《5》
彼女が去っていく姿を見送って、暫くが経ったように思う。
あんなに泣いていた海は、今はもうすっかり静かになっている。夜も、もうすぐ明けるのだろう。地平線の先が少しずつ、明るいグラデーションを作っていく。
戻らなくては。
けれど、体はまだ動いてはくれない。彼女を連れて行った青年の残り香が、酷く僕の鼻腔に残っている。
青年の事など知らない筈なのに、酷く懐かしい匂い。
海の、香り。
ふと、視線を落とすと見えたペンダントは、僅かに光輝いていた。それは自然光からの輝きではなく、ペンダントにある宝石自身が光り輝く姿。
⋯⋯ペンダントが反応してる⋯⋯?どうして?
青年の持つ香りに関係しているのだろうか。それとも単に考え過ぎなだけ?僕には検討もつかなかった。けれども、ペンダントが嘘を付く事は決して無い。何よりも、僕のペンダントより、母さんのペンダントの方が光が強い。
あの青年は、母さんの事を知っているのだろうか⋯⋯?それとも、また別の意味がある?
「⋯⋯ウンディーネ?」
僕の髪の毛を引っ張るウンディーネ。
思わずウンディーネを見ると海へと帰ろうと誘ってくる。
空は、日の入りが始まろうとしていた。
少しずつ、太陽が顔を出していく。
「ごめん、ウンディーネ。急いで帰ろう」
日が昇ってしまえば、人に出会う確率が上がってしまう。それは何としてでも避けなければ。
僅かな疑問と、懸念を残したまま、僕とウンディーネは空と同様に明るくなっていく、写し鏡のような海へと戻った。