第26話 召喚、鶏、そして言い訳。
『鶏小屋』の前に立つ。
ウィンドウを開き、【召喚】をタップ。もちろん現在の【召喚】Lvは『1』だ。
そしてついに『鶏』を【召喚】する。
「『召喚』! 『鶏』!」
「…………」
だが何も起こらない。
「…………ってあれ、まさかの性別選択があるのか」
ちょっと興奮してしまい先走った感を出してしまった。
100m走で気合い入れてフライングしてしまった時のような恥ずかしさだ。大丈夫。誰もみていない。恥ずかしくない。
ウィンドウには『雄』と『雌』の欄が表示されていた。
なるほどね。そこは決められた方が都合がいい。生き物だしな。
気を取り直して。
「『召喚』! 『鶏』! 『雄』!」
叫ぶまではいかないが、芯の通った声で言霊を発する。
ちなみに、スキルはウィンドウをタップしても発声しても発動するぽい。発声する理由はもちろん気分だ。
すると、地面にみたことのある模様が描かれる。
正確にいうと、映像でしか見たことが無い。『アニメ』で。
そう。
『魔法陣』だ。
実際に見るのはこれが初めてだけど、これが『魔法陣』だということは一瞬で理解出来た。
地面に理解のできない文字を浮かべ青白い光を放っている。
そしてそこから浮き出るかのようにそれは『召喚』される。
「おお……ま、まじでにわとり……」
そこには以前より見慣れた白き体に赤き鶏冠を有する生き物、『鶏』がいた。
『コッコッコッ』と短く鳴きながら辺りをうろうろしている。
「一体どういう原理なんだよ……」
そう。原理が全然わからない。
というか『種』はまだなんとなく分かるけど、生き物を出すってどういうことなのだろうか……。
『種』は創造。『召喚』は転移。ってことだろうか。
仮に『種』は創りだしていたとしても、『生き物』を創りだすなんてありえない。いや、あってはならないのかもしれない。
だから仮定を立てるとしたら、俺の住んでいた以前の世界、若しくは同じ生き物が存在する別の世界から転移させていることになるだろう。
まあ、仮定を立てたところでこればっかりは神様にでも聞いてみないとわからないけどな……。
とりあえず鶏【雄】が逃げてしまわぬうちに、『鶏小屋』に入れる。
一度試したから、『召喚』の時、どの程度の距離に魔法陣が展開するのかは把握出来た。
次は直接『鶏小屋』に『召喚』しよう。
もう1匹『召喚』しようと思いウィンドウをみやる。
「あ、あれ? 『雄』の表示が灰色になってる……?」
パッと見た瞬間に『雄』は押せないと直感した。
一応試しに押してみるが反応しない。
どうやら『鶏【雄】』の召喚が出来なくなっているようだ。
しかし隣の『雌』の表示は白い輝きを放っているので間違いなく『召喚』できるだろう。
どういった制限があるのかは分からないけれど、もしどこかからか『転移』させているのであれば何匹も何十匹も連れてくるのはまずい……からなのだろうか。
時間経過で再び『召喚』出来るのか、スキルレベルをあげることで使用可能になるのか、条件はわからないけど今は出来ないということがハッキリと理解出来た。
となれば選択肢は一つ。
「『召喚』! 『鶏』! 『雌』!」
先ほどと同じ青白い光を放ちながら魔法陣が現れ、『鶏【雌】』が召喚される。
今度は直接『鶏小屋』へ出現させる。
おお……やっぱりすごい……。
これで『鶏小屋』の中には【雄】1羽、【雌】1羽だ。
やはりすごいな……。
しかしふとウィンドウに視線を落とすと、【雌】の表示は今だ白い輝きを放っている。
「ありゃ、まだ召喚できるというのか……」
しかしながら出来るというのであればやらない手はないだろう? あ、もちろん無駄に召喚させるわけじゃなくて。
理由はちゃんとある。
何羽まで召喚できるのか試す……って意味もあるけど、一番の目的は違う。
このまま同じ『鶏小屋』に【雄】と【雌】を入れておけば、そのうち交尾を始めるだろう。
だけど、『比率』に問題があるのだ。
種類にもよるけど、基本は【雄】1羽に対して、【雌】の方を多くさせた方が良い。
1対1の場合、交尾が終わっても【雄】は物足りず【雌】をつついたりしてしまうからだ。
だから【雄】に対して【雌】の比率をあげるのである。そうすれば、交尾後に他の【雌】と交尾を開始するから大丈夫なのだ。
うむ。鶏こそハーレムなのかもしれない。羨ましい。
その後何度か【召喚】を繰り返した。
今『鶏小屋』の中には、【雄】1羽、【雌】5羽がいる。
【雌】の5羽目を召喚したところでウィンドウの表示が灰色に変わり、『召喚不可』になったのだ。
だがこの比率はちょうどいい。
俺的にはまさに理想の比率だった。
これも神様の思惑なのかなんなのかしらないけど、ここまで増やすことが出来て良かった。
でもどこかの養鶏場から転移させているのだとしたらごめんなさい……。心から謝罪します……。
とにかく、これで一通り【召喚】スキルを実施が成功した。
結果的には今回は制限があり、『種創造』のように何度も作り出すようなことはできなかった。
しかし性別も選択可能である。なんらかの条件なのかわからないが、性別により『召喚可能数』に違いがあった。
そして『成体』で召喚することが可能であり、即戦力になることも確認できた。
これでこのまま飼育していれば交尾するだろう。
まあ交尾しなくても【雌】がいれば『卵』を頂くことができるのだけれども。
しかし今後を考えれば繁殖を考えて行動した方が近道になるからな。
とりあえずはこのまま様子を見るしか無い。
「……しまった……さすがに生き物を用意したとなると皆に納得してもらえるように説明しなければ……」
そう。当たり前だが皆には【スキル】のことを話していない。
つい最近まで皆には『種』をどうやって用意したのかのらりくらり躱してきた。
だけど今までの『種』については俺が元々持ってきていた、というちょっぴり苦しさのある言い訳をしていたのだ。そう、ちょっぴりな。
でもそれでなんとかなっていた。
しかし、こればかりは『元々持っていた』、なんてわけのわからない言い訳はできない。
……………………詰んだ。
というのは冗談で、一応打開策は用意してある。
本当に情報というのは大切で、少し前にヤン爺に色々話を聞いたのだ。
この世界には『不思議な力』が存在することを——。
俺は驚いた。
『不思議な力』と聞いて最初に思い浮かんだのは『魔法』だ。
前世では『異世界といえば魔法』というのは常識みたいなもんだし、当たり前と言えば当たり前か。
仮に『不思議な力』を『魔法』ということにしておこう。
ただこの村に来てから1年近く『魔法』を使っている人を見たことなんてないし、噂を聞いたこともなかった。
でも存在しているらしい。
どういうわけかその話だけは1人歩きしているとのこと。
ただ今まで見たことがないのも、噂を聞かないことにも理由はちゃんとあった。
なぜなら『魔法』を使える者は、世界中に『ごく僅か』だそうだ。
ちなみに俺達の国には『魔法』を扱える者はいないらしい。情報が秘匿されていなければだが。
『ごく僅か』というのが一体何人くらいなのかは分からないけど、少ないことだけは分かっているらしい。
10人くらいなのかもしれないし、もしかしたら1人なのかもしれない。
一応ヤン爺に『不思議な力』がどういったものか聞いてみた。
しかし返ってきた答えは、『わからない』だった。
どうやら『魔法』がどのようなものなのかも情報はほとんど出ていないらしい。
俺の知る『魔法』であれば、火や水を使い攻撃したり防御したりそういう類いのもので間違いないだろう。
しかしそれすらの情報も出回っていないということだ。
中身はわからないが、確かに存在するもの。
その不確かな情報を逆手に取り、俺が『不思議な力』の使い手ということにしておけば乗り切れるということだ。
ていうか俺のスキルもある意味『不思議な力』ということで間違ってないしな。
というわけで、皆への言い訳はちゃんと出来ていた。
ちなみに王様に聞かれても同じようなことを答えるつもりだった。
まあその場合俺の身柄がどうなるかは王様次第になる予定だったけど……。そんなことにならなくて良かった……。
「よし、とりあえずこれは何人かには伝えた方がいいな」
折りをみて村長、区長、あとは俺と愉快な仲間達に教えておこう。
流石に村人全員に伝えるのは大変だし、リスクが高すぎる。
それに噂が自国ならまだしも他国にまでバレようものなら拉致とかされかねないからな……。
とりあえずスキルの件はなんとかなりそうだ。
今後に不安がないこともないけど、今はそこを気にしすぎてもしょうがないし。
よし、とりあえず俺にできるのはここまでだ。
明後日の昼には出発するだろうから、残された時間は明日で最後だ。
とりあえずこの子達が生後何日の鶏達なのか分からないし、様子を見よう。
明日の朝に卵を産んでくれてると嬉しいけどもね。
俺は『鶏』達を見つめる。
「ああ、可愛いなぁ……」
今後の為に本当はあんまりこんな感情抱かない方がいいと思いながらも『鶏』を見つめ続ける——。




