16話 転校1日目
話の都合上、物語の開始時点での学年を2年生から1年生に変更しました。
栄田高校の見学から1週間後の今日、俺は新しい制服に袖を通して、鏡の前に立つ。
スカートは割と日ごろから履いていたため意外となじむ気がするが、女子の制服を着ているとコスプレしているという気持ちが先行してどうにも落ち着かない。
でもこれから卒業まで毎日着るんだもんなあ。
栄田高校の制服は男女ともにブレザーで、男子はネクタイ女子はリボンをつけるようになっている。
ブレザーのデザインは男子とほとんど同じで、スカートは薄い水色に黒いチェック柄のデザインだ。
びっくりしたのは、ワイシャツではなくブラウスというものを着るところだ。男の時のワイシャツは裾が前後だけ長いという不思議な形をしていたが、ブラウスは前後左右で裾が同じ長さのなのだ。
これは外から見ているだけでは気づかなかった新事実である。
今日も父さんは出張で助かった…。この制服姿を見られていたら結構危うかったかもしれない。
栄田高校に通うことは父さんも許可してくれたし、どこか安心した様子でもあったが、実際にこの制服を見られたとなるとまた不機嫌になりそうだ。
まあ今後この制服を見せないで生活するなんて絶対無理なので、いずれ見られてしまうことになるだろうけど。
コンコンッ
「岬、着替えらえれた?おぉ!岬ちゃん可愛い!」
「うわぁ!」
扉を開けるなりお姉ちゃんが飛び込んできた。
俺は思わず倒れそうになるが、お姉ちゃんが抱き留めてくれたためその場に留まった。
女の人に抱き止められるというこの何とも言えない状況は正直どこか悔しさを感じる。
「うんうん。よく似合ってるよ」
「そうかな?ありがとう」
「これは男子がほっとかないねぇ!」
「いや別に男に好かれるとかどうでもいいし!」
見た目は女の子だが好きなのは今でも女の子だ。体が変わったからって心まで変わったわけではない。
まあその点に関しては、好き好んでスカート履いている俺にはあまり説得力がないかもしれないけど…。
俺は準備していたリュックを持ち上げるとお姉ちゃんと一緒に玄関まで降りて行く。
最初は元々使っていたリュックで行こうとしたのだが、お姉ちゃんが可愛くないと言って自分があまり使っていないリュックを問答無用で渡してきたのだ。
部活にはまだ入っていないし荷物も筆箱とノート、それにメモ帳以外なにもないためなんでもよかった俺は、言われるがままにお姉ちゃんのリュックを使うことにした。
「それじゃあ岬、楽しんできてね!」
「気をつけるのよ」
「行ってきます」
母さんとお姉ちゃんに見送られ、俺は最寄駅へと向かう。
基本的にはあまり道に迷う方でもないため、最寄駅から順調に目的地の駅まで進んでいく。
まあ2つ隣の駅で迷う人の方が中々いないとは思うけど。
学校近くの駅に着いた俺はそこからスマホのマップアプリを頼りに栄田高校までの道を進んでいく。
暑い、暑すぎる。俺は今になって自分がブレザーを着ていることに腹が立ってきてしまった。
この暑さで着るのは流石に無理があるとは思っていたが、最初だしちゃんとした方がいいかなという謎の真面目さが出てしまい、無理矢理このまま来てしまったのだ。
学校で席に着いたらすぐに脱ごう。
5分ほど歩くと曲がり角があり、そこを曲がると栄田高校の校舎が見えてきた。大規模な改装が行われたのは内部のみなので、外から見ると普通の公立高校といった外観をしている。
校門をくぐって指定された通りの下駄箱─最右端の上から2番目─に靴を入れて職員室に向かう。
「今日転校してきた谷村 岬です。横井先生という方はいらっしゃいますか?」
「横井先生、転校生の女生徒が来てますよ」
「はーい」
女生徒…。呼び方をいちいち気にしていたらキリがないというのは分かってはいるがどうしても気になってしまう。
俺がそんなことを考えていると、背が高くガタイのいい紺色のジャージを来た若い先生がやってきた。
「おはよう、君が谷村さんだね。俺は横井だ。渡したい資料とか今後の簡単な説明をするから着いてきてくれ」
「谷村です。よろしくお願いします」
俺と谷村先生は職員室から離れると、教室に行くまでの道すがらこれからのことについていくつか話してくれた。
今日は5月10日で、中間テストが5月24日から始まってしまうそうだ。どの範囲で問題が出てくるんだろう。
全く知らないところから出てきたら普通に詰むな…。
それから、この後自己紹介をするように言われたのと、席が窓側と廊下側でそれぞれ1席ずつ空いているため、どちらがいいのかということを聞かれたりした。
授業中に外の景色を見たりするのが結構好きだったため当然窓側を選ばせてもらった。
俺と横井先生が2年4組の教室の前に着くと、中からは活発な生徒たちの話し声が聞こえてくる。
横井先生は俺に廊下で少しだけ待つように言って教室の中に入って行く。
その際に何人かに俺の姿が見えたからか、さらに話し声が増えた気がする。確かに高校で転校生なんてなかなかないもんなあ。
「みんなおはよう」
「「おはようございます」」
「今日はいきなりだけど転校生がいるんだ。それじゃあ谷村さん」
「はい」
すごいアニメみたいな転校生の紹介だな。この後黒板にチョークででっかくフルネーム書いてとか言われるのかな。
あれは人生でなかなか体験できるようなものじゃないだろうから、ここで体験しておきたいとか思っていたりもする。
俺は教室の扉を開けて中に入る。
結構みんな黒髪なんだな。俺が通っていた東中央高校は校則がほとんどなかったから茶髪や金髪、青髪なんてのもいた。
俺は部活で派手なのが禁止だったからずっと地毛のまんまだったけども。せっかくだし染めるのもありだとは思うけど、この高校髪染めるの大丈夫なのかな?
もう暑いからかブレザーを着ている生徒はおらず、みんなワイシャツ一枚かカーデガンなどを着ている。
「谷村さん、それじゃあ黒板に大きく名前を書いてもらえる?あとは趣味とか好きな食べ物とか簡単な自己紹介をみんなの前で言ってね」
「わかりました」
黒板に名前書くイベントキター!
俺は黒板に谷村 岬と書いてみんなの前に向き直る。正直俺の字はまあまあ汚い部類で、女の子が書くような字じゃないなーとは思う。そう思うとちょっと恥ずかしいため、みんなの視線が字に行かないように早速自己紹介を始めることにした。
「初めまして谷村 岬です。趣味は読書とゲームです。好きなものはハンバーグとかラーメンとか、小学生男子が好きそうなものなら大体好きです」
俺がそう言うと教室がどっと笑いに包まれた。俺は一年生の時にこの自己紹介をして、同じようにみんなが笑ってくれたのを思い出す。
教室の真ん中らへんで手を上げるお調子者のような生徒が目に入る。
「谷村さん質問でーす!彼氏はいますか!」
「え。いや、いないです」
いるわけがない。こちとらまだ女の子歴1ヶ月も経ってないんだぞ。
今でも女の子が好きだし、スマホゲーで女の子を愛でてるような奴だぞ。彼氏なんぞいるわけがない。
俺がそう答えると何故か男子たちがざわざわし始めた。
「おい山田、谷村さんに変なこと聞くな」
「えー、気になっちゃいますって〜」
横井先生が山田と呼ばれたお調子者の生徒に釘を刺す。
「谷村さんはあそこの窓際の空いてる席だな」
「わかりました」
俺はこちらを見てくる生徒の中を進み、指定された席へと向かった。
どうやら俺と隣の生徒はこの金髪をオールバックにしたやんちゃそうな生徒のようだ。
リュックを机の上に置く。やっとブレザーが脱げる。
俺はブレザーを椅子の背もたれにかけてから座ると、横にいる金髪オールバック君に向き直る。隣なんだし挨拶しておかないとな。
「さっきも自己紹介したけど、谷村 岬です。よろしくね」
俺がそう言うと金髪くんは驚いた顔をしてこちらを見て少し俯いた後、最終的にはもう一度こちらを向いてくれた。
意外と恥ずかしがり屋さんなのかな?耳が赤い。
「よ、よろしく」
「八雲 蓮か。よろしく蓮!」
机の上に出ていた教科書に八雲 蓮と書いてあったためそのまま蓮と呼んでみた。
俺がそう呼ぶとまた目を逸らしてどこか違う方を見てしまった。金髪オールバックでガタイもいいのに意外と小心者キャラなのかな?
俺はリュックから筆箱を取り出して机の上に置き、リュックは机の脇に引っ掛けた。
キーンコーンカーン
チャイムの音が鳴り、先生の号令とともにみんなが席を立ち始める。
「ねえねえ谷村さん!岬ちゃんって呼んでいい!?」
「真帆、いきなりで谷村さんびっくりしてるわよ」
「えへへー。岬ちゃん可愛いからついつい」
いや許可求めてたのにもう勝手に呼んでるし。まあいいけど。
俺の机のところに真っ先に来た真帆と呼ばれた女の子は言動通りとても快活そうな雰囲気で、肌がとても白いため室内系の部活か文化部だろう。いや、この元気さは運動部か?
セミロングを可愛い髪留めで一つ結びしているところなんかは、雰囲気にとても合っている。
「いきなりごめんね。この子は木原 真帆で、そして私は砂森 弥生よ。よろしくね」
「よろしく。木原さん、砂森さん」
砂森さんは活発な木原さんとは違い、長い黒髪に面倒見の良さそうな雰囲気で長女っぽい。
俺の言葉に何故だか不機嫌そうな顔になってしまった木原さんは俺の方にずいずいやってきて、机の上にバンッと手を置いた。
「岬ちゃんかたーい!私は真帆でいいし、弥生も弥生でいいんだよ!」
「え、えーと。真帆さん…?弥生さん…?」
「さんもいらないし疑問形もいらないよ!」
「うぅ…。真帆…。弥生…」
「よしよし」
俺は気がついたら下の名前で呼ぶことになり、頭までなでなでされてしまっていた。
なんだこのマスコットみたいな扱いは…!元の高校だと女子に対しては苗字で呼んでたから、女子を下の名前で呼ぶ習慣のない俺からするとむずがゆい…。
まあでもこれから先こういうことばっかになるだろうから今のうちに慣れておかないとだなあ。
「転校生相手になにやってんのさ。谷村さん困ってない?」
真帆と弥生の他に制服を着崩した俺より短めのボブカットの女の子がやってきた。
大人びた雰囲気というか、かっこいい雰囲気をしている彼女は俺たちのところに来ると、真帆の手をどけてくれた。
と言っても仲の悪い感じではなく、むしろ仲がいいからこそ真帆の暴走を止めに来たというところだろう。
「よろしくね岬さん。あたしは舞川 美紀。美紀でいいよ大体この3人でいつも一緒にいるんだ」
「こちらこそよろしく美紀。お、いや私も岬でいいよ」
確かに同級生にさん付けされるのは変な感じがするなと思ったため、俺も岬呼びをお願いした。
それはそうと俺って言いそうになったけど、ギリギリ”私”って言い繕えてよかった…。
その後もどんどん俺の周りに女子が集まってきて、囲まれる感じになってしまった。これもアニメ的展開で割とあこがれていたから、かなり嬉しかったりする。
ただ、人が集まってきたせいで隣に座っていた蓮が居心地悪そうな顔をして教室から出て行ってしまったのは、かなり悪いことをしたなあと思うため、後で謝っておこう。
授業開始のチャイムが鳴り、メガネをかけた年老いた先生が教室に入ってきた。そういえば横井先生が1時間目は数学Bだって言ってたな。
やっと学校編に入りましたね...。
大変お待たせしました。
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