87話 雪女 ARE GO !
このお話は「69話 野生の雪女」と「75話 雪の山へ飛べ!」を参照にして頂けますと
より分かりやすくなります。ごめんなさい。
──「夏樹さん事件です!」
スマホを耳に当て、誰かと会話をしていた雪音さんが
こちらを向きムフーッ!と息を吐き、事件だと言いつつ、どこか嬉しげに雪音さんが叫んだ。
ここは先日から我が家のトイレに繋げられたままになっている
迷家の迷さんの小料理屋。
カウンターの内側には迷さん
そして客席側には、俺と雪女の雪音さん。
そして大天狗の姫の4人。
「いよいよですか?」
何故か迷さんも嬉しそうに、雪音さんへと尋ねる。
姫は作り笑いを浮かべつつ、小首を傾げ「何事か?」と思案顔。
「事件ってなに?」
一体なにが起こったのか?雪音さんへと詳細の説明を求める。
ニコニコとし「フフフ」と含み笑いを浮かべた雪音さんは高らかに
「雪山で遭難事故が発生したんですッ!」
…それはもう最高の笑顔で、説明にならない説明をしたのであった。
──雪音さんの代わりに説明すると
現在、関東に存在する11人の雪女プラス雪男1人は
雪女のイメージアップのために冬の雪山で遭難者救助のボランティア活動をしている。
今回はその救助する順番が雪音さんへと回ってきた。とのこと
そう、この活動、実はシフト制だったのである…
「…と、言うわけで雪女救助隊出動ですッ!」
ゆきおんな救助隊?
今回の捜索は他の雪女さんたちも出張るってことかな?
かなり大規模な遭難事故なんだろうか?
「このために夏から準備してきましたもんねー」
いそいそと割烹着を脱ぎ、歩きながらたたみマヨイガの迷さんが
雪音さんへ、そんな声をかける。
「さあ、皆さん行きますよッ!」
「「 ふぁっ?」」
俺と姫の素っ頓狂な叫びがハモる。
まさか、俺たちも行くのか?
「天狗さんには車の運転をお願いしますネ。」
いつの間に着替えたのか迷さんは、雪音さんと同じ白い和装の雪女装束で
俺の隣にいた姫にそんなことを言ってきたのである。
そして我が家の正統雪女さんは、小料理屋の端へと急ぎ
白い壁の前に立つと、その壁を押す。
くるりっと壁が廻り、その奥へと消えていく。
ナニコレ!?忍者屋敷みたい。
ボクたちも慌てて後を追い、その壁をくぐる。
すると、そこには滑り台のようなものが設置されており地下へと続いていたのである。
そして滑り台を降りた先にあったのは…
緑色に塗装された四人乗りの軽トラック…
側面には大きく「弐」と漢数字が描かれており、
先に降りていた雪音さんと迷さんの二人が、「たんたかたーん♪」などと鼻歌まじりに
並べられたコンテナを積み込んでいたのであった。
──「マジでボクが運転するのかー…」
ため息をついて、ハンドルを握った姫がつぶやきを漏らした。
ホントだよねー。俺は免許持ってなくてよかったわ。
何故か、ガレージに併設された隣の部屋で
インカムを付けた式神姉妹の鈍色と天色の二人の管制音声が車庫内に響く。
「FORCE GATE OPENでありまする、FORCE GATE OPENでありまする。」
正面のガレージのシャッターが開き始めると同時に
式神たちの部屋に何故か格子状のシャッターが降り始めたッ!
なんか意味あるのッ?
軽トラがゆっくりとガレージから出ると
進路上にある庭木の蘇鉄の木が左右に倒れていく。
…車が通るのに充分なスペースがあるにも関わらずである。
「やっぱり雰囲気が出ますねえ…」
「発進はこうじゃないとネ」
「今度は滝の裏からとかも出動したいですね。」
「それもテンション上がっていいですねえ…」
盛り上がる雪女と迷家の妖怪二柱たち。
なにやら重要な儀式の一つらしい。
助手席に乗り込んでいた雪音さんはシートベルトを締めながら叫ぶ
「では、雪女 ARE GO !ですッ!」
「…はいはい」
諦観とも取れる返事をした、大天狗の姫はギアをDへと入れ
我々は冬の雪山へと出発したのであった。
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会議室ではない事件が起きている現場へと到着した我々が見たもの
それは…
吹き付ける猛吹雪の中、風雪に黄金の髪をたなびかせ。
白い着物の雪女装束の妖狐の玉藻さんが、着物の袂に手を突っ込み身を縮こまらせ
歯をガチガチ鳴らして、雪に半分埋まっていた姿であった。
「遅いよッ!?」
開口一番、玉藻さんは叫ぶ
雪音さんは吹雪を物ともせず、その抗議に答える。
「遅れた理由は悪天候のために高速道路が通行止めになっていたのと…」
「…と?」
「途中でスタッドレス・タイヤに交換してたのです。」
そうなのである、軽トラに積み込まれたコンテナ
その中身の一つはスタッドレス・タイヤだったのである。
ちなみに、もう一つのコンテナの中身はと言えば
黄色い塗装がされて「四」と漢数字の描かれたスノーモービルだった。
「雪山行くのわかってるんだから、最初から履かせとけよ!」
そんな玉藻さんの猛抗議を
あー、あー、聞こえない、聞こえないとばかりに耳をふさいだ雪姫は
「それに壱号たるものは、先に現場に着いているものですよ?」
(何が1号なんだろう?)とは思ったが黙っていることにした。
「妖怪だからって誰も彼もが寒さに強いと思ったら大間違いじゃぞッ?見て!見て!我ってば雪まみれ」
「耐寒は気合です」
「お洒落は我慢みたいなこと抜かしてんじゃねーよッ!」
「それにナニ?「白い着物姿で来てくださいね?」って要求はッ?」
「我は白面金毛九尾の狐であって雪女ではないぞ?」
玉藻さんてば、そんな要求までされていたのか…でも、わざわざ律儀に着てくるのね。
黄金の髪と蒼玉の瞳、白い着物では隠しきれない大きな胸とお尻
抜群のスタイルが良さで、白の和装も似合っているのではあるけれども
雪女?と聞かれると絶妙なまでの「違う、コレジャナイ」感が漂っていたのデス。
「…そうボクも白い着物に途中のサービスエリアで着替えさせられたんだよね。大天狗なのに…」
そう宣うと、姫は吹雪の中で片足を上げて、クルリと一回り
ただ、こちらは白い厚手のマフラーと、同じく白の道行コートを羽織っているので
それほど寒さを感じてはいない様子だった。
3人の中では一番小柄な体格
大きすぎず小さからずの形の良いバスト
ほっそりとして、しなやかな腰つきと程よい大きさのお尻。
翠色の瞳で、三編みを解いて風に流れる長い銀髪をみれば
玉藻さんの金髪の雪女姿よりは、実に雪女らしい雪女姿だ。
全く違和感はない。
たしかに可愛い、寧ろ可愛すぎるのではあるのだが
…ちくしょう、これで元男でさえなければ。。。
そんな妖狐と大天狗女性の抗議に、正真正銘で本物の雪女は…
「…荒れ狂う吹雪の中で白い着物の若い女がいたら…それは雪女です。」
「実は中の妖怪が妖狐や大天狗だとか、誰にもわかりっこありませんッ!」
「うわッ!」
「最低だよッ!こやつ!」
何時もの姦しいやり取りが開始されたのであった。
──3人の喧嘩を冷や汗をタラリと垂らしながら眺めていた迷さんだったが
…突如としてピクリとして振り返り、コンモリとした雪だまりをジッと見つめ
急に、その場に走り寄ると、まるで犬が地面を掘り返すように
ババババババッとすごい勢いで雪を掘り返し始めた。
するとそこには雪まみれになった登山ルックの若い女性が横たわっていたのである。
あッ!これは遭難者発見!
俺も慌てて近づき雪をかき出す手伝いをする、女性は意識がない。
それを確認した迷さんがパチリと指を鳴らすと
雪の山中に年季の入った茅葺屋根の日本家屋が出現する。
2人で遭難者の女性を迷家の中へと運び込む。
家の中は、囲炉裏の火が焚かれ、明るく暖かだった。
急いで布団に寝かせ様子をうかがう。
幸いなことに呼吸はしており、特に大きな怪我もしていない様子だった。
雪に半分埋もれていたことによって、天然の雪洞のような状態になり
風雪から守られていたことが幸運だったようだ。
しばらくして女性は「う、うぅん…」と声を発し、ゆっくりとまぶたを開けてた。
「…大丈夫?」
迷家は心配そうな顔で件の女性へと声をかける。
「…わたし…生きてるの?」
「そう、助かったのよ?」
女性を抱き起こした迷さんは、茶碗に温めた日本酒を…ゆっくりと一口含ませる。
やがて女性は静かに…静かに泣き始めた。
「放っておいてくれればよかったのに…生きてたってしょうがないのに」
話を聞くと、悪い男に騙させれて、貯金も会社のお金も貢いだ。
もう私は死ぬしかないのよ…そんな話だった。
「だからって何も死ぬことはない…」と喉まで出かかったが口を噤む
人には、その人なりの事情があるし、俺は他人にどうこう説教できるような立派な人間じゃない。
黙り込むしかなかったのだ。
静かにそれを聞いてた迷さんは、そっと俺の手を握ると頭を振る。
そして女性に黙って、いきなりどこから取り出したのかジュラルミンケースを差し出す。
「ここで貴女を助けたのも、何かの縁です。これを持っていきなさい。」
…それって、この間のダンジョンリフォームの時に、迷宮の宝箱の中にあったやつですよネ?
確か中身は諭吉さんの札束がギッシリと詰まったやつで…
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結局、あの女性は無事に下山することが出来た。
吹雪が止み、途中で登ってきた山岳救助隊に保護されたのだ。
そしてこの奇跡の生還劇はニュースとなり、テレビやネットで世間の話題となった。
早速テレビのニュースバラエティでは、この件に触れ…
「続きましての話題はコチラ!、雪山で自殺しようとしていた女性が無事に保護されたニュースです。」
この番組をニコニコしながら嬉しそうに眺めている我が家の雪女の雪音さん
ブスッたれた顔でそっぽを向いている妖狐の玉藻さんと、困惑した顔の天狗の姫。
コメンテータの1人が
「雪山で奇跡の生還?…なんです?また雪男にでも助けられましたか?」
と皮肉っぽく事件を煽る。
「今回は違いますよ!」と雪音さんがテレビに食って掛かる。
「何でも山の中に古い古民家が出現して、そこの住んでいた男女の住人に助けられたとか…」
「でも救助隊とか警察が、その後に現場を捜索したけど、そんな民家は存在しなかったと」
それを聞いてた、どこそこ大学の民俗学の教授というゲストがコメントを求められて
「ああ、それは古い伝承にある迷家ですね。」
「マヨイガですか?」
「そうです、妖怪迷家。山中で迷った旅人を助けたり富貴を与えたりすると伝えられる妖怪です。」
「雪女とかじゃなくて?」
「それに関しては遭難者のコメントがありましてね」
画面にはモザイクがかかり、音声は変えられてはいたが、あの時の遭難女性のようだった。
『…ゆきおんな?確かに家の外に白い和装で黒髪、金髪、銀髪でそれっぽいのはいましたけど…』
『ずっと外で言い争いしてましたから、全くカンケーないと思います。』
「どうしてーッ!?」
そして、我が家の雪女はテレビを掴んで画面の中へと疑問の声を投げかけたのである。