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翡翠石

玉は玉藻に仕える巫女であった。

遠い昔に西からやって来たと言う祖先に先祖還りした異形。

そんな彼女に求婚などする村の若者はいなかった。

ただ一人を除いては。


異能で異形。玉にとっては、誇りであり劣等感でもある。


「また来たの?」


村の若者一人が玉藻の神社へと来て玉の後を付いてくる。


「なあ。俺の女房になってくれよ。」


辟易とした調子で玉は拒絶の言葉を口にする。


「あんたバカじゃないの?あたしは玉藻様に仕える巫女なのよ?」


若者は其れでもめげない。


「玉藻様に仕える巫女だって生涯巫女じゃあるまい。」


劣等感でもある異形を口実にしよう。玉は其のことを口にする。


「あのね。あたしは見てのとおりの金色の髪で、青い目してるの。

 他の娘達と違う。あんた気持ち悪いとか思わないの?」


若者は不思議な顔をして。


「なんで?すごい綺麗じゃないか。

 玉の髪はお日様にキラキラしてすごく綺麗だ。

 それにその目の色だって青くて空みたいで俺は好きだぞ?」


普段、その異形を誉められることのない玉はカーっと頬を赤くする。

その顔を見られるのが恥ずかしく「バカじゃないの?」と再び繰り返しプイッと背を向ける。


「なあなあ、どうしたら女房になってくれるんだよ?」


どうやったら諦めるのだろう?

玉は決して達成できぬであろう条件をを出すことにした。


「ひすい石。」


どんな無理難題を言われるのか?と覚悟していた若者の顔が明るくなる。


「なんだ、ひすい石か。沢にいけば拾ってこれる。

 やっと女房になってくれる気になったんだな。」


玉は突き放すように言う


「違うわ。ひすい石を一杯よ?これくらいの首飾りが作れるくらい。」


と、言って大きな大きな円を描いてみせる。

若者は驚いて「そんなに沢山!?」と玉に聞き返す。


「そうよ。わたしを本気で女房にしたいんだったら集められるでしょう?」


どうせ出来っこない。玉は高をくくっていた。

若者の家も、ご多分に漏れず貧しい農家だ。

日々の農作業に追われる中で、そんな量を集められる暇などあるわけがない。


「集めるさ。玉を女房に出来るのなら何年掛けてでも集めてみせるよ!。」

そう言って若者は玉の前から立ち去った。


安請け合いだ。

どうせ途中で投げ出すに決まっている。玉が、そう考えていた時であった。


「あの若者は、本当にそなたのことが好きなのですね。」

そう社殿から声が掛かる。玉は慌てて声の主に平伏する。


玉藻。彼女の仕える、あるじである。


彼女と同じく異形で、燃えるような紅い髪に金色の瞳。

驚くほどの妖力法力を持つ異能の狐神。


「あれは、わたしをからかっているのです。」

そうだ、そうに決まっている。

他の誰からも相手にされない、わたしを「女房にしてやる。」と、からかっているのだ。


「そうでしょうか?。」玉藻は首を傾げる。


「もし、あの若者が本当に、ひすい石を集めたらどうするのです?。」

有り得ない。…でも、本当に集めたのなら。わたしは…


玉藻はコロコロと笑って

「実は、そなたもあの若者の事を好いておるのではないかえ?」


玉はドキリとした。否定しようとした。

だが、うまく言葉にならない。


そんな玉を見た玉藻は言葉を継ぐ

「本当に集めた、その時は…」


平伏してる玉には、玉藻の表情は見えない。


「祝いであろうな。」




それから三年ほどの月日が過ぎた。

月日の流れは玉を、たいそう美しい娘に変えていた。


そんなある日、若者が玉の前に現れてパンパンに膨れた革袋を見せた。


「玉よ、約束通りひすい石を集めたぞ。」


玉は(まさか?)と思った。若者は床にザーッとひすい石を広げる。

「本当に集めたの?。」

「当たり前だ。お前を女房にするんだから。」


その言葉に玉は頬が熱くなる。

この若者は本当に嘘偽りなく自分のことが。異形のわたしの事が好きなのだ。

そう考えただけで、心臓の鼓動が早くなる。


「し、仕方ないから女房になってあげるわよ。や、約束だもの。」


若者は、その言葉を聞くと破顔した。


「本当だな。今更イヤだは無しじゃぞ?。」「…イヤじゃない。」


若者は、ひすい石を袋に詰めると。


「では三日後に、裏の山に来てくれ。この石で首飾りを拵えてそなたに送ろう。」

「か、必ずゆく。」


三日後の夜、玉は約束の裏の山へと来た。

若者はすでに来て待っていた。


「おお、遅かったな。」

「わ、わたしにも役目があるもの。」


玉は嘘をついた。役目はとっくに終わっていた。

若者に会う前に普段はろくにしない化粧を念入りにしてきたのだ。


「さあ、ここへ座っておくれ。お前に首飾りを着けてやる。」


さっさと切り株の上のホコリを払って若者は手招きをする。


玉は言われたとおりに座ると、若者は後ろから玉に首飾りを掛けてやる。

其れは、名工が作ったものにはとても及ばぬような代物であったが

玉には、どんな名工技工が作ったものより遥かに勝るものに思えた。


「あ、ありがと。」

その瞬間、玉は若者に押し倒された。


「な、何をする!。まだ祝言もあげておらぬのに…」


唇が塞がれて、それ以上の抗議は出来なくなった。

すぐに玉は抵抗するのをやめて、なすがままにされるのを許した。



草の匂いがする。


「痛かった。」

玉は若者に文句を言う。若者は心底すまなそうな顔をする。

「…すまぬ。」

玉には、それがおかしくて堪らぬ。愛おしくて堪らぬ。

「では許す。」

笑いがこみ上げてくる。


若者は立ち上がって玉の手を取る。

「明日、玉藻様へ許しを乞いに行く。そなたとの祝言の許しを貰いにゆく。」


玉は、その点は心配していなかった。あの時に玉藻様は「祝いであろうな。」と云っていた。

きっと許してくれるであろうことは明白に思えたからだ。


「反対されたらなんとする?。」


若者はしばし考えて

「お前を引っ攫って逐電するまでよ。」と笑った。


玉は(わたしはしあわせ者だ。)と心の底から思った。

日常から離れてゆく(´・ω・`)

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