【コミカライズ】そのお言葉、喜んでお受けいたしますわ
学園の卒業式を祝うダンスパーティー。今年はこの国の王太子とその婚約者である公爵令嬢が共に卒業し来年の婚姻式を迎える準備に入ることもあり、例年より遙かに豪華なものとなっていた。
例年なら代理人が来るだけの国王陛下も王妃様と一緒に参加するほどの入れ込み具合だ。
単なる学園の講堂が、今は王宮で舞踏会を開く大広間のように飾り立てられ、集まっている顔も錚々たるこの国の重鎮たちのものであった。
だから、このような発言が簡単にされていい場所などではなかった。
「リリィディア。僕はお前との婚約を破棄する」
「ありがとうございます、キャメロン殿下。そのお言葉、喜んでお受けいたしますわ」
婚約破棄を言い出したのは、この国の王太子キャメロン・カルヴァン殿下。
「もう取り消せませんわよ?」そう言って藤の花色に光るドレスの裾をひらめかせ、大勢の生徒たちがひしめく講堂を後にしたのはリリィディア・ラモント公爵令嬢。
2人は生まれ落ちた瞬間からその結婚が定められた婚約者同士だった。
リリィディアは、逸る心そのままに、足取りも軽く駆けていく。
細くて折れそうな足も、履いている小さくてヒールの高い靴も、早く走るのには向かなそうなのに、誰もその動きについて来れない。
校庭の中央で立ち止まり、しなやかな白い腕を空へと伸ばした。
「お待たせしました。やっと約束が果たせますわ」
そんなリリィを追いかけてここまでやってきた王太子と、その未来の側近たちは息も絶え絶えの体でその場に蹲った。
「お、おい、リリィ。…はぁ、はぁ。何の、…つも、り、だ。ちゃ…はぁはぁ、んと、はぁ、最、後…まで、はぁはぁ、私の、話を、はぁ、聴け」
本気で息が切れているのか、とぎれとぎれにしか聞こえないそのセリフの意味を把握するのは難しい。
「もう婚約破棄したんですから王太子殿下と言えども、わたくしを“リリィ”なんて呼ばないでくださいますか?」
あっさりと拒否権を発動したリリィは視線すら王太子に向けようとしなかった。
「ちょっと! カム様が話してるんだから、ちゃんとこっち向いて平伏しなさいよ!!」
息も絶え絶えの男達の中で、リリィ以外で元気にその場に立っていたのは彼女だけだった。
「あら、貴女。甘えん坊キャラで皆の妹を気取っていたのに、そんな言葉遣いしてたらいろいろバレてしまいましてよ?」
男爵令嬢コリーン・クーパー。ハニーピンクの髪と蜂蜜色の瞳を持った愛らしい顔をしたこの少女は、平民として暮らしていたが半年前に母親が亡くなりクーパー男爵の庶子として引き取られ突然貴族に引き上げられた娘だった。
この魔法学院に急遽編入してきて以来、貴族令嬢にはない天真爛漫さとその甘ったるい喋り方と相手に婚約者がいようがいまいが関係ないとばかりの男性陣への距離の取り方で、学園中の貴族令息の庇護欲と下半身を刺激しまくり、一大逆ハーレムを築いたある意味猛者である。伝説作ったな。
「いやだ。なんのことですかぁ? リリィ様ってば怖~い」
今更のようにその場に蹲ったままの王太子殿下の足元に取り縋ってみせる。本当に今更だ。
「コリーンの愛らしさに妬いてるからって、貶めるなんてヒドいですぅ」
泣いちゃいますよ? といいながらふるふると震えていたけれど、その瞳には涙は全く溜まっているようには見えない。
「わたくしに、コーナン嬢、貴女を嫉んだり妬いたりするような要素はまったくないと思いますけど? 何かありましたかしら? 困ったわ、まったく思いつかないのです。
それよりも、貴女にわたくしを愛称で呼ぶ許可など出しておりませんわよ?」
「キーッ。私はコリーンよ!」そんな風に地団駄を踏むのも令嬢としてどうなのか。どうでもいいか。
──バサリ、バサリ。
校庭に大きな影が差す。
「来てくださったのですね」
リリィの、大理石のような滑らかで艶やかな白皙の頬に朱が差す。空の青さをそのまま映したような蒼い瞳はその輝きを増し、花がほころぶような美しい笑顔が広がる。そしてそれを縁どるような金の髪は陽光を受けて燦然と輝いた。
「来るに決まっているだろう。
お前に掛けられた楔が解ける日を、私がどれほど待ちわびていたことか」
嬉しそうに朝露を含んだ薔薇の花弁のような唇が口角を上げる。
ようやく追いついたその他の人々も、その姿を確認して畏まって膝を付かずに居られなかった。
人々の前にいるのは神々しいまでに美しい、翼をもった竜であった。
「光翼の、神竜」
陽の光を浴びて虹色に光るそれを目にしたうちの誰が呟いたのか、その名前が囁かれた。
「お前らに、私の名を許した憶えはない」
ひっ。その場にただ蹲っていた男たちが平伏の形を取り直した。
「どうでもいいではありませんか。
この場から今すぐ旅立ちましょう?」
リリィが唆すと、光り輝く竜が了と受けた。
「待ちなさいよ! リリィディア、なんでアンタがそんな偉そうな竜と一緒に行くとか言ってんのよ。
王太子殿下に振られたんだから、泣いて縋るとか、泣いて詫びるのが先でしょう!?」
どうやらこの男爵令嬢は振られたら泣くのが基本なのかと要らない知識が増えたが、それよりもリリィには何よりもまず訂正しなければと思うことができた。
「わたくしは王太子殿下に振られてなんかいませんよ?
だって一度として一ミリすらミジンコ相手によりも王太子に心を捧げたことはありませんもの」
心外だとばかりに滔々と訂正を入れる。
「わたくしの心は、その全てにおいて、光翼の神竜さまのものですもの」
リリィはうっとりとした甘やかな視線を愛する竜へと注いだままそう告げる。
領地にある湖のほとりで1人、この身を苛む孤独感と違和感を振り切りたくて屋敷を抜け出し見様見真似で剣の修業に励んでいた時に、美しい竜が舞い降りてきたあの時から、ずっと。
リリィの心には、神竜しかいないのだ。
「ふ、ふんっ。なによ。でもそうね、アンタみたいな高慢ちきな女には人成らざる異形の獣がお似合いよね」
周りがコリーンの不遜な物言いにあたふたとしているのにも気が付かないまま、その口は汚い呪詛の言葉を紡ぎ続けた。
「どうぞその獣と一緒にこの国から出て行って? 私は王太子様と学園の皆さんと一緒に、毎日楽しく暮らしていきますから!」
ほほほほほ、と高笑いをするコリーンの声に、上から更なる高笑いが響いた。
腹を捩るようにして口元に手を当て笑っているのは勿論リリィだ。
「何がオカシイのよ。あぁ、自分の置かれた境遇にようやく気が付いて、気が狂っちゃったとか?」
コリーンがそう意地を張るようにけらけらと笑って見せるも、リリィの高笑いは止まらなかった。
「黙りなさいよっ」
すっかり甘えん坊の妹という仮面がどこかに行ってしまった恐ろしい貌をしてコリーンが叫ぶ。怖いというかいっそ醜いと言った方がいい貌だ。
「だって、コーリン嬢ったら、変なことをいうんですもの」
「コリーンよ! 何がおかしいのよ。おかしいのはアンタの頭でしょ!」
真っ赤になってリリィを指さしている姿は滑稽なほどで、とてもあの学園の男子生徒を侍らせ君臨していた理想の妹と同じ存在には思えないほどだ。ハッキリ言って醜いのひと言がお似合いだ。
「うふふ。だってコリン嬢って、わたくしと同じ面食いでしょう? なのに、王太子殿下と一緒になって、幸せになれるなんて。あぁ、おかしい」
コロコロと鈴が転がるような笑い声が響く。
「カム様は美形じゃないの! 金色の髪も、碧色の瞳も! 全部全部最高に素敵じゃないの!」
それを聞いていたキャメロン・カルヴァン王太子は頬を染め幸せそうに照れていた。
「そうなのね、蓼食う虫も好き好きっていうけれど本当なのね」
ほう、と片手を頬に当てて、リリィは大きく息を吐いた。
「そうか。リリィディアは面食いか。では番としてリリィの好きな顔に戻って正式に君に愛を請おう」
光翼の神竜と呼ばれたその存在が大きな光に包まれる。
その光の中から現れたのは、虹の様な煌めきが流れるような白銀の髪をした、玲瓏たる美丈夫だった。長い睫毛に縁どられた瞳は、髪と同じ白銀のそれだ。薄い唇が紡ぎだす声は、まるで天上の音楽のように耳に届いた。
「 リリィディア嬢。クレーバーン一族の長、光翼の神竜と呼ばるるアルフレッドは、貴女へ生涯の愛を請う。我が番として、世界を治める片翼となって欲しい」
「リリィディア・ラモントは、アルフレッド・クレーバーン様へ生涯の愛を捧げます。この世界の果てまでも、いついつまでも貴方様と共にあらんことを誓います」
その誓いを唱え終わったと同時に、リリィディアの額に小さな紅い印が現れた。そうして同じ場所に同じ物がアルフレッドと呼ばれた光翼の神竜の額にも現れる。
「これで、わたくしは貴方の物ですね」
「これで私は貴女の物だ」
二人は視線を絡めて微笑みあい、これまで過ごしてきた地へ別れを告げることにした。
「それでは、私たちはそろそろお暇をしますわ。
皆さま、どうぞお達者で。
そうそう。私が掛けておいた魔法は解除しておきますわね」
そこへ、ようやくこの国の国王と王妃、そして宰相たるリリィの父ラモント公爵が追い付いてきた。3人共もういい歳だからね。足が遅いのは仕方がない。
「リリィディア嬢、お願いだ。私の馬鹿息子は廃嫡にでもなんでもする。この国を見捨てないでくれ」
この国で一番尊い筈のその人が、惨めたらしく両の膝をつき、両手を組み合わせて祈り請うた。
その横ではこの国で、女性として最も高貴であるとされる王妃も額づいて請うている。
「お願い、リリィディア嬢。馬鹿息子は許さなくてもいいわ、この国を許して」
その後ろから父であるラモント公爵が己の犯した罪について慈悲を請うた。
「リリィディア…お前の母から奪ったこれは返す。だから、この国を見捨てるのだけは、許してくれ」
震える手で差し出されたものは、先ほどの儀式でリリィディアの額に現れた小さな紅い印そっくりの一枚の鱗だった。
アルフレッドがそっと手を振ると、それはふわっと浮き上がりリリィディアの掌に落ちてきた。
「おかあさま…」
手にしたそれを、ぎゅっと両手で握りしめる。
この証を奪われてしまったばかりに、リリィディアの母は愛する番の元へ戻れなくなったのだ。そうして日に日に弱り続け、リリィディアを産んだその日に儚くなった。
それをリリィはあの日、湖のほとりで教えて貰ったのだ。
自分が、本当は人ではないことも。
「先代も、義母上のお帰りをお待ちだ。いこう」
その言葉に、母の帰りを今も待つ実の父のことを思う。
リリィは小さくこくんと頷いて、わが身に祈りを込めた。
その背に、隣に立つアルフレッドそっくりの翼が生える。
ぐっと、ぐぬぅとか、息が詰まるような諦めにも似た声がどこからかしたが、リリィはその声を無視した。
「わたくしが掛けていた魔法は解いておきましたわ。では皆様、本来のお姿で頑張ってくださいましね」
「ぎゃあああ。寄るな不細工ぅ」「お前こそ顔面崩壊女がぁぁ」
「なんだとこのデ豚デブ夫」「なんだこの枯れ木のような萎れた婆は」
「バーコード禿げだったなんて騙された」「でぶす女が何を言う」
だってわたくしリリィディアはイケメンが大好きなのです。
不細工の傍で暮らすなんて無理でしたの。
だから、自分でも無自覚な内に、国全体を幻術魔法で包んでいたのです。
それができるだけの力がリリィディアにはありましたから。
「皆様、どうぞお幸せに」
誰が誰を罵る言葉なのかなんてどうでもいいリリィディアとアルフレッドは、抱き合ったままその場から飛び立った。
コミカライズ記念として、7/27付活動報告にておまけ小話を掲載しております。
なんというか、竜の乙女台無しやん、という真実が(笑
よろしければお付き合いくださいませv
※コミカライズ版を読んでもうちょっと深いとこはないんかい、と思われた奇特な御方は『竜の乙女は悪役令嬢になることに決めました。』をお読みになって戴くと、ここには全然書いてないお話が読めます。私もあのアンソロの1、2巻を読んで探した仲間でございます(笑) ただし、あちらはキャメロン殿下LOVE話なので「おい、話が違っちゃってるだろ」といいたくなるかもしれません。ご了承ください※
※このお話をバッドエンディングのひとつとして見立てた阿呆話をコミカライズ版無料公開記念として上げました(笑)『百合男で腐男子の俺が乙女系育成ゲームの悪役令嬢に転生した件。』記念というか、むしろ色々穢している気もするお話ですが、よろしくお願いします~※
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ヨギリ酔客さん(@tane_hanashi_No)よりFAを戴きました♡
可愛らしいリリディアはんと光翼の神竜になったアルフレッド様です
可愛過ぎて眩暈がしました♡
ありがとうございましたー!
かわいすぎ❤