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短編集  作者: JUST A MAN
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カボチャ以下、の馬車

 二人は幼馴染だった。男の名前は昇、女の名前は麻衣。彼らは幼稚園の頃から時間を共に過ごし、たくさんの思い出を共有し、いっぱいいっぱい喧嘩をして、いっぱいいっぱい仲直りもして、そしていつの間にか、お互いが気になる存在になった。


 何事も同じように行動して、同じ気持ちを共有する彼らだが、一つだけ違いがある。

 たった一つだけの違いだが、その違いは大きかった。昇の家は、貧困に苦しんでいた。彼と同じく父も真面目で誠実なのだが、それ故に周りの人間に利用され、多額の借金を抱えていた。

 一方、麻衣は富豪のお嬢様だ。由緒はないものの他の人がうらやむ生活を、何不自由ない暮らしを、当たり前のように送っていた。




 やがて年月が流れ、彼らは大人になった。昇も麻衣も勉強家で、トップレベルの公立大学の同じ学部、同じ学科に入学した。

 二人はずっと仲良しで、いつも一緒なのだ。


 しかし大学に入ると、周囲が変わった。関係ない人々が彼らを苦しめたのだ。経済的な身分の差を、五月蝿く騒ぎ始めたのだ。麻衣を狙う男子は昇を悪く言い、麻衣に良くない印象を与えようとした。女子は昇を馬鹿にし、彼と一緒にいる麻衣までを蔑んだ。

 麻衣は経済的に豊かで、容姿もこの上ない美人だ。その一方で、見た目も良くなく経済的に苦しい昇は、周囲の反応を嫌った。自分が馬鹿にされるのは構わない。その事で、麻衣が変な目で見られるのが悔しかった。


 昇は学費を稼ぐため、アルバイトにも励んだ。勉強にも時間を惜しまなかった。

 そんな彼を知る麻衣だが、金銭的な援助はしない。昇が望まない事だと、誰よりも知っていた。二人はいつでも一緒で、お互いの事を誰よりも知っているのだ。



 やがて二人は卒業を迎えた。麻衣を狙う男子は、それでも彼女を諦めなかった。


 卒業をきっかけに、麻衣は一年だけ海外留学をする事になった。昇とも一年だけのお別れである。

 昇は麻衣に約束した。一年後にはお金を貯めて、立派な車で迎えに行くと。

 麻衣は喜んだが、車は必要ない。彼が迎えに来てくれるだけで嬉しいし、そんな無理をするのを嫌がった。



 一年が経ち、麻衣の留学も終わりに近づいた。二人は離れ離れになっていたが、会話は毎日のように行っていた。昇が、親友からパソコンを譲り受けていた。それを利用して、公共WIFIが使用出来る場所で、彼女とテレビ電話やチャットを楽しんでいた。

 今の世の中、パソコンが必要にはなるが、それでもコミュニケーションにおいては金銭的な差別をしない。何処の誰が、何処の国のどんな身分の人と会話をしようと、そこに隔たりや邪魔はないのだ。


『明日、空港に到着。』麻衣がチャットに書き込む。

『ご免、立派な車は準備出来なかった。』昇がそう、返信する。

 麻衣は理由を知っていた。二人は毎日のようにチャットをしている。彼は就職先で一生懸命に働き、上司から認められていた。給料も他の人と同じように貰ったが、その殆どは父の借金返済のために使われた。

 麻衣は、昇から『ご免』と言う言葉を聞きたくなかった。彼は悪くないし、彼の父も悪くない。それに、彼が誰よりも努力している人だと知っている。


『こんな車じゃ、、、麻衣、怒るかな?』昇が会話を続ける。そして、一枚の写真を送信した。

『車じゃなくて、馬車だね?』麻衣が、それを見て幸せそうに微笑んだ。

『馬車か…やっぱり駄目だよね?』昇が、少し弱気な書き込みをする。

『ううん、駄目じゃない。私、その馬車に乗りたい。』

『ありがと。馬車か…良いね。それじゃ僕は、馬の格好をして行くよ。』

『何それ?楽しみ!』


 離れていても、その距離は近かった。



 次の日を迎え、麻衣が到着する空港には、何人もの男連中が彼女の帰りを待っていた。誰よりもカッコ良く迎えようと、高級車を準備して待っていた。同じ大学に通っていた、何処かの会社の御曹司達である。容姿端麗で経済的な余裕や教養もある麻衣を彼女にすれば、彼らの評価は上がる。それを狙っていた。


 麻衣が、定刻通りに入国出口から出て来た。留学帰りの麻衣の服装は、お姫様のように煌びやかで、おしとやかだった。


「麻衣さん、お帰りなさい!」


 御曹司達が赤いバラの花束を、片膝をついて差し出す。

 しかし麻衣はそれを断り、空港の外へ歩いて行った。でも、迎えに来ると言った昇の姿は見当たらない。


 男達は、更にアピールを続ける。『これが僕の車だ!家まで送る!』と、必死に高級車を見せつけた。

 だが麻衣はそれも断り、市内へと続く鉄道の駅へと向かった。しかしまだ、昇の姿は見当たらない。

 麻衣も昇を探すことなく切符を購入する。



 市内に到着し、麻衣は地下鉄に乗り換えた。昇の姿は、まだ見つからない。麻衣も昇を探さない。


 麻衣は移動を続け、遂には地下鉄の駅を降りた。そこから麻衣の家までは、歩いても10分程度の道程だ。もう、お迎えなど必要がない距離なのだ。

 だがそこで、麻衣は初めて昇の姿を探した。


「昇君!」

「麻衣!」


 地上に出ると、反対側の道路に昇の姿はあった。麻衣は信号を待ちきれなかった。

 信号が変わり、麻衣と昇は交差点の真ん中で一年振りの再会を果たした。


「さぁ、お姫様。信号もそろそろ変わります。馬車の方へ…。」


 昇は肘をすっと差し出し、麻衣はそれに手をかけた。交差点のゼブラゾーンを歩くその姿は、さながらバージンロードを歩く新郎新婦にも思える。


 信号を渡り切ると昇は片膝をつき、麻衣を車の中へと促した。麻衣は足元に気を付け、車の真ん中に用意された指定席に、そっと腰を下ろした。

 昇は麻衣の荷物を車に詰め、運転席へと向かった。


「それではお姫様、馬車は揺れが激しい故、お気を付け下さい。」


 昇はそう言うと馬の被り物を頭に被り、両手で運転席を持ち上げ、出発の声と共に元気に走り出した。

 麻衣は、これまでの人生で一番の笑顔を昇に見せた。そして目尻には、涙が溢れていた。


 車が発車し、彼が言った通り車は激しく揺れ始めた。麻衣はそれでも笑いながら、指定席の前にあるパイプを握り締めた。


 …彼が準備した車は、リヤカーだった。でも特別だった。車輪や車体の至るところには折り紙で作られた花があしらわれ、麻衣が座る場所には、座布団が敷かれていた。彼女だけの指定席だ。

 車内であるパイプや床にも折り紙で作られた花が敷き詰められている。麻衣は揺れに気を付けながら、その花を一輪取って自分の髪に差した。

 折り紙で出来た花は薔薇だった。相当な苦労と忍耐が必要な作品だ。

 そして、空港で麻衣を待ち伏せしていた男連中が持っていた薔薇よりも、ここには多くの薔薇が敷き詰められていた。


「お馬さ~ん!ハイ、ドウドウ!ハイ、ドウドウ!」


 麻衣は楽しそうに叫んだ。


「ヒヒ~ン!ヒヒ~ン!」


 馬の姿をした昇が叫ぶ。時には飛び跳ね、時には急にスピードを上げるので、麻衣は体勢を崩した。それでも麻衣は、幸せそうに笑っていた。

 二人は昔を懐かしがっていた。幼い頃に、正しく今と同じような遊びをしていた。麻衣がお姫様、昇が馬車を引く馬の役だ。



「!!」


 突然、二人の前に車が割り込み、馬車の進路を塞ぐようにして止まった。

 車から降りてきたのは、空港で麻衣を待っていた男だ。一足先に麻衣の家へ向い、待ち伏せしようとしていたのだ。


「麻衣さん!どうしてこんな、惨めなリヤカーに乗ってるんですか!?」


 彼は麻衣の腕を掴み、強引に馬車から降ろそうとした。

 昇が急いでそれを止めようとする。しかし麻衣は昇が止めるより先に、無礼な男に言い放った。


「リヤカーじゃないわ!彼が準備してくれた、この世で一番の馬車よ!これがリヤカーに見えるだなんて…そんな人と私、お付き合いする気はありません!」


 麻衣は堂々と、キリッとした視線で男を睨んだ。

 男はその言葉と勢いにたじろき、麻衣に向かって大きな声で叫んだ。


「頭おかしいんじゃないの!?お前みたいな女、こっちがお断りだ!」


 彼は遂に本性を露にして、二人の元から立ち去った。

 昇はうつむいて、何も言えなかった。やはり自分の存在が、麻衣が変に見られる原因なのだと落胆した。

 頭には…馬の被り物をしたまま…。


「さぁ、お馬さん!私を家まで運んで下さいな!?」


 麻衣はうつむく昇に、気丈にお願いした。

 昇は少しの間黙っていたが、やがて運転席に戻り、再び馬車を走らせた。麻衣にはその時の昇が、どんな顔をしているか分かった。二人はずっと一緒だったのだから。昇には、もう迷いがなかった。



 それから麻衣の家に到着するまで、馬車の隣を何台もの高級車が通り過ぎて行った。馬車の何百倍もの値段がして、何倍もの速さを誇る車が、何台も何台も通り過ぎて行った。

 だが麻衣はそんな車を、何一つ羨ましく思わなかった。そして昇も…。二人は今、世界中のどの車より素敵な馬車に乗っているのだ。




 やがて麻衣の家に到着した。昇は運転を止めて馬車の後ろへ回り、彼女が無事に降りられるように馬車の後部を握り締めた。


「………。」

「…?麻衣、降りないの?」


 だが、麻衣は席を発とうとしない。

 昇は、降りる気配がない麻衣に尋ねた。


「もうちょっと…もうちょっとだけ、馬車を走らせてくれない?」


 麻衣は昇にお願いした。

 だから昇は、もう一度演技に戻った。


「それではお姫様、どちらまでお運び致しましょう!?」


 麻衣は微笑み、この先にある、昔二人がよく遊んだ公園の、とあるベンチまで行きたいとお願いした。


「そこで、とある人が待っているの。その人と交わした約束を果たしたいの。」

「…畏まりました。お姫様、それでは再度、揺れにお気を付けて…。」


 麻衣から行きたい場所と理由を聞いた昇はそう言うと、運転席に戻った。

 でも彼はもう、馬の被り物は被らなかった。麻衣は昇に、二人だけの秘密の場所へ行きたいと誘った。昇は、その場所ですべき事を知っていた。だから被り物を被らなかった。


 彼は公園に向かいながら、馬車に貼られた薔薇を一つはがして元の折り紙に戻し、そこから何か、違うものを折り始めた。



 二人は幼馴染だった。男の名前は昇、女の名前は麻衣。彼らは幼稚園の頃から時間を共に過ごし、たくさんの思い出を共有し、いっぱいいっぱい喧嘩をして、いっぱいいっぱい仲直りもして、そしていつの間にか、お互いが気になる存在になった。

 そんな二人が、大人になるもっともっと前に、ある一つの約束をしていた。とあるベンチで交わされた約束…。今日は、その約束を果たす日になったのだ。


 それは、17年程前の話…。二人の幼子が、公園で遊んでいた。毎日のようにここで遊んで、とあるベンチでお話をしていた。


『ねぇ?昇くん。』

『何?麻衣ちゃん。』

『私、大きくなったら昇くんのお嫁さんになる。』

『本当!?ありがと!そしたら僕、麻衣ちゃんに、おっきなおっきな指輪をプレゼントするね!?』



 時間は現在に戻り…数十分後、あの時の約束は果たされた。麻衣の左の薬指には、くしゃくしゃになった折り紙で作られた、しかしこの世で一番大きく、どんな宝石よりも光輝く指輪がはめられていた。

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