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乙女ゲームの世界かと思ったら特撮の世界でした

作者: 瀬戸者 サチ

 ふわ、と制服姿の少女はあくびをした。

 その制服は、少女の家からほど近い、中高一貫校のものだ。今の時期は合服期間で、どこかレトロなジャンパースカートだった。


「遅刻しそうです」


 場所は少女の家のリビング。きりっとした顔で言い切った。


「お姉ちゃんバカなの?いつも起きてるの5時台でしかも学校に着いてないといけないのは8時30分なのになんで遅刻するの通学徒歩10分でしょほんとバカ何したの」


 息継ぎなしの妹の台詞に少女は崩れ落ちる。そして恨めしげに言う。


「だってしょうがないじゃないですか、夜の夢の続きが気になって二度寝したら、いつの間にか今なんですよ」


「いやそれ論外だから、なにやってんの」


 やれやれとパンにジャムを塗りながらつっこむ妹。ちなみに苺より林檎ジャム派である。


「お姉ちゃん、朝ごはんは?」


「二度寝する前に食べたので今はいいです」


 朝ご飯におにぎりを食べた少女は、未だに項垂れたままで返事をする。


「そっか。というか、今日何かあるの?学校休みだよ?学校があるノリでツッコミしちゃったけど」


「え?今日は月曜日ですよ?」


 姉妹揃ってきょとんとしている。なにやら意見の食い違いがあるようだった。


「うんそっか、お姉ちゃん、そこに座って?」


 妹が示すのは彼女の向かいの席である。この食い違いを放置していたら、色々と無駄骨を折るはめになるのを妹は知っている。経験則で。


 手に持っていた鞄は一先ず足元に置いて、なんだろうと素直に座る少女。ここで何を始めるの?とならない辺り、姉妹の普段の様子が窺える。


「お姉ちゃん、昨日学校で何したっけ?」


「中等部と高等部合同の体育祭でしたね。楽しかったですけど疲れました」


 ほけほけと笑いながら言う少女。そしてまだ気付かないのかと額を押さえる妹。


「うん、それなら今日は?」


「月曜日なので学校です」


「いやいやいや、今日はその代休でしょ?!」


 結局、少女の勘違いが判明して、この話は終わりになった。



*#*#*#


 制服を着ている必要が無くなったため、着替えながら、少女は先程見た夢について物思いにふける。


 私の世界と似ていて、けれど違う異世界。私は一人の少女で、夢の中身はその『わたし』の一生だった。

 つまりあの夢は、前世の記憶だったのか・・・?


 不思議なことに、少女には夢を見てから、その夢で見ていない異世界のことさえも思い出すようにして分かるようになったので、そう結論付けた。


 少女の暮らす世界では、前世の記憶があるのは珍しい事でもない。しかし前世の記憶を利用して、ライトノベルのようにチートするなんて事もない。

 そのほとんどが少女の世界の方が科学技術が優れているか、少女の世界にはない力を使ったもので、再現する事が出来ないからだった。


 そんな考察までが少女の世界の常識の範囲内にあるのだから、少女がすんなりと結論付けたのにも納得出来るだろう。


 そして最初に戻るが、少女が見たのは少女の前世がゲームをプレイしている様子だった。やけに画面がキラキラして見える、いわゆる乙女ゲームというやつである。

 そのゲームの舞台は少女の通っている学園とよく似ていた。


 前世からみると、私が今生きている世界は乙女ゲームの世界になるのかな?


 そんな訳でその日から、少女は前世持ちの少女になった。


 かといって少女が何かしようと思う事も、前世持ちになった事によって何かが変わる事も無い。


*#*#*#


 次の日。

 少女はしっかりとカレンダーとスケジュール帳を確認して、今日こそはと学校に行く支度をした。


 ちなみに、少女は学校に早めに行ってのんびりする派、妹はギリギリまで家で粘ってチャイム三分前に学校に着く派である。


 「行ってきます」


 少女は、右手に鞄を、左手には林檎ジャムが塗られた食パンを持って。


「ちょっとお姉ちゃん!?それあたしの朝ごはん!」


 玄関を出た。歩いていく少女は(何故か)妹の朝食を手に持っている事に気付かないし、あまりにも自然すぎて、妹も一瞬気が付かなかった。


 少女はそんな妹の声を持ち前のマイペースさでスルーして学校までの道のりを歩いていく。


 昨日の朝の妹の台詞通り、少女の通学時間は少女の通学時間は十分程度である。食パン一枚を食べる時間としては丁度良さそうだ。


 そういえば、かなり昔に流行った少女漫画で、ヒロインが「いっけなーい✩遅刻遅刻」っていう台詞を呟きながら食パンを咥えて走っていて曲がり角でイケメンにぶつかる、みたいなシーンがあったって叔母さんが言ってましたね。

 食パンを咥えて走っている所までは分かるけど、どうやってその状態で喋ったんでしょう?私にも出来ますかね?


 そんな事を考えつつ、てくてくと歩きながら少女が食パンを食べ終えた時、曲がり角の向こうから男が現れた。


「わぁいけない遅刻だ遅刻だ。今日は一段とやばいぞ。あぁ今度こそクビにされてしまう!我等が女王ダークローズさmゲフンゲフン上司にっ!」


 どこかの少女漫画のヒロインか不思議の国の時計ウサギなのかな?と思ってしまった少女は悪くない。


 強いて言うならタイミングが悪い。そして男の格好も悪かった。


 シルクハットやロングコート、シャツ、ベスト、スラックス、革靴に至るまで全て真っ黒なのだ。その中で目立つのは白いネクタイ、左の眼窩に嵌められた銀縁の片眼鏡、白手袋に握られている銀の懐中時計。


 ちなみに少女の「時計ウサギかな?」という感想は主にこの見た目からである。


 男はそのままの勢いで脇目もふらず走り去る。

 少女は何だったんだろうと首を傾げながらも、何事も無かったかのように学校に向かう。

 明らかな不審者だった筈なのだが、少女は自前の途轍もないマイペースさで気付かずにスルーしている。


……そこで気付けば、彼女の勘違いしていても支障のないほど些細な勘違いの終わりが見えた、かもしれない。


*#*#*#


「さっきのニュース見た?駅前にヴィランが出たんだって」

「見た見た。その後直ぐに三人組のヒーローが来て倒したんだよね。名前なんて言うんだったっけ?」

「あー、なんだっけ?三人ともイケメンだからそのインパクト強すぎるよね」

「だよねー。あっ分かった。そもそも名乗ってないから名前分かんないじゃん」


 教室に着いた少女はのんびりと本を読んでいる。本の世界に入り込み、周りの事は気にしていないようだ。またぺらりと頁をめくる。


 少女の席は窓際の一番後ろなので、開いた窓から中庭にある藤棚が見えるし、風が吹けばそのいい匂いも届いてくることがある。


 今もその匂いにつられてふと顔をあげた少女の目に、少女の中の「この世界は乙女ゲームの世界である」という勘違いを加速させる出来事が映った。


「す、好きです。付き合って下さい!」


 恐らく新入生の一人なのだろうか。仕草が初々しい女の子が、校内でも屈指のイケメンと噂の先輩(少女には黒先輩と呼ばれている)に告白していた。傍から見ればお似合いとも言える二人だが、そうならない事を少女は知っていた。


「すまないが俺には彼女がいる」


 あれはまだ少女が一年だった頃。黒先輩とその彼女の紅子先輩は幼馴染で、なおかつ俗に言う両片思いだった。二人の両片思い歴は推して測るべしという事である。


 それを見兼ねた黒先輩の友人である青先輩が、紅子先輩の友人である少女を共犯者に仕立て上げ、報道部長である伝を存分に使い学園高等部全体をも巻き込んだ『両片思いを両想いにしよう大作戦』(青先輩の幼馴染の赤先輩命名)を決行した。


 青先輩は周囲への根回しと計画を、少女はその計画の実行を担当し、作戦を決行させた。予想外に長引き、周囲をもだもださせた二ヶ月間。


 少女が「新入生なので分からないんです。いいお店教えてください!」という名目(学園の周りは少女の地元でもあるため本来なら分からないはずは無いが青先輩の指示である)で先輩二人を街へと連れ出し、三人でいることに慣れてもらう事毎週末。

 そのうち、「あ、飲み物買って来るので待ってて下さいね」(バリエーションあり)で二人きりにさせてわざとゆっくり時間をかけて買って来ること二桁。

 そして最後に、花が咲いている前で告白すると絶対に成功するというジンクスがある中庭の藤棚に、黒先輩は青先輩が、紅子先輩は少女が呼び出して二人を引き合せる事三回。


 二人が片思いから両想いになるにはそれだけかかった。


 その反動なのか紅子先輩と一緒にいる時の雰囲気がどことなく甘くなった黒先輩は、よく彼女がいることを知らなかった新入生に告白されている。少女がみただけでもかなりの回数だ。その友人である青先輩と赤先輩も、同じくらいよく告白されている。やはり藤棚のジンクスがあるからか特にこの時期は多い。


 少女にしてみれば、あの地獄とも天国ともつかない二ヶ月間が乙女ゲームのシナリオのような気がしている。プレイヤーが恋愛をするのではなく、キャラの恋愛を手助けするタイプの乙女ゲームだ。


 そう思い出して考えながら、またつまらぬものを目撃してしまった、と少女が心の中でふざけて呟いた所でホームルームのチャイムが鳴った。


*#*#*#


 一日がほぼ何事もなく過ぎた放課後。家に帰ると買い物を頼まれたので、少女は財布とエコバッグを持って駅前の商店街に向かった。

 買い物リストには昨日のカレーで無くなった野菜と来客用の日持ちするお八つとある。


 少女の買い物の帰り道に、事件は起こった。少女が朝すれ違った悪役とその上司が駅前に現れたのである。


「おっそいわよ」


「も、申し訳御座いませんローズ様ぁー」


 彼ら秘密結社はヒーローだけが敵だと公言し、基本的に人的被害は出さない。人質をとっても監禁ではなく、よくて至れり尽くせりで一度も成功していない誘拐()と言った所だ。それでも何か野望はあるらしく、それを阻止すべくヒーロー達は日々悪役の相手をしている。


 今日は駅前で至れり尽くせりな誘拐(遊園地へのご招待)の被害者()を探すようだ。まだヒーロー達はここに来ていない。


「あら、あの制服見覚えあるわね」


「あ、あれは聖乙邪無(せいおとじゃな)学園の制服ではないde7:j%!sh?!?!」


 少女が上司にターゲットされたようだ。


 さてここで、声にならない悲鳴をあげた悪役の中の人(着ぐるみでは無い)について言わなければならない事がある。実はこの中の人、少女の従兄弟なのである。つまり少女がたんぽぽを顔の周りに飛ばしているかのような笑顔で、その圧ですら花が破れてしまうような攻撃をしてくるのを身をもって知っている。


 悪役は背筋が凍った。


 もし悪役の正体が少女にバレてしまえば、横にいる上司からの「ご褒美」として数週間の間着せ替え人形にされてしまう。服の系統は闇鍋も真っ青なちゃんぽん具合なので確実に趣味ではない所か、毎日女装も有り得るので避けたい所だ。人間としての尊厳が消失する。


 これは朝すれ違った時でも気付かれなかったのできっと大丈夫だ。悪役は心の中で胸を撫で下ろす。


 そしてまた背筋が凍った。


 もし少女が本格的に被害者()になり、そこで運悪くヒーローが到着し、それを見た少女が少しでも悪役達を倒した方がいいのかなと思ってしまったら……。身に染みている少女の技術を持って懲らしめられる所か身のこなしの癖で正体がばれる可能性もある。


 ここまで無言であった悪役だが、そもそもそんなタイミングでヒーロー達が来るはずかないと考えてまた心の中で胸を撫で下ろした。


 なぜ上司が制服に見覚えがあったのかは謎である。


*#*#*#


 いつの間にやらターゲットにされていた少女だが、今はのんびりと近くのカフェテラスで悪役達とおしゃべりしている。ヒーローが来るのでまでの時間潰しだ。


「来ないですねー」


「来ないわねぇ」


「左様ですね」


「そこにいたのか秘密結社め!!」


 噂をすれば、というタイミングでヒーローが現れた。三人組のリーダーのレッドである。後の二人はいないようだ。


「あら、来たわねヒーロー」


 ヒーローに対峙する位置までそそくさと移動した悪役達である。少女の分だけ注文されていた紅茶の代金は、こういう時にモタモタしないようにと先払いかつ誘拐()なのだからと彼ら持ちである。抜かりない。


「今日こそお前達の野望を暴いて阻止するぞ!!」


 悪役(主に部下の方)の誘拐により、だんだんと遠ざかって行く会話を聞きながら、少女はふと考えた。


 あれ?これって……。もしかしてこの世界は乙女ゲームではなくて特撮の世界だった?前世の乙女ゲームの舞台と私の通う学園が似ていて、名前も同じ……名前は全然違いましたね。

 そもそも前世の記憶で思い出したのって今思い返すと、乙女ゲームじゃなくて『学園要素のある特撮ヒーロー物』のゲームでしたね。学園の女子生徒視点の。


 今更である。



 結論【少女の謎のスルー?スキルにより発生していた些細な勘違いは、少女のちょっとしたゲーム主人公(プレイヤー)補正に依った出来事により、特に周囲に知られる事無く正された】


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