第27話 卵焼きと目玉焼き。
「コーケコッコーッ」
久しぶりに聞いた鳴き声で目を覚ました。
『鶏』の声だ。
『コケコッコー』となじみ深い鳴き声は『雄』しかしないのである。産卵後の『雌』も多少はそれっぽく鳴くけど、基本は『雄』だけなのだ。
ちなみに海外とは表現の仕方が違い、英語圏なら『クックドゥードゥルドゥー』。イタリアでは『キッキリキー』。フランスでは『ココリコ』と表現する。
同じ鳴き声でも捉え方が違うのだ。面白いよね。
「ん……」
俺は瞼を持ち上げ、瞬間状態を起こす。
普段であれば寝起きはいい方ではない。
しかし楽しみにしていることがあれば別である。
意識の覚醒から、一瞬で重たい瞼をぱちりと持ち上げる。
目覚めのいい朝だ。気持ちいい。
顔を洗いすぐに目的の場所へと向かう。
「おお……こ、これは…………」
眼前の巣箱には、まさしく『卵』が産み落とされていた。
「ちゃ、ちゃんと産んでくれている……」
この1年間卵を見ていなかった為、感極まってしまった。
「1、2、3……5個!」
全ての『雌』が産卵をしていた。
昨日、『雄』と『雌』を一緒にしていたため最大で全てが『有精卵』の可能性を秘めている。
最盛期の『雄』なら1日10回くらいは交尾をするから可能性は無くはない。
「むむう……仮に全てが有精卵だとしたら……このまま採取しない方が良いけど……」
そう。今後を見据え繁殖を目的としていたため、本来ならばこのままにしておいて『孵化』させるべきだが……。
『鶏小屋』の扉を開ける。
「失敬……ありがたくいただきます……」
呟きながらそっと『卵』を3つほど手に取る。
大きさ的には少し小さめだ。スーパーで売られている『Sサイズ』くらいだ。
つまりこの『鶏』はまだ若いということだ。
「おお……久しぶりの卵……!!」
朝っぱらからテンションをあげ、早速厨房へと向かう。
ちなみにだが、鶏の『雌』は交尾をしなくても卵を産む。
少し生々しい話になるけれど、人間でいういわゆる『生理』と同じものが毎日起こっている。
1日1卵が基本だが毎日生み続けた後に1日〜数日の間休産し、また産卵、というのを繰り返しているのだ。品種によってはほぼ毎日生み続けることのできるものもいるが。
交尾をせずに生まれた卵のことを『無精卵』といい、これはいくら温めても『孵化』をすることはない。
ちなみに市販でよく売られているのがこれだ。『雄』と交尾させる必要がなく手間が掛からないため、安く買うことが出来るものが多い。
そして『雄』と交尾をした後の卵を『有精卵』という。
これはちゃんと温めれば『孵化』をするものだ。
もちろんどちらも食べることができる。
『有精卵』だからといって栄養価が高い、と思っている方もいるようだが実際ほとんど違いは無い。
品質を決めるのは、『飼料』である。より栄養価の高い『飼料』を与えて育てれば栄養価の高い卵を産むとされているのだ。
あと、産卵後にすぐ温め始めることはない。
『有精卵』であろうが『無精卵』であろうが、産卵した卵が自分が抱えられる最大数になるまで産み続け、最大になった所で温め始めるという習性を持っているからだ。
だから最大数になる前に卵を回収すれば延々と産み続ける、ということになる。
これを利用して俺たちの食卓には『卵』というものが並ぶのである。
……なんともいえない気持ちになるけれど、ありがたくいただくしかない。
「……よし、卵焼きと目玉焼きにしよう……じゅるる……」
厨房で卵を2つ割り、かき混ぜる。
そこに『塩』を少し入れ、熱したフライパンに注ぐ。
ジュウゥゥーという音と共に懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。
慣れた手つきで卵をくるくると巻き、キレイな『卵焼き』が完成した。
「次はと……」
『卵焼き』を皿へと移し、次は卵を割り直接フライパンへと落とす。
数秒焼いた後少量の水をフライパンに注ぎ込み、蓋をする。
ジュウゥゥーとパチパチという弾けるような音を奏でながら『卵』を蒸らしていく。
焦げないように、固くなりすぎないようにしっかり見ながら個人的ジャストタイミングで皿へ移す。
「うへ、うへへへへ。久しぶりの卵……」
本当なら『卵かけご飯』を搔き込んで食べたいけど、『米』がないから出来ない。
しかしこれだけでも贅沢品である。嬉しさしかない。
この為にまだ未完成な『醤油』をほんの少量だけ『目玉焼き』にかける。
色んな食べ方があると思うけど、俺は『胡椒』と『醤油』をちょっとずつかけて食べるのが大好きだ。今回は『未完成醤油』だけだけど。
よく『塩派』『醤油派』『ケチャップ派』とかでケンカするという話を聞くけど、そんなん好きなので食べればいいじゃんって思う。
『卵焼き』は気分だ。今日は『塩』だけど、『マヨネーズ』を入れることもあるし『砂糖』をいれるのも好きだ。
「ま、まずは卵焼きから……」
切り込みを入れると、うっすらと焼き目のついた黄色い物体がぷるんと揺れる。
そして断面の中央付近は程よく半熟になっているようだ。
黄金のように輝くふわふわしたそれを口へと運ぶ。
「んっ……まーーーーい!」
舌触りの良い食感が口の中を幸せで一杯にし、主張しすぎない塩と卵本来の素材の味がなんともいえないバランスで混ざり合い、絶妙なコントラストを引き出している!!!
ああ……なんて幸せな朝なのだろうか……次は『目玉焼き』だ……。
まずは黄身を傷つけないように周りの白身を切り分ける。
そして不完全ながらも褐色の液体へつけ、口へと運ぶ。
「これこれこれ−!!!」
柔らかさとカリカリとした若干の焦げた食感を楽しみつつ『醤油』の奥深い味もうまく引き立たされている。
そしてぷるぷると揺れる黄身を優しく持ち上げ、まるごと口へ入れる。
「ふ、ふぁあぁぁあぁ…………」
咀嚼するまでもなく黄金の液体が口の中で弾けるのを感じ取る。
いつもこの一瞬の為に最後までとっておいてしまう……。
なんて幸せなのだろうか……もうこのままお星様になってもいい…………。
お皿を黄身で汚すこと無くキレイに全て平らげる。
ああ……3つも食べてしまった……。
昔から1日1個と言われていたため少しの罪悪感がよぎる……。
でも本当は1日2、3個くらいまでは全然食べてもいいんだよ……。
むしろ健康な人なら2、3個推奨なんだよ……。
そう自分に言い聞かせながら口の中の余韻を楽しんでいる。
「はぁぁ……。これは皆にも食べてもらいたい……でも繁殖させないといけないし……いやでも……」
今後のどのように予定を進めるのかを考えながら食器を洗う。
これだけ美味しいものだ、やっぱり食べて欲しい……。
しかし一度味を知ってしまうとまた食べたくなるよな……。
てことは逆に辛い思いをさせてしまうから、ある程度繁殖出来るまでは食べさせない方がいいということか……。
「むーん…………」
……………………
…………
……
「先に繁殖させよう……」
作物はスキルのおかげである程度なんとかなっていたから食べさせることができたけど、こればかりは生き物だから時間がかかるだろうし……ね。
個人的苦渋の決断を下し、『鶏小屋』の清掃をするために再び屋敷裏へと足を運んだ——。




