13話 一歩踏み出す
風が吹くたびにスカートが揺らされ少しの恥ずかしさと共に、生きているという実感がわいてくる。
衝撃が強すぎるあまりに女の子になったことばっかりに頭がいってしまうけど、俺って今にも死にそうって状態から女の子になることで生き延びたんだもんな。
そのおかげか自分でもびっくりするくらいポジティブになっていて、昨日の朝は楽しみすぎてしまったようだ…。
まあ自分の体なんだからいいだろ!
お姉ちゃんに見られてしまったことは忘れよう、うん。
スマホを開いて昨日決めていた髪型の候補を見る。ボブカットだ。
男だったころからこの髪型が好きでかわいいなーと思う子も大体この髪型だったりもした。
そんなわけでせっかくだし自分が一番かわいい髪型をということでボブカットが選ばれた。
女性向けの美容院ってどんな感じなのか楽しみでもあるが、自分が入っておかしく思われないかという気持ちもある。
今日はスカート履いてるし完全に女の子してると思うし、あとはボロが出ないように言動には気を付けよう。
私、私、私、私、私、私。よし今なら言える気がする!
そんなことを考えていると目の前に、真っ白な壁に青い屋根のおしゃれな雰囲気の美容院が見えてきた。
『Serenade』。屋根のすぐ下には筆記体でそう書かれている。
ここがお姉ちゃんのいつも行ってる美容院か。すごくおしゃれで外観だけでも場違い感がすごい…。
でも予約してあるし入らないと。俺は美容院の扉を開く。
扉を開けると、笑顔が可愛い茶髪の女性が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか」
「はい、谷村 岬で予約してあると思うんですけど」
「あぁ!春澄ちゃんの妹さんね!」
い、妹…!?
そうかこの見た目だとそりゃあそう思うよな。
「お客様ご案内しまーす。荷物はお店で預かるから岬ちゃんはここに座ってね」
「は、はい」
岬ちゃん…。
これからはちゃん付けされるのにも慣れていかないといけないんだよなあ。
俺はバッグから財布だけ抜いてパーカーのポケットに入れると、バッグは店員さんに渡して案内された席に座る。
茶髪の店員さんに少し待っててと言われた俺は店内を見渡す。
俺以外のお客さんは2人で、2人とも女の人だなあ。
1人はお姉ちゃんと同じくらいで、もう1人は母さんと同年代のように見えた。
鏡や窓の周りなども、花やかわいい陶器のウサギなどがたくさん置いてある。
うーん場違いっぽいよお。
そう思っていると、先ほどの女性より引き締まった雰囲気のかっこよさ溢れる女性が俺の後ろに立って髪をいじってきた。
「初めまして。岬さんを担当する早坂 美代です」
「初めまして。谷村です」
「髪の毛サラサラでうらやましいなあ。っとごめんね、今日はどんな髪型にしますか?」
「いえ、こんな感じがいいんですけど」
俺はスマホを開いてボブカットのカットモデルが写った写真を見せる。
「ふむふむ。それじゃあ切っていくからまずは髪を洗っちゃいましょうか」
そう言って店内の奥にある洗面台に案内されて髪を洗われる。
シャンプーがすごくいい匂いで、The女の子みたいな匂いがする。
お姉ちゃんのシャンプーもよかったけど、個人的にはこれすごく好みの匂いがするし欲しくなってきた。
髪を洗われたあとは席に戻って、早坂さんがハサミを器用に扱って髪を切っていく。
「岬さんは高校生なんですか?」
「そうですね。今は二年生です」
「あら?今日って平日の金曜日ですけど高校はおやすみなんですか?」
あ、やば。なんも考えずに男の時の学年答えてた。
どうしよう。病気の療養で田舎にいて戻ってきたみたいなアニメ的言い訳でも使うか?
うーんでも病気で高校行けなかったのは事実だし割とありなのでは?
「私少し前まで重い病気でずっと入院してて、昨日退院したばかりなんですよね。それで数日時間を置いてから高校に行くことになってるんです」
「すみません嫌なことを聞いてしまいましたね…」
「いえ、ちゃんとした病院で手術をしてもらえたおかげでもう完治したので、今は健康そのものですよ」
「そうなんですね!それは本当に良かったです」
田舎って言うとボロが出そうだったから、詳細は言わないように真実を話した。
栄田高校に入る前にちゃんとした言い訳考えとかないとなあ。
気づいたら転校することを前提と考えている自分がいた。
できることなら親しみの深い東中央高校に戻りたい。
でも現実は許さないだろう。世界中で症例が見られているとはいえ、今でも奇病の類であることは変わらない。
仲のいい友達が受け入れてくれたとしても、他の周りはどうだろうか。
それに、女の子になったこの体をサッカー部の友達やクラスのみんなに見られるのは絶対に嫌だ。
その点栄田に入れば、どこかで会ったとしてもそれは同姓同名の別の女の子ということで済むだろう。
いくら仕方のないこととはいえ人に忘れられてしまうことは悲しい。仲のいい友達にだけは言ってしまおうか。
友達を信用していないわけじゃない。でも拒絶されてしまった時のことを考えると、不安に押しつぶされてどうしたらいいかわからなくなってしまう。
「岬さん?終わりましたよ?」
「ふぇ!?あっごめんなさい」
「いえ、いかがですか?」
どうやらかなり考え込んでしまっていたようだ。早坂さんはすでに切り終わっていた。
鏡を見る。かわいい…。俺が高校で好きだった女の子もこんな感じだったなーと思う。
「もう一度洗ってからヘアアイロンで内巻きにすると先ほどの写真にもっと近づきますがしていきますか?」
「お願いします」
ん?とりあえずお願いしてみちゃったけどヘアアイロンってなんだ?
お願いした手前聞きにくいけど、アイロンって言うから少し怖そうだ。
「あ、あのう…。ヘアアイロンってなんですか?」
「今まで使われたことはありませんか?温めて使う髪用のアイロンなんのですが」
「今までこだわりとかなかったんで使ったことないです」
「わかりました。それでは洗った後に使い方なども色々お教えしますね」
俺は再度店の奥の洗面台で洗ってもらうと、早坂さんに席で少し待つように言われた。
アイロンってどういうやつだろう。温めるって言ったからそのままアイロンなんだろうけど、そんなのを人間に使って大丈夫なのか?
「お待たせいたしました。こちらがヘアアイロンです」
早坂さんが持ってきたものは、V字型の棒にコンセントが付いたものだった。
「これを温めて、毛先などをこの部分で挟むことでその形をキープできるというものなんです」
「これって熱いんですか?」
「触ったら火傷してしまいますが、髪に使うだけなのでほとんど感じないと思います」
「えっと、じゃあお願いします」
「わかりました。動くと危ないのでこのままでいてくださいね」
早坂さんはそう言うと、俺の髪を左手で持って右手でヘアアイロンを駆使して髪を巻いてくる。
肌の近くをやるときは少し暖かい感じがするけど、全然熱くないんだな。
「はい、できましたよ」
「おぉ!」
俺の大好きな髪形で、目をキラキラさせて喜ぶ少女が鏡の中にいた。まあ俺だが。
これはすごい。みんな切ったらこうなると思ってたけどこういうので頑張って内側に巻いてるんだなあ。
長さもちょうどよく毛先も内側を向いていて、これぞボブカット!という髪型だ。
これは切りに来てよかった。
「こんな感じで大丈夫ですか?」
「はい!大満足です!」
余りにも嬉しくて少し食い気味に返事をしてしまった。恥ずかしい…。
早坂さんは少し微笑んで話を続けた。
「ヘアアイロンは、多分お姉さんなら持ってると思うのですが、もし持っていないようなら電気屋さんなどで普通に売られているのでそちらに買いに行ってみてください」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は満足して会計に向かう。
レジ代わりのタブレットには5000円と表示されていたが、すぐに3000円に切り替わった。
「本日は初めてということでこちらのお値段になります。あとこちらはサービスのヘアオイルになります。お姉さんによろしく言っておいてください」
ヘアオイルといって渡されたのは、ピンクの容器に入った液体だった。
え、こんなちゃんとした商品無料でもらえちゃうんだ。すごいな女の子。
「「ありがとうございましたー」」
俺はドアの前に立ってこちらに頭を下げてきた早坂さんと茶髪さんに頭を下げて美容院Serenadeを後にした。
ブッーブッー
お店からでて2分ほどたった時、電話がかかってきたことに気が付いた。
「もしもし」
「もしもし、南岡山医療センターの橋本です。谷村 岬さんですよね?お時間大丈夫ですか?」
電話をかけてきたのは俺を手術してくれた木崎先生だった。
退院する間際に、今後のことで相談に乗ると言われ携帯の電話番号を教えていたのだ。
「はい、大丈夫ですよ」
「良かった。その後の経過はどうですか?といってもまだ翌日ですが…」
「まあまだ慣れないですね。今はちょうど髪切ったりで、色々大忙しです」
「おぉ、せっかく綺麗な髪でしたもんね。おっとこれはセクハラになってしまうね」
「いえいえ、男同士なんで別にいいですよ」
女の人に褒められたら照れてしまうが、男の木崎先生に褒められるのは嬉しい気持ちしかない。
「いや、君はもう女の子なんですがね…。まあいいです。それより、高校について進展があったのでお電話しました」
「進展…ですか?」
「はい。岬くんが転校するか、元の高校に戻るか迷っているのは知っています。なので、栄田高校を見学できないかということを恩師の校長にお願いしていたんです」
「そんな、わざわざありがとうございます」
「いいんですよ。あなたのお話を少しだけしたら校長の重森先生も歓迎してくれると言っていました。もちろんTS病のことは話さず、重い病気で元の高校に居づらくなったとしか話していません。重森校長は政府のTS病患者保護プログラムを支持している方で、政府からメンターとしても認可されているので、岬さんが自分から話す分には大丈夫なので安心してください」
木崎先生は優しい。先生にとっては何人も救った患者の一人でしかないのにここまでしてくれるなんて…。
重森校長に会ってみたい。栄田高校も見てみたい。
もしかしたらそれで決心がつくかもしれないし、つかなかったとしてもそれは俺にとって大きな一歩になるだろう。
よし。
「木崎先生、何から何までありがとうございます。俺、栄田に見学に行きたいです」
「わかりました。重森校長には僕から伝えるので、岬くんは親御さんに話しておいてください。日程などはまた連絡します。それじゃあまた」
そう言って木崎先生は電話を切った。
この先どうなるかはわからないけど、この一歩が俺にとって大きな前進になるということは間違いない気がした。
物語が少し進みましたね。
これから高校編へ向けて大きく物語が動いていきますので、引き続きお楽しみください。
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