《3》
昔から。
そう、
生まれた時から、僕は母さんを知らない。
僕が唯一、母さんの存在を感じる事が出来るものは、そう多くはない。
それがゼロでは無く、あるという事自体に、僕は感謝するべきなのだろうか。
けれど不思議な事に、生きている限り、生命は欲張りなもので。
僕はまだ、頻りに母さんの面影を探している。
ふと、自身の胸元のペンダントを見つめる。
隣にいるウンディーネは、そんな僕を不思議そうに見つめていた。
母さんの存在を感じる事が出来る、もの。
胸元に輝くのは、何も僕のペンダントだけじゃ無い。
もう一つ。母さんの瞳の色と同じらしい、
美しく輝くアメジストのペンダント。
僕の物よりも一回り短いそのペンダントは、行方知れずになった母さんが、あの日落としてしまったもの。
僕が生まれた次の日に母さんは、この海から消えてしまった。
母さんは海の外ーー⋯⋯陸に居る筈だ、とライル兄さんは言っていた。
陸の住人に連れ去られてしまったのだと、ヨシュア兄さんは言っていた。
父さんは、母さんの落としたペンダントを生まれたばかりの僕に、預けてくれた。
少しでも、母の温もりを感じられるように、と。
事実、今こうしても、僕は母さんの存在を感じることができる。
ペンダントが僕に知らせてくれる。
ーー⋯⋯母さんが、生きているという事を。
「ウンディーネ、どうしたんだ?」
突然、辺りを頻りに見渡し始めたウンディーネを、今度は僕が不思議そうに見つめる。
ウンディーネは本能的に怯えている様に見えた。
そんなウンディーネを見て、僕は少しずつ速度を落とす。
そして、立ち止まりウンディーネを見つめた。
「ウンディーネ?どうしたんだ?」
声をかけられたウンディーネは、僕に擦り寄り、不安そうな瞳をこちらに向ける。
その瞳は少し、ゆらゆらと揺れていた。
そんなウンディーネを不思議に思い、彼女の頭を撫でる。
それに少し安心したのか目を細めたが、不安は完全には拭い切れていない様に思えた。
「大丈夫?」
問いかけた僕に、ウンディーネは眉を下げてこちらを見つめた。
困惑が混ざった様なその表情は、きっとウンディーネ自身も、その不安の正体が何なのか、分からない様子だった。
僕にしがみつくウンディーネを気にしながらも、再び、僕らは海の上へと向かった。
海の様子はいつもと変わらない様に思えた。