前世1
「母さん、今日は何するの?」
何の意図もない。
純粋な疑問から生まれた言葉だった。
「…」
しかし、母は何も答えてはくれなかった。
いつも明るかった母はこの日、一度も笑顔を浮かべなかった。
理由はしばらく後に分かった。
僕と母さんは二人で森を歩いていた。
いつも歩く道と違い、かなり奥へ行くみたいだ。
朝から歩いてもうそろそろ正午になるような時間帯。
母さんは歩みを止めた。
着いた場所はこの森でおそらく一番大きな木。
シンジュとか呼ばれてた気がする。
そして、今日初めて声をかけてくれた。
「ここで…私が戻ってくるまで待っていて…」
母さんは何故か苦しげにそう僕に言った。
何故、そんなに苦しげなのだろう。
いつもの元気な母に戻って欲しい。
僕は出来るだけ明るく応えた。
「うん!分かった!行ってらっしゃい!」
「ッ!」
母さんは、何か一瞬驚いたように見えた。
その後すぐ、走って来た道を戻っていった。
取り敢えず、どれだけ待つのか分からないから、シンジュに寄っかかるように座った。
………
……
…
日が暮れた。
もう辺りは真っ暗で、月の光だけが時々辺りを照らしていた。
もう、分かっていた。
何故、ここに置いて行かれたのか。
もう、分かっていた。
母さんは、僕を愛していなかった。
知っていた。
僕は村の人に忌み嫌われているんだって。
僕の髪は緑色で、暴食の色とも呼ばれる不吉な色なんだって。
緑色の髪の子供は僕以外に村にはいなくて、初め友達が出来なくて泣いたりもした。
今だって友達と言えるのは隣の家の女の子一人だけで、それも隠れて会って話すような関係だった。
良い子だった。
僕は初め、女の子の事が嫌いだった。
緑の髪の事をいじってきて、みんなで一緒にからかってきた。
でも、暴力だけは誰にも振るわせなかった。
誰かが僕に暴力を振おうとすると、すぐに庇ってくれた。
初めはよく分からなかった。
すぐ虐めてくるのに、暴力の時は庇ってくれて、他のみんなが自分のいない時に僕を虐めているのを知ると、すぐに止めてくれた。
そんな日々がしばらく続いて、ある出来事があった。
村で子供が一人いなくなった。
僕は疑われた。
お前が何かしたのだろう、と。
何処へやったのだ、と。
知らなかった。
僕は何もしていなかった。
いつも通り、家の隅っこで一人遊んでいた。
誰も信じてはくれなかった。
母さんも疑ってこそ来なかったが、何も言ってはくれなかった。
でも、
「私知ってるよ!こいつは何もやってない!いつも一人で遊んでるだけだよ!」
女の子だった。
「レンカ、こいつは悪魔の子だ。こいつを庇うような事は辞めなさい。」
女の子、レンカの父親だった。
「かばうかばわないじゃないもん!私知ってるもん!リックが森に一人で入っていくの見たんだもん!」
「そうか…」
そう言って、レンカの父親と村の人達はリックを探しに行った。
残ったのは僕とレンカ、そして母さん。
「ごめんね…」
母さんはそう言って家に入って行った。
レンカは無言で僕の怪我を見ていた。
僕は何回か蹴られたり殴られたりして口の中とか頭から少し血が流れていた。
女の子は少しの間、僕を眺めてから。
何処かへ行った。
と、思ったら何かを持って戻ってきた。
「これ、傷に付けると良いって。」
そう言って、葉っぱをくれた。
「…ありがとう」
あの時は、僕は笑えていただろうか。
笑顔で、ちゃんとお礼を言えただろうか。
今となってはレンカに聞く事も出来ない。
でも、あれから隠れて会うようになって、彼女と友達になれた。
レンカは、僕がいなくなる事をどう思うだろうか。
悲しむだろうか。悲しんでくれるだろうか。
今となっては分からない。
ガサガサガサガサ。
周りの草々がざわついている。
この森にはたくさんの動物がいる。
しかし、いるのは動物だけではない。
動物が変異して、家族だろうと同族だろうと見境無く喰らうようになった存在。
魔物が、いる。