《7》
どうしてシエル兄さんは、僕に会いたがっているのだろうか。
兄弟の中でも、一番自由気ままなシエル兄さんは、あまり皆に干渉したがらないし、何しろちょっと変わっている。ライル兄さんもいつもシエル兄さんに手を焼いていた。
王子と言うよりも、シエル兄さんはどちらかと言えば神出鬼没な旅人のような存在だった。掴みどころの見当たらない兄さんとの会話は、真意を知るのにとても時間がかかる。理解したと自分で思っていても、兄さんの真意はもっと別の場所にあったのだと、後から気付くことも多々ある。
そんな事を考えながら、彩り豊かな珊瑚礁の間を行きとは違う道のりで進んで行く。それは僕達が住む場所とは少し離れた場所にある、見た目はなんの変哲もない洞窟。
しかし、そこはいつも同様、中が全く見えない。
というよりも、中を知らなければそこが洞窟だと気付くこともないだろう。
だってただの大きな岩場にしか見えない。限られた者しか中を伺い知ることが出来ないその場所は、今ではシエル兄さんの住処になっている。
他よりも少し平らになっている場所に近づき、左手で触れる。
「ウンディーネ」
呼ばれたウンディーネは嬉しそうにこちらへ近づく。それを更に手で引き寄せ、自身の胸の前で抱え込む。ウンディーネは、不思議そうにこちらを見つめていた。それに思わず微笑む。
「僕から離れたら駄目だよ」
愛らしいウンディーネは、僕の言葉に笑顔で何度も頷く。それにまた、笑みが溢れたのが自分でも分かった。それから、手の方へ視線を戻す。そして僅かに力を込め、瞳を閉じる。
「宝石の加護を受ける者、我が名は〈アベル・アルセードフォスター〉」
胸元の宝石が静かに光を宿すのを感じた。そして、左手は徐々に中へと誘われて行く感覚がする。閉じていた瞳を開けると、左手は既に埋まり、肘のあたりまで迫っていた。ウンディーネは、驚いたように僕と腕を何度も交互に見ている。未知の出来事を目の当たりにして、僅かに怖がるウンディーネに、昔の自分を思い出した。
「大丈夫。心配ないよ」
そう言って、微笑んだ僕にウンディーネは落ち着きを取り戻す。しかし、眉は下がりその瞳は不安を宿したまま。僕は、ウンディーネを抱く右手を更に優しく抱き寄せた。そして、導かれるまま、そこに足を踏み入れた。