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お題小説

錆のにおいがするまち

作者: 水泡歌
掲載日:2017/05/17

夏。


母校の小学校から連絡が来た。


お盆に卒業式に埋めたタイムカプセルを掘り起こすから参加して欲しいと。


どうやら僕は30歳の自分に向けて手紙を書いていたらしい。


久しぶりに地元に帰ってみるのもいいか。


そう思った僕は参加してみることにした。




母校に行くとおじいさんになった担任とおっさんおばさんになったクラスメイトが待っていた。


お互いに年取った姿をからかいながら、懐かしいという感情は会えなかった時間を急速に縮めてくる。


すっかりあの頃に戻ってワクワクしながら校庭から掘り起こした。


銀色の筒状のタイムカプセル。


そこから出てきた手紙を開くと言葉が飛び込んでくる。


「30才のぼくへ 今のぼくはどこまで遠くに行けますか?」


鉛筆の汚い文字で書かれた言葉。


どういう意味だろう。


そう思った時、何かが手紙からひらりと落ちた。


拾い上げて「あ」と思う。


250円の電車の切符が1枚。


そっと掌に拾い上げて苦笑する。


そうか、これはあの時の――


僕は思い出す。


握り締めた500円玉の匂いと小学生の自分の泣き顔を。




小6の1学期終わり頃。


えっと、窓側の前から3番目と。


席替えのくじびきを引いて机の中身と共に移動した僕は隣を見て顔をしかめた。


「げ」


「げ」


同じ言葉が返ってくる。


隣の席に座る女子、ソバ子からだった。


黒髪三つ編み、顔にソバカスがあるソバ子は不満そうに僕を睨みつけた。


「なんでまたあんたがとなりなのよ」


「こっちのセリフだ。なんでまたお前がとなりなんだよ」


睨み返しながらどっかりと席に座る。


言い合いをしていると後ろの席からからかいの言葉が飛んできた。


「さすがお2人さん。赤い糸で結ばれているだけあるね~」


『うるさい!』


綺麗にそろう声。


「あ」と顔を見合わせる。


「息ぴったり~」


余計にからかわれて一気に熱くなった顔を逸らす。


どんな奇跡だと思うが僕とソバ子は6年間一緒のクラスで。


その上なぜか5年生の1学期から学期ごとにくじびきを引く度にソバ子は僕の隣に座った。


そのうちに周りからは運命だの赤い糸だの言われるようになって大変迷惑していた。


ちらっとソバ子を見る。


ソバカスのあるその顔が赤くなって、パタパタと下敷きであおいでいる。


僕はそっと横の窓を開けた。


夏の空気が微かに混じった涼しい風が通り抜けてソバ子の髪を揺らす。


ソバ子が僕を見る。


それから、あおぐ手を止めて、小さく「ありがとう」と言った。


僕は口元を隠して外を見た。


バレませんようにと思っていた。


恥ずかしくて言えなかったけれど、僕はソバ子の隣が好きだった。


新しいクラスになるとまずすることはソバ子の姿を探すことで。


見つけるとほっとして。


本当は席替えをする度に願っていた。


また隣の席になれますように。


本当は今のこの状態が嬉しくて仕方がなかった。




この気持ちがずっと続くんだと思っていた。


でも、隣通しでいつも通り過ごすうちに、ソバ子の様子が何だかおかしいことに気が付いた。


しっかりもののソバ子は忘れ物なんてしなかった。


忘れ物太郎と名付けられるほど忘れ物が多かった僕は、教科書やエンピツ、消しゴムと様々なものをソバ子に借りた。


その度に「何で前の日に確認しないの?」とバカにされたが、いつもしぶしぶ自分のものを貸してくれた。


席の真ん中に置かれた教科書。


女もののエンピツと一緒に使う消しゴム。


決して褒められたことではないけど、いつもと違う特別が嬉しかった。


その日、次の国語の授業の準備をしていると、横でソバ子が何度も机の中をのぞいていた。


中身を出して一冊一冊教科書を確かめて困ったように唇をかむ。


じっとその様子を見ていると先生がやってきた。


教科書を開くよう指示をする。


ソバ子は焦っていた。


席順に回ってくる朗読時間。


今日はソバ子の番だった。


ノートしかない机の上で恥ずかしそうに俯いてぎゅっと掌を握る。


初めての忘れ物。


言葉が浮かぶ。


ま、仕方ないか。


僕は開いた自分の教科書を右の席にずらした。


ソバ子がびっくりした顔で僕を見る。


先生が言った。


「じゃあ、前回の続きから読んでもらおうか」


名前を呼ばれて慌てて立ち上がるソバ子。


こっちを見た先生が僕の机の上を見る。


ノートしか乗っていない僕の机の上。


先生は呆れたように言った。


「なんだ、また忘れたのか」


「あ、ちが……」


否定しようとするソバ子の言葉を遮るように僕はおどけてみせた。


「すみません、となりに見せてもらいま~す」


「まったく、忘れ物太郎の隣は大変だな」


笑いに包まれる教室。


僕も笑う。


ソバ子は何だか泣きそうな顔をしていたけれど、決心したように教科書を持ち上げ、朗読を始めた。


凛としていて言葉がきちんと伝わってくるものだった。


終わると自然と拍手が起こる。


僕も拍手した。


ソバ子は座ると真ん中に教科書を置いた。


「ごめん……」と小さく言いながら。


僕はにやりと得意げに笑って右手人差し指を立てた。


「忘れ物記録1回更新。目指せ世界記録だな」


ソバ子はぱちりと大きく瞬きをすると「バカじゃないの……」とおかしそうに笑った。




それからも「らしくない」行動は続いた。


掃除の時間に箒を持ったままぼんやりと外を見ていたり。


調理実習で包丁で指を切ったり。


HRのドッジボールで顔面直撃したり。


何事も卒なくこなしていたソバ子が失敗ばかりで、いつも何かを考えているようだった。


どうしたんだあいつ。


そんなことを思って心配をしていた時だった。


終業式の前日。


友達と遊んだ帰り道。


駅前を通り過ぎようとした僕は見慣れた姿が目に入って足を止めた。


ソバ子が両手をぐっと握りしめて真剣な表情で電車の運賃表を見上げていた。


帰りの放送が流れる17時30分。


「良い子は早く帰りましょう」と聞こえる中。


握り締めていた右手を開けてじっと見つめたソバ子は1つ頷くと一歩踏み出そうとした。


僕は怖くなった。


慌ててその左腕をつかんだ。


初めてつかんだソバ子の腕はプールで小麦色に焼けていて、ちょっと汗ばんでいて、思ったより細かった。


大きく身体を跳ねさせてソバ子は僕を見た。


初めに浮かんだのは驚きで、それから面白いほど顔が真っ赤になった。


僕がつかんだところを見て少し迷って、そのままで「……何?」と小さく言った。


振り払おうとはしなかった。


僕は何とか言葉を発した。


「……どこ行くんだよ」


訊ねるとソバ子は右手を差し出した。


さっき見つめていたもの。


そこには1枚の500円玉が握られていた。


強く強く握りしめていたんだろう。


それは汗でキラキラ輝いていた。


「今月のおこづかい。これでどこまで行けるかなって思ってたの」


ソバ子の人差し指が一番右端の駅を指さした。


一番左端にある僕たちの駅。


そこから一番右端の駅までかかる料金は250円だった。


「すごいでしょ、あんなに遠くまで行けるのよ」


自慢げにそう言う姿は明らかに強がっていて。


「……お前、最近変だぞ。なんかあったのかよ」


心配でいっぱいになってより強くつかんだ手は何かを諦めたように優しく外された。


「バイバイ、また明日」


ニコニコ笑って手を振って帰り道を駆けて行く。


僕は手の中に残った感触と温度に今更ドキドキしながら、その後ろ姿を見送った。


訳の分からないことで頭が爆発しそうだった。




次の日、学校に行くと何事もなかったようにソバ子が隣に座っていて、夏休みのことで頭がいっぱいになったクラスメイトの前で先生が告げた。


ソバ子が家庭の事情で転校することを。


先生に呼ばれて前に出たソバ子はきちんと頭を下げて「今までありがとうございました」と言った。


ザワつく教室。


信じられなかった。


何だよ、それと思った。


席に戻ってきたソバ子はとても落ち着いていた。


まっすぐに前を向いていた。


僕は思った。


いつから知っていて、いつから隠していたんだろう。


一体それはどんなに悲しいことだったんだろう。


先生が学年だよりを配った。


ソバ子は1枚受け取って後ろに回した。


僕は昨日、ソバ子が行こうとしていた「遠く」のことを思い出した。


帰りの放送の中で見上げていた運賃表。


汗でキラキラと光っていた500円玉。


明らかな強がりと共に言った「あんなに遠くまで行けるのよ」。


引き止めなければよかったんだろうか。


あのまま行かせてあげればよかったんだろうか。


でも、僕は彼女がいなくなるのがいやだった。


考えていると右から何かを差し出された。


それは配られたばかりの学年だよりで。


「?」


不思議そうにソバ子を見ると、おどけたように笑った。


「2枚あればさすがのあんたも忘れないでしょ」


プリントを見て、2学期の持ち物について書かれたそれは、もうソバ子には必要のないものなのだと知った。


僕はまた思った。


何だよ、それ。


プリントを裏返して鉛筆で殴り書きする。


突き返すとびっくりした顔のソバ子が僕の言葉を見て1つ大きく瞳を揺らした。


そこにはこう書いてあった。


「250×2=500。駅で待ってる。いっしょに行こう。」


ソバ子は俯いたまま震える声で言った。


「バカじゃないの……」


いなくなるのがいやならいっしょに行けばいい。


そう思った。




家に帰ってお菓子やゲームソフトをリュックサックに詰め込んだ。


母親にバレないようにこっそり家を抜け出した。


右手の中には今月のお小遣い500円。


ぎゅっとぎゅっと握りこんだ。


どこまで行けるだろうか。


僕だけで生み出せるものはどれくらいあるんだろう。


駅についてお金を入れて一生懸命買った。


250円の切符、2枚。


待っていた。


ソバ子は中々来なかった。


辺りは暮れ始めて帰りの放送が流れ始めて。


ダメなのかなと思った時。


ソバ子が現れた。


何も持っていない手ぶらの姿で、いつもと違って三つ編みはほどかれていた。


僕は黙って手の中の切符を一枚渡した。


ソバ子はそれを受け取った。


そうして改札口に行こうとした僕の腕をソバ子がつかんだ。


「これだけ、もらっておくよ」


明日から夏休みが始まる暑い空気の中でソバ子の手はやけに熱くて。


「……なんでだよ」


僕はそういうのが精いっぱいだった。


ソバ子は泣きそうな顔で笑った。


「これっぽっちじゃだめなんだよ……」


ソバ子は宝物のように大切に両手で切符を包み込んだ。


「ありがとう。文句ばっかり言ってたけど、私、あんたのとなり好きだったよ」


そう言って目に涙をいっぱいためて髪を揺らす姿は本当に可愛くて。


僕は男だから泣いちゃいけないと思った。


ぐっと拳を握って我慢した。


ソバ子は言った。


「バイバイ」


「また」はなかった。


駆けて行く背中を見送った。


その姿が見えなくなった頃、今まで我慢していたものが零れ出した。


ぽろぽろぽろぽろと。


全然止まらなくて。


掌で拭うと握りしめていた500円玉の匂いがした。


僕は大人はずるいと思った。


自分たちの都合で勝手に子どもを遠くに連れて行く。


僕たちが行ける「遠く」を簡単に飛び越えて。


僕は早く大人になりたいと思った。


そしたら、好きな女の子をここにのっていない場所へも連れて行けるのにって。


涙でかすんだ運賃表を見上げてそう思った。




そうして、ソバ子は転校していった。


夏休みが明けて学校に行くと僕の隣は当たり前のように誰もいなかった。


僕は口元を隠して外を見た。


バレませんようにと思っていた。


これから先、ソバ子が僕の隣の席になることはないんだって。


そう思うとすごく悲しくて。


窓から入ってくる夏の匂いが遠くなった風を感じながら。


隣がからっぽの机で一生懸命こらえていた。




帰り道。


30歳になった今。


スーツケースを引きながら僕は駅の運賃表を見上げる。


今の僕は確かに遠くに行くことが出来る。


ここにのっていない場所へも簡単に行くことが出来る。


でも今の僕は一番右端の駅まで500円玉で1枚しか買うことが出来ない。


握りしめた500円玉の匂いと小学生の自分の泣き顔と。


大人に憧れる僕に言ってあげたい。


子どものお前だから買えたものもあったんだよと。いっしょに行こうって言えたんだよと。


財布に入れたタイムカプセルの切符を見ながらそう思った。


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― 新着の感想 ―
さいかい物語企画より参りました。 子どものころ忘れ物大将だった私には、ソバ子ちゃんがまぶしすぎます☆ でも、忘れ物太郎くんが、ソバ子ちゃんに依存しすぎて、ダメ男のまんまでは困ります。やっぱり、ここで別…
読ませていただきました。 切ないけど、子どもの頃、そんな思い出あったような、なかったような(笑)、なんか懐かしいような胸がキュンとなるお話でした。 子どもの頃は、男の子は夢みがちだけど、女の子は意外…
ソバ子ちゃん、今どうしているのでしょうね。 僕と同じように切符を眺めていることもあるのかなぁ。 僕にとっては錆のニオイかもしれませんが、ソバ子ちゃんにとっては、夏の青く清々しい匂いのする思い出だと良い…
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