入り浸る男
『今日は俺の奢りだ!遠慮なく飲んでくれ!楽しんでくれ!』
『お前の運は本当に凄いな!どうやったらあんなに勝ち続けるんだ??』
『俺にも分からない。まぁ、どうだって良いじゃないか?結果が全てだよ。』
男が…毎日博打を興じ、連戦連勝を繰り返して優雅な時間を送っていた。
町と賭博場が一体となったこの都市に、その男は入り浸っていた。
故郷は…遥か遥か遠く離れた場所にある。遥か遥か離れた次元にある。
だが望んだ人生を送られるここから、男は離れる事はなかった。
『この車に決めた。今晩までに、走れるよう手配してくれ。』
『オーダーしてた服は仕上がったか?一緒に注文した時計もだ。』
『今日、俺と一緒に食事をしないか?最高級の店に、最高のワインを準備させてある。』
金に困らない男は、暮らしにも困らなかった。食事、酒、車、女…。望めば全てを手にする事が出来た。
『あら、素敵…。見上げるほどの背丈に…筋が通った鼻…。ワイルドな目付きだけど、端整な顔立ち…。良い男ね…?やっと出会えたわ…。』
金だけでなく、男はルックスにも恵まれた…
『金さえあれば身形だけでなく、体型や顔つきまで変えられる世の中なんだよ。』
のではなく、どうやらそれすらも金で手に入れたようだ。
『それで良いんじゃない?どうせこの町自体が、まやかしみたいな存在なんだし…。』
『??』
『食事のご招待…お受けするわ。』
しかし女は満足した。
『予約した者だ。最上階全部を貸し切った…』
『お待ちしておりました。どうぞこちらに…。』
『ビー、ビー!残り30分です。』
『?何だ?この館内放送は?』
ホテルに到着、男がエレベーターに乗っている最中、警告にも似た放送が鳴り響いた。
『それじゃ、乾杯!』
『ビー、ビー!残り20分です。』
『??』
席に着き、運ばれたワインで乾杯を交わそうとした時、10分前に聞こえた警告がまた聞こえる。
(?何だ?エレベーターの中で鳴った音じゃなかったのか?)
男は何も気付かない。
男は…この町に5年も入り浸っていたのだ。
『お待たせしました。オードブルの…』
『ビー、ビー!残り3分です。お戻りになる準備をお願いします。』
『!?何だ?この気味が悪い館内放送は!?』
だから、警告の意味も忘れていた。
『?何も聞こえないわよ?…気にしなくても良いんじゃない?食事を始めましょうよ?』
『ビー、ビー!残り2分…。』
『そうだな。せっかく美人に会えたんだから、この時を楽しまないと…。』
『どうせ明日になったら…私の事、覚えてないって言うんでしょ?』
『そんな事はない。君ほど美しい人と、離れるつもりはない。』
『…お上手なのね…。』
『残り1分…。カウントダウンを開始します。お戻りになる準備をお願いします。50秒…40秒…』
『何だ?この上ない一時を送ってるのに…!?』
『??気にしないの。そんな事よりも、今を楽しみましょうよ?』
『10秒…9、8、7…』
『それにしたって、五月蝿過ぎやしな…』
『ゼロ…。』
「………。」
「お目覚めですか?ご利用、ありがとう御座いました。」
「??ここは?」
カウントダウンが0を迎えると男は目を覚まし………故郷に戻った。
「現実世界で御座います。」
「…?現実世界??……ああ、そう言う事か…。」
「ご要望により、この5年間で体重は30キロ落とさせて頂きました。理想的な体型になったと思われますが、筋力は落ちているので充分にご注意下さい。」
「…これが…僕なのかい?」
「すっかり、シャープな体型になられましたね?」
「……。」
男は従業員の手を借りて立ち上がると、目の前にある鏡で自分の姿を見た。
(また…ダサい男に逆戻りか…。)
「それじゃ…ありがとう。また来るね。」
「またのご来店、お待ちしております!」
体中に接続されたチューブを全て抜き取った男は、渋々と店から出て行った。
「それにしても…先輩!5年は長過ぎないですか!?」
「うん?」
男が出て行ったのを確認し、側にいた後輩の従業員が彼に尋ねる。
「5年どころか、10年以上もカプセルの中で夢見てる奴もいるよ?5年は…大した数字じゃない。」
「10年以上も…ですか?」
「チューブによって食事や排泄だけでなく、健康管理も行われる。筋肉にも電気ショックを与えて、最大限衰えないようにしている。10年いても体に害はないよ。それどころか…今の男を見たろ?コンピューターで徹底的に管理された栄養調節によって、夢を見ながらにして30キロも体重を落とせたんだぞ?現実の世界では実行出来ない事を、叶えてやったんだ。」
「でも、そんなに長い間ヴァーチャルの世界にいたら、現実の世界になんて戻れなくなりませんか?」
「だったら、またカプセルに入れば良いんだよ。実際、リピーターはたくさんいるんだ。」
「……。」
数週間後…
「お願い!僕を、もう1度カプセルに入れて!!」
男は、リピーターとなって戻って来た。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。今回は、どのようなサービスをご利用で?」
「3Dアバターは、以前と同じで構わない。背が高くてカッコいい男だ。ギャンブル運も前のまま100%にして、年齢も、実際と同じく30歳からスタートだ。但し、今度は10年だ!40歳になるまでカプセルにいるよ。」
「…1つ申し上げますが、お客様は35歳です。5年眠っていたブランクを、まだ取り戻せないご様子で…。従って起きた時には、45歳になっておられます。」
「…そうか…忘れてた。構わないよ!ヴァーチャルの世界では前と同じく、30歳からのスタートだ!」
「畏まりました。その他のオプションは…如何致しましょう?」
「この数週間でちょっと太ったから、10キロ落とすようにして。」
「なるほど。1年に1キロのペースなので、費用は安く仕上がると思います。勿論これは、オプション費用の価格ですけれど…。基本料金は以前の2倍ですので、莫大な金額になりますが…?チューブと体を接続する為の手術は必要ないので、その費用を差し引いても…」
「構わない!両親やご先祖様が残してくれた財産がある。払うよ!」
「畏まりました。それでは金額をお確かめの上、このスロットに…オールIDカードを差し込んで下さい。カードと静脈の認証、続いて決算が終われば、直ぐにでもカプセルへとご案内します。」
『ピピッ!認証完了。しかし、決算金額が足りません。売却する資産をお選び下さい。』
「これと…これ…。あと、これで足りるかな?」
男はコンピューターに指示されるままに、モニターに現れた資産を選択し、家族が代々残してきた土地と家、その他不動産を売却した。
4代続いた会社は、既に他社に売却していた。流石にこの時代でも、会社の売却まではコンピューターで相手出来ないようだ。
「あっ…!先日一緒に食事してた女性とは、再会出来るかな?費用が掛かるなら、それも支払うよ。」
「残念ながら…。オプションとしては可能ですが、お相手様は既に町から出て行かれました。」
「えっ!?どうして!?」
「あのお方は、体験コースとして6時間だけご利用になられた方です。今は、現実の世界に戻られております。」
「そんな……。」
「現実世界にいらっしゃるご本人に、連絡を入れる事は可能ですが…?」
「要らないよ!どんな婆さんが出て来るか知れない…。何より僕は、今からヴァーチャルシティーの住民に戻るんだ!」
「…そうでしたね。それでは…こちらのカプセルにお入り下さい。」
男はそうして、10年先まで夢を見る事にした。
「先輩…。この人、遂に10年入っちゃいましたね?」
「だから言ったろ?リピート率は凄いんだって。」
「気が引けませんか?この人は尚更の事、現実社会に適応出来なくなりますよ?」
「その時は…もう10年入れば良いんだよ。さっき、オールIDカードで男の財産を見た。後、20年は入れる計算だ。」
「仮に全財産を叩いたとしたら…65歳で無一文、社会への適応能力もなしですよ!?」
「だろうな。だが、それも本人が決める事だ。俺達は何も言えない。」
「止めないんですか?」
「注意書きはしてあるだろ?後は、本人達の選択なんだよ。まぁ、自制心がないからリピーターになるんだけどな。」
「……。」
「でも俺は、この仕事を悪徳だと思っていない。どうせここに来る連中は、最初っから社会に適合出来ない奴らなんだ。偽の世界を楽しんで、それを現実だと思ってる。そんな奴らに、現実社会に出て来てもらっても困るだろ?」
「……。そりゃ…」
「何が見えたか知らないが、突然道路に飛び出す輩。ゲームキャラと混同して、簡単に他人を殺す連中。人生にはリセットが効かない事に腹を立て、癇癪を起こして犯罪に走る連中。そんな連中を、俺達はここに閉じ込めているんだよ。」
「…何か…刑務所と同じですね?」
「どうだろうな?刑務所では、華やかな夢は見られないが現実を学べる。こっちは真逆だ。どっちが良いかは、本人次第じゃないのか?」
「………。」
「1つ確かな事は、こっちを選んだ連中のおかげで俺達は食えてるって事だ。」
「…そりゃ…そうですけど…。」
「分かったなら、さっさと仕事を片付けよう!このバーチャルセンターも、今の男でまた満室だ。いくらコンピューターが管理してると言っても、流石に3万人は厳しい。コンピューターが起こしたミスを、俺達が修復しなければならない。」
「了解しました。」
こうして今日も、バーチャルセンターで人々は、自分が望んだ夢を見続けるのです。