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短編集  作者: JUST A MAN
7/7

入り浸る男

『今日は俺の奢りだ!遠慮なく飲んでくれ!楽しんでくれ!』

『お前の運は本当に凄いな!どうやったらあんなに勝ち続けるんだ??』

『俺にも分からない。まぁ、どうだって良いじゃないか?結果が全てだよ。』


 男が…毎日博打を興じ、連戦連勝を繰り返して優雅な時間を送っていた。

 町と賭博場が一体となったこの都市に、その男は入り浸っていた。


 故郷は…遥か遥か遠く離れた場所にある。遥か遥か離れた次元にある。

 だが望んだ人生を送られるここから、男は離れる事はなかった。



『この車に決めた。今晩までに、走れるよう手配してくれ。』

『オーダーしてた服は仕上がったか?一緒に注文した時計もだ。』

『今日、俺と一緒に食事をしないか?最高級の店に、最高のワインを準備させてある。』


 金に困らない男は、暮らしにも困らなかった。食事、酒、車、女…。望めば全てを手にする事が出来た。


『あら、素敵…。見上げるほどの背丈に…筋が通った鼻…。ワイルドな目付きだけど、端整な顔立ち…。良い男ね…?やっと出会えたわ…。』


 金だけでなく、男はルックスにも恵まれた…


『金さえあれば身形だけでなく、体型や顔つきまで変えられる世の中なんだよ。』


 のではなく、どうやらそれすらも金で手に入れたようだ。


『それで良いんじゃない?どうせこの町自体が、まやかしみたいな存在なんだし…。』

『??』

『食事のご招待…お受けするわ。』


 しかし女は満足した。




『予約した者だ。最上階全部を貸し切った…』

『お待ちしておりました。どうぞこちらに…。』

『ビー、ビー!残り30分です。』

『?何だ?この館内放送は?』


 ホテルに到着、男がエレベーターに乗っている最中、警告にも似た放送が鳴り響いた。



『それじゃ、乾杯!』

『ビー、ビー!残り20分です。』

『??』


 席に着き、運ばれたワインで乾杯を交わそうとした時、10分前に聞こえた警告がまた聞こえる。


(?何だ?エレベーターの中で鳴った音じゃなかったのか?)


 男は何も気付かない。

 男は…この町に5年も入り浸っていたのだ。


『お待たせしました。オードブルの…』

『ビー、ビー!残り3分です。お戻りになる準備をお願いします。』

『!?何だ?この気味が悪い館内放送は!?』


 だから、警告の意味も忘れていた。



『?何も聞こえないわよ?…気にしなくても良いんじゃない?食事を始めましょうよ?』

『ビー、ビー!残り2分…。』

『そうだな。せっかく美人に会えたんだから、この時を楽しまないと…。』

『どうせ明日になったら…私の事、覚えてないって言うんでしょ?』

『そんな事はない。君ほど美しい人と、離れるつもりはない。』

『…お上手なのね…。』

『残り1分…。カウントダウンを開始します。お戻りになる準備をお願いします。50秒…40秒…』

『何だ?この上ない一時を送ってるのに…!?』

『??気にしないの。そんな事よりも、今を楽しみましょうよ?』

『10秒…9、8、7…』

『それにしたって、五月蝿過ぎやしな…』

『ゼロ…。』




「………。」

「お目覚めですか?ご利用、ありがとう御座いました。」

「??ここは?」


 カウントダウンが0を迎えると男は目を覚まし………故郷に戻った。


「現実世界で御座います。」

「…?現実世界??……ああ、そう言う事か…。」

「ご要望により、この5年間で体重は30キロ落とさせて頂きました。理想的な体型になったと思われますが、筋力は落ちているので充分にご注意下さい。」

「…これが…僕なのかい?」

「すっかり、シャープな体型になられましたね?」

「……。」


 男は従業員の手を借りて立ち上がると、目の前にある鏡で自分の姿を見た。


(また…ダサい男に逆戻りか…。)




「それじゃ…ありがとう。また来るね。」

「またのご来店、お待ちしております!」


 体中に接続されたチューブを全て抜き取った男は、渋々と店から出て行った。



「それにしても…先輩!5年は長過ぎないですか!?」

「うん?」


 男が出て行ったのを確認し、側にいた後輩の従業員が彼に尋ねる。


「5年どころか、10年以上もカプセルの中で夢見てる奴もいるよ?5年は…大した数字じゃない。」

「10年以上も…ですか?」

「チューブによって食事や排泄だけでなく、健康管理も行われる。筋肉にも電気ショックを与えて、最大限衰えないようにしている。10年いても体に害はないよ。それどころか…今の男を見たろ?コンピューターで徹底的に管理された栄養調節によって、夢を見ながらにして30キロも体重を落とせたんだぞ?現実の世界では実行出来ない事を、叶えてやったんだ。」

「でも、そんなに長い間ヴァーチャルの世界にいたら、現実の世界になんて戻れなくなりませんか?」

「だったら、またカプセルに入れば良いんだよ。実際、リピーターはたくさんいるんだ。」

「……。」



 数週間後…


「お願い!僕を、もう1度カプセルに入れて!!」


 男は、リピーターとなって戻って来た。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。今回は、どのようなサービスをご利用で?」

「3Dアバターは、以前と同じで構わない。背が高くてカッコいい男だ。ギャンブル運も前のまま100%にして、年齢も、実際と同じく30歳からスタートだ。但し、今度は10年だ!40歳になるまでカプセルにいるよ。」

「…1つ申し上げますが、お客様は35歳です。5年眠っていたブランクを、まだ取り戻せないご様子で…。従って起きた時には、45歳になっておられます。」

「…そうか…忘れてた。構わないよ!ヴァーチャルの世界では前と同じく、30歳からのスタートだ!」

「畏まりました。その他のオプションは…如何致しましょう?」

「この数週間でちょっと太ったから、10キロ落とすようにして。」

「なるほど。1年に1キロのペースなので、費用は安く仕上がると思います。勿論これは、オプション費用の価格ですけれど…。基本料金は以前の2倍ですので、莫大な金額になりますが…?チューブと体を接続する為の手術は必要ないので、その費用を差し引いても…」

「構わない!両親やご先祖様が残してくれた財産がある。払うよ!」

「畏まりました。それでは金額をお確かめの上、このスロットに…オールIDカードを差し込んで下さい。カードと静脈の認証、続いて決算が終われば、直ぐにでもカプセルへとご案内します。」

『ピピッ!認証完了。しかし、決算金額が足りません。売却する資産をお選び下さい。』

「これと…これ…。あと、これで足りるかな?」


 男はコンピューターに指示されるままに、モニターに現れた資産を選択し、家族が代々残してきた土地と家、その他不動産を売却した。

 4代続いた会社は、既に他社に売却していた。流石にこの時代でも、会社の売却まではコンピューターで相手出来ないようだ。



「あっ…!先日一緒に食事してた女性とは、再会出来るかな?費用が掛かるなら、それも支払うよ。」

「残念ながら…。オプションとしては可能ですが、お相手様は既に町から出て行かれました。」

「えっ!?どうして!?」

「あのお方は、体験コースとして6時間だけご利用になられた方です。今は、現実の世界に戻られております。」

「そんな……。」

「現実世界にいらっしゃるご本人に、連絡を入れる事は可能ですが…?」

「要らないよ!どんな婆さんが出て来るか知れない…。何より僕は、今からヴァーチャルシティーの住民に戻るんだ!」

「…そうでしたね。それでは…こちらのカプセルにお入り下さい。」


 男はそうして、10年先まで夢を見る事にした。



「先輩…。この人、遂に10年入っちゃいましたね?」

「だから言ったろ?リピート率は凄いんだって。」

「気が引けませんか?この人は尚更の事、現実社会に適応出来なくなりますよ?」

「その時は…もう10年入れば良いんだよ。さっき、オールIDカードで男の財産を見た。後、20年は入れる計算だ。」

「仮に全財産を叩いたとしたら…65歳で無一文、社会への適応能力もなしですよ!?」

「だろうな。だが、それも本人が決める事だ。俺達は何も言えない。」

「止めないんですか?」

「注意書きはしてあるだろ?後は、本人達の選択なんだよ。まぁ、自制心がないからリピーターになるんだけどな。」

「……。」

「でも俺は、この仕事を悪徳だと思っていない。どうせここに来る連中は、最初っから社会に適合出来ない奴らなんだ。偽の世界を楽しんで、それを現実だと思ってる。そんな奴らに、現実社会に出て来てもらっても困るだろ?」

「……。そりゃ…」

「何が見えたか知らないが、突然道路に飛び出す輩。ゲームキャラと混同して、簡単に他人を殺す連中。人生にはリセットが効かない事に腹を立て、癇癪を起こして犯罪に走る連中。そんな連中を、俺達はここに閉じ込めているんだよ。」

「…何か…刑務所と同じですね?」

「どうだろうな?刑務所では、華やかな夢は見られないが現実を学べる。こっちは真逆だ。どっちが良いかは、本人次第じゃないのか?」

「………。」

「1つ確かな事は、こっちを選んだ連中のおかげで俺達は食えてるって事だ。」

「…そりゃ…そうですけど…。」

「分かったなら、さっさと仕事を片付けよう!このバーチャルセンターも、今の男でまた満室だ。いくらコンピューターが管理してると言っても、流石に3万人は厳しい。コンピューターが起こしたミスを、俺達が修復しなければならない。」

「了解しました。」


 こうして今日も、バーチャルセンターで人々は、自分が望んだ夢を見続けるのです。

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