数時間後には骨格と細胞に変化が訪れるでしょう」


 俺は....。


「先生!手術を、俺に手術を受けさせてください!」

「岬...。いいの?もう男の子には戻れないのよ?」

「母さん。俺にはやりたいことや行きたい場所、まだまだ達成できてない夢や目標もたくさんある。それが終わるまではまだ死ねないし死にたくない。母さんは俺が女の子になっても変わらず接してくれる?」

「っ...。もちろんよ。私はあなたの味方よ!」


 そう宣言した俺に対して母さんは決意のこもった表情で俺にそう言ってくれた。


「わかりました。治療中はほとんど全身麻酔を用いるため3ヶ月ほど意識がない状態が続きます。筋肉の状態を調整できるので術後のリハビリなどは必要なく、すぐに退院することが可能です。申し訳ありませんが、お父さんを待ってからの手術では間に合わない可能性があります。今までの症例では一度目の発作から5時間後にの二度目の発作がきて、そうなったら手術の成功率ががくんと下がります」

「わかりました。今からでも手術を受けさせてください!」


 俺がそう言うと、母さんは覚悟を決めた顔をした。


「先生、うちの息子をどうかよろしくお願いします。」

「はい、全力を尽くします」


 木崎先生はそう言って礼をすると、準備をすると言って病室を出て行った。


「母さん、次に会うのは3ヶ月後だね」

「そう...ね。岬なら大丈夫。絶対に生きて谷村家に、あなたの居場所に帰ってくるのよ」

「うん、もちろんだよ母さん」


 準備をして戻ってきた木崎先生と入れ替わるように母さんは病室から出て行ったが、病室の外から心配そうにこちらを覗いていた。

処置室に運ばれる前に父さんの姿を一瞬見たが、向こうは気づいていないようだった。

 そして、病室から運び出された俺は最新の医療機器が集まる部屋に入った。


「岬くん、3ヶ月間、一緒に頑張ろう」


 マスクを下げた木崎先生が、笑顔で俺に声をかけてくれた。

生きるか死ぬかの手術前で、正直笑えるような気持ちではなかったけど、ぎこちないながらも俺は笑顔で頷いた。

 これが男の時にした最後の笑顔だった。

最初なので3話分投稿です。

処女作なので拙い文だとは思いますが、よろしくお願いします。

感想などをいただけると、かなり励みになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] TSの親友との恋愛話は多いようで少ないので期待しています! [気になる点] 医者の話で手術の失敗例はないと言っていたのに二度目の発作が来て成功率ががくんと下がるというのはどうやってわかった…
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