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7/16 記録なし

ん?なんで記録なしなのかって?


そんなの今回が厨二回だからだよ。



7/16日分の日記はない。

なぜならその日に書く余裕がなかったからだ。

今更記録を回収するのも難しい、過ぎ去ってしまえばおぼろげで覚えているようで、全く覚えてない。



















































閲覧を止めることを推奨します。












































閲覧を中止してください。



























不許可。不許可。

許しません。許されません。





どうか、どうか私を許してください。


































Flower:ナーシサス






























この日の分の話は過去を振り返ろうと思う。


自分の過去。

自虐と自己嫌悪と二重性に満ちた私が鋳造されることになった理由を語っていきたい。


初期のモデルの私。

自我が芽生えて少しの頃、小学生低学年頃。

その頃から私ははっきり今で言うインキャだったのかもしれない。


ただ今と違うことは自分こそが大正義だと思っていたことだ。


殴り合いも、虐め合いも、耐えるのではなく攻めて攻めて、血塗れにしてやろうと言う今とは180度違った。


今が被虐癖なら昔は加虐癖や支配欲が強かったのだろう。


今みたいな陰湿で陰険な殺意で殴っていたんじゃなくて、単に勝ちたくて自分の正義を押し倒したくて殴っていたような気がする。


他人の意見よりも自分の感性、組織の団結よりも個人の我儘。我が子供時代ながら今書き起こすと殺したくなるような性格をしている。


どんな相手にも臆せずに気に入らなければ暴力的な解決すら辞さなかった自分の度胸というか無神経さには拍手を送りたいくらいだとは思っている。


今はそんなことはできない。


度胸もないし、力もない。

私は大体成人男性の平均身長と同じくらいで、体重が50キロなので、ほぼ骨と皮しかない。

病気でも患っているのかと思われるかもしれないが、精神以外は特にこれといった不調はない。


贅沢なことを言うならば、臀部の筋肉が薄いので長時間座る仕事の時は座布団を敷きたいとかはかんがえるがな。


現在はそんな脆弱体型なので、1発でも拳を振り上げようとすれば、こちらの方がダメージを負う。


でもそれはそれで良いのだ。

相手がカッとなって軽く出した1発で私は重傷を負える。それはつまりどんな暴力であれ、私は大袈裟に法的に訴えることができる。

それは骨を折るような暴力戦よりよっぽど楽で、同情を煽れる。


今も昔もどのように相手に深傷を負わせるか、と残虐(プラス)陰湿(マイナス)も基軸はブレていない。


過去は過去でいつか洗い流される。


過ぎ去ってしまえば証拠はなくなる。


その次は記憶。


どんな悪事も、善行も。


いつか消えてしまうならやり得だ。

己がそれを真に希望であると思うなら、間違ってないはず。否定できない良いことだ。


人は見かけによらないと言うように、消えた過去の重みが見える人間などこの世に存在しない。


だから、殴りたいほど嫌いな相手がいるなら、殴れば良い。ただし勝てる見込みがある時だけだが。


そう、力の赴くまま憎むも愛するもないチャイルドワールドで大事になっていたのは勝つか負けるか。


私は勝つまで戦う派だった。

血が出ても、嫌われても。

だから、ある一点の時が来るまで明確な敗北は知らなかった。


ただ自分がなんとなく周りから逸れものにされていることは感じ取っていたが、いざとなればこの拳があると過信していた。


それでもいずれは負ける時が来た。


私はその日初めて砂場で敗北した。

あれは負けだ。勝ちたかった。躊躇したのがいけなかった。目に指が届いたのだから、引っ掻いてでも盲目にするべきだった。


それでもその頃の私には覚悟が足りなかった。

血は見た。泣き顔も見た。

しかし、取り返しのつかない行為は躊躇った。


目を潰したら見えない。

そんなことを気にして私はあれ以上奥に指を突っ込むことができなかった。


しかし、そんな戦闘中に微かな慈悲など伝わることなどもなく、顔を殴られたか髪を引っ張られたか、私は手ひどくやられた。


何が嫌だったかって、そのくらいじゃ私もブチギレるだけで納められる。しかし、周りに人がいる中での仕打ちだ。

許さない、この私は最強で最恐で、どんなことにも臆さず人に勝ち続けてきたのだぞ!?と当時は思ったことだろう。


付け加えるならその中に友人もいたのに、全く手を貸してくれなかったのだ。

これまで一緒にやってきたのに、その時ばかりは私を助けることはなかった。それが大層絶望的で、裏切られたようで、憎かった。


初めてそこで今と同じような負の殺意に似た闘志のエネルギーを心に宿した。


石を片手に逃げたそいつを追いかけた。

初めて味わった屈辱感、初めての砂を噛んで敗北した憎悪。


殺してそんな記録を消してしまいたかった。

だから、私はそいつの後頭部に振り下ろしてやるつもりだった。


殺すことの取り返しのつかなさよりも、自分の名誉こそが大事だったからだ。プライドが傷つけられることは許されなかった。


しかし、衝動的な殺害計画はあっけなく先生にバレてブチ切れられた。こっぴどく叱られた私の脳味噌はきっと歪んだことだろう。元よりかもしれないが。


この時あたりから真正面から殺すことは無駄で面倒臭いと感じ始めた。いや正確には負けて自信が無くなったのかもしれない。


勝負ごとから逃げて、目的達成は確実に、ルール上に無くとも拒まれるような手を尽くしてきた。


中学生あたりから今の私の原型はでき始めていた。

ただまだ少しだけプライドが高く、勝負はしないのに人より上に立っていると思っていた。


その頃は新聞記者ごっこをして、学校内のスキャンダルやゴシップを毎日書いた。


そうだ、言い忘れていたかもしれないが私は組織を作ることだけは長けていた。別にそれがなんの役に立つかはわからないし、今はできないことだが。


小学生の頃は砂場を拠点とする『泥団子教』という宗教を発足して、泥団子の美しさを品評していた。

砂場というオープンな場所ということもあり、学年を超えた団体だった。

今思うとバカらしいことばかりだ。


それで新聞社の方もクラス単位だったが、まぁまぁ大きかった。結局すぐに飽きて半年と持たなかったが、これくらいが私の唯一の武勇伝だろう。


ごっこ遊びくらいの首謀者、それが私の称号。

どこまでいってもプロになりきれない偽物。


年をとるたびに偽りが増えて、この口の中から溢れ出るのは嘘と暴論と相手を嘲笑う褒め言葉だけ。


愛したいと小説の中で嘆いても、口から出るのは天邪鬼のように「嫌い」ばかり。


年をとるたびに堕ちていく。


度胸がないから理想から乖離して二重に輪郭はなぞられる。


今は謙虚に慎ましく居たいという自分。

他者を愛して敬意を払っているはずなのに、誰かには「可愛い」なんて言って馬鹿にしている。


(愚かしくて)可愛いとか、カッコいい(と思ってそう)とか、言葉の節々に(悪魔の)言葉が付いていく。


今の友人の愚痴は子供っぽくてとても可愛い。

だから、可愛いと言ってあげているのにその真意にすら気づかない。そんなあの人のことが可愛くて仕方がない。


どれだけ馬鹿で間抜けで無神経ゆえに傷つけてこようとも私が優しく愛してあげたいのです。


こんなドロドロに病んだ子魔物の私を私はとても可愛いと思って愛している。


昔の私は嫌いだけど愛している。

今の私は可愛いから愛している。

きっと未来の私はふしだらだから愛している。



あまり語りかけるのを日記ではやりたくないが、もし過去、現在、未来から一人私を迎えることになったら誰が欲しいだろうか?


私はもちろん今の私だ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだ!┐(´д`)┌ザンネン まったく普通の男の子の成長期ではないですか(^_^;) [一言] ふつう! ふつう!
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